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王都のギルドと冒険者の親玉 Ⅱ

「よう、来たなルーキー。お前の話はハロルドから聞いてるぜ。」

 部屋に通されると、そこにいた大男が開口一番にそう言葉を掛けてきた。

「ギルド長、さすがにその物言いは遠慮が無さ過ぎるのではないですか。」

 リックが苦笑気味にそう返す。

「何言ってやがる。外では貴族様かもしれんが、ここではただの冒険者だろうが。」

 全く悪びれた様子もなくそう笑う大男こそが、この王都ギルドのギルド長であるロッド・ボーンだった。

 身長はリックより少し高い程度だが、それでも彼が大男に見えるのはその体格のせいだった。

 服の上からでも分かる盛り上がった全身の筋肉とそれがもたらす威圧感が、彼を実際よりも大きく感じさせるのだ。

 そして、その体から続く太い首の上には、これまたごつい感じの顔が乗っていた。

 やや角ばった輪郭に薄茶色の髪を後ろになで付け、馬蹄形の髭をたくわえた口元には不敵な笑みを浮かべている。

 一見、笑い掛けているようにも見えるが、その目は観察するかのように鋭い視線をイルムハートへ向けていた。

 初対面の者にはかなり威圧感を感じさせるタイプではあったのだが、逆にイルムハートは妙な安心感を感じていた。

 リックといい伯父のクルーム侯爵といい、このところどうも肩書と外見にギャップがある人間ばかりを見て来たので、まさに一般人が想像する”これぞ冒険者”的なロッドの外見と態度にむしろホッとしたのだ。

(いかにも冒険者のリーダー……と言うか、親玉って感じだね。)

