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夢見の力と予言の子 Ⅱ

 バリーの話が終わると、ウイルバートは「はぁ」とひとつ溜息を付いて背もたれへ身体を預けた。

「お疲れでしたら一息入れてはいかがですか?」

 今迄無言だったセレスティアがここで初めて口を開く。しかしウイルバートは、その気遣いに感謝しながらも話を進める事を選んだ。

「ありがとう。だが、まだ一息つくには早いだろう。どうやらアイバーンもいろいろと驚かせてくれそうだからね。そうだろ?」

 ウイルバートはバリーの話に皆がいちいち驚く中、アイバーンだけは冷静なままでいることに気付いていた。

 まるでバリーの話すら今更驚くほどの事ではないと言わんばかりに。

「ご期待に沿えるかどうかは分かりませんが。」

「君は私の期待を裏切ったことが無いだろ?尤も、今回だけは裏切って欲しいというのが本音だがね。」

 珍しいアイバーンの軽口に、ウイルバートは苦笑交じりで答える。

 似合わぬ軽口も彼の配慮なのだろう。おかげでウイルバートも少し肩の力が抜けた。

「続けてくれ。」

 ウイルバートの言葉に「はい」と答えた後、アイバーンは一同を見渡してから口を開いた。

「私もギャレル老師に倣って結論から話したほうが良さそうですね。

 ただ、予め言っておきますが私の意見にはギャレル老師のような確たる根拠があるわけではありません。

 あくまでも私個人が受けた印象に過ぎませんので、その点はご諒解頂きたい。」

「要らぬ謙遜だな。勘だろうが憶測だろうが、お主ほどの男が口にする言葉を疑う者などここにはおらんよ。」

 どうにもバリーは、いちいち茶々を入れずにはいられない性格らしい。

 だが多くの場合その言葉は正鵠を射ているので、誰も咎めようとはせずただ苦笑するのみだった。

 但し、あくまでも”多くの場合”であって、”いつも”ではないが。

「では言わせていただきますが、私の見立てではイルムハート様の剣の腕は恐らくマルコと同等か、或いはそれを上回っているものと思われます。」

「マルコとは副団長のマルコ・ルーデンスの事か!?」

 アイバーンの言葉に、今まで飄々とした態度を崩さなかったバリーが急に身を乗り出して来た。

「はい、そのマルコです。」

「なんと!坊ちゃんの剣の腕は、副団長よりも上だと言うのか?」

「その可能性もあると私は見ています。」

「ううむ・・・。」

「ギャレル老師?」

 急に考え込んでしまったバリーをアイバーンだけでなく全員が不思議そうに見つめた。

 だが、そんな視線を気にすることも無く、バリーは何やらブツブツと呟いている。

「剣の腕は副団長より上となれば、魔法もうちのコノリー(副団長)より上でなければのう・・・うむ、坊ちゃんならそれもあり得る。」

「バリーよ、一体どうしたと言うのだ?」

 しびれを切らしてウイルバートが問いかけると、バリーは先ほどまでの慌てた様子から一転して満面の笑みで顔を上げた。

「言い忘れておりましたが、魔法に関してもイルム坊ちゃんはうちの副団長より上ですぞ。同じ特級でも坊ちゃんの方が上です。」

「・・・いや、別にそこは張り合う必要はないだろう。」

「そんな事はありませんぞ。」

 半ば呆れ口調のウイルバートの言葉に、バリーは必死の形相で反論する。

「坊ちゃんの特性が魔法か剣かと言うのは重要な事なのです。今後どうやって更なる成長をしていけば良いのか、それに係わるわけで・・・。」

「解かった、解かった。」

 どうやら魔法よりも剣術により秀でていると思われるのが気に入らないらしい。

 同じイルムハートを教育する者同士として騎士団には負けられないというプライドがあるのだろう。

 加えて、内心では自分の後継者になってくれればと考えているイルムハートを騎士団に取られるのではないと言う警戒心もある。

