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襲撃者の嘆きとギルドの信義 Ⅰ

 リックが森から出て傭兵達と対峙していた頃、シャルロットとデイビッド、そしてイルムハートはそこから離れた場所で待機していた。

 敵の注意がリックに集まっている隙を突いて、チャッド達のグループを強襲するためだ。

 倒すだけならリック一人でも問題無いのだが、その前に逃走されてしまう可能性もある。

 そうさせるわけにはいかないのだ。

「ハスラムは殺さずに捕らえるんだ。奴にはいろいろと聞かねばならないことがあるからな。」

 それがリックの命令だった。

 事の真相を明らかにする。

 そのためには何としてもチャッドを生かしたまま捕らえる必要があるのだ。

「始まったみたいだぜ。」

 傭兵達の雄叫びが響くのを聞いたデイビッドがそう言うと同時に、3人はそれぞれ自分に隠蔽魔法を掛ける。

 魔力を隠し、少しでも敵に察知されるのを遅らせるためだ。

 戦場で傭兵達の悲鳴がいくつか続いた後、やがて一瞬の静寂が訪れる。

「行くぞ!」

 そのタイミングを狙って3人は森を出ると、チャッド達の側面を突くために全力で走り出す。

 読み通り、チャッド達はリックと傭兵達との闘いに目を奪われているようだった。

 リックの方に目をやると、既に敵は半数まで数を減らされている。この僅かな時間でだ。

 騎士団の鎧による能力補正があると解かっていても、それはイルムハートを驚かせるのに十分な戦果だった。

 イルムハートですらそうなのだから、チャッド達からしてみれば常識を超えた強さに思えるだろう。

 信じられないものでも見ているかの様に呆然と立ち尽くしていた。

「ハスラムさん!奴等だ!!」

 部下の一人がようやく気付き声を上げた時、イルムハート達は既にその表情がはっきりと分かる距離まで近付いていた。

 敵の数は5人。森の中で襲撃された時よりも人数は減っていた。

 おそらく、見張りのチームに増援として送り出したのだと思われる。

 傭兵達が戦闘に加わった時点で下位の冒険者など用済みになるだろうから、それはそれで妥当な判断なのかもしれない。

 だがそれは、今度は自分たちが奇襲を受ける側になる可能性を完全に見落としていた。

「食らいなさい!」

 まだ少し距離のある地点で、シャルロットが立ち止まり魔法で砂嵐を起こした。

 砂嵐とは言っても、実際には小石程の大きさのある礫を含んだ竜巻のようなもので、巻き込まれると大怪我は避けられないだろう。

 しかし、チャッド達の周りには防御魔法が展開されているのでダメージは無い。

 勿論、シャルロットにしてもそんなことは想定内である。砂嵐は目くらましを狙って放ったものだった。

 その目論見通りチャッド達が一瞬こちらの姿を見失った隙に、イルムハートとデイビッドは左右に分かれて側面から襲いかかる。

「このガキ!」

 部下の一人がイルムハートに気付き切り掛かろうとするが一歩遅い。

 指向性を加えた風の爆裂魔法を食らい、吹き飛ばされてしまった。

 防御魔法は張り巡らせた結界の”壁”を通過するものに対し影響を及ぼす。

 なので、その”壁”の中に入ってから魔法を使えば普通に効力を発揮するのだ。

「魔法まで使えるとはな……完全に見誤ってたわけだ。」

 そんな声にイルムハートが振り向くと、そこには苦々しい表情を浮かべるチャッドの姿があった。

 彼にしてみれば、イルムハートこそが今回の失敗の原因だった。

 その存在が全ての歯車を狂わせた。そう確信していた。

「イルム!」

 チャッドと対峙するイルムハートを心配してデイビッドが声を上げる。

 が、イルムハートは落ち着いて剣を構えながらそれに答えた。

「大丈夫です。こっちは任せてください。」

 その台詞にチャッドの顔は怒りで染まる。

 それはそうだろう。

 Bランク冒険者であるチャッドを相手にしながら、一人で十分だと言い切ったのだから。

「随分と舐められたものだな。」

 チャッドの闘気が高まり魔力と同化し始めた。

 こうなると防御魔法と同じ効果を発揮するため魔法での攻撃はあまり期待出来ない。

(さすがはBランクの冒険者だな。)

