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薬師の森と猿の軍団 Ⅰ

 キトレの町で一泊した翌日、イルムハート達は”薬師の森”へ向けて出発した。

 ”薬師の森”までは馬で半日、しかも実際に森へ入るのはさらに翌日になるため、出発時間は割と遅めだった。

 目的地までの道は街道と言う程整備されたものではなかったが、頻繁に人が行き来しているせいかそれなりに均されていてスムーズに馬を走らせることが出来る。

 おかげでさほど速度を上げなくとも、まだ日の暮れる前に到着することが出来た。

 と言っても、到着した場所自体はまだ”薬師の森”ではない。森からは徒歩で30分ほど離れた場所にあるベース・キャンプのような場所だった。

 そこは、それほど頑丈ではないものの木の柵で囲まれ、馬を繋ぐ場所に加え水場やトイレなども用意してある。

 ”薬師の森”へ薬草を採取に来る者のためにキトレの町が用意した場所だが、実際には冒険者ギルドと薬師ギルドが共同で維持管理をしているのだった。

 両ギルドとしては多少出費することになっても薬草採取で十分元が取れるという事なのだろう。

 イルムハート達が到着した頃には3つほどのグループが仕事を終えてキャンプに戻っており、ここで一夜を過ごす準備を始めていた。

 今から出発しても途中で夜になってしまうからだ。

 キトレと”薬師の森”との距離は決して遠くはないのだが、日帰りで作業するほどには近くもない。

 なので、イルムハート達のように先に一泊して翌朝の午前中作業をするか、当日来て作業し、その後一泊して帰るかのどちらかになる。

 連泊して作業することはあまりないので、おそらく今ここにいるグループは後者なのだろう。

 そんな中、イルムハート達も野営の準備を始めた。

 リックが他のパーティーから情報収集している間にデイビッドとイルムハートの2人でテントを設営する。

 シャルロットは夕食の準備だ。

 と言っても夕食の分はキトレで調理済の料理を購入してあるので、後はパンと豆のスープを用意するだけだった。

「町から近いと簡単でいいわね。」

 とシャルロットが言うと、デイビッドがまた余計な口をはさむ。

「美味いもんが食えるしな。」

「何よ、私が料理した食事は美味くないってことかしら?」

「別にそんなこと言ってねえだろ。」

 そこでまた口喧嘩が始まる。

 口喧嘩というか、既にこれが2人のコミュニケーション手段になっているのかもしれない。

 イルムハートに「本当に仲が良いんですね」と言われ、2人は照れたような表情を浮かべお互いにそっぽを向くのだった。


 日もすっかりと暮れ、夕食を取り終えたイルムハート達は焚き火を囲んで明日の行動手順を確認する。

「明日は朝一で森へ向かう。馬はここに繋いだまま徒歩で行くことになる。」

 このベース・キャンプはまだ人間の生活圏内にあるが、森の周辺は既に魔物の活動領域となる。

 そんなところに馬を放置して作業を行うわけにはいかない。

 なのでここからは徒歩で森へと向かうのだ。

「他のパーティーの話では、森には特に変わった様子はないそうだ。

 尤も、彼等は森の浅い部分でしか活動していないから、奥の方の方までは分らないようだけどね。」

 今ここにいる中でイルムハート達以外のパーティーは、採取者とその護衛という構成だった。

 つまり、比較的安全な森の外周部分でしか作業を行っていないので、当然森の奥の様子までは分からないのだ。

 それでも、彼等から得られる情報が無駄というわけではない。

 外周部が穏やかということは、少なくとも作業中止を検討しなければならないような異常な事態は発生していないということだ。

「ギルドからの情報では2~3時間ほど歩いた辺りで岩場に出るらしい。その岩場が今回の目的である薬草の生息地だ。

 だが、その岩場までの途中にトループ・エイプの縄張りがある。

 奴らは樹上から集団で襲ってくるので、飛び掛かかられる前に出来るだけ遠距離攻撃で倒すことだ。

 あと、トループ・エイプは風魔法を使う。

 殺傷力があるほどの魔法ではないけれど、喰らえば体制を崩してその隙を狙われることになるので注意するように。」

 森の中で確認されている魔獣は他にもいたが、説明を聞く限りではトループ・エイプほど厄介な相手ではなさそうだった。

「雲を見る限り、明日の天気は悪くなさそうだ。特に問題が発生しなければ昼過ぎには戻って来られるだろう。」

 そう言ってリックは話を締めくくる。

「トループ・エイプの中には空を”跳ぶ”ヤツもいるらしいぜ。風魔法で無理やり身体を吹っ飛ばすみたいな感じでな。」

 デイビッドがイルムハートの方を見ながらそう教えてくれた。

「まあ、飛行魔法みたいにスムーズに動けるわけじゃないけど、それで攻撃を避けたりするらしいから気を付けた方がいいぞ。」

「そうなんですか。ずいぶんと器用なんですね。」

「いや、そうでもないみたいだな。制御がちゃんと出来てないから、吹っ飛んで樹にぶち当たったりもするらしい。マヌケだろ?」

 デイビッドはそう言って笑ったが、トループ・エイプはそれなりに脅威度の高い魔獣である。

 こうやって笑い話に出来るのは、彼の実力の高さあってのことなのだろう。

「だからって、油断するんじゃないわよ。」

 一応、シャルロットがたしなめるような言葉を口にしたものの、本気で言っているわけでもなさそうだった。

