人造魔人の謎と王都から来た男
翌日、イルムハート達はタロレスへと向けてオムイの村を出発した。
村はまだ元通りの日常に戻るまでにはほど遠い状態だったが、警備隊や増援の冒険者が来てくれた以上イルムハート達が残る意味は無い。
地脈調査のほうも早急に行う必要があるため、後ろ髪を引かれる思いで村を後にする。
その際、イルムハートが拾った魔石は警備隊へ預けることにした。
但し、魔人が実は人だったという話はしていない。
状況証拠のみで確証があるわけでもないし、何より警備隊の隊長レベルにそんな話をしても持て余してしまうだろうからだ。
この件については冒険者ギルドと相談してから、もっと上の方に報告すべきだと判断したのだった。
昼前にオムイを出た一行は、日の落ちる前にタロレスへと到着する。
タロレスは地脈が近いせいもあり、魔獣の対策として7~8メートルほどの城壁に囲まれた町だった。
王国軍も駐留しており、門の警備は軍が行っている。
なんでも、駐留する軍の数は元々100名程度だったのだが、ここ最近の魔獣騒ぎで倍に増やされたとのことらしい。
そのせいか、町中はどこか物々しい雰囲気に包まれていた。
そもそもが鉱山や魔石鉱床で働く者達の集まる町で、一種独特の活気に包まれた場所なのだが今はそれも影を潜めている。
そんな中、イルムハート達はギルドの出張所を訪れ所長と面会した。
その際、真っ先に尋ねたのは「魔核を持たない魔獣は発見されていないか?」ということだった。
”人造魔人”が可能ならば、”人造魔獣”だって造り出せるはずだ。
もしかすると今回の魔獣騒ぎにも関連があるのかもしれない、そう考えてのことである。
尤も、所長からしてみれば極めて意味不明な質問だっただろう。
魔核を持っているからこそ魔獣と呼ばれるのだ。それが無ければただの獣でしかない。
当惑する所長にリックが事情を説明する。
話を聞いてその内容に驚いた所長は、慌てて部下に確認させた。
但し、そのまま聞いたのでは担当者も所長同様に当惑するだけなので、討伐報告のあった魔獣の数と買い取った魔核の数を照合するように命じた。
もし魔獣の増加が”人造魔獣”のせいなのであれば明らかに違いが出てくるはずだからだ。
その後、所長を交えて王都とガレアニの両ギルドを結び会議を行う。
議題は勿論”人造魔人”についてだ。
2人のギルド長も当然驚くだろうと予想していたのだが、意外にもそうではなかった。
文書でのやりとりなので直接顔を合わせて話しているわけではない。
そのため、正確に相手の反応が分かるわけではないが、返って来る言葉は思ったより冷静だったのだ。
確かに、驚いてはいるようだ。
だがそれは、未知のものへの驚きと言うよりも起こって欲しくないことが起きてしまった、そんな感じの反応だった。
2人のギルド長は明らかに何かを知っているようだったが、残念ながらそれは教えてもらえない。
何でもアンスガルドの総本部と協議の必要がある案件らしい。思った以上に深刻な状況のようだ。
だた、可能な範囲でのアドバイスとして、「おそらく、その推測は正しい」という言葉だけをもらったのだった。
会議が終わった頃には夜もかなり深くなっていた。
だが、宿はギルドのほうで取っていてくれたため問題は無い。
食堂も飲み屋を兼ねているので遅くまで開いており、夕食を食いそびれることもなかった。
酔客たちの話題は当然のようにオムイの件一色である。
テレビ・ニュースなどあるわけがないのだが、こういった災害の情報は意外に早く伝わった。
警備隊や各種ギルドが情報を流してくれるのだ。
近隣の街町の場合、自分達も巻き込まれる恐れがあるのだから当然であろう。
ただ、今回は魔獣災害でも自然災害でもない。
まさか一人の”魔人”がオムイの村を壊滅させかけたなど想像もしていないため、情報はかなり錯綜しているようだった。
盗賊説や領地が隣接するラガード伯爵の陰謀説、中には神の怒りに触れたからだと声高に言い回る者までいる。
まあ、酔っぱらいの言う事なので誰も本気にはしていない。
おそらく、当の本人ですら明日の朝には忘れていることだろう。
そんな中、イルムハート達は黙々と食事を取る。
下手に会話をして事情を知っているとバレれば、酔っぱらい達にからまれるだろうことが目に見えていたからだ。
「まったく、呑気な連中だぜ。」
デイビッドはそう言って呆れたが、仕方ないことでもある。
彼等には事の深刻さを知る由もないのだから。
早々に食事を終えたイルムハート達が部屋へ戻ろうとロビーを通りかかった時、一人の男が声を掛けてきた。
「いきなりで失礼します。リック・プレストン殿とお見受けしますが間違いないでしょうか?」
