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スタンピードと人造魔人の襲撃 Ⅰ

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 翌日の昼近く、イルムハート達はタロレスの冒険者ギルドを訪れていた。

 王都の本部から連絡を受けるためである。

 本来なら地脈調査の準備を行わなければならないのだが、それに関しては待機を命じられていた。

 まあ、”人造魔人”という想定外の要素が加わってしまっては計画の見直しも仕方ないことだろう。

 ギルドに到着した一行は、先ず所長から”人造魔獣”に関しての報告を受けた。魔獣討伐数と魔核買取数を比較した結果をだ。

 結論から言うと、”人造魔獣”出現の可能性は極めて低かった。

 両者の数字が一致しているわけではないが、それは今回に限ったことでもない。

 その時の状況によっては、倒した魔獣から魔核を採取しない(出来ない)場合だってあるのだ。

 今回の場合、通常時の統計と比べても両者の差異に大きな変動は見られず、あくまでも誤差の範囲と判断された。

 また、魔核が採取出来ない魔獣がいたという報告も特に上がってはいないようだった。

 先ずは一安心と言ったところだろうか。

 その後、王都の本部と再び会議を行う……はずだったのだが、それは延期となった。

 アンスガルドにある総本部との協議は既に終了しているらしい。

 しかし、続いて今度はバーハイム王国との協議が行われることになったようなのだ。

 結局、イルムハート達とはその協議が終わった後で再度連絡を取ることになったのだった。


 夕方近く、イルムハート達は再びギルドを訪れる。

 連絡の正確な時間は決められていなかったので、夕食前に本部からの反応をいったん確認しておこうと考えたのだ。

 が、ギルドの様子を見るに、どうもそれどころではないようだった。

 慌しく職員が走り回り、ホールにいた何人かの冒険者は全員妙に殺気立っている。

「ああ、プレストンさん。いいところにいらっしゃいました。ちょうど今、誰か呼びにやろうと思っていたところなんです。」

 その中にいたギルドの所長がリックを見つけ駆け寄って来た。

「どうかしたのですか?」

「どうやらスタンピードらしいのです。」

 リックの問い掛けに対し、所長は驚くべき言葉を口にした。

「大量の魔獣がこの町に向かっているのを巡回の兵士が発見したようなんです。

 先ほど駐留している軍から連絡がありました。」

 それを聞いたリックは軽い眩暈のようなものを感じた。

 無理も無い。魔獣の異常発生に人造魔人の暴走、そして追い打ちを掛けるようなスタンピードの発生だ。

 誰だって頭を抱えたくなる。

「規模はどのくらいですか?」

「雑魚レベルも含めてですが、3桁に迫る数のようです。

 第4地脈の方向からゆっくりと街に近づいて来てるらしいのです。」

 ”暴走スタンピード”と言っても、必ずしも津波のような凄まじいスピードで押し寄せて来るとは限らない。

 流れ出した溶岩のように、じわじわと迫って来る場合もある。

 要は集団での異常行動全般をスタンピードと呼んでいるのだ。

「それで、対処は?」

「駐留軍が迎撃に出ます。ただ、状況によっては籠城することになるかもしないとのことです。

 ギルドには町なかの守備を依頼されました。

 飛行型の魔獣には軍の魔法士が対処しますが、それほど人数がいるわけでもないので討ち漏らしが出るかもしれません。

 その対応ですね。」

 まあ、妥当な判断と言えた。

 地脈には強力な魔獣が多いと言われるが、全てがそうという訳ではない。弱小の魔獣も普通にいる。

 それを考えれば100に近い数字も、確かに多いが決して悲観するほどの数でもないのだ。

 この町には200名の兵士が駐留している。冷静に対処すれば凌ぐ事は可能だろう。

「しかし、地脈で一体何が起こってるんだ?トラブルがてんこ盛りじゃねえか。」

「それについては、ギルドからの情報を待つしかないだろう。」

 愚痴るデイビッドをそうなだめはしたが、リック自身も確信があるわけではない。

