キトレの町ともうひとりのBランク冒険者 Ⅱ
イルムハート達が食事を終えてお茶を飲みながらのんびりしていると、数人の男性客が食堂に入って来た。
見た感じ、宿の泊り客ではなさそうだった。
何故なら(宿の主人には悪いが)この宿に泊まるにしては身なりが良過ぎるからだ。
男性客は3人だったが、皆明らかに良い生地を使った高級な服を身に着けている。
尤も、確かに服は高級なのだが残念ながらセンスのほうは今一つで、特に先頭を歩く30代後半とおぼしき男の服はゴテゴテに飾りの付いたあまり趣味が良いとは言えない代物だった。
おそらく本人は貴族の格好を真似たつもりなのだろうが、イルムハートからすればカン違いしたコスプレにしか思えない。
その姿を見てイルムハートは、何となくその人物が誰なのか判ったような気がした。
「げっ!ハスラムじゃねえか。嫌なヤツが来やがった。」
男達に気が付いたデイビッドが小声でそう呟いた。どうやらイルムハートの推測は正しかったようである。
「これはこれはプレストン殿、ご機嫌はいかがかな?」
その男、チャッド・ハスラムは大仰な素振りでリックに向かい話し掛けた。口調もどこか気取った感じだ。
「やあ、ハスラムさん。こんな処で会うとは思いませんでしたよ。……それで、何か御用ですか?」
しかしリックは、そんなチャッドの芝居がかった仕草に付き合う気は無いようだった。
チャッドは一瞬だけ不快そうに眉をひそめたが、すぐに取ってつけたような笑顔に戻る。
「いや何、我々が宿を借り切ってしまったせいで貴殿が困っていると聞いてね。
こちらにもまだ空きはあるので、良ければ使っていただこうと思いこうして誘いに来たというわけだよ。」
部屋に余裕があるにも関わらず貸し切りにしたのか?と、イルムハートは少し驚いた。
まあ、泊まるのが貴族や金持ちの場合であればあり得ることだが、それはあくまでも警備上必要だからだ。
その必要の無い冒険者がこの町一番の宿を丸ごとひとつ借り切るというのは、無駄に見栄を張っているようにしか見えなかったのだ。
「それはどうも。お気遣い感謝します。」
チャッドの提案に対して、そこは素直に感謝の気持ちを口にしたものの、しかしリックにその気は無かった。
「ですが、こうして我々も無事宿を取ることが出来ましたので、ご心配には及びませんよ。」
「いやいや、そういうわけにもいきますまい。」
しかし、チャッドは引き下がらなかった。
「貴殿ほどの者をこのような粗末な宿に泊まらせるわけにはいかんでしょう。
Bランク冒険者にはBランク冒険者の格というものがありますからな。」
宿の者や他の泊り客を目の前にして”粗末”と言い切る神経の太さは大したものだが、残念ながらそれは敬意を集めるものではなかった。
デイビッドやシャルロットがあからさまに嫌な顔をする。イルムハートも少し眉をひそめた。
リックだけは表情を変えずにいたのだが、それでも内心は不快に思っているのだろう。それが言葉に表れる。
「別にこの宿に不満などありませんよ。十分満足してます。
どうやら私には、その”Bランク冒険者の格”とかいうやつが無いのかもしれませんね、残念ながら。」
そう言い返されたチャッドは不快そうな表情を浮かべる。今度はそれを隠そうともしなかった。
「いやはや、貴殿がこれほど物分りの悪い人間とは思わなかった。
上位ランカーというのは冒険者の代表。それが軽い扱いをされるとなれば、全冒険者の面子に関わるってくるのですから、もう少し考えて頂きたいものですな。」
確かに、AランクやBランクと言えば冒険者の中でもエリート中のエリートであり、常に衆目を集める存在ではある。
彼等の行動は下位冒険者の指針となるものであり、また世間のギルドへの評価を左右することもあるだろう。
それを考えればチャッドの言う事も間違っているわけではない。
だが、言っていることは正しくても、やっていることは単に肩書をひけらかしているだけなので、当然共感されることもない。
「この程度でどうにかなるような面子なら、俺は要らねえけどな。」
チャッドの言葉を茶化すかのようにデイビッドが小声でそう言い捨てた。
それまでは極力会話を避けるように顔を背けていたのだが、つい我慢出来なくなってしまったと見える。
その言葉を聞いたチャッドは怒りのこもった目でデイビッドを睨み付けた。
しかし、デイビッドは「個人の感想ってやつですよ」と軽く受け流す。どうやら神経の太さではこちらも負けていないようだ。
それに対し何かを言いかけたチャッドだったが、結局はその言葉を飲み込こんだ。まともに言い争うだけ無駄だと考えたのだ。
元より本気で同宿を誘いに来たわけでもないし、断られるのも想定内だった。
目的は別にあり、既にそれは果たしていた。
「もう少し部下の教育をしっかりすべきですな。」
なので、最後に一言嫌味を言ったつもりだったのだが
「部下ではありませんよ、仲間です。ただ、教育がなっていないという点は同意見ですね。」
笑いながらそう返されてしまい、結局それ以上は何も言い返せずに呪詛の言葉を吐きながら帰って行った。
「結局、何だったんだ、ありゃ?」
チャッドが去ったその後、全身の力が抜けたように椅子にもたれかかりながらデイビッドが呟いた。
「知らないわよ。」
と、シャルロット。
確かにチャッドの行動は謎だった。イルムハートもそれは同感である。
当人は同宿の誘いに来たようなことを言ってはいたが、既に宿が取れているリック達にわざわざ声を掛けに来るだろうか?
