創世神話と謎の教団
出撃した部隊が戻って来るまでに、それほど時間は掛からなかった。
何故なら、魔獣との闘いは始まる前に終わってしまったからだ。
実際には多少の戦闘はあった。
だが、その時既に魔獣達の統率は失われスタンピードとは呼べない状態になっており、群れは霧散しかけていた。
そのため、地脈帯へ戻ろうとしない何体かの魔獣を討ち果たしたに過ぎない、その程度の戦闘だったのだ。
スタンピードが止まった理由は不明なものの、とにかく任務達成には変わりない。
念のため監視の部隊を残し意気揚々と帰還する駐留軍だったが、そんな彼等に軍施設への奇襲の報が届く。
その凶報に慌てて戻った彼等が目にしたのは、多くの建物が半壊し所々焼け跡の残る正に廃墟と化した駐留地の姿だった。
呆然とする彼等に対し、カイルが状況の説明を行う。
取り敢えず要救護者への対応は済んでいることを知り安堵した指揮官は、駐留地としての機能を回復させるべく先ず瓦礫を撤去するよう部下に命じた。
そんな指揮官をカイルは少し離れた場所へと連れ出し、何やらまた話し込み始めた。
すると、指揮官は急に姿勢を正し、カイルに向かって敬礼する。
それは、単なる下級官吏に取る態度ではなかった。
その光景を見たイルムハート達は自分達の推理が間違っていないことを確信する。
兵士とイルムハート達、さらには事件を聞きつけて集まって来た冒険者も加わったおかげで、瓦礫の撤去は程なくして完了した。
それだけではまだ機能回復とまではいかないが、部外者が手伝えるのはここまでである。
既に陽もすっかり落ちて、夜の帳が町を包み始めていた。
イルムハート達冒険者組はひとまずギルドへと戻ることにする。
ギルド内では相変わらず職員が慌しく動き回ってはいたが、そこに先刻までの殺気立った雰囲気はもう無い。
騒動がひと段落付いた今は、戻って来た冒険者の慰労と報告の取りまとめのために動いているのだ。
「皆さん、どうもお疲れさまでした。」
リック達の姿を見つけた所長が声を掛けてきた。
いちおう笑顔を浮かべてはいるが、その表情には疲れ切った様子が見える。
「……襲撃者の中には魔人も含まれていたようですが、例のヤツですか?」
そんな中、周りを気にしながら所長が小声で聞いてきた。
おそらくそれが彼の精神を疲労させているのだろう。
正確な情報が開示されないままの状態で問題に対処しなければならないというのは、必要以上に疲れるものなのだ。
「ええ、間違いないでしょう。魔核の有無を確認したわけではありませんが、魔力の質からうちの魔法担当者がそう判断しました。」
「なるほど、やはりそうなのですか。」
そう言って所長はシャルロットに目をやった。
それに応えるように彼女も頷いて見せる。
本当はイルムハートの判断によるものなのだが、所長はそこまでは知らない。
リックのパーティーにおいての魔法担当はシャルロットだと思い込んでいるのだ。
まあ、冒険者ランクから言えばそう判断するのが当然なので、皆も敢えてそれを訂正しようとはしなかった。
要は、いちいち説明するのが面倒なのだ。
「そう言えば、王都の本部から通達が届いています。」
所長は思い出したように一枚の紙を取り出すと、それをリックに手渡した。
そこに書かれていたのは、たった一文のみの簡潔過ぎるほどの文章だった。
だが、リックにはそれだけで十分だった。
「……これだけなのですが、解りますか?」
それを見て納得するリックとは裏腹に所長は怪訝な顔をする。
まあ確かに彼からしてみればその内容は明確だが、それでいて漠然としたものにしか思えないだろう。
「ええ、これで十分です。」
これまでの経緯と合わせれば、その一文だけでおおよその状況は推測出来た。
しかし、それをそのまま所長に伝える訳にもいかない。
どこまで情報を開示するかはこの後の話し合い次第なのだ。
申し訳ないとは思いつつもそこで話を打ち切り、リックは会議室の貸し出しを依頼したのだった。
ギルドが用意してくれた軽食を夕飯代わりに取った後、イルムハート達は会議室へと移動した。
そして、しばらくするとそこにカイルが合流する。今後のことを話し合うためだ。
カイルとしては出来る事なら軍の施設を使いたいところではあったが、残念ながらそれは叶わない。
今、駐留基地は夜を徹しての機能回復作業に入っており、落ち着いた話し合いが出来る状態ではない。
そこで、やむを得ずギルドの会議室を借りることにしたのだ。
何故なら、この町で軍施設以外に防音の魔道具が設置されている施設は冒険者ギルド以外に無いからだ。
カイルからその打診を受けた際、リックはギルドの所長もメンバーに含めるよう提案してみた。
だが、カイルはそれに難色を示した。