男は地味ではあるがこざっぱりとした服を身に纏い、銀色の髪は短めにきっちりと整えてある。
見るからに中央の役人という感じだった。
「そうですが、貴方は?」
「申し遅れました。私は内務省国土保全局の調査官でカイル・マクマーンと申します。
夜遅くで申し訳ありませんが、オムイの件について少々お話を聞かせて頂きたいと思いまして。」
やはり王都の役人だったようだ。
だが、それはそれでイルムハート達を困惑させる。
何故こんなところに内務省の人間がいるのか?と。
勿論、調査官を派遣する事自体おかしなことではない。
国土保全局は王国内の秩序維持を目的とした組織のひとつで、テロなどの破壊工作を担当する。
今回の魔人による騒動がその調査対象となったとしても不思議はなかった。
ただ、問題は”時間”である。王都から来たにしてはあまりにも早すぎるのだ。
まあ、たまたま別件で近くにいたという可能性も皆無ではないだろうが……。
「まさか、王都からいらっしゃったのですか?」
「はい、内務省の小型飛空船でまいりました。
途中オムイにも立ち寄り、少し前に到着したところです。
それで、貴方を訪ねて冒険者ギルドに顔を出してみたのですが、既に宿へお戻りになられたと聞いたものですから。」
リックの問い掛けにカイルは笑ってそう答えた。
成程、飛空船で直接飛んできたのであれば納得はいく。
小型船なら少し広めの平らな土地があれば着陸も可能なのだ。
しかし、納得できる説明であると同時にそれは驚くべき事実でもある。
何故ならそれは、王国としても今回の騒動をそれだけ緊急の案件として捕らえていることを意味するからだ。
ギルド長達の態度と言い王国の対応と言い何か想像を超えた事態が起きている、そんな予感がイルムハート達を包み込む。
「いろいろありましたので皆さんお疲れとは思いますが、少しだけお時間を頂けませんでしょうか?」
当然、イルムハート達にはそんなカイルの申し出を断ることなど出来なかったのである。
話の内容が内容だけにロビーで話すわけにもいかず、一同はリックの部屋へと場所を移した。
部屋には小さなテーブルと2客の椅子が備わっており、そのひとつをカイルに勧めもう一方にリックが腰を下ろす。
他の3人はベッドに座った。
カイルの質問は基本的に警備隊の聴取とあまり変わりなかったが、より細部について聞いてきた。
「魔人は男だったのですよね?身長はどのくらいでしたか?それと体格は?……あと、大体でいいので人相なんかは分かりませんか?」
「おそらく男で、身長や体格は……ここにいるデイビッドと同じくらいですかね。
人相については申し訳ないがはっきりしません。何しろ魔力の影響でかなり変質していましたから。」
「そうですか。あ、あと服装はどのような感じでしたか?」
「服装ですか?」
そう問われてみて、リックは今まで魔人がどんな服を着ていたかなど気にもしていなかったことに気付く。
「そうですね、言われてみると普通の恰好ではなかった気がします。
飾り気の無い地味な色の上下で、作業着……と言うより囚人服を思わせるような服でしたね。」
「囚人服、ですか……。」
その言葉にカイルの表情は一瞬険しくなったが、すぐに笑顔に戻る。
その後、いくつかの質問を終えると、カイルは最後に小さな革袋を取り出した。
皆、その革袋には見覚えがあった。
オムイで警備隊長に渡してきた、例の魔石の欠片が入った袋だ。
「この中の魔石を拾われたのはどなたですか?」
「僕です。」
カイルの問い掛けにイルムハートが返事をする。
「何故この魔石を?」
「特に意味があってのことではありません。
ただ、何かの役に立つかと思って現場に落ちている物を拾っておいただけです。」
「成程、賢明な判断ですね。
それで……落ちていたのはこれで全てでしょうか?」
「見つけられたのはそれで全てです。」
一瞬、妙な空気がその場に流れた。お互い、相手の腹の内を探っているような、そんな感じだった。
「分かりました。質問は以上です。ご協力感謝致します。」
そんな空気を嫌ったかのようにカイルは聴取の終了を宣言した。
そして椅子から立ち上がろうとしたのだが、リックがそれを引き留める。
「マクマーン殿、こちらからもお聞きしたいことがあるのですが、構いませんか?」
「……お話出来る範囲内のことであれば。」
守秘義務というものがある以上、カイルとて全てを答えるわけにはいかないだろう。
それくらいはリックも理解している。
なので、質問は慎重に言葉を選ぶ必要があった。
「今回の件、確かに村ひとつ壊滅しかけたほどの事件ですが、それにしても対応が早すぎませんか?
