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新しい仲間と逸る心 Ⅰ

 ギルドでの用を済ませたイルムハートとリックは、パーティー・メンバーの待つギルド東門別館へと移動することにした。

 王都の冒険者ギルドにはここ本部建物と東門別館・西門別館の3拠点があり、それらを廻る巡回馬車が運用されていた。

 当初、リックはそれで別館まで移動しようと考えていたのだが、それを聞いたギルド長のロッドは呆れた顔をする。

「ギルドの馬車を使えばいいだろ?お前にはその資格があるんだから。」

 聞けばBランク以上の冒険者には、馬車を含めギルドの施設や道具などを優先的に使用出来る特権があるらしい。

「第一、あんな荷馬車みてえなもんにBランク冒険者を乗せるわけにはいかねえだろうが。こっちに持って体面ってもんがあるんだ。

 庶民的なのは悪い事じゃねえが、もう少し高ランク冒険者としての自覚を持って行動してくれよ。」

 Aランク・Bランクともなれば冒険者の花形である。貴族や大商人達が名指しで依頼をかけてくるような、ギルドにとっての看板商品なのだ。

 それを人も荷物も一緒くたに運ぶような巡回馬車に乗せたと言われては、確かにギルドとしての体面も悪かろう。

「解りました。それではお借りします。」

 リックは苦笑交じりにロッドの提案を受け入れた。

 当人としては自分がそれほど大層な人間だとは思っていなかった。別に栄達を求めて冒険者になったわけでもない。

 ただ、しがらみから離れて生きる道として冒険者を選んだだけなのだ。

 それが実績を重ねる内にいつの間にかBランクまで登り詰め、今では逆にしがらみに囚われる身分となってしまった。

 思い通りにはいかないものだ。そんな思いがその笑いには含まれていた。

「ところで、イルムも一緒に乗ってくのか?自前の馬車で来てるんだろ?」

「はい。ですが、馬車はもう帰してあります。夕方、リックさんの泊っている宿屋まで迎えに来てくれることになっています。」

 家の馬車はギルドに着いた時点で既に帰してある。警護の者も含めて。

 警護チームもイルムハートの傍を離れることには多少抵抗があったようだが、代わりとして騎士団長アイバーンから直々に指名されたリックが付いてくれるとなれば異をはさむわけにもいかなかった。

