砕けた魔石と造られた魔人
魔人は自爆した。
しかし、それが周りに与えた影響は意外に軽微だった。
確かに轟音と共に凄まじい炎が上がりはしたが、さほど拡散することもなく魔人の周囲のみを焼き尽くす形で終息したのである。
「ふう、危なかったな。」
「冗談じゃねえぞ、まったく!」
それでも高温の炎が辺りを包んだせいで、リックもデイビッドも危うくそれに飲み込まれるところだった。
「大丈夫ですか?」
イルムハートが心配そうに駆け寄ると、2人は身体を起こして笑って見せる。
「ああ、大丈夫だ。君のおかげで、なんとか回避出来たよ。」
2人は魔人の自爆を警告するイルムハートの声を聴き、咄嗟に距離を取って地面に伏せたのだった。
おかげでまともに猛火を浴びることもなく、服が多少焼け焦げた程度で済んだ。
「それにしても、この程度の被害で済んだのは幸運だったな。」
そう言ってリックは周囲を見渡した。
それについてはイルムハートも同感だった。
周りにある民家は爆風で屋根が飛ばされている家もあるが、それでも建物自体が倒壊するほどではなかったようである。
「もしかすると、魔人の身体が頑丈だったおかげなのかも。
体内で爆裂魔法を発動させたようなんですが、身体を破壊することで威力を使い果たしてしまったのかもしれません。」
或いは、そもそもの目的が敵を巻き込むことではなく、自分自身を焼き尽くしてしまうことにあったのかもしれない。
証拠を残さないために……。
(まさかね、ヒーローものの怪人じゃあるまいし。)
魔人の自爆を目の当たりにしたイルムハートは、つい前世の記憶にあるテレビ番組を思い出してしまい、そんな自分に苦笑する。
「みんな!大丈夫!?」
爆音を聞いたシャルロットが心配して駆けつけて来た。
「大丈夫、皆怪我は無い。そっちはどうなんだ?」
リックの無事な声を聞いてひとまず安堵したシャルロットだったが、その顔は曇ったままだ。
「一応、あの場にいた人たちは全員無事よ。でも、怪我人は他にも沢山いそうだわ。」
魔人が放った火はまだ村のあちらこちらで煙を上げていた。
それに、火事以外でも被害は出ているだろう。
「私はナバスさんに連絡を取って救援を要請する。皆は負傷者の救出にあたってくれ。」
リックの言葉に3人は頷いた。
「とりあえずシャルは倒れている連中の面倒を見といてくれ。
俺とイルムは取り残されてるヤツがいないかどうか、辺りを見回ってくる。」
イルムハート達の周囲にも怪我を負って倒れている者が何人かいた。
シャルロットは「わかった」と言って彼等の元へと走る。
「俺達は崩れた建物の中に人が残ってねえか調べるぞ。」
そう言ってデイビッドも走り出す。
それを追いかけようとしたイルムハートだったが、ふと違和感を覚え魔人が自爆した辺りに目をやった。
(あれは!?)
そこには例の黒いモヤのようなものが微かに漂っていた。
近寄って見ると、何やら石の欠片のような物が落ちている。
どうやら黒いモヤはその物体から出ているようだった。
(魔石?)
イルムハートは恐る恐る手を伸ばしてみる。
指先で触れてみたが、体に害があるような感じではなかった。
(……これは一体?)
拾い上げた欠片を魅入られたように見つめたイルムハートだったが、「イルム、早く来い!」というデイビッドの声でふと我に返る。
「すみません、今行きます!」
そう叫びながら欠片をポケットにしまい込み、イルムハートはデイビッドの背中を追って駆け出した。
魔人が村に与えた被害は想像以上に大きかった。
暴走し手当たり次第に破壊していったせいである。
だが、そのおかげと言っていいのか分からないが、建物の被害にくらべれば死傷者の数は少ない。
人を殺すことを目的としていたわけではなかったので、先ず自分の進路を塞ぐ建物の破壊を優先させたからだ。
そのため、人々には逃げるための時間が与えられたのだった。
とは言え、それで喜べるわけでもない。
死者の数は2桁に達し、重傷者もその倍はいた。軽傷の者に至っては数える気にもならないない程である。
負傷者は村の広場に集められ、そこで治療が行われた。
地べたの上に薄い毛布を敷いただけの状態で寝かされてだ。
本当なら家のベッドに寝かせてやりたいところだが、分散させてしまうとひとりひとりに目が届かなくなってしまう。
特に重傷者からは目を離すわけにもいかないので、可哀想だがこうするしかなかったのだ。
幸いにも村の医者が無事で、シャルロットは彼と共に重傷者の手当を行った。
治癒魔法とて万能ではない。
魔法を掛けさえすればすべて元通り、とはいかないのだ。
軽傷者はともかく、重症の場合は止血や修復に接合、それらを症状によって適切な手順で行う必要があった。
そうしないと、結果命を縮めることになったり後遺症が残ったりするからだ。
手術を魔法で行うようなものである。
なので、症状が重い患者にはどうしても医学の知識が必要になるのだ。
