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事件の真相と陰謀の結末 Ⅱ

 ロッドの話が終わった後、しばらくは誰も口を開かなかった。いや、開いてはいたのだが声を発しなかったのだ。

 正に、開いた口が塞がらないといった状態である。

「何なんです、それ?それって逆恨みどころか単なる八つ当たりじゃないですか!」

「恥かかされたことへの仕返しって話のほうが、まだ納得出来るぜ。」

 シャルロットやデイビッドが憤慨するのも無理はない。

 イルムハートとしてもダーナント伯爵の行動には呆れて物が言えなかった。

 そして、それと同時に冒険者ギルドの情報収集能力にも少なからずの驚きを感じていた。

 貴族が創る派閥とは自分自身の栄達を求める者達が集まる場であり、様々な裏工作についても話し合われるために当然グループ内の秘密保持は必須である。

 そんな集まりで起きたことの詳細な情報など、並みの方法で入手出来るはずはない。

 おそらく参加している貴族かその近しい者にギルドへの内通者がいるのだろう。

 金で釣られているのか、それとも弱みを握られているのか。

 まあ、その辺りは深く追求しないほうがいいのかもしれない。

(今はそんなことよりも、ダーナント伯爵をどうするかだな……。)

 イルムハートとしては今回の襲撃が失敗したところで、伯爵に大したダメージは無いと読んでいた。

 となれば、また同じことを企むのではないかとも。

 そして、話はイルムハートの予想通りに進む。

「それで、今回の件に関してダーナント伯爵の罪を問うことは可能なんですか?」

 リックの問いに対し、ロッドは力なく首を振る。

「無理だな。ハスラムの証言や手持ちの情報だけではどうしようもない。

 相手は上位貴族であり、その上国の要職に就いている人物だ。

 よほど決定的な証拠でもない限り、訴えたところで取り合ってももらえないだろう。

 それどころか、貴族に対する不敬ということでこっちが罪に問われちまうかもしれん。」

「ファウロ子爵に証言させればいいんじゃないですか?

 貴族の証言なら無視は出来ないでしょう?」

 シャルロットはそう言ったが、それでもロッドの表情は晴れなかった。むしろ、一層曇ったようにも見える。

「自分の派閥のボスにとって都合の悪い証言をすると思うか?

