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事件の真相と陰謀の結末 Ⅰ

 キトレで事件が起きた日の夜、王都のアードレー屋敷に冒険者ギルドからの連絡が入った。

 勿論、イルムハート達が襲撃されたことについての報告である。

 現地に駆け付けたキトレのギルド所長ダリオ・ネグロンからの一報を受けて、とりあえずの現状を報告してきたのだ。

 先ずそれは警護責任者のバート・ゲインに伝えられた。

 バートは思わず色を失う。

 報告によれば襲撃者は撃退され、イルムハートには怪我すらないとのこと。

 しかし、だからと言って気が抜けるわけでもない。

 更なる襲撃の可能性を考えれば、このままイルムハートの帰還をただ待っているわけにもいかないのだ。

 真っ先にラテスのアイバーンへと報告を入れると、それから警護の面々を集めて護衛派遣の意思を伝え人選を行う。

 その間に使用人には家人を集めてもらうよう指示していた。

 警護側の調整が終わりバートがサロンへ向かうと、すでに皆集まっている。

 その場にいるのは4人の女性。

 イルムハートの姉であるマリアレーナとアンナローサ。

 それから王都での保護者役を務めるコートラン子爵アメリア。

 そして最後にイルムハート付きのメイドであるエマ・クーデルの4人である。

 バートが呼んだのは2人の姉とアメリアだけだったが、イルムハートに関する事なのでマリアレーナがエマを呼んだのだ。

「皆様、お呼びたてして申し訳ありません。実は先ほど冒険者ギルドから連絡がありました。」

「イルムが襲われたのですって?」

 落ち着いた声でマリアレーナがそう問い掛けてきたのだが、バートにはそれがちょっと意外だった。

 イルムハートを溺愛する彼女が冷静でいることに少し驚いたのだ。

 正直、愛する弟の危機を聞いて取り乱すのではないかと危惧していたのである。

「はい、冒険者としての活動中に襲撃を受けたようですが、幸いにもイルムハート様はご無事でお怪我もないとのことでした。

 賊の狙いはどうやらイルムハート様ではなく同行している冒険者のほうらしいのですが、詳しい事まではまだ分からないようです。

 ひとまず賊は撃退したものの、もしかすると更なる襲撃が計画されている可能性もありますので、警護のため私とオニールとクーパーの3人でこれからキトレへと向かうつもりです。」