通常、この程度の事件であれば、現地の警備隊がまとめた報告を受けてから動くことになるはずですが?」
一体、今回の事件は他と何が違うのか?リックはそう問い掛けた。
それに対しカイルは少しの間思案を巡らせていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「さすがは元王国騎士団の騎士ですね。その辺りのことは良くご存じでいらっしゃる。」
カイルはリックの過去について知っているようだったが、別にそれは驚く程のことでもない。
事件に関わった人物を調査するのは当たり前のことである。
「理由は犯人が魔族だからです。魔族への対応はいろいろとデリケートな部分があるのですよ。
辺境伯のご子息であるイルムハート様ならお分かりになるかと思いますが。」
なので、カイルがイルムハートの身分を知っていても別に驚きはしなかった。
「国際問題になるってことか?」
それを聞いたデイビッドが思いついたように口を開いたが、「あんたは黙ってなさい」とシャルロットに一喝される。
「それもありますが、もっと深刻なのは魔族に対する王国の姿勢が問われるということですね。」
そんなやりとりに苦笑しながらも、イルムハートはフォルタナで政務補佐官から受けた授業を思い出していた。
「バーハイム王国は魔族に対して融和的な政策を取っていますが、王国民の全てが同じ考えというわけではありません。
中には魔族を恐れ、敵視する者も決して少なくはないと聞きます。
なので魔族が事件を起こした場合には、そういった反魔族派を刺激しないよう注意して扱わなければいけないんですよ。」
「じゃあ何か?相手が魔族だとそう簡単に罰するわけにはいかないってことか?」
「そう言うことではありません。魔族だって罪を犯せばちゃんと罰せられます。
ただ、その件が政治の道具にされないように、いろいろと手回しする必要があるんです。」
「言われてみれば、魔族が関わる場合は騎士団や軍ではなく先ず内務省が動く取り決めになっていたな。
政治的な理由なのは解っていたが、そこまで深い意味があるとは正直考えていなかったよ。」
そう言ってリックは過去の記憶を辿る。
取り決め自体は知っていても実際にそれが適用されるような経験はしていなかったせいもあって、その頃はあまり深く考えたことがなかったのだ。
「さすがは辺境伯ご自慢のご子息ですね。」
そう言ってカイルは満足と安堵を混ぜ込んだような笑みを浮かべた。
これなら細かい事をいちいち説明せずに済む、そう考えたのかもしれない。
その言葉ににイルムハートは一応礼を述べたものの
「ですが、この程度の知識は領主の子供であれば皆知っていることですから。」
そう返してから、さらに少し探るような目つきでカイルを見つめた。
「だとしても、随分と対応が早いのですね。
いくら魔族に関わる案件とは言え、これほど迅速な行動には正直驚きました。
王国に仕える官僚の皆さんは余程優秀なのだとお見受けします。」
「……お褒めにあずかり光栄です。」
そんなイルムハートの言葉に笑顔で返したカイルではあったが、その表情は少しだけ強張っているようにも見えたのだった。
「あの最後の一言、アレ何だったんだ?」
聴取を終えてカイルが部屋を辞して行った後、デイビッドがイルムハートにそう問い掛けた。
「え?ああ、あれですか。普通に感心しただけですよ。」
「その割にはアイツ、何か顔が強張ってたような気がするぞ。」
普段は何も考えていないように見えるデイビッドだが、こういったところは意外に鋭い。
「イルムは彼にかまをかけてみたのさ。そうだろ?」
どうやらリックには見通されているようである。
「かまをかけたと言うほどではないですが、マクマーンさんの言い分には少し気になる点があったので。」
「気になる点?気になると言えば全部気になるけどな……。」
「対応の早さに対する説明が曖昧だってことさ。」
イルムハートに代わってデイビッドの疑問に答えたのはリックだった。
「そうか?でも、イルムが言った通り魔族が起こした事件ってのはいろいろ面倒な手回しが必要なんだろ?
