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王都のギルドと冒険者の親玉 Ⅰ

 リックの訪問から数日後、手合わせの日時確認がイルムハートの元に届いた。

 予め都合の良い日を伝えてあり、リックもそれに合わせて日付を指定してきていたので、イルムハートとしては了解と返事を返すだけでよかった。

 ただ、当日は冒険者ギルドでギルド長との面会も行うという内容が書かれており、それに関してはいささか複雑な思いがある。

 ラテス支部のギルド長であるハロルド・オーフェンにも王都ギルド長との顔合わせを勧められてはいた。

 しかし、普通は冒険者が活動拠点を移したからと言って、わざわざギルド長と面会したりはしない。ギルド長もそれほどヒマではないのだ。

 高位の冒険者であればそれもあり得るだろうが、イルムハートはたかがGランクでしかない。

(やっぱり、辺境伯の息子だからなんだろうな。)

 まあ、物珍しがられたり陰口を叩かれたりするのは覚悟の上である。貴族の子という事実は変えられないのだから。

 尤も、イルムハートはそんな周りの目をそれ程気にするつもりもなかった。

 いずれ実績を積み、実力を示せばそういった見方をする者も減ってゆくだろう。そう考えていた。

 そもそも他人が何を思いどう感じるかなどということはそれぞれの価値観によるところが大きく、自分がどうこう出来る事ではない。

 独善的になるつもりはないが、かと言って他人の評価に振り回されるつもりもない。

(マイ・ペースでやるしかないよね。)

 と言うより、それ以外の道を選択する気などイルムハートには更々ない。要は開き直りである。

 どうせ色眼鏡で見られるのならば、いっそのこと派手に先制パンチを喰らわすのもありかもしれないと、そんな悪戯心まで湧いてきた。

(豪奢な馬車に従者を多数引き連れ、ギルドに入る際は赤いカーペットを敷いて……。)

 と、そこ迄考えて思考が止まる。頭の中に浮かべた画で自己嫌悪に陥ってしまったのだ。

 いくら貴族の子として育ったとしても、それでも前世の小市民感覚が抜け切らないイルムハートに、そんなマネが出来るはずもない。

「うん。まあ、普通に行こう……。」

 自分に言い聞かせるかのようにイルムハートは声に出してそう呟くのだった。


 そして当日。

 イルムハートは馬車で冒険者ギルドに到着した。勿論、従者も赤いカーペットも無しである。

 正面玄関まで馬車で乗り付けるのも止めた方がいいのか迷ったが、何もそこまで卑屈になる必要も無いと思い直してそちらは普通に乗って来た。

 そして、到着したイルムハートはその判断が間違っておらず、心配も杞憂であったことを知る。

 冒険者ギルドは王都正門から延びる大通り沿いにあり、多くの人や馬車が行き交っていた。

 そのせいでイルムハートの乗った馬車もそれ程人目を引くこともなく、悪目立ちすることも無かったのだ。

 ギルド正面で馬車を降りたイルムハートだったが、そこからは入らない。正面玄関は客専用の出入り口で、ギルド関係者の通用口は別にあるからだ。

 馬車を降りたところから少し離れた場所にそれはあった。

 大きく開け放たれた正面玄関とは異なり、そこには質素な扉だけがある。

 それは何やら秘密クラブのドアのような怪しげな雰囲気を醸し出していたが、別に合言葉を求められたりはしなかった。

 普通に開いたし、そのまま中に入ることが出来た。

 セキュリティ上どうなんだろう?と疑問にも思ったが、考えてみればここにいるのは冒険者ばかりだ。おかしな奴が入って来たとしても、あっという間に排除されてしまうだろう。

 正面玄関に立っている警備員はあくまでも客がトラブルに巻き込まれるのを避けるためのものなのだ。

 通用口を入るとそこはすぐ大きなホールになっている。冒険者が依頼を探したり完了報告をしたりするための部屋だ。

 すでに時刻は昼を過ぎているため、そこにはあまり人影はなかった。大部分の冒険者は午前中に依頼を受け仕事に出てしまっている。

 それでも何人か冒険者の姿があり、入って来たイルムハートに興味深そうな視線を送って来る。

 子供だから、と言う理由ではない。

 同年代の子供と比べればイルムハートの身長は高い方である。それだけを見れば、11歳になり普通に冒険者として活動している少年と変わらない。

 彼らが興味を持ったのは、単純に初めて見る顔だからだ。まあ、イルムハートが世に言う”美少年”の類である点も理由のひとつではあったが。

 それはやや無遠慮な視線ではあるものの、当のイルムハートはその立場上、他人に注目されるのには慣れているでのあまり気にはならなかった。

 見渡したところリックの姿は見えなかったので、イルムハートはいくつかある受付のひとつへと向かう。

「こんにちは。」

 イルムハートがそう声を掛けると受付の女性はニンマリと笑い、隣の女性に向けて何故かガッツポーズをして見せた。逆に、隣の女性は苦々しい表情を浮かべている。

「あの……。」

「あら、ごめんなさい。今のは気にしないで。」

 受付の女性は先ほどの意味ありげな笑いではなく、イルムハートには見事な営業スマイルで応じた。

「キミ、ここは初めてよね?キミみたいな美少年、一度見たら忘れるはずはないもの。」

「はい?」

「あー、何でもないわ。それで?お姉さんに何か御用かしら?」

 彼女はカウンターから身を乗り出さんばかりにそう尋ねてくる。その目はちょっとアブナイ感じがした。

(ああ、そういうことか……。)

