謀略の予感と銀色の怪物 Ⅰ
「ったく、何度も何度も。アイツ等、森を燃やす気か?」
爆裂魔法で再び燃え出した火を水魔法で消しながら、デイビッドは毒づいた。
「いいから、さっさと消しなさいよ。」
シャルロットとイルムハートも消火を手伝う。
チャッド達にはまんまと逃げられたが、誰も追いかける素振りは見せなかった。
デイビッドなどは真っ先に飛び出して行きそうなものだが、イルムハートがそれを尋ねると
「あんなあからさまな誘いに乗るほど俺もバカじゃねえぞ。どう考えても罠だろう。」
案外冷静な答えが返って来た。
「やっぱり、そうですかね。」
「当たり前だろ。正体がバレちまった以上、逃げるわけにはいかないんだからな。」
確かに、デイビッドの言う通りだった。
顔が割れてしまった時点で、彼等に逃げるという選択肢は無くなったはずだ。
このまま無事帰還し報告されてしまえば、チャッドは冒険者ギルドから追われる身となるからだ。
基本的にギルドは冒険者同士の個人的な諍いには干渉しない。
だが、それが犯罪行為にまで至るとなれば話は別である。その場合は厳しくこれを処罰する。
そうしないと冒険者への不信を招き、ひいてはギルドの信用まで傷つけることになるからだ。
全世界にネットワークを張る冒険者ギルドから逃げおおせるのは、ほぼ不可能に近い。
つまり、イルムハート達を始末して口を塞がなければ、チャッドは確実に破滅してしまうのだ。
それくらいのことはチャッドも十分理解しているだろう。
となると、逃走したように見せかけ、実は別の罠の中に誘い込もうとしている可能性が高い。
「また魔道具かしら?」
「その可能性は低いだろうな。」
シャルロットの問い掛けに答えたリックの言葉はやや否定的だった。
「魔道具を使ったトラップなど、所詮は小手先のものだからね。見抜かれればそれで終わりさ。
ハスラムとしては確実にこちらを始末したいはずだ。
となると、最終的には武力でケリを付けようとするだろう。先ほどのようにね。」
確かに、先の襲撃でも魔道具を使ってはいたが、最後は剣を取って襲いかかって来た。それが一番確実だからだ。
「おそらく外には増援を呼んであるのだろう。私たちが森から出たところを狙って、数で攻めてくるつもりなんだと思う。」
「ファミリーのメンバーかしら?」
「でも、あそこは半分以上がEやFの下位ランカーだって話だぜ。
そんなヤツ等を集めたって、あんまり役には立ちそうもないけどなぁ。」
デイビッドはそう言ってから少し考えた後、不穏な台詞を口にした。
「……まさか、ハスラム以外にも上位ランカーでリックを妬んでるヤツがいるとか?」
「馬鹿なこと言うんじゃないの。そもそも妬ましいから始末するって、そんな短絡的な発想する人間はそうそういないわよ。」
シャルロットの言うことも尤もだ。
例えリックを妬ましく思っていたとしても、それだけで殺害まで考えるとは思えない。動機としては弱すぎる。
そして、それはチャッドにも言えることだった。
「あの人は……ハスラムさんは、本当にリックさんへの嫉妬だけでこんなことをしたのでしょうか?」
イルムハートにはそれがにわかには信じられなかった。
「それでは、シャルロットさんの言う通りであまりにも短絡的過ぎます。
そんな浅はかな真似をするような人が、Bランクまで昇って来れたとは思えないんですが。」
冒険者ランクの昇格は何も実績だけで決まるわけではない。ギルドの信用を考えれば、当然素行も考慮される。
下位ランクですらそうなのだから、ギルドの顔となる上位ランクへの昇格には特に厳しく審査されるはずだ。
「確かに。性格的には問題があるとしても、そこまで馬鹿な真似をするとは思えないわね。」
シャルロットだけでなく、他の2人もイルムハートの考えに同意した。
だが、それはそれで別の疑問が皆を悩ませることになる。
「でもよ、だとしたら何のためにこんなマネするんだ?何か他に理由があるってことか?」
「誰かに命令されて、という可能性もあるわね。」
「命令?ハスラムに?そんなこと出来るヤツと言えば……そうか!ギルド長か!」
「……殴るわよ。」
デイビッドの迷推理もシャルロットに一蹴されてしまった。
尤も、本気で言っているわけではないので一向に気にする様子は無い。
「さすがに、ギルド長に命を狙われるのは御免だな。」
リックはそう言って苦笑したが、すぐに真顔に戻り皆を見回した。
「それ以外でハスラムに命令が出来る人物と言えば、例のファウロ子爵くらいだろうな。」