 実のところバートとしては今すぐにでも出発したいところではあったが報告はしておかなければならない。

 早々に話をまとめて準備に掛かろうと考えていたのだが……。

「その必要はありません。」

「え?」

 マリアレーナにあっさりと却下されてしまい、バートはつい聞き返してしまった。

「今、何と?」

「警護を出す必要は無いと言ったのです。」

「……。」

 バートはマリアレーナの意図が理解出来ずにその場で固まってしまう。

 それはそうだろう。

 弟に危機が迫っているかもしれないのに、それを放っておけと言ってるようなものである。

 姉弟仲が悪いのならいざ知らず、マリアレーナは見ている方が気恥ずかしくなるくらいにイルムハートを溺愛している。

 そんな彼女が発する言葉とは思えなかったのだ。

「しかし、このままでは……。」

「イルムなら心配いりません。」

 戸惑うバートに対し、マリアレーナの言葉には余裕すら感じられた。

「あの子は強いのですから大丈夫。

 そもそも冒険者として仕事をこなしている最中の不意を突くような、そんな姑息な者達などイルムの相手にもなりません。

 何度襲って来ようと返り討ちにしてしまうでしょう。

 ですから、心配する必要などないのです。」

 彼女は自信満々にそう言い切った。

 更に、妹のアンナローサまでもがそれに続く。

「姉さまの言う通りイルムくんは強いもの。その程度の連中では到底かなうはずもないわ。

 イルムくんと闘うならドラゴンとでも真っ向からやり合えるくらいの実力がないとね。

 まあ、それでもイルムくんが勝つに決まってるけど。」

 2人にそう言われてしまい、バートは返す言葉に詰まった。

 彼女達にとってイルムハートが強くて賢い自慢の弟であることは分かる。

 実際、それに値する実力をイルムハートが持っていることも否定しない。

 だが、少々過大評価が過ぎるのでは?とも思う。

 僅か9歳の子供が賊の集団に襲われたにもかかわらず心配すらしないというのは、いささか彼の力を過信し過ぎているのではないかと。

 それは極めて常識的な考えではあるのだが、2人の姉には通用しないようである。

 何と言って彼女たちを説得すればいいのか、答えの出せないバートはアメリアへと視線を移す。

 それは、何とかしてくれないかという救いを求める視線だった。

 だが、バートの期待は見事に裏切られた。

「2人もこう言っていることだし、大丈夫なんじゃないかしら。」

 当然アメリアには、イルムハートが”予言の子”であることは知らされていない。

 しかし、イルムハートが王都に移り住むにあたって父親のウイルバートを初めとしたフォルタナ首脳陣と会し、その言動を見るうちに薄々気が付き始めていた。

 彼が普通の子ではないということに。

 2人の姉は直感でそれを理解しているのだろう。それ故の発言なのだとアメリアは感じていた。

「後見人の冒険者も付いているのだし、それほど心配することもないでしょう。

 それにイルム君が冒険者として活動する以上、ドラゴンとまでは言わないけど今回の賊なんかよりもっと強い魔獣と闘うことだってあるのよ。

 その度に毎回大騒ぎされたら彼もやりにくいと思うの。

 ここは彼を信じて待った方が良いと思うわ。」

 アメリアのその言葉に、バートはがっくりと肩を落とした。

 何故こうも皆楽観的過ぎるのか?

