ガレアニの街とドワーフのギルド長
長いことお休みしてすみません。
更新を再開します。
王都の飛空船発着場。
イルムハート達4人は、今そこから南西地脈帯近くの街へと旅立とうとしていた。
時は既に3月の後半。
南西地脈帯を領地に持つ領主達との調整が思いのほか長引き、予定よりも半月ほど遅れての出発となる。
どうも王国主導というのが一部の領主にとって受け入れ難いものだったようで、そのために時間が掛かってしまったのだった。
地脈帯に接する土地の中には王国直轄領もある。
彼等はこれを機に王国の影響力が強まるのではないかと懸念したのだ。
結局、各地の冒険者ギルドに対し領主がそれぞれ依頼を出す形にすることで、何とかまとめることが出来た。
ただ、南西地脈帯は広大な領域であり、しかもそこには強力な魔獣が棲んでいる。
そこを調査するには高ランクの冒険者が多数必要となってしまい、地方ギルドだけでは若干人手に不安があった。
そのため、王都のギルドから各地へ増援を送るという形でイルムハート達も旅立つことになったのだ。
送り出されるのはAランク・パーティーが2組、Bランク・パーティーが7組という錚々たる顔ぶれである。
王都ギルドの規模からすれば、それでもまだ十分に余裕のある数字ではあるのだが、さすがにひとつの依頼でこれだけ高ランク冒険者が動くのは異例中の異例と言って良かった。
その冒険者達はそれぞれ割り当てられた地区へと飛空船を使って移動していくところだ。
尚、普通はそんな贅沢な真似はしない。
馬や馬車を使い、行く先々で依頼をこなしながら移動していくのが当たり前だった。
だが、今回は王国が彼等の依頼者ということもあり、飛空船を使っての移動が可能となったのだ。
のんびり時間を掛けて移動しているヒマは無い、そう言う理由もあってのことである。
イルムハート達は、地脈帯北部に位置するガレアニという街に向かうことになっていた。
彼等にガレアニを割り当てたのには少々訳があり、それはそこが王国直轄領の街だからだった。
ギルド・カード上の名前からは特定出来ないものの、イルムハートはフォルタナ辺境伯の息子である。
もしそれがバレた場合、貴族領では何かと面倒なことになるだろう。相手が好意的であろうとなかろうとだ。
それを回避するために差し障りのない直轄領が選ばれたのだ。
「ガレアニのギルド長はセルジオ・ナバスってジジイだ。イルムのことは話してあるから上手く対応してくれるだろう。」
出発前、王都ギルド長のロッドがそう告げてきた。
この場合の”対応”とはイルムハートの出自に関してではなく、その年齢についてのことである。
いくらBランク・パーティーのメンバーとは言えイルムハートはまだEランクだし、しかも年齢は僅か10歳でしかない。
そんな子供を強力な魔獣がうろつく地脈の調査に同行させるとなれば、他の冒険者に不信感を与えないよう根回しが必要なのだ。
「あんな子供に何が出来る!」といった反感を買わないためにも。
「俺からの推薦状を出してある。まあ、それがあればイルムの実力を疑うヤツはいねえだろ、たぶんな。」
「お気遣い感謝します。ですが、ナバスさんを”ジジイ”呼ばわりはどうかと……。」
その対応に感謝しつつも、リックはロッドの言葉に苦笑した。
どうやらガレアニのギルド長はリックの顔見知りのようである。
だが、ロッドには全く気にする様子は無い。
「ジジイはジジイだろ、もう70近いんだからな。」
その会話にはイルムハートも正直驚いた。ガレアニのギルド長が70歳近くだという事にだ。
平均寿命が60歳ほどのこの世界で70歳はかなりの高齢である。
それが未だにギルド長という激務をこなしていることが彼を驚かせたのだ。
まあ、故郷フォルタナではそれを更に上回る年齢の人物が魔法士団長を務めてはいるのだが……。