 まあ、服装次第では山賊の親分にも見えないことはないのだが、そこは言わぬが花である。

「はじめまして、ギルド長。イルムハート・アードレーです。よろしくお願いします。」

 そんな感情が表に出たのだろうか。挨拶をするイルムハートの顔を見てロッドは少し戸惑った表情を見せた。

「お、おう。俺がここのギルド長のロッド・ボーンだ。よろしくな。」

 隣ではリックが可笑しそうに笑みを浮かべている。

 そんなリックを横目で見て、ロッドは苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。

「なるほど、確かに只者じゃねぇな。随分と肝の据わった坊ちゃんだ。」

 どうやら先ほどの威圧感はイルムハートを試すため意図的に発していたもののようである。

 それを何やらほっこりした表情で返されてはロッドとしても当惑するしかなかっただろう。

「まあ、立ち話も何だ。座ってくれ。」

 ロッドに勧められ、イルムハートとリックはソファに腰を下ろした。ロッドも執務机から移動し、イルムハート達と差し向かいに腰を下ろす。

 すると、それに合わせたかのように先ほどの女性がお茶を運んできた。その辺りのタイミングは慣れたものなのだろう。

「改めて、王都ギルド本部へようこそ。歓迎するぞ、イルムハート・アードレー君。」

 お茶を飲み一息ついたところで、ロッドはイルムハートにそう語り掛けた。

 その視線には先ほどまでの鋭さは無く、べらんめえ口調も消えていた。

 ギルド長としての肩書に相応しい対応をすることにしたらしい。まあ、いかつい外見だけは変えようがなかったが……。

「ありがとうございます。僕のことはイルムと呼んでください。」

 イルムハートのその言葉にロッドは満足そうに頷いた。どうやら、胆力だけでなく性格にも合格点がもらえたらしい。

 確かに、高慢な貴族の子弟であればギルド内に余計な波風を立てる原因にもなりかねない。ギルド長としては実力と同様に気になる点ではあるだろう。

「それにしても、お前が見習いを付けると聞いた時には驚いたが、中々面白そうな新人を見つけて来たな。」

 ロッドはリックに視線を移すと、ニヤリと笑いながらそう言った。

 確かに、Bランク冒険者が見習いの面倒を見るなどということはあまりない。

 そういう意味での台詞かとイルムハートは思ったのだが、どうやらロッドの笑みには他の理由もあるようだった。

「後継者を育てるってことは、そろそろ落ち着く気になったってことか?」

 ギルド長としては有能な冒険者を自分の手元に出来るだけ多く囲い込みたい。

 リックがイルムハートを育てるため、このアルテナに落ち着いてくれるのではないかと期待しているのだ。

 だが、リックの答えは残念ながらロッドが期待するものではなかった。

「別に私が見つけて来たわけではありませんよ。恩義ある方より預けられたのです。

 それに、イルム君はまだ冒険者になると決まったわけではありません。今回はそれを判断するための、いわば試用期間のようなものです。

 なので、活動は月に数日程度になるでしょう。

 それ以外は私も自分の依頼をこなすことになるので、残念ながら王都にいるとは限りませんね。」

 辺境伯の息子であるイルムハートの将来には選択肢が数多くある。

 今は冒険者に憧れを抱いてはいるが、この先どうなるかは分からないとリックは考えていた。

 それはリックだけではない。イルムハート以外の全ての者が同じ考えでいるのだ。

 冒険者見習いとしての活動を後押しした母親のセレスティアでさえそれは変わらない。

 その点はロッドも納得せざるを得なかった。

「やれやれ、昇格する気も無けりゃ落ち着く気も無いってか。気まま過ぎるだろ、お前は。」

「昇格する気が無いって、どう言うことですか?」

 2人の会話を黙って聞いていたイルムハートだったが、ロッドのその一言が気になりつい口を挟んでしまった。

 とは言え、イルムハートを除け者にして話を進めていたのは2人の方なので、話の腰を折られたからと言って気分を害することは無かった。

「ああ、放っといてすまなかった。実は、こいつは既にAランクになるだけの実力も実績も十分あるんだが、どうにも昇格しようとしないんだ。」

「私はまだ自由に行動したいんですよ。」

 リックが言うには、Aランクになるとその所属が冒険者登録したギルドからアンスガルドの総本部直轄に変わるのだそうだ。

 そうなると総本部にいろいろ拘束されることになるらしい。

 別に自由な行動が全く出来なるわけではない。ただ、総本部から強制的な依頼が発令される場合があるとのこと。

 また、重要拠点のギルド長に任命されるケースもあるようだ。

 目の前のロッドやラテス支部のハロルドなどもギルド長であると同時に現役Aランク冒険者でもあるのだった。

 まあ、ギルドとしては希少な存在であるAランク冒険者を有効に使いたいと考えるのは当然であり、そのための制度なのだろう。

 勿論、デメリットだけではなくAランク冒険者には様々な特権が与えられる。特に待遇面では破格の扱いとなるのだ。

 それでもリックは、そんな特権よりも冒険者として自由に活動することを選んだのだった。

(あー、何か分かる気がする。)

 イルムハートにはリックの考えが理解出来た。彼もリックと同様、いやそれ以上に自由でいたいと考えているからだ。

(リックさんとなら楽しくやっていけそうだ。)

