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異形のドラゴンとパーティーの実力

 一行は謎の魔獣が潜む森を避ける形で進路を取った。

 とは言え、それ程大きく迂回するわけにもいかない。

 魔獣が教団と関連していると思われる以上、その先にアジトがあると予想されるため、余計な時間を浪費したくはないのだ。

 それに、いくら離れて通ったところで目的地が教団のアジトであるからには、どの道行く手に立ちはだかることになるだろう。

 なので、闘いを回避することよりも森の近くでは闘いたくないと言った感じの距離の取り方であった。

 本来、大型の魔獣と闘うのならば遮蔽物のある森の中の方が良い。

 まあ、あまり樹々が密集し過ぎていると逆に動きが取りづらくはなってしまうが、そうでなければ樹を盾代わりに使える森の中のほうが有利なのだ。

 ただ今回の敵は竜種、上位ドラゴンと等しいだけの魔力を持っていた。

 当然、様々な魔法を使ってくるだろう。

 その場合、一番避けたいのは火系の魔法で森が燃やされることだ。

 火に囲まれ、煙に巻かれてしまっては魔獣と闘うどころの話ではなってしまう。それだけで命を落としかねない。

 従って敢えて地の利を捨てて、見晴らしの良い場所を選ぶしか無かったのだ。

 魔獣と闘うに当たり、一行は隊を3つに分けていた。三方向から挟撃するためだ。

 これはドラゴンと闘う場合のセオリーだった。

 ドラゴン、特に上位系は様々な魔法を使ってくるが、中でも一番厄介なのがブレスである。

 ドラゴンのブレスは単なる魔法ではなく、物理衝撃を伴う”質量を持った魔法”だった。

 そしてそれは、物理防御の魔法結界を貫通してしまうのだ。

 そのためブレスの対処には盾のような物理的な防御手段か、あるいは魔力を物質化して攻撃を防ぐ防壁魔法が必須だった。

 但し、いくら物理的な防御手段を使ったところで、その凄まじい効果が消せるわけでもない。

 ブレスを受けた者は衝撃により一瞬、行動不能に陥る。

 ゲームなどで言うノックバック効果が生じるのだ。

 なので、正面から馬鹿正直に立ち向かえば身を護るのが精一杯で手も足も出なくなってしまう。

 その対策としてブレスを受ける囮役とその隙を突いて攻撃する役とで複数のグループに分けるのが正しい攻略法なのである。

 まだ敵がドラゴンかどうかはっきりしたわけではないが、おそらくその可能が高いと見ての対応だった。

 陣容はまず兵士達を2つの分隊に分けてある。カイルもその一方に入っていた。

 そして、残るひとつがリック達のパーティーだ。

 他の2つに比べれば人数的に不利な様にも見えるが、これはリックのほうから申し出たことだった。

 強敵と闘う場合、何よりも連携が重視される。

 息の合った者同士、阿吽の呼吸で動けてこそ敵を倒すことが出来るのだ。

 そして、それは兵士達も同じであった。

 日頃の訓練で培った動きを部外者によってかき乱されるのは望ましいことではない。例えそれが高ランク冒険者だとしてもだ。

 つまりは両者の思惑が一致してのこの隊形なのである。

 兵士達は分隊毎に魔道具で防御魔法を展開し、更に盾を構えていた。

 一方、リック達はシャルロットが防御魔法を張り巡らせ、イルムハートが防壁魔法を創る役割になっている。