そのため、治癒魔法に特化した魔法士には医者と同等の知識を持つ者が多くいるのだった。
イルムハートは軽傷者の治療を担当した。
村には簡単な治癒魔法なら使える者が何人かいたので、その者達と治療に当たった。
リックもいちおう治癒魔法は使えるのだが軽い傷を治すのが精一杯で、しかも自分自身にしか魔法を掛けることが出来ない。
他人に治癒魔法を掛けるには魔法を”外”に発動させる必要があるからで、リックの魔法はそこまでには達していないのだ。
デイビッドに至っては論外である。自分のかすり傷を治せるかどうかといった程度だ。
魔法に関してはかなり器用なはずなのだが、使える魔法と使えない魔法の偏りがありすぎた。
まあ、魔法の使用には本人の性格が深く影響してくるので、そのせいもあるのだろう。
そうこうしている内に、辺りにはすっかり夜の帳が下り始めていた。
陽もすっかりと落ち夜が訪れた頃になって、なんとか状況は落ち着いてきた。
重傷者からはまだ目が離せないものの一通りの治療も済み、後は経過を観察する状態にある。
それから少しすると、ガレアニからの救援が到着した。かなり急いで来てくれたようである。
その陣容は警備隊と医者、それに冒険者が数名。
冒険者は魔法士系がほとんどなので、戦力というよりも負傷者治療のサポートとして送られてきたのだろう。
おかげで、シャルロットも彼等と交代してやっと休むことが出来た。
警備隊は先ずイルムハート達に事情聴取を行った。
とは言え、イルムハート達が村に着いた時は既に魔人が暴れ回っている最中だったし、その後は闘って倒しただけである。
さほど詳しい状況は解らないのだ。
尤も、その辺りは警備隊も分かってはいるようだった。
村人のほとんどは未だパニック状態から抜けきれていないため、とりあえず一番落ち着いているイルムハート達から先に話を聞いたに過ぎなかった。
聴取は短時間で終わりその後は宿で休むことを勧められ、有難くそうさせてもうことにする。
夕食は炊き出しを分けてもらい既に済ませてあるので、そのまま宿へと向かった。
この騒ぎの後だ。宿もまともに機能しておらず、とりあえず空いている部屋を勝手に使うよう言われ各自部屋を取る。
「しっかし、とんだ目に会ったなぁ。」
その後、今後の予定を話し合うためにリックの部屋に集まった際、開口一番デイビッドが疲れ果てたかのような声を上げた。
それはその場にいる全員の気持ちを代弁していた。
「何なんだ、あの魔人?何が気に入らなくて暴走なんかしちまったんだろうな?」
「別に、何かが気に入らないから暴走したわけじゃないと思うけど……まあ、確かに謎よね。」
この世界において魔獣は危険な存在ではあるが、だからと言って魔族も同様に危険だというわけではなかった。
知性を持つ彼等は、外見こそ違えどその内面は人族とあまり違いは無いのだ。無差別に人を殺したりするような種族ではない。
まあ、中には危険な人物もいるだろうが、それは人族も同じであろう。
「意識のほうはかなり錯乱状態になっていたように見える。何か麻薬のようなものを使っていたのかもしれないな。」
「自爆するくらいだからな、マトモじゃなかったんだろうさ。」
魔人との闘いを思い出し、リックとデイビッドは思わず眉をひそめる。
そんな中、イルムハートだけが何かを考え込んだように黙り込んでいた。
「どうかしたの、イルム君?」
そんな様子に気付いたシャルロットが声を掛けてきた。
「はい。実は、あの魔人からは2つの魔力を感じたんです。それが気になって……。」
「2つの魔力?魔人はひとりだったんでしょ?」
「はい。ですから、ひとりの魔人が2つの魔力を持ってたんです。」
「ホントに!?」
シャルロットは驚きの声を上げる。
それはそうだろう。人族であれ魔族であれ、いやこの世界に存在する全ての生命はひとつの個体にひとつの(波長の)魔力しか持たないはずなのだ。
1個体が複数の魔力を持つことなど有り得ることではなかった。
「もしかすると、魔族の場合は特殊なのかとも思ったのですが……。」
「そんなことはないわ。魔族だって同じなはずよ。
私もそれほど魔族の知り合いが多いわけではないけれど、2つ魔力を持ってるなんてそんな話は聞いたことが無いわ。」
「そうですよね。……それで、ちょっとこれを見てください。」
そう言うとイルムハートは小さな革袋を出し、その中身をテーブルの上に広げた。
「魔人が自爆した辺りに落ちていた”魔石”の欠片です。」
「休憩中にどっか行ったと思ったら、コレを拾いに行ってたのか?」
テーブルの上に散りばめられた魔石の欠片を見ながらデイビッドが呟く。
「はい、あの辺り一帯から魔力探知に引っかかったものを全て拾ってきました。」
そう言ういながら、イルムハートは欠片のひとつを摘まみ上げた。