 まあ要するに、嫉妬しているのだ。

 こうなると手の付けようが無い。それを知っているウイルバートは、どうにか話を逸らすしかなかった。

「その件は後でゆっくり話すとして、今はアイバーンの話を聞くのが先だろう。違うか、バリー?」

「これは、儂としたことがつい熱くなってしもうた。すまんのう、アイバーン。どうか話を続けてくれ。」

 バリーにそう言われはしたものの、完全に腰を折られた話の筋道を今更戻すのも難しい。

 さて、どうしたものかと悩むアイバーンに、マークが助け舟を出す。

「”恐らく”とおっしゃいましたが、という事は実際にイルムハート様がマルコ副団長と闘って勝ったわけではないのですね?」

「その通り。普段見せている力はマルコどころかまだ一般団員にも及ばないだろう。

 しかし私は、それがイルムハート様の真の実力だとは思っていない。」

「勘、ですか?」

「それもあるが、何よりもイルムハート様の表情だな。試合に負けても悔しそうな顔を全く見せないのだ。

 マルコとの手合わせに於いて、最初の内はそれなりに悔しそうな表情も見せたらしいのだが、今ではそんな様子は全く無い。」

「相手がマルコ副団長では仕方ないでしょう。最初の頃はともかく、今はその実力差を認めざるを得ないから、とも考えられますが。」

 マークはそれのどこが問題なのか?と言いたげな顔をする。

 しかし、アイバーンはその言葉にゆっくりと首を振った。

「いくら相手が格上であっても負ければ悔しと感じるものなのだ。それを糧として強くなってゆくのだよ。

 初めからやる気の無い者ならば悔しさなど感じないのだろうが、イルムハート様はそうではない。

 訓練には真剣に臨んでおられる。なのに何故ああも平気でいられるのか、それが気になったのだ。」

「それはイルムハートが貴族の子だからだよ。」

 アイバーンの疑問に答えるために、今度はウイルバートが口を開く。

「貴族は極力感情を表に出さないようにと教えられて育つ。イルムハートもそう教育されてきたのだ。だからだろう。

 幼いころはまだ感情を顔に出してしまっていたが、今はそれを抑えられるようになったのではないかな。」

 だが、それもアイバーンを納得させる解答ではなかった。

「私も最初はそう考えました。ですが、そうではなかったのです。イルムハート様も悔しいと思った時には、まだそれを表情にお出しになります。」

「では特に問題ということもないのではないか?」

「イルムハート様が負けて悔しがるのは、私と手合わせした時だけなのです。」

 アイバーンの言葉にウイルバートは沈黙する。その意味を頭の中で整理するためだ。

「つまり、君に負けるのは悔しいが副団長に負けるのは悔しくない、そうイルムハートは思っているわけか。」

「どうやら、そうのようです。」

「それは奇妙な話だな。実力差を認めての事なら、むしろ逆だろうし。

 成程、君の言う”真の実力”とはそう言うことか。

 本気を出せば勝てる相手とそれでも勝てない相手。それが、イルムハートが悔しがるかどうかの基準だと君は考えているのだね?」

 アイバーンは無言でそれを肯定する。

「イルムハートが自分の実力を過信しているという事はないかね?」

「勝った者が力を過信する事はあっても、負けた身でそれは無いでしょう。

 それに、イルムハート様は自身の実力を見誤るほど未熟ではありません。」

 アイバーンはイルムハートとの立ち合いでそれを実感していた。

 現状の自分に何が出来て何が出来ないのか、それをきちんと把握しながら闘っている。見ていてそれが良く解かるのだ。

 そして、それは何かを試すようでもあった。今ここでの闘いよりもっと先を見つめながら、自分の力を試し、確認しているかのように感じられた。

 もしかするとイルムハートの実力は自分達の予想を遥かに超えた高みにあるのではないか?