 イルムハートは理解した。この女性は不意に訪れて来た見目の良い少年に興味深々なのだと。

 先ほどの隣の女性とのやりとりも、どちらが声を掛けられるかで競っていたのだろう。

 かなり自覚は薄いが、イルムハートの顔立ちは衆目を集めるほどに整ったものである。

 しかも母親のセレスティア似で女性的な美しさをも持った彼は、所謂”美形キャラ”なのだ。

 両親や2人の姉を見慣れているせいか、自分のルックスを特別だと感じたことはないのだが、それは比較対象が間違っていた。

 世間一般で言えば、アードレーの人間は皆美男美女揃いなのだから。

 周囲の人々が称賛してくれるのは決して社交辞令からだけではないのだと徐々に解ってきてはいるものの、かと言って今更己惚れる気にもなれない。

 なので、こういう反応をされると却って戸惑ってしまう。

「ええと……リック・プレストンさんとここで待ち合わせているんですが……。」

「プレストンさんと?」

 イルムハートが口にした高位冒険者の名前を聞き、彼女は何かを思い出したようだった。

「じゃあ、もしかしてキミがプレストンさんに見習いとして付く……。」

「はい。イルムハート・アードレーです。」

 イルムハートが名乗ると、彼女は口を開けたまま固まってしまう。

 どうやらイルムハートに関しての話は聞いているらしかった。内々にではあるが、辺境伯の息子であるということも。

「えっと、あの、何というか、どうも失礼致しました。」

 彼女は慌てて立ち上がるとそう言って頭を下げた。さすがに貴族の子相手に今の態度はマズいと思ったのだろう。

 いくら冒険者ギルドが国と対等な立場であると言っても、一職員が貴族に対して気安く接して良いということにはならないのだから。

 罰せられることはないにしても、不敬を咎められても仕方のないことである。

 だが、イルムハートにとってそんなことは気にすることでも何でもない。むしろ、堅苦しい対応をされるよりよっぽどマシだった。

「気にしないでください。今の僕はただの冒険者なんですから、余計な気遣いは必要ありません。」

 イルムハートがそう言うと、彼女は安堵の表情を浮かべる。

「ありがとうございます。寛大なお言葉を頂き、誠に……。」

「ああ、そういう堅苦しい言い方もナシで。普通に話してもらっていいですよ。」

「えっ?」

 彼女は最初何を言われたのか解からないような表情をしていたが、やがてその意味を理解すると一瞬驚き、そして笑顔を浮かべた。

 それは先ほどまでの営業スマイルではなく、彼女の本物の笑顔だった。

「……それじゃ、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ。あたしはイリヤ。イリヤ・ラストよ。よろしくね。」

「よろしくお願いします、イリヤさん。僕はイルムハート・アードレーです。イルムと呼んでください。」

 再度の自己紹介を終え、改めてリックの件を切り出そうとしたイルムハートだったが、残念ながらそうはいかなかった。

「あたしはルイズ・アノーよ。よろしくね、イルム君。」

 隣の女性……ルイズが割り込んで来たからだ。

「なんで、あなたが出てくるのよ。関係ないでしょ。」

「あら、これから受付と冒険者とで”仲良く”やっていくことになるのよ。関係おおありじゃない。」

「イルム君の相手はこれからもあたしがするからいいの。引っ込んでてくれるかな。」

「何勝手に決めてんのよ。そんなの許されるわけないでしょーが。」

 しかも、何やらモメ始めた。

 そして、それをきっかけに今まで聞き耳を立てていたその場にいる冒険者達が、イルムハートを取り囲み一斉に話しかけて来る始末。

(えーーーっ!?)