「ひょっとすると、ギルドも王国も正確なところは掴みかねている可能性もあるがね。」

 ギルドと王国の協議が思いのほか長引いているところを見ると、彼等も慌てているのかもしれない。そんな風に感じさせられるのだ。

 だが、取りあえず今は町を守ることが最優先である。

「それでは我々も配置に付きます。地脈側に面した町の南側で待機すればよいのですね?」

「はい、お願いします。」

 所長との話を終えて一行が表に出ると、町の様子は明らかに変わり始めていた。

 駐留軍の出陣を目にした住民が騒ぎ出し、徐々にそれが広がりつつある。

 警備隊が出て状況説明を始めたようなのでそれ程大きな騒ぎにはならないとは思うが、それでも不安は拭い切れないのだろう。

 そんな空気がひしひしと感じられた。

 その中を町の南側へと向かう一行だったが、途中で不意にイルムハートが立ち止まった。

「どうしたんだ?」

 皆も足を止めイルムハートに目をやる。

 そして、その表情を見て何やら良くないことが起きていることを直感したのだった。

「人造魔人です!オムイの時と同じ魔力を持った者が、今この町にいます!」


 それは唐突に現れた。

 イルムハートが展開していた魔力探知に、例の人造魔人と同じ波長を持った魔力が突然その”姿”を現したのだ。

 しかも2つも。

「間違いないだろうな?」

 出来れば間違いであってほしい。しかし、そんなミスをするイルムハートではないこともリックには解っている。

「はい。同じ魔力を持った者が2体、町の東側にいます。

 魔力を抑えていたのか、あるいは隠蔽魔法を使っていたのか。とにかく、急に現れました。」

「げっ!あんなのが2人もいるのかよ?」

 オムイでの件を思い出し、デイビッドが顔をしかめる。

「同じ魔力が2つあるということは、魔人が造られたものだって確定したようなものね。」

 人族であれ魔族であれ、別人が全く同じ波長の魔力を持つということはない。

 なのに複数の個体から同じ魔力が探知されるということは、シャルロットの言う通りそれが自然発生したものではないことを示している。

「また暴れているのか?」

「いえ、オムイのように暴走はしていません。ただ……何やら闘っているみたいで、魔法を発動してます。」

 イルムハートは敵の魔力を探知しながら、この町の構図を頭に思い浮かべた。

 東側と言えばオムイから到着した際に通った門のある辺りで、その近くには……。

「場所は軍施設の辺りだと思います。そこで戦闘が起きているようです。」

「それなら大丈夫だな。駐留軍が何とかしてくれるだろうさ。」

 イルムハートの言葉に安堵した様子のデイビッドだったが、彼は大事なことを忘れていた。

「いや、駐留軍はスタンピードの対応で既に出払っているはずだ。残っているのはほんの僅かだろう。」

 そうリックに言われハッとするデイビッド。

 それと同時に、全員の脳裏にひとつの疑問が浮かび上がる。

 果たしてこれは偶然なのか?

 軍施設への襲撃。

 そしてそこはスタンピードの対応によりたまたま警備が手薄になっていた、などという話はあまりにも都合が良すぎる。

 この2つは連動している。そう考えるのが自然だろう。

「まさか、スタンピードまで操れるってのか?……マジかよ。」

 デイビッドが唖然とした表情で呟く。

 だが、そう感じたのは彼だけではない。口にこそ出さないが、その場の全員が感じたことだった。

「ともあれ、放ってはおけない。南側の警備は他の連中に任せて、我々は人造魔人の対処に当たるぞ。」

 リックがそう言うと同時に、皆は町の東側へと向けて走り出した。


(このタイミングでのスタンピードか……どうも嫌な予感がするな。)

 王国軍の駐留地でゲストハウスとして使われる建物の中、出陣してゆく隊列を窓越しに見送ったカイル・マクマーンは何やら胸騒ぎを感じていた。

(”奴等”が何か仕掛けて来ようとしているのかもしれない。)

 ”奴等”なら意図的にスタンピードを起こすことも可能だろう。

 オムイでの件を含め何かがこの地で起きていることは間違いなく、その背後には”奴等”の存在があることを彼は疑っていなかった。

(魔物の異常発生が確認された時点で気が付くべきだったな。)

