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それぞれの往く道とその未来

 リックがAランクへ昇格することを決心したのは、その年の暮れであった。

 イルムハートも既に10歳。

 年が明けて6月にはアルテナ高等学院へ入学することになるため後見役もそこで終了となる。

 それを機にAランクへと昇格し、ゆくゆくはどこかでギルド長を務めることを考えているようだった。

 シャルロットと結婚し所帯を持つためというのもその理由の一つではあったが、何よりもイルムハートと一緒に過ごすことで後進の育成にやり甲斐を見出したことが大きな動機となったのだ。

 それに合わせてシャルロットとデイビッドもBランクへ昇格することにしたらしい。

 デイビッドはともかく、シャルロットまでがBランクになるという話は、正直意外だった。

 結婚を機に引退するのではないかと考えていたのだ。家を守るために。

 しかしそれは、この世界の女性の強さをまだ理解しきれていなかったのだと、イルムハートに実感させることになる。

 シャルロットにそんなそんなつもりはさらさら無いのだ。

「ギルド長と言っても現役Aランク冒険者なんだから、当然現場にも出るのよ。

 その時は私もついて行かないわけにはいかないでしょ?

 だから冒険者を辞めるつもりはないわ。

 ……まあ、子供が出来たらちょっとは考えるかもしれないけど。」

 最後の台詞には少し顔を赤らめたものの、当然のようにそう言ってのけた。

「俺はギルド長代理みたいな立場を狙ってるんだけどな。

 リックの替わりにギルドで留守番してるってもの悪くないだろ。」

 ニヤリと笑いながらそう言うデイビッドだったが、速攻でシャルロットから「何言ってんの、あんたも一緒に行くのよ」と言われてしまった。

 尤も、悪ぶってるだけなのはイルムハートにも分かる。

 おそらく、いや間違いなくデイビッドはリックと共に冒険者として活動することを望んでいるはずなのだ。

 まあ、あまり私生活での悪さが過ぎると、今度はリックからお目玉を食らうことになるだろうが……。

「そうなると、もう王都に戻って来ることもなくなるんですね……。」

 イルムハートの後見役を終えた後、リックはアンスガルドへ行くことになる。

 Aランクへの昇格試験とギルド長になる教育を受けるためだ。

 冒険者の頂点であるAランク試験はアンスガルドでしか行われない。

 Aランクになれば総本部直属になるという理由もあるが、そもそも最高実力者の試験など各本支部で出来ることではないからだ。

 しかしそれは総本部でも同じである。Aランクより上の位が無い以上、誰がその力を試せるというのか?