 予想外の展開に、イルムハートはなすすべもなかった。

 いろいろと注目される存在であることは自覚していたが、あくまで遠巻きにして見られる程度だろうと考えていた。

 まさかここまでストレートに興味を示して来るとは思ってもみなかったのだ。冒険者の行動力、恐るべし。

 イルムハートはどうすればこの状態から抜け出せるのか必死で考えたが、残念ながら名案は浮かばない。

 結局、中々現れないイルムハートを探してホールに出て来たリックに助けられるまで、イルムハートの受難は続いたのだった。


「あっという間に人気者になったね。」

 リックが笑いながらそう言うとイルムハートは渋い顔をした。

「笑い事じゃありませんよ。もう何をどうしていいやら、パニックになりかけたんですから。」

 すまんすまんと言いながらも、それでもリックの笑いは止まらない。

 別室で待っていたリックは、イルムハートが時間になっても姿を現さないことを不審に思い受付に問い合わせるためホールに出た。

 そこで彼が見たのは、十人近い冒険者に取り囲まれるイルムハートの姿だった。

 何かトラブルでも起きたかと一瞬緊張したリックだったが、どうも違う。殺気立った様子など微塵もなかったのだ。

 近付いてみれば興味津々の冒険者達にイルムハートが質問攻めにされているのだと判る。

 トラブルではないものの、それはそれであまり上手くない。いくら冒険者が怖いもの知らずだとしても限度と言うものがある。

 何しろ相手は貴族なのだ。あまり不躾な真似をすれば、不敬であるとして怒りを買うことにもなりかねないからだ。

 だが……イルムハートにはそんな居丈高な雰囲気は無い。むしろ、どう対応していいものかと戸惑っている様子だった。

 それは、いくら子供だとしても上級貴族が平民に接する態度ではなかった。相手を対等に扱っているに等しいからだ。

 リックはそれを見て思わず笑ってしまった。

 戸惑う姿が面白かったこともあるが、何よりそんなイルムハートの平民を見下さない態度を好ましく思ったからだった。

 それを思い出し、リックはまた笑う。

 その笑みには馬鹿にした雰囲気は無く、どこか親しみすら感じさせるものだったので、イルムハートもあまり強く非難は出来なかった。

 ただ少しだけ不貞腐れて見せるだけである。

 そんなやり取りをしながら、2人はホールを出た足でそのまま階段を上り2階へ向かう。

 ここ王都の冒険者ギルドもラテスのギルド同様、やはり廊下が通り側に面していた。

 窓はラテスより少し大き目かもしれない。だが、それでも堅牢な鉄格子がはめられており、まるで砦のようである。

 それは、万一にでも不当な干渉を受けた場合には断固抵抗するという意思を現していた。

 冒険者ギルドが謳う政治的中立は理想論だけで維持することは出来ないのだ。

 目的の部屋は2階廊下の中ほどにあった。隣のドアとはかなり感覚が空いていることから、相当広い部屋であることが解る。

 そこがギルド長の部屋だ。

 リックが軽くドアをノックして中に入ると、こじんまりした部屋に男女2人の人間がいた。

 秘書室というか待合室というか、そんな感じの部屋で、さらに奥へと通じるドアがある。その先がギルド長の執務室なのだろう。

「イルムハート・アードレー君を連れて来たと、ギルド長に伝えてもらえるかな。」

「承知しました。少々お待ちください。」

 女性の方がそう応えると、彼女は何やら机の上の箱のようなものをいじりだす。

「ギルド長、プレストン様がお越しになりました。アードレー様もご一緒です。」

『入ってもらえ。』

 女性が箱に向かって話しかけると、そこから声が返って来た。

(おお、インターフォンだ。)

 イルムハートは少し驚いた。

 近距離であれば音声を送ることが出来る魔道具はある。但し、それはあくまでも一方通行だった。

 会話が出来るという事は送信・受信の魔道具をひとつの小箱にまとめてあるということだ。

 それ自体は、まあめずらしいにしろ理論的に不可能ではないし、驚くほどのことでもない。

 イルムハートが驚いたのは、それほどの魔道具を隣の部屋と会話するためだけに使っているということだった。

 いや、隣との会話用があの”箱”なのであって、それ以外の場所と会話するための”箱”がまだ他にあると考えていいだろう。

 魔道具の価値を考えれば一見無駄な使い方のようにも見えるが、道具とは使ってなんぼのものである。

 それに、こんな使い方を平気でするということは量産化が可能だからに違いない。

 冒険者ギルドと言とえば何かと肉体労働系の粗野なイメージを持たれがちだ。

 だが、魔道具の開発に関しては国家すら凌ぎ、この世界の最先端を行っているとイルムハートは思っていた。

 冒険者に支給されるカードもそうだ。

 所有者の魔力を照合して起動する仕組みで、活動実績やギルドの預り金まで記憶させることが出来る。

 それを名刺大の薄っぺらなカードの中に魔道具として仕込んであるのだ。

 今でこそ、それに真似たものを身分証として使用する国家や組織もあるらしいが、その先駆けは冒険者ギルドであり、手軽さや機能は未だに他の追従を許していない。

 ラテスのギルドではインターフォンらしきものは見かけなかったので、おそらくこれから普及させてゆくのだろう。

 イルムハートはその冒険者ギルドの魔道具開発に対するアグレッシブさに驚き、そして大いに興味を魅かれたのだった。

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