 仕事に関してはお互い相手を信頼しているのだ。

 その後、いくつか細かい点の確認と若干の雑談を終えると打ち合わせは終了となり、就寝することになった。

 就寝中の見張りはリックとデイビッドが交代で行うとのこと。

 イルムハートはともかくとして、シャルロットも見張りは担当しないらしい。

 尚、それはシャルロットが女性だから免除されているわけではない。理由は魔法士(系)だからだ。

 もしリックやデイビッドが寝不足で疲れていたとしても、シャルロットの治癒魔法で回復することが出来る。

 だが、シャルロットが疲弊してしまうとその魔法効果も低下し、結果的にパーティー全体に影響を及ぼしてしまうのだ。

 当然、体力を回復するための薬も用意してはある。

 それでも、出来るだけ魔法士の体力は温存しておくというのが、冒険者に限らず軍隊でも常識となっているのだった。

「さあイルム君、一緒に寝ましょう。」

 後はリック達に任せてテントに入ろうとしたイルムハートに、シャルロットがそう声を掛けて来た。

 別に中で雑魚寝するだけなのだが、そういう言い方をされると変に緊張してしまう。

 それを察したわけでもないのだろうが

「イルムにヘンなことするんじゃねえぞ。」

 とデイビッドの突っ込みが入り、またしても口喧嘩が始まった。

 それはリックに叱られる結果とはなったが、おかげでイルムハートの緊張も解け、その晩はぐっすりと眠ることが出来たのだった。


「おーい、朝だぞー。」

 翌朝、イルムハートはデイビッドの声で目を覚ます。

 上半身を起こし傍らを見るとシャルロットはもういないかった。

 外で人間が動き出す気配を感じ、起こされるよりも先に目を醒ましたのだろう。その辺りはさすがにベテランの冒険者といったところである。

「おはようございます。」

 イルムハートが外に出ると、シャルロットはリックとデイビッドに治癒魔法をかけていた。見張りで疲れた体を癒すためだ。

「おはよう、イルム君。君も治癒魔法かけて体の凝りを取っておいたほうがいいわよ。」

 シャルロットはがそう言って笑いかけてくる。

 確かに、地面の上にシートを引いただけの寝床だったので、少し体が痛かった。なので、自分自身に治癒魔法をかけて回復させる。

「顔を洗ってきなさい。その後、朝食を取ったら出発するからね。」

 リックにそう言われ、イルムハートは急いて水場に向かう。皆は既に準備を終えていることに気が付いたからだ。

 その後、簡単な朝食を済ませるとテントの撤収が始まった。

 その手伝いをしようとしたイルムハートだったが、リックに別の仕事を頼まれた。

「イルムはシャルロットと飲み水を用意して来てくれ。」

 そう言って6つほどのやや大きめの水筒が手渡された。

 昼過ぎまでの作業にしては少々量が多すぎる様にも見える。しかし、これから踏み込むのは魔獣の棲む森だ。想定外の事態が起きないとも限らない。

 万が一の場合には森の中で一夜を過ごすことも可能なように、十分な水を確保しておく必要があるのだ。

 それなら水魔法で出せばいいと思うかもしれないが、実はそう簡単な話でもない。

 魔法で生成されるのは厳密に言うと水ではなく、あくまでも”水のようなもの”であり、成分は同じでもそこには強い魔力が残留している。

 なので、身体や物を洗う分には問題ないのだが、飲料水にはあまり向いていなかった。多量に接種すると魔力中毒を起こしてしまうのだ。

 だが、魔法では飲料水が確保出来ないかと言えば、決してそう言うわけでもない。

 その場合は攻撃魔法を構成する2つの要素の内、”生成”ではなく”操作”を使用する。

 ”操作”を行う魔法で空気中の水分を集めれば、それを飲料水とすることは可能だった。

 しかし、その方法で集められる水の量は決して多くはない。

 パーティー・メンバーに十分行き渡る量を確保するにはかなりの時間と労力を要するため、余程の状況でない限りその方法を取ることはない。

 結局、事前に確保しておくのが最良ということなのだ。

 水場で補給して来た水筒の内3つはシャルロットが収納魔法の中に入れ、残りを他の3人に1つずつ渡す。

 魔法で収納出来ないデイビッドだけは荷物が増えることになるのだが、不平を言うことはない。

 いざと言う時には自分の命を繋ぐための大事な物だと理解しているからだ。

 テント等の野営道具も魔法で収納すると、一行は他のグループに軽く声を掛けてからキャンプを出発した。

 キャンプから”薬師の森”まではひざ下あたりまでの草が生える草原が広がっていた。

 そこには多くの採取者が通ったせいで出来た小道があり、それを辿って行く。

 やがて森が近付き、樹々の枝まではっきりと見えるようになる辺りがおおよそ緩衝域となる。

 そこを越えれば魔獣の活動領域だ。

「もうすぐ”薬師の森”だ。準備はいいな?」

 いったん立ち止まって剣を抜きながらリックが声を掛けると、それに合わせて皆も武器を手にする。

 シャルロットは短剣、イルムハートとデイビッドはショート・ソードだ。

 皆、装備は軽めで、前面に薄い鉄板を挟んだ皮の胸当てに関節をカバーするプロテクターという姿である。動きやすさを優先させた形だ。

 加えて今回は樹上からの攻撃に備えてヘッドギアも付けていた。

 全員の装備を目視で確認すると、リックは再び前を向き歩き始める。

「さあ、行くぞ。」

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