 尤も、それくらいは想定内である。

 Bランクまで昇り詰めた相手を甘く見るほどイルムハートも傲慢ではない。

 なので、チャッドの姿が不意に視界から消えても特に慌てはしなかった。

 おそらくチャッドは、幻影魔法を使い簡単な幻を創り出すことが出来るのだろう。

 持ち前の素早さにその幻を加えることで、一瞬のうちに移動したような感覚を相手に与えるのだ。

 しかしそれは視覚に頼って闘う相手であれば有効なのだろうが、気配で敵を捕らえる剣の上級者には残念ながらあまり効果が無い。

 ましてやイルムハートは魔力探知も出来るし、思考加速という反則技も持っている。

 チャッドの動きに惑わされたりはしなかった。

「なっ!?」

 死角を突いたつもりの剣をイルムハートにあっさりと受け止められてしまい、思わずチャッドは驚きの声を漏らした。

 だが、すぐさま頭を切り替えると今度はそのまま力で押し込んでくる。

 体格差を利用してイルムハートの体勢を崩そうというのだ。

 イルムハートはそれに抗わず脇へ避けると、剣先を流してそれを捌く。

「この!」

 チャッドは捌かれた剣を切り返し再度切り掛かってきたが、その時既にイルムハートは間合いから離れていた。

 切るべき相手を見失ったチャッドの剣が空を切る。

 その隙を突いてイルムハートは再び距離を詰め剣を振るう。

 しかし、冒険者特有とも言える反応速度強化によりチャッドをそれを躱してみせた。

 今度はイルムハートの剣が空を切ることとなり、勢い余って僅かにバランスを崩した……ように見せかける。

 チャッドはそれを勝機と捉えてしまった。まんまと策に乗ってしまったのだ。

 ケリを付けようと剣を振りかざしたのだが、つい力んでしまったせいで動作が大きくなった。

 イルムハートはそれを見逃さずに剣を突き出す。

 振りかぶった手元をイルムハートに切りつけられてしまい、チャッドは「ぐぅっ!」という悲鳴とも呻きとも取れる声を上げて剣を落とした。

 痛そうに庇う右手からは大量の血が流れ出す。

 イルムハートによって小指と薬指を切断されてしまったのだ。

 その事実に呆然とするチャッドだったが、すぐに立ち直ると左手で剣を拾った。

 だが、いちおう左手でも剣は使えるものの、利き腕ではないため当然のことながら力は落ちる。

 しかも傷を負った状態とあってはチャッドとイルムハート、どちらに分があるか誰の目にも明らかだった。

「諦めろ、ハスラム。もうお前に勝ち目は無い。」

 不意にそう声を掛けられチャッドが目を向けると、そこには血を浴びた鎧姿でリックが立っていた。

 その様子から、チャッドは傭兵達が全滅したことを理解する。

 また別方向に目をやれば、そちらにはシャルロットとデイビッドが立ってこちらを見つめていた。

 そこに部下達の姿は無い。皆倒されてしまったのだ。

 これ以上無いほどに完全な敗北である。

 しかし、それでもチャッドは剣を放さない。

「あきらめる?馬鹿な事を。俺にはもう戻る道は無いんだよ。」

 今さら命を惜しむ気はなかった。負ければどのみち全てを失ってしまうのだ。

「だが、お前には責任があるだろう。”ファミリー”に対する責任が。」

 リックはフェイス・ガードを上げチャッドを見つめながらそう言った。

 その目はどこか悲しげに見えた。

「おそらく”ファミリー”の全員が今回の件に加担しているというわけではあるまい。

 しかし、このままでは皆共犯者として処罰されることになるのだぞ?