ファウロ子爵。チャッドのパトロンを自称する貴族だ。
ファウロ子爵にはチャッドも色々と便宜を図ってもらっており、もし彼がリックの抹殺を指示したとすればそれを断るのは難しいかもしれない。
「尤も、ファウロ子爵が黒幕だとしても、”何故?”という疑問は相変わらず残るわけだが。」
リックはあくまでも慎重だったがデイビッドは違った。
「まあでも、ハスラムが嫉妬でとち狂ったって理由よりはそっちのほうが納得出来るかな。
自分とこの子飼いより名が売れてるリックを疎ましく思ったのかもしれないし。
貴族の中には平民を家畜並にしか考えてないヤツもいるかならな。
その程度のことで命を狙うようなマネしたとしても、俺は驚かないね。」
中々辛辣である。
貴族嫌いの理由は、単に”堅苦しいから”と言う以外にも何かあるのかもしれない。
そんな風に考えながら見つめるイルムハートに気付いたのか、デイビッドは慌てて
「お前は別だからな、イルム。」
そう言い繕った。
「元々、今回の依頼は不自然だったのよね……。」
すると、何か考え込んでいたシャルロットが不意に口を開く。
「実績が無い私に指名依頼が来るのはおかしいなって思ってたんだけど、もしかすると薬師ギルドの依頼の裏にも何かあったのかも。」
「確かに、ハスラムが先回りしていたのも不思議な話なのだが、初めから私たちの行動を知っていたのであればそれも納得出来る。」
今回の依頼はあくまでシャルロットを指名したものなので、通常のようにホールに張り出されたりはしていない。
なので、他の冒険者が知るはずのないものなのだ。にもかかわらず、チャッドはこちらの動きを知っていた。
キトレに先回りしていたのも、そこにリック達が来ると分かっていたからだ。
とすれば、今回の依頼そのものが何者かによって仕組まれたものだった可能性も十分に考えられる。
「貴族であれば薬師ギルドに架空の依頼を出させることも不可能ではないだろう。
もしかすると、私たちは最初から罠に嵌められていたのかもしれない。」
リックはそう言って眉をひそめた。
状況から考えると、ファウロ子爵が裏で糸を引いている可能性は十分に考えられる。
「もしファウロ子爵が黒幕だとすれば、かなり厄介なことになるな。
森の出口で待ち構えているのは冒険者などではなく、おそらく騎士か傭兵だと考えるべきだ。」
騎士も傭兵も対人戦闘のプロフェッショナルである。冒険者相手とは勝手が違うのだ。
それを相手にするとなると、向こうの数次第ではこちらがかなり不利になる。
「このまま出口には向かわず、違う場所から森を出るというのはどう?」
シャルロットがそう提案したのだが、リックは静かに首を振る。
「おそらく見張りを立てているだろう。私ならそうするし、ハスラムだってそう考えるに違いない。
もし見つかればこちらは徒歩だ。馬で追われては逃げ切るのは難しいな。
それに……。」
どこか不安気な表情でリックは森の出口の方に目を向けた。
「それに、キャンプのことが気になる。」
その言葉に他の3人はハッとなった。
いつもならこの辺りでいくつかのグループが作業しているはずなのに、全く姿が見えないのだ。
たまたま今日は誰も来ていない……などど考えるのは少々都合が良すぎるだろう。
キャンプで拘束されている可能性が高い。
「……もう殺されてるかもしれないぜ。目撃者は生かしておくわけにいかねえだろ。」
少し沈んだ声でデイビッドが言う。それは、残念ながら正しい考え方だった。
「そうかもしれない。だが、まだ生かしてある可能性だってある。」
最終的には口封じされるのだろうが、それは目的を果たした後かもしれないのだ。
望みがある以上、見捨てるわけにはいかない。それがリックの考えだった。
「まあ、どうせ逃げるのはムリそうだからな。ついでに助けてやるか。」
デイビッドがあきらめたように口を開く。そんなリックの性格を知っているからだ。
勿論リックにしても、あえて仲間を危険に晒してまで人助けをするつもりなどない。
ただ、今回はどのみち戦闘は避けられそうもなかった。
ならば、出来る限り救えるものは救う。そう判断したのだ。
デイビッドもシャルロットも、その意図を十分に理解していた。
そしてイルムハートもそんな空気を感じ取る。
こうして4人は、出口で待ち構えているであろう敵と戦う覚悟を決めたのだった。
森の出口から十分に距離を取った場所にリックとシャルロット、そしてイルムハートは待機していた。
現在デイビッドが偵察に出ており、その帰りを待っているのだ。