リックを慕っての行動だとすれば、まあそれもあり得るのかもしれないが、会話の感じからするとそうゆうことでもなさそうだ。
やはり彼の目的は……。
「おそらく、イルムの品定めが目的だったんじゃないかな。」
少し考えてから、リックは自分の感じた事を口にする。
「取り巻きのひとりがやたらとイルムばかり見ていたような気がする。君はそう感じなかったか?」
「はい、感じました。」
やはりそうだったかとイルムハートは思う。
チャッドの後ろにいた男にずっと監視されているような気がしていたのだ。
自意識過剰と言われればそれまでなので黙っていたが、リックもそう感じたのなら間違いないだろう。
「あからさまではありませんでしたが、魔力の探査もされていたようです。」
「そうなの?」
イルムハートの言葉にシャルロットが驚いたような声を上げた。
「全然気付かなかったわ……。」
「それほど強圧的ではなく、軽く撫でる程度のものでしたから。」
「撫でる……私のイルム君に何てキモいマネを。」
「お前のじゃねえだろ。それに、ホントに撫でたわけじゃねえし。」
珍しくデイビッドが突っ込む側になる。
「ってことはアレか、あいつは話題のルーキーをひと目見ようとわざわざ訪ねて来たってわけか。」
「僕はまだ話題になるようなことは何もしてませんよ?」
「ギルド長が目を掛けてるってだけで話題性は十分だろ。ハスラムの奴、お前が俺達のパーティーに入ったのを妬んでるんだぜ、きっと。」
「そうでしょうか……。」
デイビッドにはそう言われたものの、イルムハートはどこか腑に落ちないものを感じていた。
そして、それはリックも同じようだった。
「そう単純な話なら良いのだがな。」
そう言ったリックの言葉には、何かを危惧するかのような響きがあった。
「何か気になることでも?」
それにシャルロットが敏感に反応した。
シャルロットだけではない。デイビッドも先ほどまでのふざけた様子から一転して真顔に戻る。
「いや、別に大したことではないんだが……。」
自分の言葉のせいで急に緊迫した空気にしてしまい、リックは逆に戸惑ってしまっていた。
「ただ、イルムを見に来たにしては全く話題にしようとしなかったからね。それが少し気になったんだ。」
リックの言葉で、イルムハートは自分の頭の中のもやもやの正体が分かったような気がした。
確かに、チャッドは最初に一瞥を投げて来ただけで、それ以降は話題にするどころかイルムハートの方を見ようとすらしなかった。
単純に興味が無いのであればそれも解かるが、実際には配下の者に魔力探査をさせている。
どうにも行動が矛盾しているのだ。
しかし、そんな疑問をデイビッドが一刀両断してしまう。
「癪だからだろ?」
何が問題なんだ?といった顔でデイビッドは言い切った。
「ホントは興味ありありだけど、そう思われるのが癪だからわざと無視する。
それでも、やっぱり気になるから別のヤツに確認させる。そんな感じなんじゃねえか?