 そんな苛立ちを感じると同時に、もしかすると自分の反応がおかしいのかもしれないという不安にも襲われる。

 そんなはずはない、そう自分に言い聞かせながら最後の出席者であるエマに目を向けると、彼女だけは他の3人とは異なる表情を浮かべていた。

「イルムハート様……。」

 不安気な表情で呟くエマを見て、バートはやっと自分と気持ちを共有してくれる同士を見つけたような気がした。

 だが……。

「お食事や睡眠はちゃんと取られていらっしゃるでしょうか。何かご不自由をされていなければ良いのですが……。」

 単に日常生活の心配をしているだけで、危機感は全く無かった。

 そこでバートは完全に燃え尽きてしまう。

 結局、警護の派遣は無しということになり仲間達の元へと戻ったバートだったが、そこには更なる追い打ちが彼を待ち構えていた。

 警護の一員であるタマラ・ベーカーが、何やら微妙な表情を浮かべて1枚の紙を差し出す。

 それはアイバーンからの返信だった。

『派遣は不要。お帰りになられたらゆっくりお休み頂くように。』

 書いてあったのはそれだけである。

 バートはしばらくの間、虚ろな目でそれを見つめていたが、やがてゆっくり顔を上げると

「見ての通り警護の派遣は中止だ。各自、通常の勤めに戻るように。

 それと……どうにも気分が優れないので、悪いが私は先に休ませてもらう。」

 そう言って自室へと戻って行った。

 その力無い足どりに仲間たちは、何がバートの身に起きたのか心配になったもののどうにも声を掛けることが出来ず、結局それは聞けずじまいに終わったのだった。


 キトレの町から帰って来て数日後、イルムハートは呼び出しを受けて冒険者ギルドを訪れていた。

 薬師の森における襲撃の件について、調査の結果が出たというのだ。

 ギルドへ到着すると職員が待っていて、そのままギルド長の部屋へと通される。

 そこには既にリック達一行も顔をそろえており、イルムハートは彼等と並んで腰を降ろした。

「キトレでは災難だったな。こっちの不始末で迷惑を掛けてすまなかった。」

 リック達は事情聴取のため何度かギルド長と顔を合わせていたが、イルムハートとは事件後初の顔合わせとなる。

 そのため、ギルド長のロッドはイルムハートに向かって先ずは謝罪の言葉を口にした。

「いえ、ギルド長に責任があるわけではありませんので気にしないで下さい。」

「そう言ってもらえると助かるが、いちおう奴等を管理する立場だ。責任が無いとは言えねえだろう。

 本来ならお前の冒険者活動を中止させると言ってこられても反論出来ないとこなんだがな。」

 確かに、初の依頼であんな目に会えば、家族が活動の中止を言い出したとしてもおかしくはない。

「ああ、でもそれは大丈夫みたいです。」

 だが、2人の姉もアメリアも何事もなかったかのようにイルムハートを迎えたのだ。

 フォルタナの両親からも初仕事完了を祝うメッセージを受け取っただけである。

 それはイルムハートにとっても意外だったが、誰よりもリックを当惑させた。

 王都への帰還当日、彼は叱責されるのを覚悟してアードレー屋敷を訪れた。

 自分のせいでイルムハートを危険に晒してしまったことに深く責任を感じていたのだ。

 そんなリックを待ち受けていたのは彼を責める言葉ではなく、無事依頼を終えた事への労いと感謝の言葉だった。

「後見役としての働きに今後も期待しています。」

 姉のマリアレーナにそう言葉を掛けられ時の自分は、さぞかし間抜けな顔をしていたのだろう。

 リックは後からその時のことを思い出すと、つい苦笑してしまうのだった。

「どうやら、そうみたいだな。リックから話は聞いた。

 こう言っちゃなんだが、お前の家族も中々肝が据わってるな。」

 喜んでいるのか呆れているのか、ロッドは微妙な表情を浮かべる。

 それにはイルムハートも曖昧な笑顔で返すしかなかった。

 とりあえず、それでこの話は一区切りとなった。

 続いて、いよいよ本題に入ることとなる。

「さて、事件に関してだが……お前達の想像通り、この件はハスラムが首謀者ってわけじゃなさそうだ。」

「やはりファウロ子爵ですか?」

 それはイルムハート達にとって想定内のことである。

 さほど驚くことなくリックはその名を口にしたのだが、しかしロッドの反応はさらにその先があることを示唆していた。

「まあ、一応な。」

「一応?」

「ああ、確かにお前の暗殺をハスラムに命じたのも傭兵達を雇ったのもファウロ子爵だ。

 だが、どうもファウロ子爵が黒幕ってわけでもないらしい。

 ハスラムが言うには、子爵も更に誰かの指示を受けていたらしいとのことだ。」

「ファウロ子爵に指示をですか?」

 それは驚くべき話だった。

 子爵である彼に指示を出せると言うことは、それよりも上位の存在が関わっていることになるからだ。

「それは一体?」

「ダーナント伯爵だ。」

 ロッドが口にした名前を聞いて、リック達3人は絶句した。

 勿論、イルムハートも驚きはしたがその衝撃度は明らかに違っているようだった。

「ローレンス・ボスマン・ダーナント。伯爵にして商務省次官ってえ、かなりの大物だ。

 そんでもってファウロ子爵が所属してる派閥のトップでもある。

 お前もその名前には憶えがあるだろ?」

「ええ、勿論。」

 眉間に深い皺を刻みながら、リックは絞り出すような声で答えた。

 何やら因縁のある相手のようだが、イルムハートにはそれが分からない。

「ダーナント伯爵というのは、リックに指名依頼を掛けてきた貴族なのよ。」

 それに気付いたシャルロットがいきさつを説明してくれた。

「名目は警護ってことになってはいたけど、結局はリックを取り込みたいだけなのが見え見えなので依頼は断ったの。

 だって、ご近所で内々の人間だけが集まるパーティーに冒険者の警護が必要だと思う?

