襲撃者の嘆きとギルドの信義 Ⅱ
発端は昨日の夜、キトレの薬師ギルドに届けられた1通の書簡だった。
早馬で送られてきたそれは”至急”扱いの通達であったが、目を通した事務長は首を傾げてしまった。
書かれている内容が理解出来なかったわけではない。
ただ、今までにそんな通達を受けたことがなかったのだ。
その書簡には薬草採取の作業を全面的に中止するようにと書かれていた。
何でも、許可の申請に不備があったからというのが理由らしい。
とは言え、既に許可証は発行されているし、そこに記されている内容に誤りは無い。
だが、書簡は薬師ギルドの正式な書式で記されていたため、とりあえず職員を連絡に走らせた。
連絡先は採取人とそれに付き添う冒険者、そして冒険者ギルド所長のダリオである。
ダリオもまたその通達内容に首を傾げたが、その時点ではそれほど問題視したわけでもなかった。薬師ギルド内の問題だと判断したのだ。
朝になってダリオは念のため魔力通信機で王都の本部へ確認の連絡を入れる。
冒険者ギルドではこんな小さな町の出張所にすら魔力通信機を置いていた。
資金が潤沢だということもあるが、何よりも情報の伝達が重要視されているからだ。
少し間を置いて届いた本部からの返信を見て、ダリオは再び首を傾げることになった。
そんな話は聞いていない。それが本部の答えだったからだ。
確かに、もし申請に不備があればそれは薬師ギルドの問題である。
しかし、採取者の護衛として人を出している以上、冒険者ギルドにも何らかの知らせがあって然るべきではないか?
そうは思ったが、事務長に問い質してみたところでおそらく埒は明かないだろう。
彼もまたその内容に戸惑っているひとりなのだから。
本部のほうからも薬師ギルドに問い合わせてみるとのことなので、ダリオはひとまずその結果を待つことにした。
禁足させられる恰好となった冒険者達は、情報を求めて次第にギルドへと集まり始める。
彼等も魔力通信機の存在を知っており、ここに来れば何か情報が得られると考えたからだ。
だが、得られたのは現在確認中という言葉だけだった。
そんな焦燥感漂う時間がしばらく続いた後、昼前になってやっと本部からの連絡が届く。
その内容は耳を疑うものだった。
『王都の薬師ギルドはそんな通達を出していない』
そこから事態は一気に急展開を見せる。
一体何がどうなっているのかと騒ぎ出す冒険者達とその対応に追われる薬師ギルドの職員。
そんな中、当日朝にベース・キャンプを出発したグループが街に帰って来た。
すると彼等からダリオに不穏な情報がもたらされた。
傭兵と思われる集団がキャンプの方へ向かっていくのを見たというのだ。
(何故、傭兵が?)
ダリオの頭には一瞬”密猟”という言葉が浮かんだが、その可能性は低いと思い直す。
無許可で薬草を採取するのが目的ならば人気の無い場所を選べば良いのであって、何もキャンプへ向かう必要は無い。
となると、傭兵達の狙いは薬草ではなく、キャンプの近くにある何か他のものということになる。
(リック・プレストン!?)
現在キャンプにはリックとそのパーティーが滞在しているはずだ。
傭兵達の狙いがリックであるとは限らない。
しかし、もし傭兵達が何か良からぬことを企んでいるとしたら、リック達がそれに巻き込まれる可能性は十分に考えられる。
薬師ギルドに届いた出所不明の通達が何やら陰謀の臭いを感じさせ、余計にダリオを不安にする。
(放っておくわけにはいかない。)
ダリオはすぐさま救援部隊の編成にかかることにした。
ギルドと冒険者はあくまでも依頼の仲介と請負の関係であり、雇用契約が結ばれているわけではない。
しかしギルドは、依頼遂行に関連する事案において冒険者を保護する責任があると自ら定めていた。
つまり、依頼を遂行するにあたって想定外のトラブルが発生したり他者からの圧力や攻撃を受けた場合、冒険者の身分や生命については全力でこれを擁護するとしているのだ。
これは冒険者達との信頼関係を築くために必要なことである。
もしギルドが冒険者を使い捨ての道具の様に扱えば、彼等もそれ相応の仕事しかしてくれなくなるからだ。
都合が悪くなれば平気で依頼を投げ出すようになるだろうし、最悪の場合は護衛する対象から金品を奪って逃げる者すら出てくるかもしれない。
冒険者ギルドが出来る前はそういった事が頻繁に発生していた。
そんな暗黒の時代から脱するためにギルドが創設されたのだ。冒険者との信頼を重視するのは当然のことであった。
ダリオがギルドからの直接依頼という形で参加者を募ると、かなりの人数が手を上げてくれた。
直接依頼を受ければ高い評価ポイントが付くせいもあるが、それよりも冒険者同士の仲間意識が彼等にそうさせたのだ。
最悪の場合は戦闘になる可能性も考え、ダリオはDランク以上に限定してメンバーを選抜した。
勿論、ダリオ自身もリーダーとしてそれに加わる。
こうしてダリオ率いる冒険者の一行は、薬師の森へと向かって出発することになったのだった。
尚、その時点ではまだチャッド・ハスラムが事件に絡んでいることなどダリオは想像もしていない。
