冒険者ギルドと冒険者登録 Ⅳ
(なんて子だ!まさか、これ程とは!)
ラジーはイルムハートの実力に内心驚きながらも、どうにか表情に出さないことに成功していた。
Cランクの剣士系冒険者であるラジーが、僅か8歳の子供相手に剣で圧倒されているかの様な姿を見せるわけにはいかない。
それは彼のプライドが許さなかった。
(だが、最初の一撃はさすがにヤバかった・・・。)
試験開始の合図と同時にイルムハートは速攻を仕掛けて来た。
決して油断していたわけではないが、それでもあっという間に間合いに入られそうになり、かろうじてそれを躱した際には思わず声を上げそうになった。
その後の攻撃も、さすがに子供なので一撃一撃の重さはそれ程ではないものの、速く的確な剣捌きには手を焼かされている。
(どう考えてもGランク試験の試合じゃないだろ!Dランク試験でも、もっと楽だっての!)
本来なら相手の長所・短所を見極めながら、それを自覚させるよう誘導してゆくのだが、今のラジーにそんな余裕は無かった。
勝てない相手ではない。だが、楽に勝てる相手でもない。どうにかギリギリで試験官としての威厳を保っている状態だった。
だが、それはラジーの力不足というわけでもない。
Cランク冒険者と言えば、騎士団に入っても十分通用する程の強さがあり、ラジーもそれだけの力を持ってた。
ただ、剣の性質が彼をいささか不利な立場にしてしまっているのも確かだった。
冒険者の剣は魔獣と闘う事を目的としたものである。
魔獣は本能で闘うため、時々トリッキーな動きをする事もあるが、基本的には直線的な攻撃をしてくる。
故に、駆け引きよりも瞬時の反応を優先させる剣であった。
対してイルムハートの剣は騎士団の剣であり、それは対人戦闘を主な目的としたものである。
相手の動きを読み、フェイントを織り交ぜながら隙をついてくる頭脳的な攻撃なのだ。
決して両者に優劣があるわけではない。対象が違えば闘い方も変わる、それだけの事だ。
とは言え、それぞれ向き不向きが存在するのも確かで、今の状況では対人目的の剣を使うイルムハートの方に多少の分があるだろう。
しかも、相手を倒すことよりもその力を見る事が役目である試験官としての立場が積極的に責める事を躊躇わせてしまい、ラジーを防戦一方の状態に追い込んでしまっていたのだ。
だが、それもそろそろ限界に近かった。
(さずがに、このままだとマズいな。今更この子の実力なんて確認するまでもないだろう。もう十分だ。)
ラジーはこれだけの実力を見せつけているイルムハートに対し、最早こちらが観察者でいる必要などないと判断した。
合格するには十分なものを見せてもらったのだから。
(後は・・・きっちり試合を終わらせるだけだ。)
ラジーはイルムハートに勝利するべく、戦闘のモードを一段階引き上げた。
(魔獣を相手にしてるだけあって、反応が早いや。これが冒険者の剣というやつなのか。)
イルムハートが冒険者と剣を交えるのはこれが初めてである。
ラジーが冒険者である以上、その剣が騎士団員達のそれと違うものであることはイルムハートも分かっていた。
対人戦闘においては騎士団の剣のほうが有利と言うのが大方の見解だが、そんなものは僅かな差でしかないとイルムハートは考える。
むしろ冒険者の剣には型にはまらない奔放さがあり、逆にそれが騎士団の剣に対してのアドバンテージにだって成り得るのだ。
現にイルムハートが相手の先を読んで繰り出す攻撃も、ラジーはかろうじて、だが確実に反応してくる。
おそらく身体強化の魔法が、反応速度を重点的に強化するように特化しているのだろう。
魔獣との闘いを重ねることで身に付いた能力なのかもしれない。
(なる程、強化魔法の配分を変える事で違った使い方が出来るわけだ・・・。)
