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新しい世界と新しい生命

 アークランド。それがこの世界の呼び名である。

 いつ、誰がそう呼び始めたのかは誰も知らない。

 神話では神々がそう名付けたとあるが、その真偽を知るものはいない。

 はっきりしているのは、歴史というものが刻まれ始めた時すでにここは”アークランド”であったということだけである。


 アークランドには大陸が1つだけあった。

 その大陸 ”グローデン” は地球で言うパンゲア大陸にも似た巨大大陸で、内海によって東大陸、西大陸、南方小大陸の 大きく3つに分かれている。

 東大陸が一番大きくグローデンの約半分の面積を占め、残りの半分をおよそ3:1の割合で西大陸と南方小大陸が占める形になっている。

 東大陸には主に人間・エルフ・ドワーフなどが住み別名”人族大陸” と呼ばれており、西大陸・南方小大陸もそれぞれの最多種族の名を取り ”魔族大陸”、”獣人族大陸”と呼ばれる。


 東大陸には大小合わせて40あまりの国家が存在し、全てが友好的とは言えないまでも一応の安定の元に共存していた。

 その要因としては、世に”大陸の三柱”と呼ばれる北のエルフィア帝国・中央のカイラス皇国・南のバーハイム王国という3つの大国が他国の暴発を牽制する形で上手くバランスを取っていたことが大きかった。

 西大陸には魔族が棲んでおりそれに対抗するために人族は団結する、というのが物語のセオリーなのかもしれないが、この世界では魔族と人族は友好的とまでは言えないにしろ決して敵対しているわけではない。

 むしろ、対魔族の強硬派と融和派とで対立することのほうが多かったのだ。

 それ以外にも様々な問題は抱えつつも、ここ暫くは大きな戦乱も無く人々は平和を享受していた。


 ”大陸の三柱”のひとつ、バーハイム王国。

 東大陸の南部に広大な領地を持つ大国である。

 北東の国境線には6千メートルを超える山々が連々と続くドラン大山脈がそびえ、隣国との行き来は困難な状態にある。

 だがその代わり、ドラン大山脈から南の海へと流れるいくつもの大河があり、氷河が解けて流れ出すこの河はどんな日照りの時でも安定した水の供給を確かなものとし、バーハイム王国は広大で肥沃な土地を手に入れることが出来た。

 過去にはその肥沃な土地を巡って争いもあった。

 西側の隣国はそれなりの豊かな土地であったため、特に争うこともなく友好的な付き合いを維持していたが、東側ではそうもいかなかった。

 東の国境線にはドラン大山脈の切れ端のような小さな山々で出来た山脈があるのだが、それを境にして肥沃だった土地が途切れてしまうのだ。

 別に作物も育たぬような貧しい土地になるわけではなく普通の土地になるだけなのだが、東の隣国からすれば簡単に納得出来る話でもない。

 何故山ひとつ隔てただけで隣国は豊かな大国となり、自国は大陸の端で細々と暮らさねばならないのか?

 あの肥沃な土地を手に入れれば自国も大国となれるはずだ、と野望を抱き攻め入ってきた時期がある。

 山脈とは言えそれほど大きくもない山が点在する程度では侵攻の妨げにはならず、それが野心の後押しをしたのだ。

 侵攻は何度か行われた。

 だがその全てがことごとく跳ね返された。

 フォルタナ辺境伯。王国東の守護者と称される辺境伯とその軍は度重なる隣国の侵攻に対し、ただの一度も領内に被害を出すことなく全て撃退してのけたのだった。

 攻めても攻めても、相手にはほとんど被害が無く自国だけが疲弊してゆく。そんな状態を長く続けられるわけがない。

 やがて隣国では政変が起き、指導者が変わることで戦争は終わることになる。

 過去には何度かそのようなことを繰り返したが、現在ではそれなりに友好的な国交を維持している。

 まあ、度重なる侵攻に業を煮やしたバーハイム王国が親バーハイム派の貴族を裏で支援し、主戦派勢力の追い落とし工作を続けてきた結果でもあるのだが。


 ウイルバート・アードレー・フォルタナ。15代フォルタナ領主。

 25歳で辺境伯を継承し 3年。妻と娘が2人の4人家族。

 ちなみに、1番目のウイルバートが名前、次のアードレーは家名、そして最後のフォルタナが領地名であり、このサード・ネーム(領地名)を持つものが貴族ということになる。

 王国東の守護者と呼ばれるフォルタナ辺境伯は、国民から屈強な武人としてのイメージを持たれている。

 領軍としては王国最大規模の軍隊を擁し、300年近くに渡り国境を守り続けてきたのだからそれも無理ないことであろう。

 だが、実際の彼は武人とは程遠く、穏やかな優男であった。

 彼が生まれた頃には既に隣国との関係も改善されていたこともあり、剣を取って戦ったことは一度もない。

 というより剣自体、貴族の嗜みとして子供の頃に習った程度でほとんど使えない。彼は文官なのである。

 だが、それは彼だけではない。初代と2代目を除き、フォルタナの領主は代々文官としての教育を受けてきたのだ。

 およそ350年ほど前、王国の東側はまだ未開の土地だった。

 海に面した南側はそれなりに開けてはいたものの、ドラン大山脈側は手付かずで平原や森林が広がるだけの場所だった。

 そこの開拓を任されたのが初代フォルタナ伯爵である。

 初代フォルタナ伯は王の信任厚く、また武人としても名を馳せた人物で、いまだ危険な生き物が数多く生息する未開の地を開拓するには適任であると抜擢されたのだった。

 彼は子供には武人としての教育を行ったが、孫に対してはそうではなかった。

 危険な土地を開拓するには自分や子供たちは自ら剣を取り先頭に立たねばならない。

 だが、やがて開拓事業も落ち着いてくれば必要となるのは武人としての力量ではなく、領地経営を行うための能力であるとそう判断し、孫たちには剣ではなく政治と経済を学ばせた。