 それ以前に、既に護衛チームよりもイルムハートの方が剣も魔法もその実力は数段上となっているのだが、勿論それは秘密である。

「だったら、余計荷馬車じゃダメだろう。」

 ここではただの冒険者。最初にそう言い放ったロッドではあったが、やはりそれなりにイルムハートの身分には配慮しているらしい。

 日頃はギルド長として政治的な駆け引きを行っているため、そういった細かい部分にも気を配っているのだろう。

 外見に似合わず意外と繊細なのだと感じたが、勿論イルムハートもリックもそれを口にするほど命知らずではなかったのだった。


 本部から東門別館まではおよそ30分ほどの道のりだった。

 別館に到着したリックは直接訓練場へ向かわずに、先ず館内にあるカフェのような場所へとイルムハートを案内する。

 そこでは食事や飲み物に加え、夜には酒も飲めるらしい。

 そこそこの広さがある場所だったが食事時ではないせいかあまり人はおらず、幾つかのグループがお茶を飲んでいるだけだった。

 一般的に冒険者には昼間でも酒を飲むイメージがあり、実際にそういった者もいるのだが、さすがにここでは認められていないようだ。

「随分遅かったじゃない。何かあったの?」

 リックの姿を見つけたひとりの女性が、椅子から立ち上がりそう声を掛けてきた。

「ちょっとギルド長に引き留められてしまってね。」

 リックがそう答えると、女性の向かいに座った男性が同情したような表情を浮かべる。

「あのオッサン、結構しつこいからなぁ。捕まったら逃げようがないもんな。」

 言葉は悪いがリックも同じ思いなのだろう。無言で苦笑しただけだった。

「その子がそうなの?」

「ああ、彼がイルムハート・アードレー君だ。今日からパーティーの一員になる。」

 目の前の美少年を興味深そうに見つめる女性に、リックは”見習い”ではなく”メンバー”としてイルムハートを紹介した。

 それを聞いた2人はリックの言葉の意味を理解したようだった。

「へえ、もう実力は確認済ってことね。」

 その言葉に軽く頷いたリックは、次に2人をイルムハートに紹介する。

「彼女はシャルロット・モーズ。うちの魔法担当だ。こっちはデイビッド・ターナー。口は悪いが気にしないでくれ。根はそれほど悪いヤツじゃない。」

「ちょっ、その言い方は酷くない?」

 リックの言い様に不満を漏らすデイビッドだったが、その訴えは笑顔でスルーされた。

「イルムハート・アードレーです。今日からお世話になります。僕のことはイルムと呼んでください。」

「シャルロットよ。よろしくね、イルム君。」

「”実は根は良いヤツ”のデイビッドだ。よろしくな。」

 2人ともイルムハートの身分は知ってるはずだがリックからその人柄を聞いていたせいもあり、特に構える様子も無く普通に受け入れてくれた。

 まあ、デイビッドなどは相手が誰だろうと構わず自然体を貫きそうな感じではあったが。


 それから4人は会議室へと移動した。

 先ずは互いに能力の確認を行うためだ。訓練場を使って何を試してみるかも、そこで決める予定になっていた。

「それではパーティーについて、改めて説明しよう。」

 多少の雑談(と言っても喋っているのはほとんどデイビッドだったが)の後、リックはパーティーの活動やメンバーの能力などについてイルムハートに話し始めた。

 ここへ来るまでの馬車の中で軽く話はしていたのだが、さらに詳しく理解してもらうためだ。

 イルムハートは事前に聞いている情報を頭に思い浮かべながらリックの話に耳を傾けた。

 パーティーのリーダーは言うまでもなくリック・プレストン。Bランク冒険者。

 アイバーンとは5つ違いとのことなので、歳は今年で32歳のはずだ。

 やや短めの灰色の髪をきちんと整え背筋を真っすぐに伸ばしたその姿は、最初に会った時にも思ったが冒険者のイメージからはかけ離れた印象を与える。

 身長は180を少し上回るくらいで、一見すると細身の優男に見えるのだが、よく見れば服の下には強靭な肉体を持っているであろうことが容易に想像出来る。

 タイプは剣士系で、主に使用する武器はロングソード。

 使える攻撃魔法は火系と水系が初級程度。あとは簡単な治癒系魔法と防御魔法が使えるらしい。

 強化魔法については特に言及は無かった。使えて当然ということなのだろう。

 次にシャルロット・モーズ。冒険者ランクはC。

 黒髪に黒い瞳と、イルムハートにとっては妙に親近感を感じさせる女性だった。と言っても、前世の彼にとってだが。

 身長は170くらいで、背中辺りまである髪を首の後ろで纏めている。

 シャルロットのタイプは魔法士系で、王国の魔法士資格こそ持たないものの、その実力は一級魔法士に匹敵するとリックは教えてくれた。

 まあ、実力が全ての冒険者にとっては王国の資格などあまり意味がないので、あくまでも分り易くするための例えではあるのだが。

 加えて薬の知識にも精通しているとのこと。

 治癒系魔法とて万能ではない。場合によっては薬の方が役に立つこともあり、冒険者になってから独学で身に着けたものらしい。

 使用する武器は短剣。刃渡りが40センチ程あるダガーだ。

 魔法士団の魔法士もそうだが、魔法担当だからと言って武器を持って闘わなくて良いというわけではない。

 接近戦になった場合には最低限自分の身を守れるくらいの技術は必要とされる。足手纏いにならないためにだ。

 それでも魔法士団の場合は後衛を務めるため白兵戦を行うケースはあまりないのだが、冒険者ではそうもいかない。

 少人数で行動することが多いため、魔法担当でも武器を取って闘わなければならない場面はいくらでもある。

 そのため高位の魔法士系冒険者は、ひとつ、ふたつランクを落とせば剣士系としても十分やっていけるだけの実力を持っていると言われていた。

 尚、年齢に関しての話は特にされなかった。そこはリックも気を使ったのだろう。