 既に全員馬から降りて徒歩で進んでいた。いざ闘いが始まれば、すぐにでも逃がせるようにするためだった。

 馬は指示があれば戦場を離れ距離を取って待機するように訓練されているのだ。

 そんな緊張感漂う状態の中しばらく歩を進めた時、ついに敵は動き出した。


「動き出したわ。来るわよ。」

 敵の動きを探知したシャルロットが全員に警告を発する。

 と同時に森から大きな影が舞い上がるのが見えた。

 それだけの巨体が翼の力だけで飛べるはずもない。飛行魔法を使っているのだ。

 という事は敵はやはり竜種の類なのだろうと一行は考えた。

 その予測は決して間違っていたわけではない。謎の魔獣は基本的にはドラゴンであったからだ。

 そう、あくまでも”基本的”には……。

「何だ、これは!?」

 一行の行く手を塞ぐかのように舞い降りた魔獣を見て、皆は唖然とする。

「三つ首のドラゴンだと!?」

「つうか、ありゃドラゴンなのか?蛇なのか?」

 魔獣はフレイム・ドラゴンと呼ばれる属性竜であった。少なくともその身体は。

 だがその胴体の上には三つの異常に長い首と頭が存在していた。

 神話の中には双頭のドラゴンというものが登場する。しかし、その首はこれほど長くはない。

 そして頭は二つまでで、三つ以上持つものはどの物語にも出てはこない。

 まあ首が長かろうと短ろうと、また三つ首だろうと双頭だろうと、いずれにしろこの世界に実在する生物ではないのだが。

 予想もしない敵の姿に皆が恐怖よりも困惑を覚える中、イルムハートだけはそれと異なる思いを抱いていた。

(これって……怪獣?)

 その姿はイルムハートにとって、いや正確には前世の彼にとってどこか馴染のあるものだった。

 勿論、前世においても決して実在していたわけではない。

 だが、確かに目にしたことがある。テレビや映画、そして物語の中で。

 ある意味、前世ではステレオタイプの魔獣、いや怪獣である。

 それが何故この世界に存在するのか?

 まあ、異形の生き物が目の前にいること自体には既に驚きは無い。

 おそらくは再創教団によって生み出されたものである以上、実在しない生物の姿をしていたとしてもそれはそれで納得いく。

 ”失伝の術方”を使えるのならば、もはや何でもありなのだ。

 ただ、問題はそのデザインである。

 この世界の者がいまだかつて想像したことの無い姿。しかし、前世ではよく目にするフォルム。

(まさか……これを造ったのは転生者?)

 イルムハートには、この世界への転生者が自分だけではないかもしれないという思いがあった。

 何しろ彼が転生したのは神が引き起こした”事故”の犠牲者だったからだ。

 その代償としてこの再びの生をこの世界で受けることになったのだ。

 神が引き起こした”事故”。

 生憎イルムハートにその”事故”についての記憶は無いが、それでもそれが単なる交通事故レベルのものだとは思っていなかった。

 もっと多くの人々が巻き込まれた可能性は十分にある。

 であれば、その人達の全てではないにしても、幾人かは彼同様この世界に転生しているかもしれないのだ。

 そのひとりが再創教団の一員となっていたとしたら……。

(いや、まさかね。それはちょっと飛躍し過ぎだろう。)