しかし、後からリックに話を聞いて、イルムハートにも事情が呑み込めた。
セルジオ・ナバスはドワーフなのだ。
ドワーフ、エルフ、そして人間(ドワーフやエルフの方言では別の呼び方もあるらしい)、その3種族をまとめて”人族”と呼ぶのだが、実のところそれぞれの肉体的特徴にはさほど違いが無かった。
ドワーフは小柄で毛深いとか、エルフは細身の長身で耳が尖っているとか、そんなことは全くない。皆、同じような身体をしている。
ただ、唯一外見に違いがあるとすれば、それは肌の色だ。
ドワーフは褐色の肌を持ち、エルフの肌の色は真っ白である。
人間も前世で言う”白人”の部類ではあるのだが、エルフの白さはそれとは異なるものだった。
肌の色素が薄いことによる”白さ”ではなく、白粉を塗ったかのように蒼白いのである。
尚、それだけを聞くと単に肌の色が違うだけの同じ種族なのではないかと思うかもしれないが、実際にはもっと大きな違いがあった。
ドワーフもエルフも人間より長命種なのだ。
人間の平均寿命が60歳であるのに比べ、ドワーフの場合はおよそ100歳と言われていた。
まあ、その位であれば生存環境や生活習慣の違いによる差異であると言えなくもないだろうが、これがエルフになると何と150歳を優に超える。
古老には200歳以上の者もめずらしくなく、中には300歳に達する者すらいるらしい。
さすがにこれだけの差があると同じ”種”とは言い難い。なので、別々の種族とされているのだった。
だが、3者は全く異なった”生物”であるというわけでもない。互いに別の種族との間に子をなすことが出来るのだ。
それが、とりまとめて”人族”と呼ばれる所以でもある。
イルムハート達は朝の便で王都を発ち、日暮れ近くにガレアニへ到着した。
直線距離なら半日ほどしかかからないのだが、乗って来たのは定期船である。
他の街も回る航路であるため、その分余計に時間が掛かってしまったのだ。
だが、馬での旅程にくらべれば、そんなものは誤差の範疇だろう。
ガレアニは人口7,000人ほどで”町”としてはそこそこの大きさではあるものの、”街”と呼ぶには少々小さかった。
本来ならギルドの支部ではなく出張所を置く程度の規模なのだが、地脈帯を近くに持つため例外的に支部が置かれていた。
地脈帯とはそれほど重要な場所なのだ。
到着したイルムハート達をギルドの職員が発着場まで出迎えに来た。
その日はガレアニで一泊する予定なので、荷物を預けるためにまずは馬車で宿へと向かう。
と言っても、収納魔法があるので手持ちの荷物はほんの僅かしかなかったのだが。
宿はギルドが用意してくれていた。ここでは一番の宿らしく、街の規模の割にはかなり豪華な宿だ。
出迎えの職員はそこで一行を降ろすと、そのままギルドへと戻って行った。
リックはギルド長への挨拶のため付いて行くことを申し出たのだが、後で夕食を誘いに来るとのことだったのでひとまず宿でくつろぐことにした。
部屋割りはリックとシャルロットで1部屋、イルムハートとデイビッドで1部屋だった。
既に結婚を明言したリックとシャルロットなので、いまさら周りに気を使い別部屋にする必要は無いということになったのだ。
宿でしばらくくつろいだ後、迎えの馬車に乗り一行はとあるレストランへと向かう。
そこは中々に高級な店で、デイビッドは少し落ち着かなそうな表情をしていた。
「こういう場所は苦手なんだよな、俺は。」
とは言え、せっかくのギルド長のもてなしを断れるはずもなく、大人しく個室へと案内される。
「やあ、プレストン君、久しぶりだね。」
部屋には一人の男性が待っており、一行を見ると立ち上がってリックに声を掛けてきた。
「お久しぶりです、ナバスさん。いえ、ナバス・ギルド長。」
彼がガレアニのギルド長、セルジオ・ナバスだった。
身長はリックと同じくらいで、細身だががっしりとした体はドワーフ特有の褐色の肌をしている。