やがて、デイビッドが魔力を消した状態で戻って来る。彼は魔力を隠す隠蔽魔法も使えるのだ。
「やっぱりいたぜ。森の出口から少し離れた所で待ち構えていやがる。
人数はハスラム達の他に追加で10人ほど。多分、あれは傭兵だ。
冒険者とは違うごつい装備を身に着けてるが、その辺りの店で手に入るような代物だから騎士ではないと思う。」
騎士の防具はだいたいオーダーメイドだ。ありきたりの装備を身に着けることはない。
身分を隠すためにあえて市販の装備を使っている可能性もないわけではないが、最終的に目撃者を残すつもりがないのであればその必要もないだろう。
「他の冒険者達は?」
「いない。」
リックが問いかけると、デイビッドは少し考えてからそう答えた。
「少なくともその場にはいなかった。
キャンプまではちょっと距離があるんで、そっちのほうは分からないが。」
「そうか……。」
そう言ってリックは黙り込んだ。
他の冒険者のことも気にはなるが、それよりも今はどう闘うかを考える必要があった。
相手は戦闘のプロで、人を殺すことを生業としている連中だ。
躊躇せず相手の命を奪えるというのは戦闘において強みである。それは、多少の技術の差など簡単に埋めてしまう。
そんな相手が10人もいるとなれば、普通のやり方では通用しないだろう。
「大魔法でまとめて吹っ飛ばすってのはムリなのか?」
「出来るわよ。」
「出来んのかよ!?」
半分冗談で言ったつもりがシャルロットにあっさり答えられてしまい、デイビッドは逆に驚く。
「上級魔法なんてだいたいはそんなものよ。
でも今回の場合、あまり戦果は期待出来ないわね。」
「なんでだ?」
「向こうが傭兵なら、集団防御の魔道具くらいは用意しててもおかしくないもの。」
集団で行動する軍隊は広域魔法の格好の的となる。
わざわざ固まっていてくれるのだから、敵としては大魔法で一掃しようと考えるのが当然であろう。
なので、それに対抗する広範囲防御魔法の魔道具が軍隊においては必須とされていた。
おそらく、外で待ち構えている連中もそのくらいの準備はしているはずだ。
「やっぱ、直接やり合うしかないのか……。」
デイビッドは思わずため息をついた。
さすがの彼も10人もの戦闘のプロ相手では、いつも通り陽気でいるわけにもいかないらしい。
そんな中、イルムハートはひとつの決断をしようとしていた。
転移魔法の使用だ。
転移魔法は極めて限られた者にしか使用出来ない魔法である。
王国内でも使用できるのは十数人しかいないとされ、シャルロットですら使うことが出来ない。
そんな稀有な魔法を僅か9歳の子供が使えるなど、さすがにそれは普通ではないので皆には内緒にしてある。
しかし、そんなことを言っている場合ではない。
今の状況はかなり危険だと言わざるを得なかった。
チャッド一味に加え10人もの傭兵を相手にして戦わねばならないのだ。
誰かが命を落とすことになるかもしれない状況の中、自分の都合だけで魔法を隠しておくわけにはいかなかった。
転移魔法を使ってキトレの町へ帰還する。
イルムハートがそう提案しようとしたその時
「仕方ない、アレを使うか。」
先にリックが口を開いた。
「そうね、そうした方が良さそうね。」
「アレを使うのか……まあ、そうなるかな。ただ、外のヤツ等にはちょっと同情しちまうけどな。」
シャルロットとデイビッドも同じ考えのようだった。
だが、イルムハートだけは”アレ”というのが一体何なのか分からない。
「”アレ”って何ですか?」
転移魔法の件などすっかり忘れて”アレ”に興味を示す。
「これのことさ。」
そう言いながら収納魔道具からリックが取り出したものを見て、イルムハートは驚きの表情を浮かべた。
リックが取り出したもの、それは銀色に輝くプレート・アーマーだった。
しかも、武具屋で売っているような普通の物ではなく、そこかしこに美しい装飾の入った芸術品のような鎧である。
さらにそのプレート・アーマーからは、強い魔力すら感じられた。
イルムハートが驚いたのは、それに見覚えがあったからだ。正確には、それと同じような物にだが。
「それは……騎士団の鎧ですか?」
騎士団の鎧。それは美しさと強さを併せ持った鎧である。
そして、その”強さ”とは決して頑丈であると言うことだけでなく、様々な魔法効果が付与されての”強さ”を意味する。
付与される魔法はそれぞれの騎士団や装備の程度にもよるだろうが、イルムハートの知るフォルタナ騎士団のプレート・アーマーには攻撃・防御に関する魔法が
少なくとも十種類は付与されていた。