 要するにBランク冒険者と懇意なんだって自慢したいだけなのよ。ホント、馬鹿にしてるわ。」

「まあ、中にはそんな依頼を喜んで受けるヤツもいるからな。」

 そう言ってロッドは苦々しい顔をする。暗にハスラムのことを言っているのかもしれない。

「王都郊外の森で派閥の野外パーティーをするからその警護にって話だったが、そこは魔獣なんか滅多に出ないような場所さ。

 そんなとこに冒険者が必要かどうかなんて子供でも分かることなんだが、ギルドとしては規約に反してない限り門前払いするわけにもいかねえしな。

 正直、断ってくれて助かったくらいだ。」

 だが、言葉とは裏腹にロッドの表情は冴えない。どうやらその事が今回の件と結びついているようだ。

「ただ、伯爵としてはまさか断られるとは夢にも思ってなかったらしい。

 冒険者なんざ、自分が声を掛けてやれば喜んで従うはずだと考えてたんだろうな。

 こっちが返事する前にあちこち吹聴して回ったみたいなんだが……蓋を開けてみれば目当ての冒険者は来ない。

 とんだ赤っ恥ってわけだ。」

「まさか、それを根に持ってリックを狙ったわけ?」

 シャルロットが呆れたような声を出す。

「これだから貴族ってヤツは!」

 デイビッドも怒りの表情でそう吐き捨てた。

「まあ待て。この話には続きがあってな。」

 激高する2人をなだめながら、ロッドは話を続ける。

「伯爵はそのパーティーに一人の女性を連れて来ていたんだ。夫人じゃねえ、愛人だ。彼女は王都でも指折りと評判の美女でな、伯爵自慢の愛人ってわけだ。

 で、さっきも言ったようにその森は滅多に魔獣が出ない場所なんだが、その日は運悪くアシッド・ジェルと出くわしちまったらしいんだな。」

 ここで言う”ジェル”とは粘液状の魔獣のことで、前世においてはスライムの名で有名なアレである。

 アシッド・ジェルはその系統にあり、酸を吐き出すことからその名が付けられた。

 まあ、そんな生物を”獣”と呼んで良いのかどうかはいささか疑問ではあるのだが、魔核を持っていることから分類上は魔獣として扱われているのだった。

「ヤツ等はこっちから手を出さない限り攻撃してこない大人しい連中ではあるんだが、素人娘にそんなことが分かるはずもない。

 護衛の騎士が止める間もなく、手に持った日傘を投げ付けちまった。

 当然、アシッド・ジェルは反撃してきて、その愛人は顔面に酸を浴びることになったわけだ。」

 その話にシャルロットは両手で口を覆い、思わず「うわっ」という声を上げる。

 同じ女性としてその愛人の悲惨な立場に感情移入してしまったのだろう。

「魔法士の治療のおかげで命に別状は無かったようだが、治癒魔法も万能じゃねえ。

 顔には僅かだが酸で焼けただれた痕が残っちまったんだそうだ。」

 そこでロッドはいったん間を置いて全員を見渡した。

 どうやらここからが話の佳境らしい。

「その後、疵物になった愛人を伯爵は捨てた。

 元々愛情があったわけじゃねえ。美人を侍らせて皆に自慢したかっただけだからな。

 それが出来なくなった以上は囲っておく意味も無い。要らなくなった物みたいにあっさりと捨てたんだ。

 だが、その愛人に人としての情は持っていなかったものの、都合が良い飾り物としての愛着はあった。

 そのため、それを失ったことにえらく腹を立てたんだが、どうにも怒りの持って行き場が無い。

 で結局、魔獣が原因なんだから警護を断った冒険者が悪いって結論になったらしい。呆れた話だが本人としては本気でそう思ってるんだろう。

 思いあがった冒険者どもにはいずれ必ず思い知らせてやる、そう周りには漏らしていたそうだ。」

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