 なので試験に実技は無く、冒険者ギルド最高幹部達との面接により昇格が判断されるのだった。

 まあ、リックのような実力・人格共に兼ね備えた人物であれば問題無く昇格出来るだろう。

 となると、その後はアンスガルドで教育を受け、いずれどこかのギルドへ赴任することになる。

 当然、シャルロットもデイビッドもそれについて行くはずだ。

 つまり、彼等がアンスガルドへ旅立つということは、イルムハートとの本当の別れを意味するのだ。

「君が冒険者を続けていれば、いずれまたどこかで会えるさ。」

 寂し気なイルムハートに向かい、そう言ってリックは優しく微笑んだ。

「落ち着く先が決まったら連絡するからよ、その時は遊びに来なって。」

「そうね、その時を楽しみに待ってるわ。イルム君。」

 デイビッドとシャルロットも明るく笑ってそう言った。

「はい、絶対に。」

 イルムハートも笑い返す。

 まだ、彼等との冒険者生活が終わったわけではないのだ。

 期間は残り少ないが、もう少し一緒にいられる。

 いずれ来る別離を悲しむ前に、その時間を有意義に過ごすことが大事だった。

 悔いを残すことなく、彼等と笑って別れることが出来るように。


 別れと言えば、高等学院入学にあたってイルムハートの傍を離れていく者がもうひとりいる。

 お付きのメイドであるエマ・クーデルだ。

 元々20歳を迎えたら実家に戻り、家業を継ぐ兄の補佐をする予定ではあった。

 それを、イルムハートの希望により高等学院入学まで延長していたのだ。

 イルムハートにとってエマと別れることは何よりも辛いことだった。

 だが、彼女には彼女の人生がある。自分の我儘で左右して良いものではない。

 自分自身にそう言い聞かせ、なんとか受け入れようとするイルムハートだった。

 ところが。

「お暇を頂いた後もラテスには戻りません。

 うちの支店が王都にもありますので、しばらくはそちらで家業の勉強をするつもりです。」

 突然、エマがそう言いだしたのだ。

 いや、イルムハートが知らなかっただけであって、実は前々から考えていたようである。

 実際、家に戻ったからと言ってすぐに実務をこなせるわけでもなく、当分の間は働きながら家業について勉強していくことになるのだ。

 ならばラテスの実家であろうと王都の支店だろうと同じである、ということなのだろう。

 エマとしても出来るだけ長くイルムハートの近くにいたい、そう考えていたのだった。

 当然、イルムハートは喜んだ。

 勿論、今のようにいつでも傍にいてくれるわけではない。

 だが、同じ王都に住むことになるのだ。望めばいつでも会うことが出来る。

 そのことがイルムハートにとって何よりの心の救いになったのだった。

 ちなみに、警護役であるタマラ・ベーカーもエマの退職を残念に思うひとりだった。

 但し、彼女の場合はイルムハートとは別の理由だ。

 魔法士団の一員であるタマラは、エマの魔法の素質を高く評価していたのだ。

「残念です。エマさんなら魔法士団でも十分にやっていけるでしょうに。」

 タマラにそう言われた時、エマは少し複雑な表情を見せたのだった。

 確かにエマは強い魔力を持ち、魔法の資質にも恵まれていた。

 しかし、制御が未熟なせいで魔法を暴走させてしまったことが以前にあった。

 おそらく、それを思い出したのだろう。

 とは言え、今のエマは違う。

 その時の反省から、魔力が正しく制御できるよう時間を見つけてはこつこつと訓練していたことをイルムハートは知っていた。

 別に魔法の上達を目指したわけではない。

 ただ、自分の力の危険性を悟り、周囲の者を危険な目に合わせることのないようにと考えてのことだった。

 おかげで彼女はタマラに評価されるまでに成長したのだ。

 そんなエマの力を評価しているのはタマラだけではない。実はシャルロットもだ。

 最初に顔を合わせた際、シャルロットはエマのことを魔法士だと思ったらしい。

「え!?エマちゃんって本当にただのメイドだったの?