それは身に着けた者の戦闘力を数倍にも跳ね上げる、反則的とも言えるほどのものだった。
イルムハートとしては、不利な状況の割にはリック達にあせった様子が見られないと感じていたのだが、その理由がやっと分かった気がした。
「ああ、王国騎士団にいた頃に使っていたものだ。
辞めた時はもう使うことも無いだろうと思ったが、大物の魔獣を相手にする場合は何かと重宝してるよ。
だが……まさか人間相手に使うことになるとはね。」
やはり王国騎士団の鎧だったようだ。
だが、そこでイルムハートの脳裏にはひとつの疑問が浮かび上がる。
それは、何故リックが王国騎士団の鎧を未だに所持しているのか?ということだ。
騎士団の武具は支給品ではなく貸与品である。退団の際には必ず返却しなければならない。
騎士団を抜けたはずのリックがそれを持っているはずはないのだ。
まさか盗んで来た、ということはないだろう。
となれば、理由はひとつしかない。
「リックさんは勲章を受けていたんですか?」
武具の返却は絶対であったが、ひとつだけ例外があった。叙勲である。
在職中に任務で功績を上げ叙勲を受けた者には、その褒賞として退団時に武具を下賜されることがあるのだった。
勿論、そのままの性能でとはいかない。
そんなオーバー・スペックの武具を市井に放出するわけにはいかないため、特に攻撃に関したいくつかの付与は削られてしまう。
しかし、それでも十分にハイ・スペックな武具を手に入れることが出来るのだ。
「そうか、君はその辺りのルールを知っているのか。」
イルムハートの言葉に少し驚いたリックだったが、考えてみれば騎士団の規定について知識があっても不思議ではないことに気付く。
「まだ新兵に毛が生えた程度でしかなかった頃だが、ある任務での働きが評価されて勲章を授かったことがあるんだよ。
まあ、オルバス殿が強く推薦してくれたお陰なんだがね。
それで退団時にこの鎧と大剣を下賜されたんだ。」
「そうなのか?初めて聞いたぞ、その話。」
「退団時に武具をプレゼントしてくれるなんて随分と気前が良いなとは思ってたけど、そういうことだったのね。」
どうやらデイビッドもシャルロットも叙勲の話を聞くのは初めてのようで、少し恨みがましい顔をする。
「別に隠していたわけじゃないが、特に聞かれなかったからね。」
リックがそう言って笑う。
その後、どこか納得いかない様子の2人を相手にしながら、リックはプレート・アーマーを身に着け始めた。
プレート・アーマーには軽量化された合金が使われてはいるのだが、それでも本来なら大の大人であろうとひとりでは身に着けるのが困難なほどの重量を持つ。
しかし、そこは騎士団の鎧である。
各パーツには重量を軽減する魔法が付与されており、その重さによる影響を最小限に押さえることが出来るのだ。
なので、会話の片手間であっても何ら手こずることなく、リックはプレート・アーマーを装着し終えた。
重力操作、魔法・物理防御、武器・防具強化、そして身体強化の効果上昇。
ぱっと見てイルムハートが探知出来ただけでも、それだけの魔法が付与されていた。
鎧を着終えたリックは、共に下賜された大剣を握ると2・3度軽く振って感覚を確かめる。
そして、少し申し訳なさそうにイルムハートに語り掛けた。
「すまないな、本当ならこんなところは見せたくはなかったんだが。」
その大剣を見て、イルムハートはリックの言葉が意味するところを理解した。
それは小手先の技術で相手を攻撃するためのものではなく、一撃必殺を目的とした剣である。
つまりリックは傭兵達に対し、手加減無しで闘うつもりなのだ。
結果として多くの命が失われるだろう。
イルムハートには極力そんな場面を見せたくなかった、そんな思いが言葉となって表れたのだ。
「大丈夫です。気にしないで下さい。」
イルムハートとしても人が死ぬことに対して、やはり抵抗はある。例えそれが敵であってもだ。
だが同時に、命の価値は決して平等ではないことも解かっていた。
敵と味方、どちらの命がより重いかなど、天秤にかけるまでもないことなのだ。
「大事なものを守るための覚悟、それは僕も持っている……いえ、持ちたいと思っています。
なので、気にする必要はありません。」
リックが好き好んで人を殺すわけではないことくらいイルムハートも良く分かっている。
それでも敢えて相手の命を奪う覚悟をするのは、仲間を守るためなのだ。
「そうか……ありがとう。」
イルムハートの言葉にリックは満足そうに、そして少しだけ悲しそうに微笑んだのだった。