今、イルムハートは例のごとく身体強化魔法で防御だけを上げていた。パワーもスピードも強化無しの素の力で闘っている。
しかし、使っていない分の魔力は防御に振り分けられているのではなく、単純に魔法へと変換せずそのまま放出している状態だった。
もし、その余剰魔力を全て防御の強化に廻したとすれば、鋼の肉体・・・とまではいかないにしろ、防御力が格段に上がるのは間違いないだろう。
(それに・・・反応速度を重点的に強化すれば、もしかすると思考加速の世界でも少しは動けるようになるかもしれない。)
と、試合の真っ最中であるにも拘わらずイルムハートの思考はつい別の方向へ向いてしまったのだが、それはほんの一瞬の事だった。
ラジーの気配が変わったのだ。
殺気、と言うよりは闘気と表現すべきだろうか。これ迄とは違う、威圧感さえ感じさせる気を放ち始めた。
それは、イルムハートに本能的な脅威を感じさせ、意識を現実へと引き戻す。
(本気で・・・来る。)
イルムハートも、ラジーが受け身に徹していることは気付いていた。
攻撃してこないわけではないが、それはあくまでも剣筋を矯正するのが狙いで、決して相手を倒そうとするものではない。
騎士団本部で副団長のマルコに稽古をつけてもらう時と同じ様な感じだった。
だが、それもどうやらここまでという事らしい。本気で倒しにくる気になったようだ。
ラジーの実力は下位の騎士団員と同等程度だろうとイルムハートは見立てていた。
身体強化無しで闘えば、ギリギリ及ばない位の強さである。
つまり、このままだと本気を出したラジーには勝てないという事になるのだが、それでも身体強化を使うつもりは無かった。
こんなところで実力を見せてしまうわけにはいかないし、そもそも勝つことが目的ではないからだ。
要は試験に合格すればいいのであって、勝敗はこの際関係ない。
ラジーが本気を出すという事は、イルムハートの実力を認めたという事でもあり、おそらくそちらは問題ないだろう。
とは言え、このままあっさり負けるつもりもなかった。本気の相手と剣を交える折角のチャンスなのだから。
実のところ、訓練でイルムハートが闘える相手は騎士団員でも上位の者に限られていた。
最初の内は副団長のマルコだけだったが、今ではニナのような上級者とも試合をするようになってはいる。
しかし、下位の者とはまだ闘えない。イルムハートに怪我をさせないよう上手く加減して闘うには、まだその者達の技量が足りていないからだ。
つまりイルムハートは、(身体強化を使っていない状態の)自分より数段上の相手としか闘ったことがなく、その場合は当然のことながら相手が本気を出す事などあり得ない。
まあ、要するにあくまでも稽古事の試合しかしていないのだ。
だから、おそらく負けるかもしれないが、それでもやっとガチの闘いというやつが出来るこの機会を逃すわけにはいかなかった。
試合を見ていたニナはそんなイルムハートの思惑に気付いたが、今更止めるわけにもいかず苦い顔をする。
(ゴメンね、ニナさん。ケガだけはしないようにするから。)
イルムハートは自分を心配してくれているニナに対し少なからず罪悪感を感じつつも、ラジーとの闘いへの高揚感を抑える事が出来なかった。
意外に好戦的な自分の新たな一面に多少驚きながら、イルムハートが剣を握る手に力を込め直しラジーに向かって斬り込むべく足を踏み出そうとしたその時。
「そこまで!」
凛とした良く通る声がその場に響き渡った。
その声は決して高圧的ではなかったものの抗い難い力を持っており、イルムハートもラジーも思わず動きを止めた。
「これは試験なのですよ。無理に決着を付ける必要はないでしょう。」
振り向くと、そこにはギルド長のハロルドが苦笑いを浮かべながら立っていた。
(いつの間に?)