 それに、そもそもファウロ子爵だって罪に問えるかどうか怪しいもんだ。

 と言うか、多分無理だろう。」

「何でだよ?ハスラムは子爵から直接指示を受けてるんだぜ?それなのに罪に問えないって、どういうことだよ?」

 デイビッドは怒りを露にした。

 だが、その言葉もロッドによって一蹴されてしまう。

「証拠が無いんだよ。確実な証拠が。

 命令を記した書面でもあれば別だが、ハスラムは口頭で指示を受けただけだ。

 結局、証拠はハスラムの証言だけってことになる。

 相手が平民ならともかく、貴族を訴えるにはそれだけじゃ足りないんだ。」

 納得いかないのはロッドも同じであったがどうしようもないのだ。

「傭兵達と契約したのもファウロ子爵自身ではなく、その使用人だった。

 こっちも使用人が勝手にやったことと言われちまえばそれまでだ。

 せいぜいが使用人の管理不行き届きで注意を受ける程度だろう。」

 再び沈黙が部屋を満たす。

 だが、今度の沈黙が意味するのは深い失望と不安だった。

「それで……ダーナント伯爵は今回の失敗で諦めると思いますか?」

 リックのその問いの答えは、その場にいる全員が知りたいことである。

 しかし同時に、誰一人として楽観的な答えを予想していない質問でもあった。

「それは無いだろうな。むしろ余計に怒らせちまったかもしれん。

 しばらくは大人しくしてるとしても、いずれまた仕掛けてくるだろうな。」

 人を殺そうとしておいてその失敗に怒りを表すなど全くもって理不尽な話ではあるが、そもそもそんな道理が通じる相手なら暗殺という手段を選ぶはずもない。

 ロッドの予想は正しいと、その場にいる全員がそう思った。

「となると、この国にはいられなくなりますね。」

 リックは寂しそうな顔をイルムハートに向けた。

 トラバール王国にいる限り命を狙われ続けることになる。それは仲間達をも危険に晒すことになるのだ。

 それを避けるためには伯爵の権力が及ばない外国へと脱出するしかない。

 それは、イルムハートとの冒険者活動を止めるとういことなのだ。

 リックはそれを心から残念に思った。

 アイバーンへの義理を欠くからということだけではない。今ではイルムハートをすっかり気に入ってしまっていたからだ。

「まあ、そうするのが一番かもしれねえな……。」

「ちょっといいでしょうか。」

 ロッドがリックの意見に賛同しかけたその時、今まで無言でいたイルムハートが不意に口を開いた。

「ダーナント伯爵の件、僕に任せてもらえませんか?」

 その言葉に全員が驚きの表情を浮かべる。

「任せるって……どうするつもりだ?」

 ロッドの言葉は皆の思いを代弁していた。

 相手は伯爵なのだ。

 いくらイルムハートが辺境伯の息子とは言え、まともに立ち向かってどうにかなるとも思えない。

 父親の力を頼ったところで、確実な証拠無しにはさすがの辺境伯でも手の打ちようが無いだろうと。

 しかし、イルムハートには考えがあった。

「相手が貴族の立場を利用するのなら、こちらもそれ相応の手を打つまでです。

 ダーナント伯爵を罰することまでは無理かもしれませんが、その行動に釘を刺すくらいは出来ると思います。」

 自分の身分を利用するような真似はイルムハートもしたくはなかった。

 しかし、相手が地位や肩書を使い好き放題しようというのであれば話は別だ。

 遠慮無くやらせてもらう。

 その時のイルムハートはちょっと悪い顔をしていたのかもしれない。

 ロッド達は少々引き気味になりながらも、この件をイルムハートに任せることにしたのだった。


 その日、ダーナント伯ローレンスは王宮を訪れていた。

 そこは王城の更に奥深く、限られた者しか足を踏みいれることの出来ない場所だった。

 例え伯爵であるローレンスですら滅多に訪れることは無い。

 だが今日は国王に対して政務の報告を行う御前会議の日であった。

 商務次官である彼は、その会議に参加するためこの王宮に入ることを許されたのである。

 いつもであればそんな自分を誇らしく思い喜々としているはずのローレンスであったが、その日だけは違っていた。

 すこぶる機嫌が悪かったのだ。

 理由は王城を訪れる直前に届いた報せにある。

 それは、彼の腹心であるファウロ子爵が法務省から注意勧告を受けたという内容だった。

 冒険者ギルドから苦情があったとのことで、それに対しての裁定らしい。

 例の冒険者暗殺に関してなのは間違い無い。

 その報せはローレンスを激怒させた。

(冒険者風情が思い上がりおって!)

 貴族至上主義の彼にとって、所詮は平民の集まりでしかない冒険者ギルドなど取るに足らない存在でしかなかった。

 そんな連中が不遜にも貴族を糾弾しようというのだ。到底許せるものではない。

(子爵程度なら何とかなると思ったか。愚かな奴等め。)

 おそらく、冒険者ギルドは今回の件をファウロ子爵の企みと判断し、黒幕がいることには気付いてないのだろうとローレンスは考えた。

 もしファウロ子爵の後ろにローレンスがいることを知っていれば、その地位と権力に恐れを抱き決して苦情の申し立てなどという真似はしなかったはずだと。

 随分と都合の良い解釈ではあるものの、この国、いやこの世界においてはあながち間違った考えでもない。

 貴族と平民とではそれぞれ律する法が異なっている上に、位が高ければ高いほど特権が増えてゆくこの国において、上位貴族とは法を越えた存在にも等しいからだ。

(こうなればギルドの連中もまとめて痛い目を見せてやるしかあるまい。絶望の淵に落ちて己の不明を悔やむがいい。)