少し長めの黒髪を後ろに撫でつけたその顔は、とても70歳近くには見えなかった。多めに見積もっても50代といったところだ。
「堅苦しいのは無しだ。ナバスで構わんよ。まあ、座りたまえ。」
リックと握手を交わした後、セルジオは皆に席に着くよう勧めた。
リックとは顔見知りのようだが他の3人とは初顔合わせとなるため、順に紹介してゆく。
最後、イルムハートの番になると
「君のことはロッドから聞いているよ。前から一度会ってみたいと思っていたんだ。
あいつが手放しで誉めるなんて滅多にないことだからね。」
そう言って笑い掛けてきた。
「ナバスさんはボーン・ギルド長とも親しいのですか?」
セルジオの言葉にイルムハートはふと思ったことを口にした。
同じギルド長同士だ、親交はあるだろう。だが、その口調からは単なる職務上の付き合いとは異なる雰囲気を感じたのだ。
「ナバスさんはね、以前王都で冒険者をしてらしたんだ。」
そんなイルムハートの質問に答えたのは、セルジオではなくリックだった。
「その時は私もいろいろと世話になってね。下位ランク時代はよくナバスさんのパーティーと一緒に活動させてもらっていたんだ。」
下位ランクの場合は単独では何かと活動が制限されてしまうため、どこかのパーティーに入るなり共同で依頼を受けるなりする必要がある。
例え前職が王国騎士団の団員であってもそれは変わらない。
尤も、それだけの実力があればすぐに昇格出来るだろうし、ギルド長権限により無試験で昇格することもあるのだが。
「何、君くらいの実力がある人間はこちらとしても大歓迎だったさ。
まあ、あっと言う間にDランクまで上がってしまい王都を離れて行ったのは少し残念だったがね。」
「申し訳ありません。あの時は、あまり王都には居たくなかったもので……。」
「気にすることはないよ。君の気持は分かっている。」
セルジオもリックが騎士団を辞めた理由には薄々気が付いていたのだろう。
頭を下げるリックに対し、そう言って優しい笑顔を返した。
「その頃はロッドもまだギルド長ではなく、私のパーティーで活動していたんだよ。」
「そうなんですか?」
その言葉に、リック以外の面々は驚いた顔をする。
まあ、彼にだって当然下積み時代はあるはずなのだが、”あの”ロッドが誰かの下で働いている姿など想像できなかったのだ。
「ロッドとは、まだあいつが駆け出しの頃からの付き合いでね。
今でこそ王都のギルド長として偉そうにしているが、昔はやんちゃで問題ばかり起こすヤツだったよ。」
そんなセルジオの昔語りに、俄然喰い付いてくる人物がいた。
「その辺り、詳しくお願いします!」
テーブルに身を乗り出しながら、デイビッドが目を輝かせる。
ロッドにはいつも怒鳴られてばかりいるので、ここで過去のネタを仕込み一矢報いようというのだろう。
その意図がバレバレだった。
「言っておくが、ギルド長がトラブルを起こしたのは一部の貴族や大商人達に対してだ。
彼等の冒険者を見下す傲慢な態度に腹を立ててのことであって、決してプライベートでの問題ではないぞ。」
そうリックに釘を刺されてしまい、デイビッドは沈黙せざるを得なかった。
しかし、しぶとさが彼の強みでもある。
「でもギルド長だって人間ですからね、何かヤラかしてるはずですよね?」
料理が運ばれてきた頃には完全復活を遂げ、そう言って皆を呆れさせたのだった。
談笑の中で食事を終えると、話は今回の依頼の件へと移る。
「状況は聞いていると思うが、地脈帯から出てくる魔獣の数は一向に減る様子が無い。
魔獣の異常行動自体はそうめずらしいことでもないのだが、今回のように広範囲で、しかもこれほど長期に渡るのは極めて異例のことだ。」
食事中とは打って変わり、セルジオの声には重々しさが感じられた。
