加護と異能
イルムハートが前世の記憶を取り戻したその翌日、その日家庭教師から教わるのは歴史と政治に関してだった。
剣と魔法の上達を最優先事項としたばかりではあったが、これは仕方あるまい。
教わる科目数はそれなりにあり、しかもイルムハートは午前中しか授業を受けていない。
今のところ、魔法の授業は週に1度、しかも座学のみで実技についてはまだまだ先の話だった。
ちなみに、この世界では5日を1週間としており最終日を休息日としている。
1日は25時間、1週間は5日、1カ月は5週間、1年は15カ月と、元の世界とはかなり異なってはいるのだが、6年も生きていればすでにその感覚が体に染みついており、記憶が戻った今もさほど違和感を感じずに済んでいた。
そう考えると、このタイミングで記憶が蘇るというのは実に効率的だったのかもしれない。
言語や生活習慣にある程度慣れ、この世界の知識を蓄え始めようというこの時期。
そこで前世の知識と思考力が戻ったとなれば、ただの6歳児のままよりもずっと習得が早くなるだろう。
(多分、そこを見越して記憶が戻るようにしいてたんだろうな・・・さすがはユピト。)
最高神の配慮だという可能性は全く思い浮かばなかった。
(むしろ、最高神に任せたら余計なことをされそうだし・・・。)
酷い言い方ではあるが、断っているにも拘わらず、しつこいほどに恩寵を授けようと食い下がる姿を思い出したイルムハートがそう思ってしまうのも仕方ないことかもしれない。
(そういえば、加護はもらったんだった。)
”強く健やかに”。それが(失礼な話ではあるが)最高神の相手をするのが面倒になり、言われるがままに受け入れた加護だ。
イルムハートは生まれてこのかた、病気を患ったことがない。
知恵熱程度の発熱こそあるものの、風邪すらひいたことがなかった。
これも加護のおかげかと思えば感謝する気持ちも湧いては来るのだが・・・正直、何か裏があるのでは?という疑念を拭い去ることが出来ないのだった。
(悪気は無いと思うんだけどねぇ。)
神とは思えないほどに表情豊かで、どこか茶目っ気すら感じる最高神。
神々の最高位がそれでいいのか?とも思うが、好ましくは感じていた。
ただ・・・。
(あの茶目っ気が怖い。)
加護についてはどのような効力があるのかまだ不明である以上、油断しないようにと心に決めるイルムハートだった。
午前の授業が終わった後、イルムハートは家族で軽い昼食を取った。
この世界でも1日の食事は3食取るが、昼はごく簡単な食事で済ませる。
元々食事は朝と晩の2回で昼は休憩時に軽く菓子をつまむ程度だったものが、やがて昼食として定着した。
そのため、今でも昼にはあまり多くの食事は取らないのだった。
食後、2人の姉が午後の授業に向かうまでの間、当然のごとく向けられる過剰なスキンシップをなんとか乗り切ったイルムハートは、メイドのエマを付き添いにして城の庭を歩いていた。
ここ、フォルタナ辺境伯領の領都ラテスにある居城・フォルテール城は、おとぎの国にあるような城ではなくむしろ宮殿といった感じの建物だった。
石造り4階建ての執務棟を正面にして右側に3階建ての居住棟、左側に大小3つのホールと客間などが入る儀典棟の3つの建物が広い敷地の中にコの字の形で建っており、その周りが2重の城壁と外堀に囲まれている。
城壁は戦争を想定してのものではないので、内壁3メートル・外壁5メートル程度と、それほど高くはない。
そのため、敷地の広さも相まって壁で囲まれていることによる圧迫感はほとんど無かった。
内壁と外壁の間にも広い敷地があり、そこには騎士団や魔法士団の施設、厩や工房等の建物がそれぞれエリア分けされ存在する。
イルムハート達が向かっているのはその中の騎士団本部だった。
別に、急遽予定を早めて剣を習いに行こうとしているわけではない。これは前もって決まっていた訪問なのだ。
記憶が戻る前のイルムハートは、男の子らしく騎士に憧れをもっていた。カッコイイからだ。
なのに、剣の授業を始めるのがまだ少し先になると聞かされ、彼はすっかり落胆してしまった。
そのことを知ったウイルバートが、見学だけならということで騎士団の訓練を見せてもらうよう手配してくれたのだ。
