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Eランク冒険者と見習い最後の任務

 故郷ラテスから王都へと戻りしばらくすると、イルムハートは冒険者ギルドからの呼び出しを受けた。

 正規ランクへの昇格、そのためらしい。

 本来、冒険者登録は11歳になる年からしか行うことが出来ない決まりになっていた。

 そのため、昨年まで正規のランクではなく、特例として設けられたGランクの資格で冒険者活動を続けていたのだった。

 だが、イルムハートも今年で11歳になる。

 既定の年齢を満たしたことで自動的にFランクへと昇格することになるため、その手続きを行う必要があるのだ。

 ギルドを訪れたイルムハートは、すぐさまギルド長の部屋へと通された。

 既に慣れてしまっているのであまり気にしていなかったが、よくよく考えてみれば下位の冒険者がこうも簡単にギルド長と面会出来るというのは異例のことである。

 普通、新人たちはギルド長の顔すら滅多に見ることはない。話をする機会など皆無と言ってもいいだろう。

 何しろ平社員と社長のようなものなのだ。

 それを窓口に顔を出すや否や

「ギルド長が部屋で待ってるわよ。」

 の一言ですぐ奥へと案内されるのだ。

 イルムハートのことを良く知らない新人たちはそれを見て目を白黒させ、ベテランたちはその姿を面白がるのだった。

「おう、来たな。まずは座れ。」

 部屋に入って来たイルムハートをギルド長のロッドが迎えた。

「えーと、今日はまた何かお話でも?」

「そんなに身構えるなよ。別に取って食おうってわけじゃねえ。」

 何やら少々警戒気味のイルムハートを見て、ロッドが笑う。

「でも、昇格の手続きだけなら窓口で十分なはずですよね?

 それをわざわざ部屋に呼び出すからには、何かあると考えるのが普通じゃないですか。」

 イルムハートはこの2年近くの付き合いで、ロッドが中々の食わせ者であることを十分に理解していた。

 別に無理難題を押し付けてくるわけではないものの、こちらの意表を突いてくることがしばしばある。

 良い話ならそれでもいいのだが、時々突拍子もない事を言い出すのだ。

「まあ、そいつはそうだが、だからって警戒することはねえだろ。」

 ロッドにもその自覚はある。と言うか、むしろ確信犯に近い。

 なので、そんなイルムハートの様子にも腹を立てることは無かった。

「今日からEランクになるわけだからな、窓口でってわけにもいかねえのさ。」

「Eランク?」

 ロッドの言葉に、思わずイルムハートは聞き返してしまう。

 自動昇格するのは正規ランクの一番下、Fランクのはずなのだ。

 なのにEランクとは……単に言い間違えただけかと思ったが、どうも違うようだった。

「そう、Eランクだ。Fはすっ飛ばしてEランクになるってわけだ。」

「でも僕は昇格試験を受けてませんよ?」

 確かに、Gランクの者は他よりも早くEランクに昇格する。

 無試験で登録できるFランクに比べ、Gランクはまがりなりも試験を受けてその資格を取得しているのだ。素地が違う。

 おまけにGランク時代の実績も加えれば、Eランクに上がるのもそう難しいことではない。

 だが、それには昇格試験を通る必要があるはずだった。

「試験?そんなもんは必要ねえよ。

 Dランクまではギルド長権限で無試験でも昇格させることが出来るんだ。

 と言うか、そもそもお前に今さら試験なんかする必要があるか?時間の無駄だろ、そんなもん。

 まあ、本当はDランクまで上げてやりたいところだが、お前の場合は年齢制限に引っかかるんでまだ無理だがな。」

 そう言えば、ラテスのハロルドからも同じようなことを聞いた記憶があった。

「リックと離れちまったらFランクじゃやり辛いだろ?