プライドの高いヤツってのは、やることがいちいち面倒くせえのさ。」
そんなデイビッドをリックとシャルロットは少しだけ驚いたような顔で見つめる。
「どうしたの、あんた?妙に冴えてるじゃない。頭でも打ったの?」
「その言い方は酷いだろ、シャルロット。デイビッドだって、ごくたまにはまともな事を言うこともあるだろうさ。」
「ひでぇ、それ絶対ホメてないだろ。」
あまりの言い草にデイビッドは抗議するが、リックとシャルロットは笑うだけだった。
イルムハートもそれにつられてつい笑ってしまう。
デイビッドには気の毒だが、おかげでその後はチャッドの件などすっかり記憶の外に追いやられ、楽しく食事の時間を終わらせることが出来たのだった。
一方、リックとの話を終えたチャッドは、自分の泊る宿へと向かって歩いていた。
その顔はまだ怒りに染まっている。
「あの生意気な野郎、憶えてやがれ!ただで済むと思うなよ!」
怒りのせいで先ほどまでの気取った口調は消え、地に戻ってしまっていた。
しばらくの間チャッドの悪態は独り言のように続き、口を挟む者は誰もいなかった。
”生意気な野郎”というのがリックなのかデイビッドなのか、今ひとつハッキリしないため取り巻き達もそれに応える言葉に迷っていたのだ。
やがて悪態もひと段落付くと、今度はイルムハートの話題になる。
「それにしても、何だあれは?メンバーが増えたと聞いて見に行ってみれば、本当にただのガキじゃないか。
こんな目にあってまでわざわざ見に行ったのにあれか?あんなのは戦力として考える必要もない。全くの無駄だったわ。」
「いちおう、それなりの魔力は持っているようです。」
やっと会話の糸口が見つかり、取り巻きの一人が口を開く。
「ですが、あの歳では大した魔法は使えないでしょう。おっしゃる通り、戦力として計算する必要は無いと思います。」
チャッドはただの興味本位でイルムハートを品定めしていたわけではなかった。
その存在がリック達パーティーの戦力をどの程度アップさせているか、その確認が目的だったのだ。
結論として、イルムハートの存在は無視できる程度のものとしてチャッド達に認識された。
まあ、常識的な判断ではある。
何しろチャッドはBランク、取り巻きの2人もCランク上位の実力を持っていた。
そんな彼等から見れば、たかだか11歳かそこらの子供(とチャッドは思っていた)など戦力として評価するに値しないのだ。
まさかイルムハートが取り巻きの2人と同等、いや、それどころかチャッドにすら及ぶ実力を持っている可能性など考えるほうがおかしいだろう。
「ただ、あの子供には気になる噂があります。」
そんな中、チャッドにそう語り掛けたのはもう一人の取り巻きだった。
「噂だと?」
「はい、噂ではあの子供は貴族の子らしいのです。」
「馬鹿を言え。貴族があんな子供に冒険者のような危険な真似をさせるはすがないだろう。」
チャッドは取り巻きの言葉を一蹴した。
が、そう言った後にふと立ち止まり、もう一度考え直してみる。
貴族とは言え、その全てが経済的に恵まれているわけではない。
中には財政的な事情から、跡継ぎ以外は成人前の子供でも働きに出さざるを得ないという家もある。
これが王都の貴族であれば様々な職の中から選ぶことも可能だろうが、もし地方の貴族であればどうだろうか?
他に選択肢が無いため、仕方なく冒険者という職を選ぶこともあるのではないか?と。
「その噂、どこまで信用出来るのだ?」
「ギルドの職員にもいろいろと探りを入れてみたのですが、返って来たのは全て否定的な言葉ばかりです。」
チャッドの問いに答えた取り巻きの言葉は、あまり芳しいものではなかった。
「噂が全くのデタラメなのか、あるいは……。」
「口止めされているか、だな。」
言われてみるとあの子供は、庶民とは違うどこか育ちの良さを感じさせた。
それにもし貴族の子なのであれば、ギルド長が気に掛けているという噂も納得がいく。
(さて、どうするか……。)
チャッドの頭の中には色々な考えが渦巻いていた。
戦力としては問題外、それは変わらない。
だが、貴族の出自であれば多少状況は変わって来る。対応は慎重にならざるを得なかった。
そうやって少しの間考え込んでいたチャッドだったが、やがて意を決したように顔を上げる。
「仮にあの子供が貴族の子だとしても、地方の下級貴族と言ったところがせいぜいだろう。問題は無い。どうにでもなる。
連中には計画に変更は無いと伝えておけ。」
チャッドはそれだけ言うと、取り巻きの返事も聞かずに宿へと向かって歩き出す。
もう彼に迷いは無い。
そんなものは既に王都に捨てて来たはずだったが、イルムハートという存在が危なく彼をまた迷いの中へと引きずり込む寸前だった。
だが今、チャッドはそれを完全に吹っ切った。
もはや後戻り出来ない以上、迷いなど何の意味も無いのだと。
そんなチャッドの後ろ姿を見送りながら、取り巻きの一人は「承知しました」とだけ言って別の方向へと消えて行くのだった。