 そう決意する彼の姿は、随行の秘書官をすら怯えさせてしまう程に鬼気迫るものだった。

「ダーナント伯爵。」

 そんなローレンスに後ろから声を掛けてくる者がいた。

「!」

 呼びかけに振り向いたローレンスは、声の主を目にして一瞬緊張のあまり体が固まる。

 その大柄で軍人のような見た目に驚いたのではない。その人物の身分が彼を畏怖させたのだ。

「こ、これはクルーム侯爵。」

 その人物はスチュアート・ポートレー・クルーム。

 クルーム侯爵家当主にして財務大臣の要職を務める王国の重鎮である。

 ローレンスとて伯爵であり、また商務省の次官ではあるのだが、スチュアートとは格が違い過ぎた。

 彼は王国を支える十候のひとりとして自由に王宮へ出入り出来るばかりか、謁見室ではなく私室で国王と面談することが許されているほどの人間なのだ。

 また、ローレンスが属する商務省はスチュアート率いる財務省の下位組織のようなものであり、役職としても数段格上の相手である。

 普通なら向こうから声を掛けてくることはまず有り得ないほど、ローレンスよりも遥か高みにいる存在だった。

「呼び止めてしまい申し訳ない。実は少々伯爵に話がありましてな。」

「話、ですか?閣下が私に?」

 そう言って笑顔を向けてくるスチュアートに当惑しながらも、ローレンスはどこか心躍るものを感じていた。

 その表情を見る限り、悪い話とは思えなかったからだ。

(もしかすると、侯爵と誼を通ずる良い機会になるかもしれない。)

 そんなことを考えるローレンスだったが、スチュアートが発した次の言葉で蒼ざめることになる。

「伯爵はリック・プレストンという冒険者をご存じかな?懇意にしているとの話を耳にしたのだが。」

「リ、リック・プレストンですか?」

 いきなり導火線に火のついた爆弾を手渡されたような気分だった。

 後で考えれば、ここで正直に違うと言うべきだったと後悔したが、この時はスチュアートの意図が解らないせいもありそこまで頭が回らなかった。

「懇意という程かは分かりませんが、親しくはしております。」

「では、今そのプレストン氏の元に見習いの子供が付いていることはご存じだろうか?」

「子供、ですか?」

 そう言えばファウロ子爵から、冒険者のパーティーには10歳ほどの子供もいたと報告があった。

「話だけは聞いております。それが何か?」

 ローレンスが答えると、スチュアートは自分とローレンスの秘書官に向かって目配せをしてみせた。

 ここからは内密の話だという合図である。

 どちらの秘書官もその辺りのことは心得ていた。軽く会釈をすると声の届かない辺りまで移動する。

 それを見届けたスチュアートは、顔を近づけわざとらしく声をひそめて驚くべき言葉を口にした。

「伯爵にだけはお話しするが……実はその子供、私の甥なのだ。」

「閣下の……甥御さん?」

 最初、ローレンスはその言葉の意味が理解出来なかった。いや、理解したくなかったというのが真実かもしれない。

 だが、悲しいことに理解してしまう。

「ということは、まさか……。」

 甥ということはスチュアート本人か夫人、いずれかの兄弟の子供ということになる。

 その際、真っ先に思い浮かんだのは彼の妹が嫁いだ高名な貴族の名前であった。

「そう、その子はフォルタナ辺境伯ウイルバート殿の子息なのだよ。」

 爆弾が爆発した。

 ローレンスは心臓が止まるのではないかと思えるほどの衝撃を受ける。

 そして、衝撃の後にはただただ深い恐怖だけが残った。

(私は……辺境伯の子を殺そうとしていたのか!?)

 もはや彼の表情に生気は無くなっていた。

 全身に嫌な汗が滝のごとく流れ、手足は麻痺したかのように痺れて動かない。

 言葉なく呆然とするローレンスに対し、スチュアートは同情でもするかのような笑みを見せる。

「いや、伯爵が驚かれるのもごもっとも。最初に聞いた時は私も耳を疑ったものだ。

 まさか、あのような小さな子供に冒険者の真似事をさせるなど危険過ぎますからな。

 それにしても、あのウイルバート殿がよく許したものだ。

 伯爵も噂くらいは聞いたことがおありかと思うが、彼は並外れて子煩悩なのでね。

 我が子が魔獣と闘う姿を見たら卒倒するのではと、こちらが心配になるくらいでしてな。」

 スチュアートはそう言って笑った。

 その顔は確かに笑ってはいたのだが……ローレンスはそこに何か危険な臭いを感じ取ったのだった。

 そして、彼は自分の直感が正しかったことを知る。

「ましてや、万一あの子が魔獣に襲われ傷ついたりでもすれば、一体どうなることやら。

 彼のことだ、その全力を持って相手を狩り尽そうとするでしょうな。」

 スチュアートが最後の言葉を口にした時、その目だけは決して笑っていないことにローレンスは気が付いた。

(侯爵は……全てご存じなのだ!)