 自分じゃ依頼は受けられんし、他のヤツと組むにしても学院に通いながらじゃ都合も付けにくいしな。

 だが、Eランクならその辺の融通は利くだろうさ。」

 Fランク冒険者はまだ駆け出しで技量に不安が残る状態のため、自分で依頼を受けることは出来ない決まりになっている。

 なので、受注資格を持つ冒険者と組んで仕事をする必要があるのだが、イルムハートは高等学院に通うことになっているため活動可能な時間が大幅に制限されてしまう。

 そうなると他の冒険者とスケジュールを合わせるのも難しくなり、思うような活動が出来なくなってしまうだろう。

 しかし、Eランクであれば活動地域は限定されるものの、依頼を自分で受けることが可能だった。

 それは、イルムハートの都合で自由に活動出来ることを意味するのだ。

 随分と気を使ってくれているものだ。

「そこまで考えて頂いてるとは……お心遣い、感謝します。」

「なに、こっちにはこっちの皮算用ってもんがあるんだよ。」

 イルムハートが素直に礼を言うと、ロッドは少しだけ照れたような表情を受かべ

「お前みたいなヤツを遊ばせとくのは、ギルドにとって損にしかならねえしな。

 キッチリ働いてもらうのが狙いなんだから、別に礼は必要ねえよ。」

 そう言って笑った。

 確かにそれは本音なのだろう。

 だが、だからと言ってギルド長自らこうして動く必要があるとも思えない。部下に指示するだけで済むはずだ。

 それでも、自分だけが特別扱いされているなどとイルムハートは思わない。

 まあ、多少は目を掛けてもらっているかもしれないが、基本的にはこれがギルド長の本質なのだと考える。

 当然、ギルドの利益というものを常に考えてはいるだろう。

 しかし、同時に冒険者の立場でものを考え、彼等が動きやすいように気を配ってもいる。

 それは回り回ってギルドにも良い結果として返ってくるのだ。

 粗野な外見に似合わず緻密で柔軟な思考を持つ”冒険者の親玉”。それがロッド・ボーンという人間なのだと。


 数日後、次の依頼任務について打ち合わせる際に、イルムハートはリック達にEランク昇格の報告を行った。

 イルムハートにとってEランクへの昇格は予想外のことだったのだが、リック達にとってはそうでもなかったらしくあまり驚いた様子は無い。

 と言うか、リックに至っては事前にロッドから相談も受けていたらしい。

「あくまでも後見人に話を通しておくのが目的で、私の意見がどうであれギルド長の中では既に決定事項になっていたみたいだけどね。」

 そう言ってリックは笑った。

「言われてみれば、イルム君ってまだGランクだったのよね。一緒にいると、つい忘れちゃうわ。」

 笑いながらそう言ったシャルロットの言葉が、ここにいる皆の本音だった。

 イルムハートは既に3人と対等に仕事をこなせるほどになっており、皆も特別扱いせず同等の役割を負担させている。

 そんな感じで共に活動していると、イルムハートが下位ランカーであることはおろか、まだ10歳の子供であることすら時々忘れてしまうのだ。

「実力は言うまでもないが、物言いまですっかり大人びてきてるからな。

 ただ、性格だけはちょっと歪んできちまって……兄ちゃんは悲しいぜ。」

「誰が兄ちゃんよ。中身だけならイルム君の方がよっぽど大人よ。アンタは出来の悪い弟ってとこでしょ。」

 相変わらず容赦のないシャルロットの言葉がデイビッドに襲いかかる。

「だから、お前のそういう口の悪いとこがイルムにヘンな影響与えてるんだって。

 昔はもっと素直でいいヤツだったのに……。」

「僕は今でも素直なつもりですよ。」

 と、イルムハート。

 最近はこの2人の掛け合いに割って入ることも多くなっていた。その際、どちらの側につくかと言えば当然シャルロットである。

 勝てない相手を敵にするつもりはないし、何よりデイビッドには突っ込みどころが多すぎるのだ。

「ただ、"お兄ちゃん”があまりにも自由過ぎるので、つい厳しい言い方をしてしまうんです。

 ……そう言えば、ギルド長が近いうちに顔を出すようにって言ってましたよ。」

「げっ!」

 イルムハートの言葉にデイビッドは蒼くなる。何か心当たりがあるらしい。

「アンタ……また何かやらかしたの?」

 シャルロットに冷たい目で見つめられたデイビッドは「俺は知らん!冤罪だ!」と必死に主張したが、勿論誰も取り合わない。

「日頃の行いって大事ですよね。」

 そう言って実に良い笑顔を浮かべるイルムハートに対し

「……お前、ホント可愛げなくなったよな。」

 そう呟くしかないデイビッドだった。


 その後、少々やさぐれてしまったデイビッドをどうにか宥めながら、ひとまず打ち合わせは終了した。

 多少の雑談を交わし、その日はそれで終わりかと思ったのだが、リックにはまだ話しておきたいことがあるようだった。

「まだ少し先のことになると思うけれど、地脈の調査依頼を受けるつもりでいるんだ。

 良ければ君もそれに同行させたいと考えているのだがどうだろうか?」