最終的には協力を仰ぐために所長にも情報を開示する必要はあるだろうが、それでも晒す内容は可能な限り限定したい。
そのためには、先ずイルムハート達と情報のすり合わせを行ってから判断するというのがカイルの思惑だった。
リックとしても想定内の回答だったので、それ以上強くは要求しなかった。
そして、どうやらそれは正解だったようである。
イルムハートは王都の本部から届いた通達を思い出す。
『王国が派遣した捜査官に従って行動せよ』
それが本部から届いた内容だった。
カイルは国土保全局の”調査官”のはずだが、通達には”捜査官”とある。
しかしイルムハート達は、それが本部の勘違いだろうなどどは考えない。
既に彼が国土保全局の人間だとは誰も思ってはないからだ。
カイルもそのことに気が付いている。なので今さら隠すつもりも無かった。
「先ずは皆さんに謝罪しなければなりません。既にお気付きだと思いますが、私は内務省の人間ではないのです。」
その告白には誰も驚きはしない。
だが、次の言葉にはリック以外の全員が驚きの表情を浮かべることになった。
「王立情報院第3局捜査官、それが私の本当の肩書になります。」
「情報院第3局?ホントにあったのか?」
「それって、単なる都市伝説かと思ってたわ。」
元王国騎士であるリックは知っていたが、公式には情報院第3局など存在しないものとされていた。
貴族として国政の知識もあるイルムハートですらその存在を知らなかったのだから、デイビッドやシャルロットが驚くのも当然である。
「第3局が動くとなると、敵は他国の者達なのですか?」
状況を考えれば外国の勢力による破壊工作の可能性もある。
リックはそれを問い正したのだが、カイルの返答はいまひとつ煮え切らないものだった。
「国外の組織ではあるのですが……どこかの国に属しているというわけでもないです。」
「国際的な犯罪組織だと?」
「一般的に言う犯罪組織とは行動理念がかなり異なりますが、そう思って頂いて構わないと思います。
彼等は自分達を”再創教団”と呼んでいますがね。」
「”再創教団”!?」
その名前にリックは絶句した。どうやら聞き覚えのある名前らしい。
だが、イルムハート達3人にとっては初めて聞く名前である。
「教団ということは、宗教に関係する組織なんですか?」
「彼等はそう自称しています。創造神の意思で動いているとね。
まあ、我々から見ればただのいかれた集団ですが。」
イルムハートの問いに、カイルは忌々し気にそう答えた。
この世界の宗教は一部の土着信仰を除けば、おおよそ神話をベースにした多神教が主流だ。
最高神を筆頭に戦の神、魔法の神、商いの神等々。
人々は自分の立場や職業によって、最高神に加えそれぞれの神を信仰するのが一般的だった。
例えば、農民であれば最高神と農業の神、鍛冶屋であれば最高神と鍛冶の神といった具合に。
その中で今一つその位置付けが明確でないのが創造神である。
最高神が他の神々とこの世界を造り出した”創造神”であるという説と、先ず創造神が最高神を含む神々を産み出しそこから世界が造られたという説。
創造神についてはこの2通りの考え方があるのだが、実のところ人々はあまり気にしていない。
多神教ゆえに主な信仰は自分に直接関連のある神に対して向けられるため、最高神が創造神であろうとなかろうと正直どちらでもいいことなのだ。
それを考えれば創造神を信じるカルト的な宗教グループなど存在するとは思えないのだが、どうやら”再創教団”とやらは違うらしい。
「創造神は神々とこの世界を創った後、長い眠りについた。そしていつの日かその眠りから目を覚まし、この世界の全てを創り直す。それが彼等の教えです。
まあ、この手の話は神話の解釈にも良くあることなので、それ自体問題があるわけではありません。
ただ彼等の教義が厄介なところは、今のこの世界は失敗作なので早々に創り直す必要があり、そのために創造神を迎える準備をするのが自分達の使命だと考えている点なんです。」
「まさか、そのために世界を滅ぼそうとしているとか?」
「いえ、世界を滅ぼすのは創造神の役目のようです。破壊と再生は表裏一体、創造神は同時に破壊神でもあるわけですね。
ですから彼等の目的は自分たちの手で世界を滅亡させることではありません。
彼等が求めているのは創造神の目覚めなのです。」
「まさか、地上で事件を起こせばその騒ぎで神界かどっかで寝てる神様が目を覚ます、なんて考えてるわけじゃねえだろうな。」
皮肉っぽい口調でデイビッドが言った。
彼は全くの冗談でそう口にしたのだが、カイルは笑うどころかそれを肯定した。
「実はその通りなのです。
この世界が混沌に包まれた時、創造神は目覚めて世界の再創成を行うのだと彼等は信じています。」
「そのために魔獣や魔人を使って騒ぎを起こそうとしてるわけ?