 考えてみればこの西南地脈帯は、隠れ潜むにも火種を撒くにも絶好の場所と言えた。

 いくつもの領有権が複雑に入り組んでいるため王国の捜査権も制限されてしまうし、何かひとつ大きな事件を起こすだけで近隣領主の緊張を高めることが出来る。

 ここに目が向かなかったのにはとある事情があったのだが、それは言い訳にはならない。

 王国に不利益な全ての事態を察知し対処することが彼にとって、いや彼等にとっての使命なのだから。

 そのために強大な権限も与えられていた。

 実のところ、内務省国土保全局調査官というのは仮の肩書だった。

 本来の所属は王立情報院第3局。

 王立情報院というのは、各省が集めた情報を吸い上げて一元的に管理・分析を行う組織だった。

 王国の各省も独自の情報部門を持っているが、情報院はその大元締めということになる。

 情報の提供は義務であり、特に秘密主義が色濃い軍務省でさえそれを拒否することは許されなかった。

 尤も、自分達だけではどうしても集めきれなかった情報のピースを正確に埋めてフィードバックしてくれるのだから、どの省にとってもこれ程有難いものは無い。

 そのため各省は協力を惜しまないどころか、自分達の職員を派遣してその職務の手助けすらしていた。

 まあ当然それは、見返りを期待した打算的な思惑によるものではあるのだが。

 情報院の第1局は集めた情報の断片をひとつにまとめ上げ、それを分析する部門。

 第2局は不足している情報を補完すべく追加調査を行う部門。

 この2つの局で情報院は構成されている……ことになっていた、公式には。

 表向きは単なる資料整理をするだけの役所と思われている情報院だが、実はもう一つ裏の顔があった。

 集められた情報から表沙汰に出来ない事件やその可能性を見つけ出し秘密裏に処理するための部門、つまり秘密工作の部門だ。

 それが第3局である。

 彼はそこの捜査官兼工作員なのだ。

 局ではある程度事件の発生を予見し、即応体制も布いていた。

 内務省の小型飛空船も自由に使えるよう手も打ってあった。

 確かに西南地脈帯での発生には不意を突かれた感じではあるが、それでも迅速に対応出来た……つもりでいた。

 実際、僅か1日で現地入り出来たのだ。時間的には十分と言っていいだろう。

 だが、それでも秘密保持の点では遅きに失したようである。

 ”人造魔人”。

 どうやらその存在に気が付いている者がいるようなのだ。

 魔石を拾い集めた少年。

 彼がその中に魔核が無いことを理解しているのは明白だった。しかも、その事に困惑している様子も無い。

 そこから導き出される結論は、彼もしくは彼等にはその異常な事態を説明する推論があるということだ。

(それに……私の正体にも薄々感づいているかもしれない。)

 フォルタナ辺境伯子息イルムハート・アードレー。

 王都を出発する前に読んだ彼の資料はカイルを驚かせるのに十分な内容だった。

 辺境伯の子が冒険者をやっていることも驚きだが、その実績を見てさらに驚きは増した。

 確かに高ランクの後見人が付いてはいる。

 だが、例えそうだとしても僅か10歳の子供が足手纏いにもならず難易度の高い依頼をこなすなど、俄かには信じがたい内容だった。

 情報院はイルムハートのことを情報収集対象としていた。

 最初にその名が出たのは、例の”ダーナント伯爵案件”である。

 叔父であるクルーム侯爵からの依頼で、伯爵のイルムハートに対する謀殺未遂を調査したのが始まりだった。

 結果、元々平民に対する行いが問題視されていた伯爵は、その思い上がりから虎の尾を踏んでしまい隠居せざるを得なくなってしまう。

 それ以降、情報院ではイルムハートの情報を集めるようになったのだが、別に要注意人物としてではなくむしろ保護対象としてであったため、今までカイルがそれを目にすることはなかったのだ。

 そして、実際に顔を合わせた際のイルムハートはその知性においてもまた年相応でないことを伺わせた。

 後見人である元王国騎士も厄介だが、おそらく政治と言うものの裏側を知っているであろうあの少年はもっと手強い相手に思えたのだった。

(冒険者ギルドも間違いなく動き出すだろう。となれば、全てを話し力を貸してもらったほうがいいのかもしれないな。)

 この時点では、王国とギルドがこの件について協議し始めた事をまだカイルは知らない。

 だが、そうなるであろうことは正確に予測していた。

 ならば彼等を警戒するよりも、その能力を有効に利用するほうが得策だと判断したのだ。

 そんな風にカイルが考えを巡らせていた時、不意に表が騒がしくなった。

(何だ?)

 不審に思い窓から外の様子を見ようとしたその時、急に閃光が走る。

(!)

 頭で考えるよりも先に本能が危険を察知し、カイルはその場で身を伏せた。

 次の瞬間、爆音と共に窓が粉々に砕け散った。

(襲撃か!?)

 全身に浴びたガラスの破片を払いながらカイルは立ち上がり、再び外へと目を向けた。

 その目には警備のため残留していた兵士と何者かが戦闘を行っている光景が映る。

 その姿を見て驚きと、そして後悔がカイルを襲う。

(しまった!狙いは”アレ”だったのか!)

 スタンピードが目くらましである可能性は考えていた。

 ならば、それに乗じて”奴等”が”アレ”を狙ってくることも当然予測しておくべきだったのだ。

 半ば自分自身に向けた怒りを顔に浮かべカイルが目をやるその先には、魔力により赤く光る目をした敵の姿があったのだった。

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