 地脈とは地中から魔力が噴出している場所のことで、濃い魔力のせいで強力な魔獣が棲息する場所でもある。

 しかし、わざわざイルムハートに意思を確認するのはそれが理由というわけではない。

「地脈付近には確かに強い魔獣が生息しているけれど、まあ君なら問題ないだろうと思っている。

 ただ、少し遠いのでね。今までよりも日数が掛かるんだ。」

 リックが気にしているのは、あくまでもスケジュールについてだ。

 いくら実力に問題無いとは言え、イルムハートはまだ10歳の子供である。

 あまり長い期間屋敷を留守にするような真似はさせたくなかった。

 なので、今迄はどんなに長くとも2桁にはならない日数で完了させられる依頼のみを選んでいたのだ。

「南西地脈帯のことは君も知っているだろう?王国南西部にある地脈の密集地だ。

 実は昨年後半くらいから、この辺りでの魔獣討伐依頼が大幅に増加していてね。

 一時的にならそういうこともあるだろうけれど、それが半年近く続いている、と言うか更に増加傾向にあるようなんだ。

 いくら何でもこれはおかしいと言うことで、その調査を行うことになったんだよ。」

 その時点で、イルムハートにもリックが何を気にしているのかが分かった。

「南西地脈帯までだと、往復だけで10日以上掛かりますものね。」

「まあ、さすがにそこに無駄な時間を掛けるつもりはないよ。途中までは飛空船を使うので、移動は片道3日程度だ。

 ただ、今回の目的は調査なのでね、魔獣討伐のようにすぐ結果が出せるものでもない。おそらく何日も地脈の辺りを調べて廻る事になるだろう。

 そうなると今までより長く王都を留守にすることになる。」

「別にその点は問題ないと思います。」

 実を言えば、長期間留守にすることを2人の姉が快く思わないだろうことは容易に想像が付く。

 だがそれは単に一緒にいる時間が減るという理由からでしかなく、イルムハートの冒険者活動自体には全幅の信頼を置いているので決して反対することはないはずだ。

 ただそれとは別で、イルムハートにはひとつ疑問に思うことがあった。

「でも、地脈の調査なら本来は領軍が行うべきことなんじゃないですか?それが何故ギルドに?」

 地脈とは強力な魔獣のうろつく厄介な場所であると同時に魔石や希少な金属が採掘出来る、領地経営にとって重要な場所でもある。

 その調査を他人に依頼するなど、治世者としての怠慢ではないかと思えたのだ。

「確かに普通ならそうなるだろう。何しろ地脈の近辺は領地の中でも最重要地点だからね。

 だが今回の場合、逆にそれが理由でギルドを頼らざる得なくなってしまったのさ。」

 リックはそう言いながら、少しだけ肩をすくめて見せた。ちょっと呆れている風でもある。

「南西地脈帯はいくつかの領地にまたがって存在しているんだが、そのせいで色々とデリケートな問題を抱えていてね。

 元々、鉱山や魔石の採掘権を巡ってトラブルが絶えない場所なんだ。

 そこにそれぞれの領主が軍を派遣したらどうなると思う?」

「……小競り合いが起きるのは目に見えてますね。」

「そうだ。だが、だからと言って王国軍を派遣するわけにもいかない。領主たちに要らぬ疑念を抱かせてしまうかならね。

 そこで冒険者ギルドに依頼が回って来たと言うことなんだよ。」

「という事は今回の件、王国からの依頼なんですか?」

 イルムハートはちょっと驚いた。

 確かに南西地脈帯は王国にとっても重要な場所ではあるが、領有している領主ではなく王国から直々に依頼が来るのは異例のことだと感じたのだ。

「そういう事だよ。

 王国としても昔からあの辺りのトラブルには頭を悩ませていてね、今回の件が他に飛び火しないうちに何とかしたいと考えているのだろう。

 かなりの予算をつぎ込んできたらしく、地脈帯周辺のギルドと王都本部の共同で受注する大規模な任務になりそうなんだ。」

 地脈は貴重な鉱物資源を産み出すことで領地の財政を豊かにし、その経済力を背景に領主は強い力を得ることが出来る。

 そのため、南西地脈帯近辺には王国ですら気を遣わねばならないような有力な領主も存在していた。

 彼等を刺激しないためにも、第三者による早急な事態の処理が必要なのだろう。

「なるほど、わかりました。勿論、僕も参加させてください。」

「では、君にも一緒に来てもらおうか。」

 イルムハートの答えにリックはそう笑ってみせたが、それはどこか一抹の物寂しさを感じさせる笑顔だった。

「人選や各領主との調整にもう少し時間が掛かりそうなので、実際に現地へ向かうのは3月に入ってからになるだろう。

 ……おそらく、それが君との最後の冒険者活動になるのだろうね。」

いつも私の拙い作品にお付き合いいただきありがとうございます。


申し訳ないのですが、事情によりひと月ほど更新を休ませていただきます。

12月から再開する予定ですので、その時にはまた読みに来てもらえると嬉しいです。

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