 てっきり護衛の魔法士がメイドの扮装してるのかと思ったわ。」

 後でエマが正真正銘イルムハート付きのメイドだと知った時、シャルロットはそう言って驚いたのだった。

 メイドの扮装をする魔法士。

 何故そんな発想が出てくるのかは分からないが、とにかくシャルロットがカン違いする程エマの魔力は完全に制御された状態にあったのだ。

 尚、余談ではあるがエマとの顔合わせの際、当然のように彼女に色目を使ってくる人物がいた。

 デイビッドである。

 デイビッドの言動には寛容……と言うか、あきらめに近いものを持っているイルムハートではあったが、こればかりは許すわけにいかない。

「エマ、この人に何かされそうになったら、遠慮なく魔法を使っていいからね。僕が許す。」

「その時は、私も手伝うわよ。」

 イルムハートに続きシャルロットにまでそう言われてしまっては、さすがのデイビッドもちょっかいを出すわけにはいかなかった。

 この時ばかりは本気で命の危険を感じたと、後でデイビッドにそう言われた。

「お前、シスコンの気があるんじゃねえか?」

 シスコンかどうかは別として、”エマ離れ”出来ていないという自覚はイルムハートにもある。

 変わらなければいけないと解ってはいるのだが、幼いころから誰よりも、おそらく両親よりもずっと近くで見守ってくれた存在なのだ。

「人間、そう簡単には変われないさ。まだ時間もあることだし、ゆっくり慣れていけばそれでいいよね。」

 多少言い訳じみてはいるとは思いながらも、そう言って自分を納得させるイルムハートだった。


「酷いと思いませんか?イルムハート様。」

 どう言っても納得しそうにないのはニナ・フンベルである。

 彼女が愚痴をこぼしているのは王都警護員の入れ替えに関してだ。

 イルムハート達の警護をするため王都に派遣されている面々は、今年の初めと来年の年明けで総入れ替えされることになっている。

 別に不祥事等があったわけではない。入れ替えは当初から予定されていたことなのだ。

 イルムハートが王都へと移り住む際、ニナは自分も警護役として付いて行くことを希望した。

 元々フォルタナにおいてイルムハートの警護役はニナにほぼ固定化されていたせいもある。

 だが、その希望は叶わなかった。

 初年度は入れ替えそのもが無かったので、それは仕方ない。

 そして、今年は残念ながら選に漏れてしまった。

 ならば来年こそと意気込んでいたものの、やはり選ばれなかったのだ。

「あれだけお願いしたのに、団長ったら私を選んでくれなかたんですよ!あんまりです!」

 年末、イルムハートが帰省した際に騎士団を訪れると、すぐさま近づいてきてそう愚痴ったのだった。

 だが、よくよく話を聞いてみると別に怒ることではないようにも思えた。

 それどころか、むしろ喜ぶべきことなのではないかとイルムハートは思う。

 何故なら、彼女が選ばれなかったのは第1小隊の副隊長へと内定したためだからだ。

 第2小隊を率いていた40代の小隊長が年明けに一線を退き、見習い団員の教育係を務めることになった。

 それに伴って騎士団は大幅に再編成されることとなり、その人事においてニナは副隊長になることが決まったのだ。

 フォルタナ騎士団は5つの小隊から成っている。

 一応、各隊に番号は付いているもののそれは決して序列を表すものではなく、どの隊も同等の地位にあると言って良い。

 だが、第1小隊だけは違った。

 第1小隊は団長であるアイバーンと常に行動を共にする最精鋭を集めた小隊なのだ。

 その副隊長ともなれば、他の小隊長と同格に近い。

 それではさすがに王都へ派遣するというわけにはいかないだろう。

 しかし、それはむしろ名誉なことであって、文句を言う筋合いの話ではないはずだ。

「第1小隊の副隊長だなんて、凄いことじゃないですか。それだけ評価されてるという事ですよ。」

 イルムハートはそう言ってなだめたが、それでもニナは納得がいかないようである。

「評価して下さってるのなら、私の望みを聞いてくれてもいいと思いませんか?

 これはもしかすると、私が王都行きをしつこく訴えるものだから、それを黙らせようと言う団長の策かもしれません。」

 まさかそんな理由で第1小隊副隊長という重要な地位を与えるはずはないのだが、目の前のニナを見ていると妙に説得力を感じてしまうイルムハートだった。

「何故、そうまでして王都に行きたいんです?」

「だって、イルムハート様と一緒にいると楽しそうじゃないですか。」

 子供ではないので遊びと任務の違いくらい判ってはいるはずなのだが、それでもしれっとそう言い切ってしまう辺りが彼女の凄いところである。

 勿論、誉めているわけではない。

(……団長も苦労してるんだな。)

 心の底からアイバーンに同情するイルムハートだった。

 だが後から聞いた話によると、その辺りはアイバーンも上手くあしらってはいるようだった。

 まあ、あしらっていると言うより、丸投げしていると表現したほうが正しいのかもしれない。

「フンベルですか……昔は素直でいい娘だったんですけどね……。」

 丸投げされた人物、副団長のマルコ・ルーデンスはイルムハートの話を聞くと、どこか遠い目をしてそう呟いた。

(この件は、あまり深く突っ込まないほうがいいみたいだな。)

