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古の文明と失伝の術法

 この世界は過去に2度、滅亡の危機を経験していた。

 一度目は今からおよそ4000年程前。

 大災厄と呼ばれるそれは、かつて神々により封印された古の魔獣がその眷属と共に蘇りこの世界を滅ぼそうとしたものとされている。

 そして、神が遣わした3体の神獣により魔獣達は退けられ、世界は何とか滅亡を免れることが出来たと言い伝えられていた。

 だが、そのせいでこの世界の文明はまたいちからやり直すことになったのだとも。

 尤も、4000年も前の話である上にろくな資料も残っていないため、それをそのまま信じている者は少ない。

 大きな災害があったのは確かだろうが、神獣や古の魔獣というのは何かの比喩であって実際に存在したわけではないと考えられていた。

 過去に神獣の1体と出会っているイルムハートはそれが真実であることを知っているが、そうでない者がおとぎ話と捉えるのも無理のないことではある。

 二度目の危機はそれから3000年近く経った後。今から1200年程前のことだ。

 大災厄は既に過去となり復興を遂げた世界に、突如魔獣の異常発生が起こる。

 それまで人々と魔獣は、互いに種の存続までは脅かさない程度の距離を維持して生存圏を保っていた。ある意味、共存していたのだ。

 しかし、大量に発生した魔獣のせいでそのバランスが崩れてしまう。

 やがて魔獣に生活領域を侵された人々は城壁の中でしか暮らせないほどにまで追い込まれた。

 それにより城壁の外では作物を育てることもままならず、また他の町との交易も難しくなり食料と物資の慢性的な不足状態に陥った。

 後にこれは大災禍と呼ばれることになる。

 そんな状態が100年近く続いたせいで多くの人々が死に、いくつもの国家が滅んだ。

 あと20年、いや10年そんな状態が続けば、この世界の文明は滅亡していたかもしれない。

 そんなギリギリの状態にまで陥った時、発生時と同様に突然魔獣の数が減り始めた。

 始りも終わりも、その原因は全くの不明であった。

 だが理由は何にせよ、おかげで人々はかろうじて滅亡を免れ今に至っているのである。


「いやいやいや、いくら何でも大災厄の前からってのは少し話を盛り過ぎなんじゃねえの?」

 大げさに掌を上下させながらデイビッドが声を上げる。

「この大陸で一番長い歴史を持つって言われてるカイラス皇国ですら建国は大災厄の後なんだぜ。

 それより古いなんて、ちょっと信じられねえな。」

 東グローデン大陸中西部に位置するカイラス皇国がこの世界では一番古い国と言われており、その歴史は2500年にも及ぶとされる。

 と言っても、建国時より同じ国が連綿と歴史を紡いで来たわけでもない。

 実際には何度か滅亡を繰り返しており、その度に属国や衛星国がその名を引き継ぐことで存在し続けてきたのだった。

 国家ですらそうなのだから、いち宗教団が4000年以上もの間存続し続けているなどとは信じられないのが当然である。

 これが単なる創造神を信仰するだけの緩やかな集団ならばまだしも、”再創教団”は明確な行動目的を持った組織なのだ。

 気の遠くなるような年月、それを維持することが可能とは思えない。

「まあ、その反応が普通でしょうね。私も最初はそう思いました。

 ですが彼等のしてきたことを見ていると、あながち間違った説だとも言い切れないのです。」

 デイビッドの言葉にもカイルは特に気を悪くする様子は無かった。

 むしろ同意する部分もあるようなのだが、それでもそれを否定出来ない理由があったのだ。

「例えば今回の魔人です。

 皆さんは既に、相手が本物の魔人ではなく何者かによって創り出された”人造魔人”であることに薄々気が付いておられるはずです。

 魔石を特殊な施術によって埋め込むことで魔人と同等の能力を持った怪物を創り出す。

 そんな技術はこの世界には存在しません。

 最も魔法技術が進んでいると言われているエルフィア帝国でさえ、その方法を解明することすら出来ませんでした。

 そのため私達は、これが”失伝の術法”なのではないかと考えています。」

 4000年前、大災厄が起きる前のこの世界は今よりも遥かに高度な文明を築いていたと言われている。

 そこには優れた魔法技術が存在し、神の御業にも等しいような事が容易に行われていた。

 しかし、大災厄によってそのほとんどが失われてしまったのだ。

 これは決して想像上の話ではなく、ほぼ間違いのない事実として認められている。

 何故なら、僅かではあるがその技術が残されているからだ。

 例えば魔法陣。

 魔道具などに使われる魔法陣は、それぞれに魔法の種類や効力などを表す”記号”を組み合わせることにより作成される。

 だが、実のところそれは”記号”ではなく”言葉”であると言うのが定説となっていた。

 過去の文明が使っていたとされる、神々に語り掛けその力を借りて奇跡を起こすための言語、”始まりの言葉”。

 その力により魔法が発動するのだと考えられていた。

 まあ確かに単純に記号を並べただけで魔法が使えるというのも考えてみれば不思議な話で、もし神の力を引き出しているのだとすればそれなりに説得力はある。

 今となっては発音も文法も解からず一部の”単語”だけが記号として残る形になってしまったが、もしその”始まりの言葉”を完璧に表現すればそれこそ神の御業すら再現出来ると言われていた。