いろいろな事情で少し時間が経ってしまったが、いよいよ今日がその日というわけである。
以前のイルムハートにとっては待ちに待った日であるのだろうが、今となっては決して興味が無いわけではないものの、かと言って大喜びする程のものでもなくなっていた。
「お加減でもお悪いのですか?」
今まであれほど心待ちにしていた割にはずいぶんと大人しいイルムハートの様子を見て、エマが心配そうに声を掛けた。
「そんなことないよ。・・・あ、でも少し緊張してるかも。」
大人しいのは具合が悪いからではなく、緊張しているせいだということにして胡麻化した。
その言葉にエマは安心したように笑みを返す。
「この日を楽しみにしていらっしゃいましたものね。」
「うん、騎士団の訓練を見るのは初めてだから。」
閲兵式などでの演武は何度か見たことがあるが、本格的な訓練を見るのは初めてだった。
そう考えると、それほどでも無かった興味が少し湧いてきた。
この世界のレベルを知ることも出来るし、自主練の参考にもなるかもしれない。
見た目にもそれが表れたのだろう。
「イルムハート様は騎士になりたいのでございますか?」
エマがそう尋ねてきた。
「え?僕が騎士に?」
今までのイルムハートを見ていればそう思うのも当然かもしれないが、今の彼には唐突な言葉だった。
不意を突かれたせいで適当に誤魔化すことも出来ず、つい答えてしまう。
「いや、僕は冒険者になるよ。」
「冒険者ですか?」
意外な言葉を聞いて、エマは驚きの表情を浮かべた。まあ、それはそうだろう。
貴族の子女が冒険者になること自体は、それほどめずらしいことではなかった。
跡継ぎ以外の子はいつまでも家に養ってもらうわけにもいかず、いずれ家を出て独立しなければならない。
その全てが官職に就いたり、他家へ嫁入り・婿入りしたり出来るわけではない以上、自立の手段として冒険者を選ぶ者がいても何らおかしなことではないだろう。
が、それはあくまでも下級貴族の話だ。
イルムハートの場合は辺境伯の子息という、いくらでも選択肢のある恵まれた身分である。
そんな彼が、身分も不安定で時には命の危険さえある冒険者という職業を選ぶなど、エマでなくとも驚くだろう。
だが、エマはそれを頭から否定したりはしない。
「・・・そうですか、なれると良いですね。」
そう言ってやさしく微笑むだけだった。
本音としては危険な職業は選んでほしくないのだが、イルムハートの夢を壊すようなことを言うつもりもなかった。
もしかすると、幼い彼は冒険者の華やかな一面に憧れているだけなのかもしれない。
いずれ本当にやりたいことが判ってくるまで今はただその成長を見守るだけだと、そう考えていた。
「ありがとう。」
イルムハートもそんなエマの気持ちを何となく察し、笑顔でそう答えた。
正門ではなく騎士団エリアへと繋がる通用門を通り、イルムハートとエマは騎士団本部へと辿りついた。
門の前には屋敷からの連絡を受け、3人の騎士が2人を出迎えに出てくれていた。
「イルムハート様、ようこそ騎士団本部へ。」
そう言って前に出たのは、他の2人よりも華やかな装飾がされた鎧を身に着けた二十歳過ぎ程の若者であった。
マルコ・ルーデンス。若くしてフォルタナ騎士団の副団長を務める彼とは、イルムハートも何度か面識がある。
「出迎え、感謝します。ルーデンス副団長。」
「よろしくお願い致します。」
イルムハートがマルコに出迎えの礼を言うと、それに合わせエマも深々と頭を下げる。
「クーデル殿も、イルムハート様のご案内ご苦労様です。」
マルコはエマにも微笑みながらそう声を掛けた。
20代前半の若く眉目秀麗な騎士に微笑みかけられ、エマはほんのりと頬を染める。
(んー、なかなかやるなぁ、この人。}
マルコは自分のアピールの仕方というものを心得ているようだった。
とはいえ、育ちが良いせいか全く嫌味は感じない。
彼は前騎士団長の息子で、代々フォルタナ辺境伯に仕えてきた家の出だった。
爵位こそ持たないがここフォルタナでは名家の部類に入る。
彼の名誉のために言っておくと、若き副団長という地位は決してその家柄によって得たものではない。
幼い頃から騎士としての教育をされてきた彼は、年齢や家柄とは関係なく実力と人望を備えた立派な副団長なのである。