「この魔石なんですが……あの魔人から感じた魔力のひとつと同じ波長の魔力を持っているんです。」
「!!!」
最初、皆はイルムハートが何を言っているのか解からない様子だった。
だが、すぐにその意味を理解する。
「てことは何か?その魔石はあの魔人の身体の中にあったってことか?」
「そう考えていいと思います。」
「たまたま魔人がその魔石を持っていて、それが2つの目の魔力に見えたってことは……無いか、やっぱり。」
例え魔石を所持していたからと言って、それが本人の魔力と一体化して探知されることはない。
それぞれ別々の個体が発する別々の魔力として認識される。
遠くからの探知であればその辺りが曖昧になってしまうこともあるが、今回は近接戦闘まで行ったのだ。
そんな相手の魔力をイルムハートが見誤るとは思っていなかった。
それでもそんな仮定を口にしたのは、その先の結論に何となく嫌な気配を感じ取ったからだった。
「ちょっと待って、さっきイルム君は”魔石”と言ったわよね?これ、全部そうなの?」
その”嫌な気配”を具体的に理解したのはシャルロットだった。
「はい、全て魔石です。」
「他に拾い残しはないのよね?」
「完全にとは言い切れませんが、魔力で探知出来たものは全て拾いました。」
その言葉を聞いてシャルロットは黙り込む。その表情は硬く、困惑に満ちていた。
「それがどうかしたのか?」
シャルロットの問い掛けの意味をデイビッドはまだ分かっていない様子だったが、リックは理解したようである。
「……魔核は無いということか。」
「!」
その言葉を聞いてデイビッドもやっと理解し、叫ぶようにして声を上げた。
「待てよ!つまりあの魔人は魔核を持ってなかったってことか?それだとアイツは魔人じゃなくて……人だってことになるじゃねえか!?」
魔族と魔獣が人族や獣と大きく違う点は、その体内に魔核を持っていることだった。
魔核の有無、これが両者の決定的な違いなのである。
魔核はあくまでも体内で生成されるものではあるが成分的には鉱石に近く、魔石と同等の強度を持つ。
そのため、自爆の際に魔石だけが残り魔核は跡形も無く消滅してしまう、などということは有り得なかった。
にもかかわらず爆発の跡から魔核の欠片がひとつも見つからないということは、元々持っていなかったのだと考えるしかない。
つまりそれは、魔人だと思っていた相手が実は人族だったということになるのだ。
「でも、目は赤かったし角も生えてたし……。」
「あれは魔核から強い魔力が溢れ出たことにより起きるものよ。」
デイビッドは何とか否定する理由を探そうとしたが、無情にもシャルロットに論破されてしまう。
「魔核ほどの強い魔力の元を持っていれば、人だってそうなるかもしれない。」
「その強い魔力の元ってのがコレなわけか……。」
デイビッドは目の前の魔石をまじまじと見つめた。
「知らなかった……人に魔石を埋め込むと、魔人になっちまうんだな。」
「そんなわけないでしょ。もし、それだけで魔人になるんだったら、牢屋は魔人だらけになっちゃうわよ。」
犯罪者に対しては、魔法を封印するため魔石の欠片を埋め込むことがある。
シャルロットの言う通りで、仮に魔石を埋め込むだけで魔人になってしまうのであれば、檻の中は魔人だらけということになってしまう。
「もしかすると、魔石を埋め込むとともに何らかの処置を施すことで、人を魔人のように変えることが出来るのかもしれません。
その際、魔石が魔核の替わりになるのでしょうが、元々本人の持つ魔力とは波長が異なるため2つ魔力を持っているように見えたのだと思います。」
そんなイルムハートの言葉が、その場にいる全員に重くのしかかる。
「……つまり、あの魔人は誰かによって造られた魔人だったという事か。しかも、元は人だったと。」
そう絞り出されたリックの声は苦渋に満ちていた。
魔人、いや”彼”が暴走したのも魔人化されてしまったことによるのかもしれない。
となると、”彼”も犠牲者ということになる。
「でも、本当にそんなことが出来るのかしら?」
「分かりません。……でも、僕たちが知らないだけで、方法はあるのかもしれません。」
実際に、闘った相手は魔核の替わりに魔石を持った”魔人”だったのだ。
それが自然発生したものとはとても思えない。
事故なのか人為的なものなのか、とにかく何らかの外的要因によるものと考えるのが正解だろう。
そしてそこには大いなる悪意の存在が感じられた。
「魔獣の異常行動に”人造魔人”か……事態は思ったよりも深刻なようだな。」
地脈地帯で魔獣の異常行動が起こっている事と今回の魔人の件、それぞれを別々のものと考えるのは少し楽観的過ぎるかもしれない。
何らかの関連があると考えておいたほうがいいだろう。
今回の依頼を決して楽なものと思っていたわけではない。
しかし、予想以上に困難な任務になりそうな、そんな予感に襲われるイルムハート達だった。