 それなのにイルムハートの歳の話になった際、デイビッドが迂闊にも

「お前からすれば20も年上の俺とシャルなんかは、もうオッサンとオバハンって感じだろうな。」

 と口走りシャルロットに殴られるという一幕があったため、2人ともおよそ28歳くらいだということが判明してしまった。

 そして、そのデイビッド・ターナー。シャルロットと同じCランクの冒険者。

 身長はシャルロットより少し高いくらい。

 それなりに整った顔をしているのだが、やや長めの茶色の髪はあまり整えられておらず、おまけに口も悪い。

 だから女性にモテない、とはシャルロットの談。

 いかにも自由気ままな冒険者という感じで、どうやらイルムハートの元を訪ねる際に「堅苦しいのは嫌だ」と同行を渋ったメンバーとはデイビッドのことのようだ。

 それはそれで納得のいく話ではある。

 しかしイルムハートは、デイビッドが嫌がったというよりもリックがあえて同行させなかったのではないかと感じていた。

 貴族の屋敷でもこの調子で振舞われてはたまったものではないだろう。

 リックとしても爆弾を抱えて乗り込むようなまねはしたくなかったはずだ。

 タイプは剣士系。ショート・ソードがメインの武器だが、短剣との双刀使いをすることも多いらしい。

 身軽で身体能力も高く、よく斥侯役を務めるているとのこと。

 その割に落ち着きが無いのだが、それで大丈夫なのか?と思ったのは内緒だ。

 意外と言っては何だが、攻撃魔法は初級ながら5属性全て使えるようだ。あと、探知系も使いこなす。

 尤も、探知系のほうは最初から得意だったわけではなく、斥侯役を多くするようになって自然と上達したのだそうだ。

 その適応力の高さは、さすがにシャルロットも認めていた。ちょっと苦々しい顔はしていたが。


「そう言えば、モーズさんもターナーさんもBランクへの昇格を拒否してるとギルド長に聞きましたが、本当なのですか?」

 一通りメンバーについての話が終わったところで、イルムハートはひとつの疑問を口にした。

 ギルド長のロッドがリックになんとかAランクへの昇格を受け入れるよう説得する際、2人の話も出たのだ。

 何でも2人はBランクへの昇格条件をとうに満たしているのだが、何故か昇格しようとしないらしい。

 ギルド長としてはそれが歯痒いらしく「親分が親分なら、子分も子分だぜ」と愚痴をこぼしていた。

 リックがしがらみを嫌ってAランクに上がろうとしないことは聞いた。それはイルムハートにも理解出来る。

 だが、2人のBランク昇格を拒否する理由が分からない。

「それはね、リックがAランクに上がろうとしないからよ。」

 そう言ってシャルロットはリックの方をチラリと見る。

「それなのに私達が昇格してしまったら、受けられる依頼の範囲が狭くなっちゃうのよ。」

 通常、冒険者は自分より下のランクで設定された依頼を受けることは無い。下位の者の仕事を奪ってしまうことになるからだ。

 格上依頼受注禁止のように明文化された規定ではないものの、暗黙のルールとしてそれは守られていた。

 なので2人が昇格してしまうとBランクの仕事しか受けられなくなり仕事が減る、と言うのがシャルロットの語る理由である。

 Cランクのメンバーが一定割合いれば、そちらの依頼を受けることも出来るからだと。

 一見、尤もな話の様にも聞こえるが、おそらくそれが本当の理由ではないだろう。

 確かにAランクやBランクの依頼はそれほど多くあるわけではない。

 だが、難易度が高く受けられる者も少ないそれらの依頼には高額の報酬が付くため、数をこなす必要は無いのだ。

 また、討伐依頼の場合は対象となる魔獣も高レベルであることが多く、その素材を売ればこれも多額の収入となる。

 そのため、高ランク依頼の中には1件こなせば2~3か月は楽に暮らせるほどのものもある。

 なので依頼の数が問題なのではなく、リックを差し置いて自分達だけ昇格するわけにはいかないと言うのが本心だろうとイルムハートは思った。

「それに同じランクになったら、(リックとの)実力差があることの言い訳も出来なくなっちまうしな。」

 まあ、デイビッドとしてはこちらが本音かもしれないが。

「ところで、私のことはシャルロットでいいわよ。こっちもデイビッドで。

 本当はさん付けもいらないんだけど……まあ、いきなりは無理かな。」

 ランクや年齢の差にもよるだろうが、パーティー内では呼び捨てが冒険者の常識だった。

 作戦行動中にいちいち敬称を付けて呼び合うのは不便極まりないからだ。

 中には上下関係に厳しい場合もあるにはある。

 だが、それはいくつかのパーティーを統合した”ファミリー”と呼ばれるグループの場合に限られた。

 それは多くの冒険者を寄り集めた会社のような存在であり、様々なランクや年齢の者が存在するため、どうしても上下関係が出来てしまうからだ。

 しかし、このパーティーのように少人数の場合は全員が対等である。そうでなければ、互いに命を預け合って行動することは出来ないのだ。

 リックもパーティーと合流した後は”君”を外して”イルム”と呼んでいる。

 それは既にパーティーの一員として受け入れられた証でもあった。

 ただ、シャルロットだけは未だに”イルム君”と呼ぶのだが、これはイルムハートを認めていないからではなく別の理由から来るものだった。

 イルムハート可愛さのあまり、ついそう呼んでしまうのだ。

 ショタの気がある、と言うわけではないだろう。むしろイルムハートを見るその目は彼の2人の姉に近いものがある。

(さすがに、姉さんたちのように構ってきたりはしないと思うんだけど……。)

 思わず湧いてくるそんな嫌な予感を必死で振り払うイルムハートなのだった。

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