イルムハートは試合を止められた事への不満よりも、そこにハロルドがいるその事に驚いて彼を凝視する。
確かに試合に集中してはいたが、それでも辺りの気配には気を付けていた。
なのにハロルドは全く気配を感じさせずに、いつの間にかこれほど間近まで近づいて来ていたのだ。
イルムハートは同じ様に驚きの表情を浮かべているニナを見て、自分が油断していたわけではなくハロルドの技量が自分達の予想を上回っていたのだと気付く。
ギルド長の肩書は伊達ではないと言ったところか。
「ラジーを本気にさせるとは、大したものですね。」
ハロルドが穏やかな物言いに戻りそう言うと、ラジーは思わず頭を掻いた。
「すみません、つい試験官の立場を忘れてしまいました。」
「途中から見させてもらいましたが、まあ、あれでは致し方ないところもありますね。とてもGランクの試験には見えませんでしたよ。
まさかこれほどとは思いませんでした。これだけの実力があるのなら、いっそギルド長権限でDランクに上げてしまうのもありかもしれませんね。」
「いや、ギルド長、それはさすがに・・・。」
「冗談ですよ。」
あまりにも突飛な発言に慌て出すラジーに笑い返すと、ハロルドはイルムハートへと向き直る。
「残念ながら年齢制限があるのでいきなりDランクというわけにはいきませんが、Gランクの試験は合格です。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。でも、ずいぶんと簡単に結果が出るのですね。」
Gランク合格を告げるハロルドの言葉に、イルムハートはちょっと拍子抜けした感じでそう応えた。
試験と言うからには、採点等に何かと時間がかかるものと思っていたのだ。
「まあ、普通であれば試験官の報告を元に合否の審査を行うところですが、その必要もないでしょう。
これで不合格になるようなら、誰もGランクにはなれませんよ。
正直、うちのギルドでも貴方と対等にやり合える人間は決して多くないでしょうね。」
(えっ!そうなの!?)
その言葉に驚いたイルムハートは思わずラジーに目を向ける。
イルムハートの視線に気付いたハロルドは、その反応を面白がるかのように笑みを浮かべた。
「ラジーはこう見えてCランクの冒険者なんですよ。」
「こう見えて、は無いんじゃないですかね・・・。」
ハロルドの言い様に不満気味のラジーだったが、それはあっさり無視された。
「Cランクというのは相当な経験と実績を積んだ者だけがなれるランクなのです。その数は、全体の2割くらいですかね。
さらにその先のA、Bランクともなればもっと少なくなります。合わせても1割に満たないくらいです。
つまり、イルムハート様はその3割にも満たない上位の冒険者に次ぐ実力があるということですよ。」
(あー、やり過ぎちゃったかな、これは。)
言われてみればこれはCランクでもDランクでもなく、たかがGランクの試験でしかない。
己の力を認めさせれば十分なのであって、何も試験官と互角に闘う必要は無いのだ。それは、明らかにやり過ぎである。
今更ながらその事に気付いたイルムハートは、いつものごとく内心で頭を抱える。
(でもまあ、騎士団で見せてる以上の力は出してないし・・・この位は今更隠す程でもないわけで・・・うん、大丈夫。まだ、ギリギリでセーフだ。)
何がセーフなのか自分自身でも良く分からなかったものの、とにかくメンタルの立て直しが優先である。
イルムハートは、その ”安心ワード” のおかげで何とか平静を保つ事が出来たのだった。
その後、イルムハートは再びギルド長の部屋へと場所を移した。冒険者カード発行のためだ。
通常、カードの発行は冒険者用ホールの一角にある受付カウンターで行われるのだが、噂を聞きつけたやじ馬が集まりつつあったので、混乱をさけるためギルド長の部屋に場所を変える事になったのだった。
「ここに手をかざして魔力を流してください。」
担当の事務員がイルムハートの前に弁当箱程の大きさの箱を差し出した。
「そうすると、カードにイルムハート様の魔力を記憶させる事が出来ます。」
