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冒険者ギルドと冒険者登録 Ⅲ

 イルムハート達は最後の見学場所として、冒険者達が訓練や試験を受けるための場所にやって来た。

 そこは学校によくある体育館ほどの大きさの建物の中にあった。

 だが、中は地面が剥き出しの状態で、体育館と言うよりは倉庫のような感じでもある。

 窓は天井近くにしかないが、日当たりが良いのか思ったよりすっと室内は明るかった。

 ラジーはイルムハート達を中に招き入れた後、管理室のような小部屋の窓口へ声を掛けた。

 すると係員らしき男性が何か書類のような物を差し出し、それを受け取ったラジーは一通り確認を行う。

「ギルド長の承認が取れましたので、これでGランクの認定試験を行う事が出来ます。

 ですが、本当に今日でいいんですか?準備とか必要じゃないですか?」

 ラジーはそう言うと、少し心配そうな表情でイルムハートを見た。

 イルムハートが貴族の子であるからには、ある程度は剣や魔法の手ほどきを受けているだろう。

 Gランク試験を希望したのも、それなりに自信があっての事だろうとも思う。

 だが、見学のつもりで来ているのに、いきなり試験を受けると言うのはいささか無茶なのではないかと感じていた。

 試験に向けて訓練するとか体調を整えるとか、数日余裕を持った方がいいのではないかと思ったのだ。

 それはまっとうで常識的な意見ではあったが、イルムハートを知らない者の意見でもあった。

「大丈夫です。問題ありません。」

 イルムハートのその言葉を鵜吞みにしていいものかどうか、確認するかのようにラジーがニナに視線を向けると、彼女は苦笑めいた笑顔を浮かべながら頷き返してきた。

 ラジーにはその笑顔の意味は解らなかったが、試験を中止する必要が無い事だけは理解した。

「解りました。では、試験の内容を説明します。」

 ラジーは軽く肩をすくめるような素振りを見せた後、Gランク試験の内容について語りだす。

「試験は筆記と実技なんですが、筆記は省略します。

 簡単な読書きが出来るかどうかを確認する程度ですから、イルムハート様なら問題ないでしょう。」

 いくら冒険者には学歴が不要とは言え、依頼書が読めて完了報告書に名前を書ける程度の能力は必要だろう。

 とは言え、これで試験が不合格になることはなかった。

 もし読書きが出来なくても、学校へ通う事を条件として資格が与えられるようになっていた。

「そして実技の方ですが、これは剣術と魔法の両方を見ます。

 ただ、人それぞれ特性がありますから、両方で基準をクリアする必要はありません。そこは総合的に判断されます。

 例えば、魔法が不得手でも剣術で良い点を取れば十分合格出来るようになっていますので、大丈夫ですよ。」

 ほとんどの者は剣士系か魔法士系かで、その得意分野が分かれる。

 その両方を伸ばそうなどと欲張れば、よほど才能に恵まれてでもいない限り器用貧乏になってしまうからだ。

 試験においてもその点は考慮されているらしい。

「それでは・・・まずは、魔法の試験から行いましょうか。どうぞ、こちらに。」

 ラジーに促されて、イルムハートは分厚い壁だけがコの字型に立っている場所へと移動する。

 それは魔法を試し打ちする場所で、壁は防御のためにあるのだ。

 魔法士団の訓練所と比べればかなり簡素な造りだったが、それは仕方の無い事であろう。

 管理室の方に向けてラジーが合図を送ると、イルムハートは壁の周りに防御魔法の結界が張られるのを感じた。

 続いて正面の壁の前で魔力が蠢くと土魔法によって地面が盛り上がり、何やら人型のオブジェの様な者が出来上がる。

 これらは全て魔道具によるものだった。

 見た目は簡素だが、なかなか金の掛かった仕組みになっているようだ。

「試験の対象になるのは攻撃魔法だけです。

 治癒魔法等も使えるに越したことはないのですが、そちらは各自で研鑽してもらうとして、とりあえず戦闘能力を確認します。

 的はアレですね。」

 ラジーはそう言いながら土で出来たオブジェを指さす。

「あの的に向けて一番得意とする魔法を放ってください。

 的の強度は一番低くしてありますが、別に壊せなくても問題ないです。

 魔法の制御がきちんと出来ているかどうかの確認ですから。」

 通常Gランク試験を受験する者は、年齢的に魔力に目覚めて間もない者ばかりであろう。

 いくら才能があるとしても、まだその時点では魔法に威力を求めるのは酷と言うものである。

 そのため、威力よりも制御能力を試すのがこの試験の目的なのだった。

(さて、どうしたものかなぁ・・・。)