 考えてみれは、この状況は不自然極まりなかった。

 職務上顔を合わせる機会は何度かあったはずなのに、何故今日このタイミングで声を掛けてきたのか?

 いやそれ以前に、自分とリック・プレストンとの間に交流などないことくらい調べればすぐに判るはずだ。

 なのに何故わざわざこんな話題を振ってきたのか?

 それらの疑問も、スチュアートが全てを知った上で暗に何かを伝えようとしているのだと考えれば説明がつく。

 そして、その伝えたい事とは……おそらく、いや間違いなく今の最後のひと言なのだ。

 あの子を害しようとする者は容赦しない、と。

「いや、少し話が過ぎてしまいましたかな。お時間を取らせて申し訳ない。それでは、また後程。」

 そう言って去ってゆくスチュアートの姿をローレンスは呆然と見送った。

 引き留めようにも声が出せなかったのだ。

 いや、仮に引き留めたところでローレンスにはどうすることも出来なかっただろう。

 面と向かって糾弾されたほうが、まだマシだった。釈明の機会が与えられるからだ。

 そうすれば、全ての責任をファウロ子爵に負わせることで自分の潔白を主張することも出来た。

 相手が納得するかどうかはこの際問題ではない。

 こちらにも言い分があることを周囲に知らしめることが大事なのだ。そうすれば、一方的に断罪されることはないだろう。

 だが、それは叶わなかった。

 向こうは何ら当たり障りの無い会話しかしていないのだ。少なくとも表面上は。

 それでは釈明しようにも出来るはずがない。何しろ、ローレンスを責める言葉など一言も無かったのだから。

 ただ、解かる者にだけ解かる言葉で”警告”を残していった。

 いや……あれは”警告”などという生易しいものではない。

 ローレンスは自分が侯爵と辺境伯から敵として認定されたのだと、そう判断した。

 身内を殺そうと企んだのだから当然と言えば当然のことであろう。

(もう、お終いだ……。)

 王都の貴族たちは空気を読む術に長けている。貴族社会の中で生き抜くため身に付けたスキルである。

 それにより当事者が何も語らなくとも、場の雰囲気からその関係性を読み取ることが出来るのだ。

 このこともほどなく王都中の貴族の知るところとなるだろう。

 そうなれば、もうローレンスと付き合いを持とうとする者はいなくなる。

 なにしろ最上位貴族である十候を2人も敵に回したのだ。巻き沿いを食いたくないと考えるのは当然のことだ。

 もはや彼には静かに凋落していく未来しか残されていない。

 そのことを正しく理解したローレンスは会議の開始時間が迫ることを告げる秘書官の声を遠くに聞きながら、それでもその場に立ち尽くすことしか出来なかった。


 後日、大法院にダーナント伯爵家から家督の相続願いが出された。

 健康上の理由で家督を娘に譲り、自らは王都を離れ隠居するというのだ。

 御前会議の日に王宮内で倒れ、床に就いたままになってからまだ数日しか経っていない。

 そのため、元々何か持病があってそれが悪化したのだろうと皆は推測したが、伯爵の秘書官だけは薄々事情を察していた。

 彼は伯爵にとりたてて持病などないことを知っていたし、あの日あの事が起きる直前までは良くも悪くも気力に溢れた姿を見ているのだ。

(やはり、あの方が……。)

 伯爵が倒れる直前に会話を交わした人物。その人物が伯爵を隠居に追い込んだのだろうと推測した。

 勿論、そんなことを口外出来るはずもない。下手なことを口にすれば、自分の身だって危ういのだ。

 その家督相続願いに対して異例とも言えるほどの早さで承認が下りたことにより、彼の推測は確信へと変わる。

 そして、このことは一生誰にも話すことなく墓まで持っていくのだと、そう決心を固めたのだった。

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