 彼等を救えるのはお前だけだ。違うか?」

 確かに、”ファミリー”の中で今回の件の真相を知る者はごく一部の者だけであった。

 他の連中にはリックこそが犯罪者であり、その断罪が今回の目的なのだと教えてある。

 おそらく、取り調べに対して彼等はそう証言するだろう。

 だが、それが聞き入れられるはずもない。単なる言い逃れと受け取られ、相手にされないのは目に見えている。

 もし彼等を救う方法があるとしたら、それはチャッド自身が全てを洗いざらい証言することだけなのだ。

 チャッドもそれは良く分かっていた。そして、そんな彼等を見捨てるほど自分が悪人にはなり切れないことも。

「何故……こんな事になってしまったんだ。」

 誰かに問いかけたわけではない。そして、答えが返ってくることを期待してのものでもない。

 ただ行き場の無い己自身の気持ちを無意識に吐き出しながら、チャッドは剣を手放したのだった。


 闘いが終わった後、イルムハート達は生き残った敵を全員拘束した。

 その中には傭兵達のリーダーであるザンガもいた。

 既に戦意を失っていたため殺さずに捕らえたのだ。

 シャルロットは捕らえた敵に対し、順番に治癒魔法を掛け始める。

 勿論、完全に回復させるわけではない。死なない程度に治療するだけだ。

 それと同時に、彼等には魔石の欠片を埋め込んでゆく。

 ナイフで腕に傷を付けて小指の先よりもさらに小さい魔石の欠片を埋め込み、魔法で再び傷を塞ぐ。

「悪いけど、魔法は封印させてもらわよ。」

 それは魔法を使えないようにするための処置だった。

 いくら体が拘束されていても魔法を使うことは出来てしまうため、その対策として魔石の欠片を埋め込むのだ。

 魔法を使うには魔力を正しく制御するする必要がある。

 その際、体の内に自分のものとは異なる波長を持つ魔力が存在してしまうと、体内魔力の流れが乱されてしまい魔法が発動出来なくなるのだ。

 尤も、2・3日もすれば体が順応して多少の”異物”があっても魔法は使えるようになるのだが、警備隊に引き渡してしまえば更に強力な魔法封印の処置が取られるので、要はそれまでの間効果があればいいのだった。

 全員の処置が終わったところで、彼等をキャンプまで移動させた。

 皆、戦意を喪失しているため逆らう者はなく、おとなしくそれに従う。

 途中、見張りに出ていたチャッドの部下らしき人影が現れ、慌てたように逃げ去ってゆくのが見えた。

 しかし、追いかけたりはしない。

 どの道、連中に逃げる場所は無いのだ。いずれ自ら投降してくるだろう。

 幸いなことに、キャンプには誰かが囚われているといった様子は無かった。

 理由は不明だが、どうやら今日は薬草採取の作業が行われなかったようだ。

 そこでほっとしたのも束の間、イルムハートは近づいてくる集団の魔力を探知した。

「リック、こっちに近づいてくる連中がいるわよ。数は12……いや13かしら。

 馬を使ってるみたいだけど、かなり早いわ。」

 シャルロットも気が付いたらしく、リックに警告する。

 敵の増援かと一瞬緊張が走ったが、チャッドやザンガが特に反応を示さないところを見るとそうでもなさそうだった。

 それでも警戒を解かずに待機していると、やがて13頭の騎馬の姿が見えてきた。

 その先頭を走る馬に乗った男性を見て、リックは剣の柄から手を放す。

 その人物はキトレ冒険者ギルドの所長ダリオ・ネグロンだった。

「ご無事でしたか。」

 ダリオはリックの血まみれの鎧を見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐさま状況を理解したらしかった。

「やはりプレストンさんの襲撃が目的だったのですね。」

 どうやらダリオは傭兵達の動きを知っていたようである。

 そして拘束されている者達に目を向けると、今度こそ本当に驚いた。

「……ハスラムさん?」

 捕らえた者の中にチャッドの姿を見つけたからだ。

「何故、彼が?」

「彼がこの件の首謀者です。まあ、あくまでも今のところはですが。」

 おおよそ黒幕の予想は付いていたが、チャッドの証言を聞くまではっきりしたことは言えない。

 今の彼は放心していてろくに口もきけない状態なので、その辺りは後日の取り調べに委ねることになる。

「ところで、所長はどうしてここへ?何故襲撃があることを知っていたのですか?」

「知っていたわけではないですが、ちょっと嫌な予感がしましてね。

 実は昨日の話なんですが……。」

 当然とも言えるリックの問い掛けに対し、ダリオはこれまでの経過について説明し始めた。

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