目撃証言が無かったのだから当たり前だ。
後で分かったことだが、チャッドは冒険者が通る道を避けて別のルートから”薬師の森”へ向かったようだ。
冒険者仲間に顔を見られるわけにはいかない以上、当然の配慮と言えるだろう。
だが、仕事を終えたらすぐに国外へ逃走する予定だった傭兵達は、そんなことなどお構いなしに最短ルートを取り、それが目撃されたわけだ。
もし、傭兵達がもう少し用心深く行動していればダリオが気付くことも無かっただろう。
尤も、そうなったところで彼等の計画が失敗で終わることに何ら変わりはなかったのだが。
互いの情報交換が終わった頃には既に日暮れが迫ってきており、その夜はキャンプで一泊することになった。
ダリオが携帯魔力通信機でキトレに連絡を取ったので、明日は警備隊が来てくれることになっている。
それまでは交代でチャッド達を監視することになったのだが、イルムハート達4人はその役目を免除してもらえた。
皆の厚意に甘えその晩は十分に睡眠を取り、そして翌朝を迎える。
まだ警備隊は到着していないが、イルムハート達は先にキトレの町へと帰還することになっていた。
昨晩は良く眠ったとは言え、所詮は野営での粗末な寝床である。
完全に身体の疲れが取れるわけではないので、町に戻って休めるようにとの配慮だった。
ダリオ達は警備隊の到着まではここに残るため、彼等に礼を言いイルムハート達は先にキャンプを離れた。
途中、護送用の馬車を伴った警備隊の一団に出くわしキャンプの状況を説明した後、再び馬を進め昼前にはキトレの町へと到着する。
思っていた以上に身体は疲れていたようで、宿に着くと昼食もそこそこにベッドへと潜り込んだ。
軽く仮眠を取ったイルムハート達は、夕方近くになってダリオが帰還したとの連絡を受けてギルドへと向かう。
王都本部への報告を手伝うためである。
おおよその事情は昨日のうちに説明してあったが、細部について質問があった場合に備えて同席することになったのだ。
「ハスラム達の取り調べはどうなるんですか?」
「今は警備隊の方で拘留中ですが、詳しい尋問はこちらで行わせてもらうことになっています。」
リックの問いにダリオが答える。
「傭兵達は向こうに任せるとしても、冒険者についてはギルドに対する重大な背信行為ということでこちらに預けてもうらうよう話を付けました。
まあ、多少強引に要求を通した形になりましたが、警備隊にはなんとか納得してもらいましたよ。」
キトレは小さな町で警備隊の数も決して多くはない。
そんなこの町の警護には冒険者ギルドの存在が欠かせないものとなっているため、ある程度の無理はきくのだとダリオは言う。
勿論、いつもそんな風に高圧的な振る舞いをしているわけではない。
今回は特別なのだ。
ギルドに対する背信行為というのはあくまでも建前でしかなく、本当の狙いはハスラム達の保護だった。
リックからファウロ子爵が黒幕である可能性を告げられたダリオは、取り調べ中にハスラム達が口封じされてしまうことを危惧したのだ。
キャンプから人を遠ざけるために薬師ギルドへの偽の通達という小細工まで仕掛けた相手だ、それくらいの手は打ってくるかもしれない。
本当ならキャンプから連れ帰った時点でこちらに引き取りたいところではあったが、さすがにそれでは警備隊の面子が立たないだろう。
簡単な事情聴取くらいはしておかなければ上に報告も出来ないため、一晩預けることにしたのだ。
さすがに昨日の今日では次の手を打ってくる時間も無いだろうと考えてのことである。
そんな裏の事情も含めて、ダリオと王都の本部との間で魔力通信機を使ったやり取りが行われた。
しかし、その間イルムハート達の出番はほとんどなかった。
本部としては細かい部分で確認したい点もあっただろうが、それについては王都へ帰還してから再度聴取することになったのだ。
何しろ明日には王都へと戻る予定なのだから。
リックとしてはハスラムの取り調べも気にはなるのだが、それよりイルムハートを無事屋敷に送り返すことの方が優先された。
当然、事件に関してギルドから連絡が行くだろうから、帰りが遅れればそれだけ家の者が心配することになる。
(私のせいでイルムを巻き込んでしまった……オルバス隊長に何と詫びていいのか。)
今回の件は何とか皆無事で済んだ。
だが、イルムハートを危険な目に合わせてしまったことに変わりはない。しかも、自分を狙っての襲撃のせいで。
自分を信じイルムハートを託してくれたアイバーンに対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
もしかしたら後見人を解任されるかもしれない。
そう考え憂鬱になるリックだったが、結果を言ってしまえばそんなことにはならなかった。
それどころかリックを咎める言葉すらなく、「今後も期待しています」と言われて大いに当惑することになる。
だが、この時点ではリックがそれを知るわけもない。
本部への報告が終わり夕食を取ると、皆は再び強い睡魔に襲われそのまま寝床についた。
しかしリックだけは自責の念のせいでどうにも眠れず、まんじりともしない夜を過ごしたのだった。