 人の想像力は限りなく自由だ。それに、この世界にも蛇は存在する。

 だとすればドラゴンと蛇を掛け合わせたモンスターを想像したとしても、それは決して不思議なことではないはずだ。

 それに、そんな心配をするより今は目の前の敵への対処が優先される。

 何しろ相手は上位ドラゴン。余計な事を考えながら闘える相手ではない。

 イルムハートは雑念を振り払い魔法で防壁を創り出す。

 そしてその直後、三つ首ドラゴンのブレスが全員を襲ったのだった。


 三つ首のドラゴンは胴体だけならその大きさは10メートルほど。尾はそれほど長くはなく3~4メートルといったところだろうか。

 まあ、ドラゴンとしては中くらいのサイズである。

 だが、その首は尾よりも長く5~6メートルはありそうだった。

 黒に近い赤銅色の胴体の上に、それより少し薄い色をした3本の首が鎌首をもたげうねうねと動いている。

 その先端についている頭の大きさに比べると首は少々細すぎるようにも思えた。

 おそらく飛行魔法同様の重力操作を行っているのだろう。

 元になっていると思われるフレイム・ドラゴンは基本的には四足獣ではあるが、二足立ちで行動することもある。

 目の前の敵も後脚で立った姿で相対しており、その長い首も加わって恐ろしく巨大に見えた。

 その遥か高い位置から浴びせられるブレスはかなり厄介なものだった。

 上からの攻撃というものは、それだけでかなり有利な状況になるのだ。

「これは……想定外だったな。」

「結構、ヤバくねえか?」

 これにはドラゴンを相手に幾度も闘ってきたリック達ですら危機感を感じざるを得なかった。

 攻撃位置の高さだけではない。首の数が問題だった。

 対ドラゴン戦を想定してグループ分けしたにもかかわらず、3つの首を持つ敵はその全てを相手に出来るのだ。

 まあ、分けたグループの数と首の数が同数なのは単なる偶然だが、それは一概に不幸な偶然だったとも言えないだろう。

 むしろ、首の方が多い状態に陥らなかっただけ幸運だったかもしれない。

 もしこれがヤマタノオロチのごとく8本の首でも持っていようものなら、彼等は瞬殺されていた可能性だってある。

 そして、首はその数と同様に長さもまた攻めあぐねる要因となっていた。

 それだけの長さを持ってすれば、身体の向きを変えずとも首を回すだけで360度全方向に対応出来る。

 そうなると囮で引き付けて死角を突くといった戦術が上手く機能しない。

 攻める側としては正に八方塞がりの状態である。

 見た目はドラゴンと蛇を足し合わせただけの安易なデザインにも見えるが、実は対ドラゴンの戦術を無効化出来るよう上手く考えられているようだ。

 とは言え、感心ばかりもしていられない。このままではじり貧である。

「2手に分かれるぞ。」

 リックがそう言うと彼等は2人ずつに分かれる。

 リックとシャルロット、イルムハートとデイビッドのペアだ。

 近接戦闘と魔法力のトータル・バランスを考えたいつもの戦法である。

「こいつは首が長い分、対応が早い。囮が引き付けたからと言って攻撃に余裕があると思うな。」

 一応、兵士達も奮戦してはいるが、実のところあまり期待は出来なかった。

 絶えずブレスの攻撃を受けているため身動きが出来ない状態なのだ。

 彼等は魔法を得意としているわけではないので魔法の防御は魔道具に頼るしかない。

 だが残念ながら魔道具は2セットしかなく、これ以上隊を分割するのは難しかった。

 これは何も彼等の準備不足というわけではない。

 通常、小隊レベルに与えられる魔道具は1セットなのだ。

 それでも、今回は危険な任務という事で2セット持たされた。これは破格の扱いだった。

 こんな言い方はしたくないが、軍においては兵士の命よりも高価な魔道具の方が大事なのである。

 それが解かっているのでリックも彼等を責めるつもりはなかった。

 優れた武具を貸与される騎士団員とは違うのだ。

 なので自分達が何とかするしかない。

 幸い、剣と魔法のバランスを取れるメンバーが揃っている。

 それに今までの経験を加えれば十分戦えるだろうと判断してのことだ。

「行くぞ!」

 彼等は三つ首ドラゴンを倒すべく、リックの掛け声とともに左右へと展開して行った。


 リック・プレストン、シャルロット・モーズ、デイビッド・ターナー。

 この3人からなるBランク・パーティーの実績は実に素晴らしいものだった。

 実際にはそれぞれがもう1ランク上の実力を持っているわけなのだが、それだけが理由ではない。

 戦力のバランスが取れていることだけでなく、それ以上に息の合った連携が彼等の強みだった。

 その見事さには他のAランク・パーティーですら舌を巻く程だ。

 そんな彼等のパーティーに見習いの子供が参加することになる。

 そう、それは”少年”ですらないただの”子供”だった。

 それは明らかな戦力ダウンになる……当然、周囲はそう考えた。

 その子供が飛びぬけた才能を持っていると知っている王都のギルド長ですらそれは同じである。

 実際、リックはその子供が参加する時にはいつもより難易度の低い依頼を受けるようにしていた。

 まあ、子供の実力を考えれば仕方のないことなのだと誰もが思ったが、リックの思惑は全く違ったものだった。

 むしろそう思わせるのが狙いとも言えた。

 その子供の実力を隠すために敢えて依頼の難易度を下げていたのだが、やがてそのことに疑問を感じるようになる。

 確かに力を隠すことは重要であるものの、だからといって(比較的)簡単な依頼ばかりこなさせるのはあまりにも芸がないのではないか?と。

 その程度ならだれでも出来る。

 自分に子供を預けた人物が望んでいるのは、そんな安易な対応なのだろうか?