 彼の表情を見てイルムハートはそう悟ったのだった。

 それにしても、とイルムハートは思う。この世界の女性の何としたたかなことか。

 ニナもそうだが、姉のアンナローサにマリアレーナ、ギルドのイリアとルイズ、そしてシャルロットに加え母親のセレスティア。

 精神面の手強さでは、とにかく勝てる気がしない女性が多すぎる。

 尤も、これはイルムハートの周りの女性が特にそうなのかもしれないが……。

 そう考えてみれば、唯一の例外であるエマに心の安らぎを求めるのも決して不自然な事ではないのかもしれない。

 そんな風に、改めてエマという存在の重要性を再認識するイルムハートなのだった。


 従妹のミレーヌ・ポートレー・クルームも、その”勝てる気がしない”相手の一人だ。

 多分に姉達の影響を受けているせいか、すっかりイルムハートの鬼門的存在として成長しつつある。

 昨年、6歳の誕生パーティーで居並ぶ出席者を前に結婚宣言された時は、さすがのイルムハートも色を失った。

 だが、幸いなことにそれを聞いた者達の誰も本気で受け止めはしなかった。

 まあ、両家から正式に発表があったわけでもないのだから当然と言えば当然であろう。

 皆には「大きくなったらパパのお嫁さんになる」発言と同じレベルで受け止められたのだ。

 そのミレーヌは現在、毎日王宮へと通っている。王女の学友としてだ。

 王家に生まれた子は学院には通わない。初等教育も高等教育も全て王宮内において家庭教師により行われる。

 これは安全面を考慮してのことでもあるが、何よりも王家の神聖性を保つことが一番の目的だった。

 王家とは絶対的な存在であり、例え貴族であっても容易には接することが許されない。

 それは子供であっても同じなのだ。

 だから、貴族専用の学院にすら通わない。

 だが、同年代の人間と一切交わることなく幼少期を過ごすというのも、それはそれで問題があった。情操に欠けた人間に育ってしまう可能性があるからだ。

 そのため、上位貴族の子供の中から同年代の子を数名選び、”ご学友”として一緒に学ばせている。

 ミレーヌもその一人として選ばれたのだった。

 それにしても、ほとんど王宮から出ることなく子供時代を過ごすなど、イルムハートには想像も出来ない生活である。

 王家に産まれなくて良かったと、心底そう思うイルムハートだった。

 最近、そんなミレーヌに婚約話が持ち上がっていた。こちらはままごとではなく、正式な話としてである。

 相手は何と第3王子。

 現在、王家には4人の子供がいる。

 既に成人を迎えた19歳の第1王子と16歳の第2王子、イルムハートよりひとつ年上で11歳の第3王子、そしてミレーヌと同い年の第1王女の4人だ。

 王女の学友として王宮に通うミレーヌは王子と接する機会もあり、そこで目に留まったらしいのだ。

 尤も、この話はまだ公にはされていないし、当のミレーヌにも伝えられていない。

 ”真面目に”婚約を考えるにはまだ早すぎる年齢だからだ。

 ただ、母親のディアンヌからアンナローサを経由してイルムハートには伝えられた。

「もしそうなれば、お断りするわけにもいかないでしょうね。……イルムハートさんには申し訳ないのだけれど。」

 何故かイルムハートが振られた形になっているようだが、別に文句を言うつもりも無い。

 元々本人の意思に関係なく周りが盛り上がっていただけなのだ。

 ミレーヌが嫌いなわけではないものの、正直ホッとするイルムハートだった。

 さすがに姉達も相手が王子では反対するわけにもいかないようである。

 これで静かになるかと思ったのだが

「気を落とすことはないわよ、イルム。あなたに似合う女性は、必ず私たちが見つけてあげるわ。」

「イルムくんなら、いくらでも良い相手が見つかるわよ。だから、待っててね。」

 などど言い出す始末。

 勿論、これは全力でお断りさせていただいた。

 姉達はあきらかに不満そうな表情を浮かべていたが、ここは譲るわけにいかない。

 これ以上”勝てる気がしない”相手を増やすつもりなど、さらさら無いイルムハートなのである。


 そして年が明けた。

 いよいよ11歳になり、アルテナ高等学院へと入学することになる。

 そこには別離もあれば、新しい出会いもあるだろう。

 果たしてどんな年になるのか。

 一抹の寂しさと、そして大いなる期待を抱きながらイルムハートは新年を迎えたのだった。

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