 既にリックの人柄を好ましく思っていたイルムハートだったが、この件でさらにその好感度はアップした。

 渋い顔で話を聞いているロッドを気の毒に思いつつも、心の中ではリックに対し快哉の声を上げるイルムハートだった。


「話は変わるが、訓練場を貸し切りにしたらしいな?」

 一通り説得したが脈無しと判断したロッドは、早々にAランク昇格の件をあきらめて別の話を始めた。

 どうやら、リックはギルドの訓練場を借りてイルムハートとの手合わせを行うつもりらしい。

「ええ、イルム君の力を見せてもらうために東門の施設にある訓練場を借りることにしました。」

 王都にはギルドの施設が3箇所あった。正門から延びる大通り沿いにあるここと、他の2つの門近くにそれぞれ拠点がある。

 ラテスでも支部の建物とは別に魔獣の解体場を持っていたが、王都のギルドは解体場と訓練場をまとめて別施設として運用していた。

 ここアルテナ本部は自分たちの管轄域だけでなく、バーハイム全土のギルドから上がって来る報告を取りまとめている。

 そのため他のギルドよりも書類仕事が多く本部建物はほぼ事務専用とされていて、場所を必要とする解体や訓練は別の施設で行うようになっているのだ。

 リックが借りたのもその内のひとつである。

「それは別に構わんのだが、パーティー・メンバー以外を締め出すのは少しやりすぎじゃないのか?」

 どうやらリックは、イルムハートとの手合わせを完全非公開とするつもりのようだった。

 イルムハートとしてはその方が周りに気を遣う必要もなく気が楽ではあるのだが、あまり秘密主義過ぎるのも問題なのではないかと少々心配になる。

 だがリック達にしてみれば、それは別におかしなことではないのだった。

「今回はメンバー内での連携も含めていろいろと新しく試してみたいことがありますので、他人に見せるわけにはいかないんですよ。」

 冒険者はギルドに所属しているとは言っても、それは雇われているということではない。

 先ほど話題になったAランクのようなケースを除けば、ギルドは仕事の斡旋と身分保障を行うだけである。

 対する冒険者側としても規則の遵守は求められるが、依頼の受注を強制されるような事は無い。言ってみれば個人事業主やフリーランスのような立場であった。

 つまり、冒険者同士は仕事上の仲間であると同時に競争相手でもあるのだ。

 戦力や連携技、魔獣退治のノウハウ等はそれぞれの冒険者とそのパーティーのいわば”企業秘密”であり、おいそれと部外者に見せてよいものではなかった。

「しかしだな……。」

「冒険者は互いに手の内を曝さない、探らない。それが常識であり、暗黙のルールのはずですよ?」

 何とか食い下がろうとするロッドだったが、リックの言葉には反論出来なかった。

 ロッドとしても、別にリック達パーティーの手の内を知りたがっているわけではない。単純にイルムハートの実力を見てみたかったのだ。

「それを言われては、返す言葉が無いな。」

 そう言ってロッドは引き下がった……かに見えたが、そこであきらめるほどAランク冒険者の神経は軟ではない。

「パーティーの訓練に口を挟むつもりはない。だが、こいつの力を見る分には構わんだろ?」

 ロッドはイルムハートを見ながらニヤリと笑う。

「そもそも一時的に預かるだけだってんなら、こいつ……イルムの力が皆に知られたところでお前の仕事に支障が出るわけじゃねえだろ?

 それに、イルムにとってもここで実力を示しておけば何かと都合が良いと思うがな。」

 いつの間にか口調が戻っていた。どうも、こちらのほうが本来の気性のようだ。

 意外な方向から責められることになったリックは返答に困ってしまった。

 確かにロッドの言う通り、正式なメンバーではないイルムハートの実力が知れ渡ったとしても、リックのパーティーに支障が出るわけではない。

 むしろ、後々冒険者になる可能性が多少なりとあるのならば、今のうちに名を売っておくのは悪い事ではなかった。普通ならば。

 しかし、それこそがリックにとっては一番避けたいことだった。

 今はまだイルムハートの本当の力を知られるわけにはいかないのだ。

 そんな感じでリックが答えを渋っていると、次にロッドはイルムハート本人に矛先を向ける。

「お前はどうなんだ?今は出し惜しみするより、出来るだけ実力をアピールしといたほうが得策だと俺は思うがね。」

 その考えはイルムハートも理解出来た。

 最初に力を示しておけば良い仕事も回してもらえるだろうし、有名なパーティーからの誘いも来るかもしれない。

 だが、イルムハートにはそのどちらにも興味が無かった。少なくとも、今は。

 冒険者に専念するのは高等学院を卒業してからになるので、まだずっと先のことなのだ。

 それまではマイペースで気楽にやれればそれでいい。それがイルムハートの理想だ。

 それに、リックがあまり乗り気ではない様子なので、安易に賛同するわけにはいかなかった。

「今の僕はまだ見習いですから、名を売ることまで考えていません。それに、アピール出来るだけの実力があるかどうか分りませんよ?