そのために急いで来たってのは……あれは嘘なのか?」
「あながち嘘でもないだろうが、それをイルムに言わせるのが喰えないところなんだよ。結局、自分では何も説明していないだろ?」
「言われてみれば、そうね。」
シャルロットも何となくリックの言うことを理解しつつあった。
「難しい事件なら素早く対応するのが当然のように思ってしまったけど、考えてみればイルム君にそう言わせるよう仕向けた感じだものね。」
「確かに魔族が起こした事件への対応は早いに越したことはありません。
でも、現実的に可能な早さというものがありますからね。」
官僚組織では手続きというものが重要視される。個人による権力の濫用を防ぐためだ。
いくら早急な対応が望まれる案件であっても、その手順を無視することは出来ないはずなのだ。
「事件の一報が王都に伝えられたのは、おそらく昨日の夕方くらいでしょう。
リックさんから連絡を受けたギルドからか、それとも警備隊経由かは分かりませんが、どちらにしろそのくらいだと思います。
さらに詳細が判明するのは警備隊がオムイに到着してから、つまり王都はもう真夜中近いですよね。
それから情報を保全局に回して担当者を決めて、さらに飛空船を飛ばす準備まで整えたんですよ。一晩で。
これが昼間ならまだ解りますが、夜ですからね。関係者全員叩き起こして手続きを行ったことになります。
さすがにそれは、ちょっと現実的ではないように思えるんです。」
王国の存亡に関わるほどの事件ならともかく、デリケートな問題とは言え”たかが”村ひとつに被害が出ただけの話だ。
果たしてそこまでするだろうか?
カイルは敢えて魔族犯罪処理の難しさを強調することでリックの質問をはぐらかした。イルムハートにはそう感じられたのだ。
「ってことはつまり、最初から事件が起きることを知っていて、その準備も出来ていたってことか?」
「全て知っていた、というわけではないだろうな。
もしそうなら、前もってガレアニ辺りに調査官を派遣してあるはずだ。いちいち王都から飛んでくるような真似はしないさ。
おそらく、場所までは分からなかったとしても、どこかでこんな事件が起きることは予測していた、そんな感じだろう。」
リックの推測にイルムハートも同意する。
「僕もそう思います。どうやらマクマーンさんは”人造魔人”のことも知ってるようですし。」
「それは私も感じたわ。あの革袋の中に魔核が無いことは気付いているようなのに、特に触れなかったものね。
本当ならもっとしつこく聞いて来てもおかしくないはずだもの。」
シャルロットの言葉に全員が頷く。
まあそれ自体、ある程度予想していたことではある。
”人造魔人”について、冒険者ギルドは明らかに何かを知っている様子だった。
なのに、王国だけ何の情報も持っていないとは考えにくい。
例えギルドから情報の共有がなされなかったとしても、独自にそれを入手出来るだけの能力は持っているはずなのだ。
問題は”人造魔人”による事件の発生が予見され、国家レベルでの対応が既に準備されていたのかもしれないということ。
「なんか……どんどん大事になってきてねえか?」
ぽつりとそう呟いたデイビッドの言葉は、その場にいる全員の気持ちを正しく代弁していたのであった。