 そのような過去文明の知識や技術を総じて”失伝の術法”と呼んでいるのだ。

 ちなみに、人が魔法を使えるのもその”始まりの言葉"のおかげだとする説もある。

 生き物はその魂に”始まりの言葉”の記憶を持っており、頭の中で思い浮かべたイメージが魂の中でその言葉に変換されて魔法になると言うのだ。

 こればかりは真偽の確認しようが無いので何とも言えないが、それを信じる者も決して少なくはない。

「……なんか段々おとぎ話めいてきたな。」

 お手上げという感じでデイビッドが呟く。

 彼は魔法こそ使えるが魔法士として教育を受けたわけではないので、その辺りについてはあまり詳しくはなかった。

 それで”おとぎ話”という表現を使ったのだが、実のところ教育を受けているはずのイルムハートやシャルロットにとっても現実離れした話に思えるのは同じだった。

「”失伝の術法”ねぇ……まさかそんなものを使いこなす連中がいるなんて、まだ信じられないわ。」

「だとしても、彼等だって完全に使いこなしているわけじゃないでしょう。

 もしそうなら神と同等の力を使えることになるわけで、僕達ごときでは相手にすらならなかったはずです。」

「それもそうね。私達でも撃退出来たんだから、神とは程遠いわよね。」

 イルムハートの言葉にシャルロットは少しだけ安心した表情を浮かべた。

 しかし、それでも厄介な相手であることに変わりはない。

「それで、これからどうするつもりです?