全く迷惑な連中よね。」
「つっても、こんな辺境で何かやらかしたところで大して意味ない気もするけどな。」
憤慨するシャルロットに対し、デイビッドは割と気楽な感じでそう応える。
しかしそれは、少しばかり楽観が過ぎる考え方だった。
「そうとも言えませんよ。
ひとつ大きな事件を起こすよりも、小さな火種をあちこちにばらまくほうが効果的な場合もありますし。」
「イルムハート様のおっしゃる通りです。
大きな事故や事件は、時として人々に結束をもたらす場合があります。それでは彼等が望むような混乱は起こりません。
それより、例え小規模でも至るところで事件を起こし不安や不信を植え付けていった方が、長い目で見ればずっと効果があるのです。
積もり積もった負の感情に何かのきっかけを与えて爆発させる、それが彼等の狙いなのでしょう。」
カイルがイルムハートの意見に同意すると、リックもまたそれに頷く。
「しかも今回は場所が場所だからね。」
「どういうことだ?」
「この西南地脈帯はいくつかの領地が入り組んだデリケートな場所だってことさ。
そんな場所で騒ぎを起こすということは、より重要な意味を持つ。
例えば、ある領地では甚大なダメージを受けたのに、その隣の領地にはほとんど被害が無かったとしたら?」
「……まあ、被害の無かった領主を疑うだろうな。何か仕組んだんじゃねえかって。」
「そう言うことだ。そうなれば今まで以上にこの地域の緊張が高まることになる。
またそうでないにしても、魔人によって被害が出たとなれば王国の政策に不満を持つ者だって現れるだろう。
もしそんなことが各地で起これば、国そのものを揺るがしかねない事態にまで発展する可能性だってあるんだ。」
その言葉にデイビッドは黙り込む。
彼だけではない。イルムハートもシャルロットも”再創教団”とやらがどれだけ厄介な相手なのか改めて思い知った。
「それにしても、世界中で破壊工作を行うなんて、”再創教団”というのはよほど大きな組織なんですね。」
世界の各地に人員を派遣して工作を行うには、かなりの人手と金が必要になるはずである。
だとすると”再創教団”は、下手をすれば小さな国家並みの組織力を持っているのではないかとイルムハートは考えたのだった。
「残念ながら正確なところは分かっていません。各国が協力して調査に当たっているのですが、今だに謎だらけなのです。」
カイルの言葉によると、こと”再創教団”の件についてだけは全ての国の利害が一致する稀有なケースらしい。
人族だけでなく、魔族・獣人族、その全てが種族やイデオロギーを越えて協力し合っているのだと。
それはそうだろう。何しろ”再創教団”の目的はこの世界の滅亡なのだ。放っておくわけにいかないのはどの国にとっても同じである。
「実は各国が力を合わせ過去に何度も彼等を壊滅状態にまで追い込んではいるのですが、その度に復活してくるのです。」
「……なんか、そんな虫がいるよな。茶色くてカサカサ動き回るヤツ。」
「やめてよ!思い出させないで!」
この世界にも茶色くて妙にテカテカした異常に生存能力の高い昆虫がいる。
そして前世と同様に、この世界でも嫌われ者なのだった。
「まあ、それの話は置いといて……”再創教団”というのは、そんなに昔からある組織なんですか?」
デイビッドとシャルロットのやり取りで緊張感が薄まる中、少しだけ苦笑を浮かべながらイルムハートがそう問い掛けた。
”何度も”と言うからには余程以前から”再創教団”との闘いは続いていると感じたのだ。
少なくとも100年か200年くらいは経っているのではないかと。
だが、それに答えたカイルの言葉はそんなイルムハートの想像を遥かに超えるものだった。
「大災禍以前の資料に彼等と思われる記述がありますでの、おそらくその頃には既に活動していたのだと思われます。
ですが、一説では大災厄の前から存在していたのではないかとも言われています。」