 子供が参加して1年が過ぎたあたりから、リックは自分達本来の依頼に彼を伴わせるようになった。

 彼には思う存分活躍してもらいながらも、それが決して異常な才能には見えない様に自分達が更に上を行く力を示す。

 そう方針を変えたのだ。

 それは決して簡単なことではなかったが、同時に楽しくもあった。

 彼が本格的に参加するようになってパーティーの戦力は格段に上がった。そして個々の実力も。

 イルムハート・アードレー・フォルタナ。

 最早彼は見習いなどではなく、立派なパーティーの一員となった。

 そして、彼と一緒ならどんな困難も乗り越えられる、そんな不思議な安心感を与える存在となっているのだった。


 こちらのグループを4つにしたことでドラゴンの首の数を上回ることになった。

 とは言え、その長い首は背後の敵であろうと瞬時に対応可能なので、決して余裕があるわけではない。

 それでも一瞬の隙を作らせることは可能だ。

 先ずはイルムハートが首のひとつに向けて炎嵐をぶつける。焼夷魔法の渦を作り、相手をその中に閉じ込め焼き尽くす魔法だ。

 それは火系の上級魔法ではあるのだが、ドラゴンにあまりダメージは無さそうだった。

 相手が火系の属性竜だということもあるが、それ以前にドラゴンはおそろしく強い魔法耐性を持っているのだ。

 魔法だけで倒すのは極めて困難な相手なのである。

 かと言って剣でならば容易に倒せるかと言えば、決してそうでもない。

 その鱗は鉄のように固く、生半可な攻撃では全く効果が無い。

 だが、こちらにはリックがいる。

 彼ならばそんなドラゴンの強固な身体も一刀両断するだけの力を持っている。

 イルムハートが無駄だと分かっていながら魔法で攻撃したのも、そこに辿り着くためのひとつの布石だった。

 狙い通り、攻撃を受けた首がイルムハートの方を向く。

 残りの2つは未だ兵士達のほうを攻撃しているため、リックとシャルロットが自由になる。

 そこですかざずリックが剣撃を飛ばした。これは魔力ではなく剣に纏わせた闘気を飛ばすもので、物理的なダメージを与える。

 剣撃はドラゴンの首に傷を付けたが、残念ながら切り落とすまでには至らない。

 遠距離攻撃となると、どうしてもその威力は落ちてしまうからだ。

 尤も、それも想定内である。

 ダメージを与えられてしまったドラゴンはリックを最大の脅威と認めたようで、3本全ての首が彼を狙いブレスを吐く。

 それに対し、シャルロットが防御魔法を展開した。

 さすがに3つの頭から繰り出されたブレスをシャルロットひとりで防ぐには負担が大きすぎるため、イルムハートが遠距離から防壁魔法を創り上げる。

 敵の注意が全てリックに向けられた隙をついて、今度はデイビッドがドラゴンへと駆け寄った。

 彼には残念ながらリック程の力はないものの、ドラゴンの鱗を貫くだけの技量はある。

 剣を刺すだけなのだが、彼の場合はそれで十分だった。

 後脚に突き刺した剣を通して内部で火魔法を発動させたのだ。

 いくら火属性とは言え、それはあくまでも使う魔法の傾向と体表の耐性に限っての話である。

 体内で魔法を使われれば当然ダメージを受ける。

 後脚を負傷したドラゴンは苦悶の叫びを上げながら倒れ込んだ。

 そこへイルムハートとシャルロットとで氷魔法を使い、ドラゴンの首を全て凍らせた。

 勿論、それで仕留められるはずはない。

 あくまでも周りに氷がまとわりついただけで、首本体にダメージを与えることは出来なかった。

 しかし動きを止めることは可能で、そもそもそれが目的なのだ。

 リックは一瞬動きの止まったドラゴンに駆け寄ると、首のひとつに向けて剣を振り降ろす。

 それは先ほどの剣撃とは比べ物にならないほどの威力を持っていた。

 鉄ほどの強度を持つはずの首が、嘘のように容易く切断される。

「まずはひとつ!」

 再び動き出したの残り2本の首から発せられる攻撃を避けながら、リックは力強くそう叫んだ。

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