ラジーにも説明されたが、いったんカードに魔力を記憶させると本人の魔力以外には反応しなくなる仕組みになっていた。不正利用防止のためだ。
「魔力を記憶させるなんて、凄い魔道具ですね。」
言われた通りに手をかざして魔力を流しながら、イルムハートの目はその魔道具に釘付けになる。
魔力での個人識別は熟練した魔法技術を必要とするのだが、魔道具を使えばそれが簡単に出来てしまう。
冒険者カードしかり、この弁当箱しかり。
飛空船の仕組みを知った時にも感じたが、この世界の文明を支えているのは魔道具であることを改めて実感させられた。
「冒険者ギルド自慢の魔道具のひとつです。まあ、私には仕組みがさっぱり解りませんが。」
事務員はやや自嘲気味にそう言って笑ったが、道具と言うのはそんなものだろう。仕組みなど解らずとも使えればそれでいいのだ。
まあ、中には誰かさんのようにマニアックな人間もいるのだが・・・。
「登録完了しました。こちらがイルムハート様の冒険者カードになります。」
事務員は弁当箱の横に付いたスロットから銀色のカードを取り出すと、それをイルムハートに手渡した。
カードは何かの金属で出来ているようだったが、持ってみると思いのほか軽かった。
魔法で成分分析を行ってみると、鉄をベースにした合金であることが判る。おそらくステンレス鋼に近いものだろう。
そして、合金の成分とは明らかに異なる反応がもうひとつ。
「これは・・・魔石の粉が含まれているのですか?」
素材の一部に僅かな魔力を感じたイルムハートは、それを魔石の粉だろうと推測した。
それを聞いたハロルドが、驚きとも呆れともつかない複雑な表情を浮かべる。
「分析鑑定の魔法も使えるのですか?・・・もう、何でもありですね。」
ハロルドの説明によると、持ち主の魔力を記憶させた魔石の粉を例の ”弁当箱” を使ってカードに融合させるとの事だった。
そして、その記憶させた魔力と全く同じ魔力が流し込まれた場合のみ反応するよう魔法陣が書き込まれているらしい。
「それを僕に教えてもいいんですか?秘密事項なのでは?」
「公にしているわけではないですが、秘密でもありませんよ。アイディア自体は誰でも考え付くことですから。」
ハロルドはイルムハートの心配を軽く笑い飛ばした。
確かに誰でもとは言わないまでも、同じ発想をする者はいるだろうから秘密にしてもあまり意味が無いのかもしれない。
重要なのはそれを魔法陣として描き表す事なのだ。
そこはそう簡単には真似出来ない、真似させないという自信があるのだろう。
(んー、これは変なマネをしたら魔法陣が消えるようなセキュリティが組み込まれているかもしれないな・・・。)
実は後で自分のカードをじっくり調べてみるつもりでいたのだが、下手な事はしないほうが良さそうだった。
「名前と所属支部とランクが出るのですね。」
イルムハートがカードに魔力を流し込んでみると、カードの表面に文字が浮かび上がる。
ちなみに名前は『イルムハート・アードレー』のみで、貴族名の『フォルタナ』は外してある。冒険者にとってはあまり意味のない名前だからだ。
「他にも実績やギルドでの預り金の額などが表示出来ますが、イルムハート様の場合は今のところそれだけですね。
尚、表示される内容を変更出来るのはギルドの窓口だけです。勝手には変更出来ないようになってるんですよ。」
聞けば聞くほど機能がてんこ盛りのカードであることが判る。
IDカードだけではなく、スキルシートとキャッシュカードまで一緒になっているようなものだ。
(これだけの物を全員に配るんだから、冒険者ギルドって凄い組織だよね。)
そんな事を考えながらイルムハートはカードの表示内容を再度確認し、受領書にサインしてハロルドに手渡す。
ハロルドはそれに目を通してから自分のサインを書き込むと、顔を上げてイルムハートに右手を差し出した。
「これで貴方も冒険者ギルドの一員です。今後の活躍を期待します。」
「ありがとうございます。」
イルムハートも右手を差し出し、2人は握手を交わした。
今ここに『冒険者イルムハート・アードレー』が誕生したのだった。