 そんなイルムハートの闘い方を見て以来、アイバーンはそう考えるようになったのだった。そしてそれは、憶測から確信へと変わりつつあった。

「しかしだね、もしイルムハートが手を抜いているのだとしたら、それくらい君達ならすぐに見抜けるだろう?」

 それは尤もな言い分だった。

 騎士団は剣技に長けた精鋭の集団である。例え一般団員でも、相手が手を抜いているかどうかなどすぐに見破ってしまうだろう。

「イルムハート様は手を抜いているわけではありません。本当の力を出していないだけです。」

「すまないが、説明してもらえないか?私には同じことの様に思えるのだが。」

 ウイルバートはお手上げと言った感じで肩をすくめる。

 とその時、途中からじっと考え込んでいた様子のバリーが、何かを思いついたように顔を上げた。

「強化魔法・・・じゃな?」

「さすがは老師、その通りです。」

「強化魔法?イルムハートは強化魔法を使わずに闘っていると言うのかね?」

「いえ、使ってはおられます。それ位は私にも感知出来ます。」

 ”強化魔法”と言うキー・ワードに答えを見出したかに見えたウイルバートだったが、それもあっさり否定されてしまう。

「降参だ。もう余計な口出しはしないから、私にも解るように話してくれないかね?」

 そう言ってウイルバートは、今度は本当に両手を上げて見せた。

「申し訳ありません、結論から入ったせいで逆に遠回しな話し方になってしまったようです。」

 アイバーンは先ず詫びの言葉を口にして軽く頭を下げた。そして、ゆっくりした口調で再び話し出す。

「身体強化魔法がその者の身体能力を向上させるための魔法であることは、今更説明するまでもないでしょう。そしてそれは、魔力に目覚めた者ほぼ全てが使えると言う事も。

 そのため、通常は魔法で強化された力をもってその者の”実力”と判断します。

 魔法を使う前の元の力ではなく、使った後の強化された力を本当の力として見ているのです。」

 アイバーンはそこで一旦言葉を区切って一同の顔を見回した。

 ここまでは誰もが知っている事なので、皆話について来ているようだった。

「普段、我々はより強くなるために強化魔法を使います。なので、魔法の使用は即ち最大の力を出す事だと考えてしまいがちです。

 しかし、それは我々の勝手な考え方に過ぎません。魔法の使い方は自由です。敢て強くならないための使い方もあるはずなのです。

 例えば、普通に魔法を使えば10の力が出せるとします。なのに5の力までしか出ないように強化魔法の効果を制限したら?

 その場合、全力を出し切っても5の力が限界となります。」

 そこまで言うと、さすがに皆もアイバーンが言わんとしている事を理解した様子だった。

「そうです、イルムハート様は本当の力を出さないように、強化魔法の効果を制御しているものと私は考えています。」

「強化魔法の効果を制御・・・そんな事が可能なのかね?」

 ウイルバートは半信半疑の表情でバリーにそう問いかけた。

 無理もない。身体強化魔法は論理的なイメージよりも、生命の防衛本能により強い影響を受けて発動する魔法である。

 そのため効果の強弱は人それぞれだとしても、魔力に目覚めた者であればほぼ全員が使える魔法なのだ。

 そのように習得が容易である反面、効果を自在に操ることは極めて困難とされていた。何しろ、本能をコントロールするようなものなのだから。

「まあ魔法である以上、制御出来ない事はないでしょうな。実際、上手く使いこなすことでその効果を上げる事は可能なのですから。

 ですが、力を伸ばすのではなく抑えるために効果を制御するというのは、さすがの儂も試したことはないですがな。」

 伸ばすのは簡単だ。魔法の使用に慣れてくれば、勝手にその効果は上がってゆく。

 川の流れが時間を掛けてその川幅を広げてゆけば、自然と水量も増えてゆくのと同じことだ。それは制御と呼ぶほどのものでも無い。

 しかし、逆に水量を少なくするにはダムを造って制御してやる必要がある。それは言葉で言うよりずっと難しい。

 さすがにバリーほどの魔法士でもそれを試した事はなかった。と言うより、考えた事もなかったのだ。

「強化魔法をそんな風に使おうなどとは、イルム坊ちゃんしか考え付かんでしょうな。」

「でしょうね。他の者であれば、それをやる事自体に意味がありませんからね。」

 強化魔法の制御、既にそれが事実であるかのようにバリーとアイバーンは言葉を交わす。

 2人だけではない、もはやそれを疑う者はそこにはいなかった。

 アイバーンは確たる根拠は無いと言った。自分がそう感じただけだと。

 だが、単なる思い付きをそのまま口にするような男では無い。その事は皆知っている。

 恐らく、イルムハートを見続けた中で彼自身が納得出来る何かを見出したのだろう。それで十分だった。

「どうやら、受け入れなければならないようだな。」

 少しの沈黙の後、ウイルバートは皆を見渡しながら宣言した。

「間違いないだろう。イルムハートこそ”予言の子”だ。」

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