「訓練を見学する前に少しお休みになってはいかがですか?お屋敷からここまでは少し遠かったでしょう。」
マルコは2人をまず応接間に案内した。
確かに、広大な敷地内を歩いてくるのは6歳児にとっては少々疲れるものだったので、イルムハートは言葉に甘えることにした。
イルムハート達が応接間のソファに腰を降ろすと、すぐさま紅茶が運ばれてきた。しかも、イルムハートには彼が紅茶を飲む際に必ず入れるイチゴのジャムも付けてある。
その上
「クーデル殿ほど上手には入れられませんが、そこはご容赦ください。」
などど言うものだから、エマの頬は一層赤くなってゆく。
ここは本当に騎士団本部なのか?何やら店で接待を受けているような気になって、ついそう思ってしまう。
まあ、主家の子息が相手なのだから ”接待” というのも的外れではないのだろうが、武骨なイメージのある騎士団でこのように迎えられるのは正直意外であった。
おそらく、マルコが異色の存在なのだろうが。
「ところで、ルーデンス副団長。オルバス団長にもご挨拶したいのですが、今お忙しいですか?」
別にエマの反応に嫉妬したわけではないが(たぶん)、イルムハートはそう言って話題を変えた。
するとマルコは少し困った顔になり
「申し訳ないのですが、火急の案件がございまして・・・団長は朝からお城の方へ出向いておられます。」
そう答えた。
火急の案件。昼食の際のウイルバートに特に普段と変わった様子は無かったように思えた。
尤も、何かあったことを回りに悟られるようでは領主として逆に問題であろうが。
(そういえば、仕事に戻るのがいつもより少し早かったかな・・・。)
姉たちはイルムハートにしか興味はないし、イルムハートも姉たちの動きに気を取られていたため、言われるまでは違和感に気がつかなかった。
「そうですか、では仕方ありませんね。」
案件とやらの内容が気にはなったが、そう言ってこの話は終わりにした。話せる内容なら昼食の時にウイルバートが話しているはずだ。
先ほどマルコが少し困った顔をしたのも、詳しいことを聞かれても答えるわけにはいかないからなのだろう。
イルムハートの反応にマルコは安堵したように微笑んだ。
「ところで、イルムハート様。イルムハート様の剣の授業は私が担当させていただくことになりました。
これからはより近くでお仕えさせて頂くことになりますので、もしよろしければマルコと呼んで頂ければ嬉しいのですが。」
どうやら騎士団副団長直々に剣を教えてもうらうことになるらしい。
6歳児には過ぎた教師のようにも思えるが、おそらくこれはウイルバートの意向もあるのだろう。
領主としては王国でもやり手として評価の高い父親ではあるが、娘や息子に対してはかなり親馬鹿なウイルバートであった。
「そうなのですか。わかりました。それではマルコ副団長、これからよろしくお願いします。」
イルムハートはそう言って右手を差し出した。
一瞬マルコは戸惑ったような表情を見せたが、やがてにこやかな笑みを浮かべイルムハートの手を取り2人は握手を交わした。
そして、その夜。
「んー、ひとりでゆっくり考えるのは、どうしてもこの時間になってしまうなぁ・・・。」
イルムハートは思わずため息をつく。
騎士団の見学は予定をかなりオーバーし、屋敷に帰ってきた頃にはすでに夕食の時間近くになっていた。
彼にとってはいろいろと有意義な時間だったのだが、姉2人にとってはそうであるはずがない。
イルムハートとの ”楽しい” 時間を削られた2人は、その鬱憤を晴らすかのようにいつも以上に纏わりついてきた。
結局、食事と入浴の時以外は2人の姉から逃れることはかなわず、就寝時間になりやっと1人になれたのだった。
このままではマズい、とイルムハートは思う。
姉2人の過剰な愛情表現そのものも問題は問題なのだが、それより2人の相手に時間を取られて自分自身の時間が無くなるのが痛かった。
剣と魔法の力をつけること、そしてこの世界の知識を学んでいくこと。彼にはやることが数多くある。
知識に関しては、授業を受けるだけで充分に理解し吸収することが今の彼には可能だ。
だが、剣と魔法についてはそうもいかない。授業により上達するであろう範囲では、彼は満足しなかった。