「鉱山のほうも魔獣の対応で手一杯になっていてね、採掘作業にも影響が出てしまっている。
それによる経済的な損失も馬鹿に出来ず、出来るだけ早期に解決することが望まれているんだよ。」
「その割には、随分と調整に時間が掛かったみたいですけどね。」
そんなセルジオの言葉に、シャルロットがぽつりと皮肉を口にした。
勿論、それがセルジオに対しての皮肉でないことは皆判っている。
「まあ、それは仕方ないことだろう。
領主達にとって魔獣は厄介だが、他の領主のことはそれ以上に警戒しているんだ。
地脈で採れる鉱石や魔石は重要な収入源となっているからね。昔から何かとトラブルの絶えない場所なんだよ。
今回も、この機を利用して勢力を伸ばそうとしているのではないかと、互いに疑心暗鬼になっているのさ。」
仕方ないこと、そう言いつつもセルジオの表情には苦々しい思いが滲み出ていた。
イルムハートとしてもセルジオの気持ちは良く解かる。しかし、同時に領主達の考えも理解出来るのだった。
故郷フォルタナでは幸いにもこういったトラブルは無い。
だが、それでも領地と領地の境というのはデリケートな対応が必要とされる場所であった。
ただでさえ難しい土地であるにも拘らず、更に実利がからんでくるとなれば、それは領主達も必死になるだろう。
「それで、私たちはどう動けば良いのですか?」
とは言え、愚痴を言ってばかりでは始まらない。
リックが話を本筋に戻すと、それに応えてセルジオは一枚の地図を取り出した。
「南西地脈帯は7つの大きな地脈から成り立っている。
周囲には小さな地脈もいくつかあるのだが、それらもひとまとめにして第1から第7の地脈として分類されているんだ。
地脈が土地の名前ではなく番号で呼ばれているのは……まあ、想像の通りだね。」
普通、地脈はその土地の名を冠して○○地脈と呼ばれるのだが、さすがにここではそういうわけにもいかない。
地名を付けることで、それを根拠に領有権を主張されては困るからだ。
「我々が担当するのは直轄領に接している第3、第4ふたつの地脈だ。
第3地脈のほうは直轄領に深く入り込んでいるので、鉱山が開かれて人員も送り込んである。
だが、第4地脈のほうはその大部分が隣のラガード伯爵領に位置しているため、こちらには手を付けていない。」
ラガード伯爵。王国南西部に広い領地を持つ有力な貴族だ。
家の歴史は旧く、その権勢は十候に次ぐとまで言われている。
さすがに王国としても彼とのトラブルは避けたいと見えて、第4地脈には手を出してはいないようだ。
「第3地脈のほうには鉱山町への増援として既に人を出しているので、君達には第4地脈を担当してもらいたい。
ここから2日程行ったところにタロレスという町があるので、そこを拠点として行動してもらことになる。
タロレスは中規模の町でそれなりに発展はしているのだが、鉱山町への中継地として特化した土地でね。
残念ながら、それほど上品な町とは言えないだろうな。」
「問題ありません。私達も観光で来たわけじゃありませんから。」
当然、そんなことは誰も気にしない。
”上品でない”どころか荒っぽい連中ばかり集まる町だってあるし、仕事でそういった場所を訪れることもある。
いちいち気にしていたのでは冒険者などしてはいられないのだ。
リックの言葉に皆が頷くのを見て、セルジオは満足そうな笑みを浮かべた。
「向こうに着いてからの行動は君達に任せる。自分達でやり易いように動いてくれ。
タロレスのギルドには全面的にバックアップさせるので、遠慮なく使ってもらえばいい。」
そう言った後、セルジオは皆の顔を見渡し一番重要なことを伝える。
「解かっているとは思うが、今回の任務はあくまでも原因の調査であって魔獣の討伐が目的ではない。
生きて情報を持ち帰ることが最優先だ。それだけは忘れないように。」
その言葉にイルムハート達は静かに、しかし強く頷いたのだった。