 逆に評価を落とすことになるかもしれませんし。」

 その返答にロッドは苦い顔をしてリックを見る。

「こいつは、お前の仕込みかい?」

 イルムハートの返答があまりにも模範的だったので、リックが用意したものではないかと疑ったのだ。

「まさか、違いますよ。こんな風に話を持っていかれるとは思っていなかったんですから、答えを用意出来るはずがないでしょう。」

 リックはそう言って否定しながらも、内心ではロッドが勘繰るのも無理はないと感じていた。とても子供の受け答えとは思えないのだ。

 突然話を振られていながらここまで双方の思惑を読み取っての物言いは、大の大人でもなかなか出来るものではない。

(これは……それ程心配する必要は無いのかもしれないな。)

 イルムハートは自分の能力が普通ではないことを自覚していない、そうリックは感じていた。

 そんな自覚の無いイルムハートにどうやって力を隠すよう言い聞かせるか、その方法に頭を悩ませていたのだ。

 まさか面と向かって「君は異常だ」と告げるわけにもいかない。そんなことをすれば、子供の心に深い傷を負わせることになる。

 中々上手い手が浮かばず困っていたのだが、実のところあまり難しく考える必要はないのかもしれない。

 何故なら、イルムハートにはその力をひけらかす気が全く無いからだ。最初に会った時もそう感じたが、今の発言でそう確信した。

 であれば、自制を促すのはそう難しいことではない。

「まあ、ギルド長が興味を持たれるのも解ります。ラテスのギルド長が太鼓判を押す新人ですからね。

 ……いいでしょう、ギルド長が彼の実力を試すことに反対はしません。」

 少し考えた後、リックはロッドの要求を受け入れることにした。

 イルムハートが上手く力を抑えて立ち回ってくれそうだと判断したせいもあるが、何よりこのままでは何時まで経っても解放してもらえないような気がしたのだ。

 とは言え、無条件で受け入れるわけにはいかない。

「但し、立ち会いはギルド長だけにしてください。他の冒険者達の目の前で、というのはナシでお願いします。」

 万一、リックの思惑が外れた場合、秘密が漏れる相手は少ない方がいい。

「そうこなくちゃな。」

 思ったよりもアッサリと受け入れられたことに少々驚きながらも、ロッドは嬉しそうに笑った。

「実は手合わせの相手を呼んであるんだが、立ち合いは俺とそいつってことでいいだろ?まさか、俺が直接相手をするわけにはいかねえからな。」

 相手も用意して準備周到ということらしい。どうやらリックが感じた通り、是が非でもイルムハートの力を見るつもりのようだった。

「仕方ありませんね。さすがにAランクのギルド長が相手ではイルム君もやり辛いでしょうし。」

 確かにAランク相手では何かと上手くない。但し、それは不利だからというわけではなく、むしろイルムハートに本気を出させてしまうかもしれないからだ。

「で、相手は?」

「Dランクのベフ・コルファってヤツだ。まあ、お前は知らんだろうがな。」

 ベフは16になると同時にDランクへと昇格し今年で3年目。あと2年もすればCランクに上がるのではないかと言われている中々の有望株とのことだった。

(Dランクの中位というところか。それなら問題なさそうだ。)

 それなら、程良く加減しても勝てる相手だ。リックはそう判断した。

「イルム君はそれでいいかな?」

「僕は構いませんよ。」

 そう答えるだろうとは分ってはいたが、リックは一応イルムハートにも確認を取る。

 次に、これもまた答えは判り切ってはいるものの、それでもロッドにこう質問した。

「それで、いつ行いますか?」

 そして、ロッドは予想通りの言葉を当然のように口にした。

「今からだ。」

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