自由で気楽に生きる、それを目標としている割にはずいぶんと積極的であるように見えるが、彼にとっては別に不自然なことではない。
これを先行投資だと考えているからだ。
剣や魔法の実力で地位や報酬、そしてそれによる行動の自由度が左右される職業を選ぼうとしている以上、今のうちに出来ることはやっておく。
それは、いざ冒険者になった際に必ず自分に還ってくると信じていた。・・・ぶっちゃけた言い方をすれば、その分楽になると。
要するに、”楽をするための努力は惜しまない” タイプなのだった。
だが、そのためにはどうしても一人でいろいろ試してみる時間が必要となってくるだろう。
現状、かろうじて許されている午後の自由な時間も、いずれ授業が入ることで無くなってしまうだろう。
睡眠時間を削る方法もあるが・・・身体は6歳児のそれでしかない以上、長続きしそうもない。というか睡眠は大事だ、特に子供にとっては。
そうなると、姉たちを説得して時間を空けてもらうしかないが、その困難さを考えるとため息しか出てこないイルムハートだった。
「まあ、やるだけやってみて、ダメならその時考えよう。可能性はゼロではないし・・・たぶん。」
イルムハートは自分に言い聞かせるようにそう呟くと、さっさと考えを切り替える。割り切りは早い方だった。
そして、今日の騎士団でのことに思いを巡らせる。
訓練を見学してまず感じたのは、ここの騎士団の練度の高さだった。
実戦を想定した試合形式での訓練と説明されたが、イルムハートに見せることを考えて実際には基本の型を重視した演武に近いものにしてあった。
それでも気迫の篭った剣の打ち合いは、パワーとスピード、そして技の切れにおいて閲兵式のそれをはるかに上回り、イルムハートを魅了した。
さすが、王都の王国騎士団に次ぐと評されるだけのことはある。
そう思いながら食い入るようにみつめるイルムハートの姿に、団員たちも自然と士気が上がっていたのだろう。
それでついつい試合時間が長めになってしまったのだ。
予定より多少時間をオーバーしながらも、最後に副団長のマルコが2人の団員を相手取って試合をすることになった。
さすがは副団長というべきか、試合に臨むべく剣を構えたマルコの気迫は他の団員たちより一段も二段も上だった。
そして試合は始まる。
イルムハートがマルコの動きを見逃すことのないよう、より神経を集中させたその時・・・それは起こった。
不意に世界が止まったのだ。
剣を振りかぶったままのマルコ、そして彼に詰め寄ろうと動き出す体制のまま停止している2人の団員。
何かの余興でそうしているのかとも思ったが、すぐにそうでは無いことに気づく。
イルムハート自身、身動きすることが出来なくなっていたからだ。
立ち上がろうにも、声を出そうにも、全く身体が言うことを聞いてくれない。
イルムハートはパニックになりかけた。
が、それも一瞬のことで、すぐに冷静さを取り戻す。
根拠は不明だが、心配する必要はないのだと、そう語り掛けてくる自分がいたのだった。
そうやって冷静になって見てみれば、世界は止まっているわけではなかった。
マルコの剣も、団員たちの身体も、僅かずつではあるが動いているのが判る。
どうやら、自分の周りの時間がゆっくりとしか進まない状態になっているらしい。
あるいは、自分だけが加速した時間の中にいるのか。
尤も、そのイルムハートですら身体はゆっくりとした時間に囚われたままなので、加速しているのは思考だけということになるが。
そんな感覚が数分続いたように感じたが、実際には1秒にも満たない時間だっただろう。
始まりと同様、唐突に時間が戻ってきた。
今しがた起きた現象に戸惑うイルムハートを他所に、試合は何事も無かったように進んだ。
実際、彼等には何も起きてはいないのだから当たり前ではある。
十数合打ち合った後、マルコが2人の剣を弾き飛ばしたところで試合は終了した。
正直、先ほどの体験に意識を奪われ試合自体は良く見ていなかったのだが、さすがにそれでは失礼にあたるため、イルムハートは立ち上がり拍手を送ることで何とか体裁を整える。
試合中呆然としていたのも、マルコの剣技に驚いての事だと良いように解釈してもらえたようだ。
こうして、何事もなく(はなかったが)訓練見学を終えたイルムハートは、団員たちに見送られながら屋敷への帰路へと付いたのだった。