 連中も正体がバレた事には気が付いているでしょう。」

 教団側としても自分達の存在に気付かれたことは解かっているはずだ。

 となれば、これ以上ここで騒ぎを起こしても効果は薄いと判断するだろう。

 何せ敵の正体は明確であり、人々を不安にすることは出来ても領主達に不信を抱かせることは出来ないのだから。

 おそらく彼等は、この南西地脈帯から早々に撤退してゆくに違いない。そして騒動は終息すると思われる。

 今回の件はそれで良しとするのか、それとも彼等が逃げる前にこちらから仕掛けるのか。

 リックはそれを問い掛けたのだった。

「そうですね、貴方の予測通り彼等はこの地での活動を放棄するでしょう。」

 少しの間をおいて、カイルはそれに対する答えを口にする。

「それにここで動いている連中も所詮は末端の工作員に過ぎません。失ったところで教団としては痛くも痒くもないでしょう。

 ならば無理に仕掛けず撤退するのを待つのも、また正しい選択だと思います。」

 そこまで言ったところで、急にカイルの雰囲気が変わった。

 今までの文官的な雰囲気から騎士や軍人にも似た、良く言えば力強く、悪く言えば危険な感じを漂わせ始める。

「ですが、それでは何も変わらない。この先も彼等の脅威に怯え、その行動に振り回されるだけで終わってしまう。

 彼等を倒すにはその秘密を解き明かさなければならないのです。

 例え僅かな情報でも、それを積み上げてゆけばいずれは彼等を滅ぼすための役に立つでしょう。

 彼等が全ての痕跡を消して立ち去る前に乗り込んでその秘密の一端を解き明かす、それが私の仕事なのですよ。」


「なる程、分かりました。では、こちらも準備を整えるとしましょう。

 出発は明日の朝ですかね。出来るだけ早く動いた方がいいでしょうから。」

 リックがそう言ってイルムハート達に目をやると3人とも静かに頷いた。

「このまま放っておくわけにもいかないものね。」

「正直、世界がどうとか王国がどうなるとかってのはいまいちピンとこないが、元々地脈帯のトラブルを解決するのが俺達の仕事だしな。」

「まあ、世界や王国のことはマクマーンさんにお任せするとして、僕達は僕達の任務をこなしましょう。」

 若干緊張感に欠けた様子でそう話すイルムハート達を見て、逆にカイルは当惑する。

「いえ、今のはあくまでも私の立場を述べただけであって、貴方がたに強制するつもりで言ったのではありません。

 皆さんは民間人なのですから、これ以上巻き込むわけには……。」

「まさか、ここまで来て手を引くわけにもいかないでしょう。」

 そんなカイルに何を今更という感じでリックが応える。

「それにギルドからも貴方に従うよう指示が出ています。

 おそらく、ギルドとしても”再創教団”のことは放っておけないと判断したのでしょう。」

 ”再創教団”に対しては各国が協調して対処に当たっている。

 となれば、その中には冒険者ギルドも間違いなく参加していると思われた。

 何故なら、情報の伝達という面から見ればどの国よりも優れているからだ。これを利用しない手はないだろう。

 つまり、冒険者ギルドも対”再創教団”の一翼を担う組織であり、王都本部からの指示にはそういった意図が含まれているのだとリックは考えていたのだった。

「そう言うことであれば協力していただけると力強い……と言いたいところなのですが、しかしそうもいかないでしょう」

 冒険者ギルドもまた共に”再創教団”と闘っている組織であることはカイルも分かってはいた。

 ただ、冒険者はあくまでも自分の意思によりギルドからの依頼を引き受ける立場であって、基本的には自由な身分である。

 なので、今回の件に巻き込んでいいものかどうか正直カイルも迷っていたのだが、リックがそう言ってくれるのであれば拒否する理由は無いようにも思える。

 実質Aランクのパーティーが力を貸してくれるのだから、これほど心強いものはないだろう。

 だが、それでもカイルとしては素直にそれを受け入れるわけにはいかなかった。

 理由はイルムハートの存在である。

「さすがにイルムハート様をお連れするわけにはいきません。危険すぎます。」

 そんなカイルの言葉もイルムハート達にとっては想定内だった。

 辺境伯の息子という身分に加え、10歳の子供であることを考えれば当然の反応であろう。

 リック達はイルムハートの実力を知っているがカイルは違う。

 情報院が集めた資料や人造魔人との闘いを見ることでその類まれな実力を認識してはいたが、それでもまだ完全には理解しきれていなかった。

 そのためカイルは、自分の言葉に対するイルムハート達の反応に思わず唖然とすることになる。

「ご心配して下さることには感謝します。ですが、多分大丈夫だと思いますよ。」

「まあ、イルムなら問題無いでしょう。何しろ、今ではパーティーにとって欠かせない人間ですから。」

「こいつは何でも出来るかならなぁ。置いてくって手は無いと思うぜ。」

「イルム君のことなら心配無いわ。強いし賢もの。むしろ、こっちの能天気男のほうが心配よね。」

「ちょっと待て!その”能天気男”ってのは誰のことだ?」

「あら?ご不満?じゃあ”脳ミソ空っぽ男”にでもしておく?」

 そしていつものごとく口喧嘩が始まる。

 リックとイルムハートにとっては毎度の事なので別に気にはしないが、カイルにとっては不思議な光景だった。

 つい先ほどまで”再創教団”に関して深刻な話をしていたはずだった。

 それがいつの間にか緊張感の欠片も無いような光景が目の前に広がっているのだ。

 今しがた、妙にシリアスな雰囲気で語ってしまった自分が恥ずかしくなるほどである。

「騒がしくて申し訳ない。いつものことなので、どうか気になさらないで下さい。」

 そう言って笑いながらリックは、これもまたいつものごとく2人の脳天に拳骨を食らわせた。

「今はじゃれ合っている場合ではないだろう。少しは真面目にやれ。」

「いつも……このような感じなのですか?」

 痛む頭をさすり恨めし気な視線をリックに送る2人を見ながら、カイルはイルムハートに問い掛けた。

「そうですよ。毎度のことなんです。

 例え相手がドラゴンだろうと何だろうといつもこんな感じなんです、うちのパーティーは。」

 そう言いながら笑うイルムハートを見て、カイルは引き攣った笑いを浮かべる。

 正直、彼は冒険者に対してあまり良いイメージは持っていなかった。

 その実力は十分に評価しているし、社会に貢献している存在だとも思っている。

 ただ、誰かに忠誠を誓ったわけではないにも拘わらず、任務に命を張れる彼等が理解出来なかったのだ。

 金のために命を懸ける連中。どうしてもそのイメージを拭い去ることが出来ないでいた。

 だが、目の前のリック達を見ていると、それが間違いなのではないかという気がしてくる。

 敵はかなり危険な相手なのだ。

 もし金だけが目的ならば、こうもいつも通りでいられるはずないない。

 いや、それ以前に命懸けの闘いに参加するなどとは絶対に言わないであろう。

(冒険者という連中も自分なりの矜持を持っている者達なのかもしれない……。)

 少しだけカイルの中で冒険者に対する見方が改められた。

 しかし、それでも1点だけは変わらない部分がある。

(だが、やはり冒険者というのは思った通り、いやそれ以上にいかれた連中だな。)

 先ほどまでの肩に入った力が徐々に抜けていくのを感じながら、カイルはそんなことを思うのだった。

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