 やがて彼の思い描いた通りに子供の代で開拓も一段落付き、領地の経営へと段階は移行してゆく。

 残った土地の開拓は部下たちに任せて3代目フォルタナ伯は領地経営に注力し、やがて開拓開始から50年ほどで未開の地は王国内でも有数の豊かな場所へと変わっていった。

 そしてフォルタナ伯は開拓の功績と国境警備の任を任せられることで辺境伯へと昇爵されることになる。

 だが、それでも始祖の教えは受け継がれ続けた。

 国境警備を任されたからと言ってペンより剣に重きを置くようなことはせず、むしろ一層領地経営に力を入れた。

 戦いは信頼できる部下に任せればいい。

 そんな彼等が兵員・武器・食料等への憂いなく戦えるようにすることこそ領主の役目である。

 それがフォルタナ辺境伯アードレー家に代々受け継がれた家訓であった。

「これ程の兵站支援を受けて、どうすれば負けるというのか?もし私が無能であったとしても、これでは負けようがない。」

 かつて領軍司令官が語った言葉である。

 戦力を結集し総攻撃を行おうとする敵軍を前に、王国からの支援軍司令官に対しそう語ったとされている。

 敵軍の数に不安を抱く相手の気持ちを和らげるために発したジョークなのだろうが、案外本気でそう思っていたのかもしれない。


 そんなフォルタナ辺境伯アードレー家に、ひとりの男の子が誕生した。

 ウイルバートはそれは大喜びで、数日は執務も手に付かないほどだった。

 上の娘達が産まれた時より喜んでいるのではないか、と妻のセレスティアに睨まれたほどである。

 尚、この喜びは跡継ぎが産まれたからというわけではない。

 跡継ぎは既に上の娘と決まっている。

 この世界では性別による優劣はほとんど無いと言ってよかった。魔法というものがあるからだ。

 元々、知識や技術といった面では男女に差など無い。

 唯一、生物学的にいかんともし難い体格・体力的な面も魔法による身体強化があれば何らハンデを負うことが無くなるのだ。

 平民であれば子育てのためという現実的な理由から女が家を守り男が稼ぎに出るといった形を取ることが多いが、貴族や商家など使用人を雇えるような裕福な家の場合はそのようなしがらみもない。

 例外はあるにしろ、当主は男であろうと女であろうと第1子が継承するとういのがこの世界の常識的なルールであった。

 アードレー家もそれは同じであり、男だからということで継承の順位が変わる事は無い。

 ではウイルバートがこれほど喜ぶ理由は何なのか?

 その問いに「息子と酒を酌み交わすのが夢だった」と答えた彼だったが、一部の側近と執事長はそれとは別の理由に思い当っていた。

 娘が2人続けて産まれたことで女系家族となりつつあるアードレー家において、自分の居場所が無くなってきているのでは?というつぶやきを何度か聞いたことがあったのだ。

 勿論、彼等も敬愛する主人の威厳を守るため、それを口することはない。

 ただ生温かい目で見守るだけであった。

 ウイルバートに家庭における心の平穏をもたらしたその男の子は、イルムハートと名付けられた。


 父と母、そして2人の姉の溢れんばかりの愛情に包まれて、イルムハートは育っていった。

 父親ゆずりの亜麻色の髪、そして母親似の空色の瞳と線の細い女性的で整った顔つき。

 よく女の子と見間違えられ、アードレー家の3姉妹と呼ばれることもあった。

 その原因としては女性的な顔つきのせいもあるが、2人の姉が喜んでイルムハートを着飾ったことが大きいだろう。

 4つ年上のマリアレーナと3つ年上のアンナローサの姉妹は、それはもうイルムハートに夢中だった。

 マリアレーナとアンナローサは1つしか違わないため、甘えるにしても可愛がるにしても歳が近すぎてどこか照れがあった。

 そこへ自分たちよりずっと幼い(と彼女たちは感じた)弟が加わることで、いままで不完全燃焼だった姉妹愛が彼に向けて一気に噴き出したのだ。

 彼女たちは一日中イルムハートにべったりで片時も離れようとしない。

 リボンを結んであげたり自分たちの服を着せたり、(イルムハートが喜んだかどうか別として)それはもう猫可愛がりで、それを見れば ”3姉妹” と呼ばれるのも無理ないことだった。

 ちなみに、そのせいで娘達には相手にされず息子の相手もさせてもらえない父親が、執務室でひとり黄昏ていたことはかなりの人間が知るところとなっていた。


 こうして優しい家族に囲まれ何不自由なく育ったイルムハートは、やがて6歳を迎えることになる。


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