「あれは、一体どういうことなんだろう?」
ベッドに横たわりながら、イルムハートは何度目かの呟きをもらした。
何が起きたかは解る。そのトリガーとなったであろうものもおおよそ見当はつく。
集中力を高めることで「思考加速」状態になる。簡単に言えばそういうことだ。
少し試してみたが、思考の加速は発生しなかった。しかし、それでも予想は外れていないだろうという確信めいたものはある。
訓練の見学中はずっと集中していた。なのに思考加速が発生したのはマルコの試合の時だけだった。
つまり、極度に集中した状態が必要なのだろう。お試し程度で発生するものではないのだ。
いずれ、自由にコントロールできるようになるかもしれない。
そうなれば、かなり反則的な能力になるだろう。
剣に関しては言うまでもない。相手の視線や身体の微妙な動きを見てその行動を予測することが容易になるのだ。
そのアドバンテージは結果を大きく左右するだろう。
そして、それは魔法にも。
魔法は魔力をイメージで制御することによって発動する。魔法の授業でそう教わった。イメージが強ければ強いほど強力になるとも。
そしてこの世界、実のところ魔法に呪文の詠唱は必要ないのだが、それでも詠唱を使う魔法士は多い。
何故か?答えはイメージの構築にある。
望む形でのイメージを自在に、そして瞬時に頭の中で描き出すにはかなりの修練が必要であり、上級魔法士クラスでなければ難しいとされていた。
それに対し技術的に未熟な者は詠唱することで無意識にイメージを描けるよう、ある意味自己暗示のワードとして呪文を使用しているのだ。
そう、もし思考加速あればそんな問題も一切なくなる。
時間を引き延ばすことが出来れば、僅か一瞬の内に自由自在でより明確なイメージを描き出すことができるのだから。
尤も、イルムハートはまだ本物の剣を握ったこともなければ、魔力の制御などその方法すら知らない。
例えこの能力が自在に使えるようになったとしても、それが生かせるのはまだまだ先の話だろうとそう考えていた。
・・・と、そこまではイルムハートにも何とか理解が追いつく。
だが、まだ答えが出せないでいることもあった。
それは「何故、自分にはそんな能力があるのか?」という疑問である。
この世界ではよくあることなのか?それとも自分が特殊なのか?これは、おそらく後者の方の可能性が高い。
いくら異世界とはいえ、こんな能力を持った人間がホイホイ出てくるとも思えないからだ。
となれば、誰かに聞いて確かめることも迂闊には出来なくなってくる。
”人外” 扱いされるはご免だった。そのために神からの恩寵さえ断ったのだから。
「最高神、まさか内緒で恩寵を授けた、なんてことはないよね、さすがに。」
今ひとつシロだとは言い切れない部分もあるが、いくら何でもそんなマネはしないだろう。
そもそも本人の意向を無視するつもりであれば、最初から同意など求めず強制的に与えてしまえばいいだけなのだから。
「同意・・・って、まさか加護!?」
確かに、”強く健やかに” という加護を受けることには同意した。
そして、その加護には言葉以上の意味があるかもしれないという疑念も持っていた。
そこから、まだ確定ではないものの今の状況からして加護には自分の想定していなかった効果があり、それが「思考加速」という能力を引き出したのではないかという結論に辿り着く。
「・・・上手く乗せられたってことかな?」
そう言って、イルムハートは苦笑いを浮かべる。
だが、もしそうだったとしても怒る気にはなれなかった。
少なくとも自分にデメリットはなく、むしろ上手く使えば大いにメリットのあるものである以上、怒るのは筋違いであろう。
ただ、心中は少しだけ複雑ではあった。
「また、隠しておかなきゃいけないことが増えたなぁ・・・。」
いくら有益な能力であったとしても、秘密が増えるということはその分 気苦労も増えるということだ。
もし、加護の効果でさらに特異な能力が増えていったとしたら・・・それを考えると、イルムハートの気は重くなっていく。
「これ以上は、勘弁してくださいよ・・・最高神様。」
その声が果たして届くのかどうか分からなかったが、それでもそう呟かずにはいられないイルムハートだった。