 その点、貴族の子女であるイルムハートは家庭教師から教えを受け、既に魔法を使いこなせるようになってはいるはずなのだが、この試験にはいささか不安を感じていた。

(どの程度の威力にしておけばいいのかな?)

 そう、どこまで能力を見せればいいのかが判らなかったのだ。

 何しろ、彼は魔法士団員が使う魔法(とエマの爆裂魔法)しか知らない。そのため、”一般的” な基準が解らないのである。

 全力を出すのは問題外であろう。

 能力を隠したいという意図もあるが、そもそも全力で魔法を放てばこの程度の防御魔法ではおそらく役には立たない。

 建物ごと吹き飛ばしてしまう可能性が高いのだ。

(普段、訓練で出してる程度の力でやるしかないか。もしそれで力不足と判断されたら、剣術の方で挽回すればいいや。)

『一体、お前は何の試験を受けようとしているのだ?』

 もしイルムハートの実力を知る者が聞けばきっとそう言っただろうが、残念ながらそれを忠告してくれる者はいなかった。

「解りました。あの的を撃てばいいのですね。」

 イルムハートはそう言いながら、的から20メートル程離れた場所に引かれたラインの前に立った。

 的は5つ。確実に破壊するには土魔法で礫を飛ばすのが最適だろう。

 火魔法や水魔法でも衝撃は与えられるが、物理的な破壊力で言えば土魔法が一番だった。

 ラジーは、イルムハートの準備が整ったのを見て取ると号令を掛ける。

「それでは、始めてください。」

 その声と同時にイルムハートは拳大の石を5つ、自身の周りに浮かぶように生成した。

 瞬時に生成されたその5つの石は、次の瞬間5つの的へ向けて高速で飛んで行く。

 そして、「ゴン」と言う音が5つ、ほぼ同時に響き渡る。

 それは的を破壊しながら突き抜けた石が後ろの壁に当たって出た音だった。

 石は全弾命中し、5つの的は全て上半分が消し飛んでしまっていた。

「どうでしょうか?」

 イルムハートはラジーの評価を聞こうと振り返った。

 が、当のラジーはあんぐりと口を開けたまま固まった状態で、すぐには言葉を返してこない。

「モローさん?」

 イルムハートが再び呼び掛けると、ラジーの意識はやっと再起動した。

「・・・え?ああ、今のは、何というか、その・・・凄いですね。」

 今、目の前で起きた事は、全くラジーの想定を超えていた。

 そもそもラジーとしては、1つの的に対して魔法を撃つものとして考えていたのだ。

 その結果が不十分であれば次の的を使って再度試してみる。それでも上手くいかなければ、また次へ。

 そんな風に段取りを想定して少し多めに的を作ったつもりだった。

 それがまさか5つ同時に、しかも号令を掛け終わった瞬間に破壊されてしまうとは思ってもみなかったのだ。

「いろいろと想定外でしたが・・・結果は十分です。これだけでも合格は間違い無いでしょう。

 イルムハート様は魔法士タイプなのですね。」

 先ほどイルムハートが見せた魔法は、熟練した魔法系冒険者にも匹敵するものであった。

 僅か8歳にしてこれだけの魔法を使いこなすのだから、ラジーがそう思うのは当然と言えよう。

 だが・・・。

「いえ、僕は剣士タイプだと思ってますよ。正直、攻撃魔法は使いづらくて。」

「えっ!?あれでですか!?」

 その言葉に、再びラジーは固まってしまう。

 イルムハートとしても、別に剣と魔法で得手・不得手があるわけではなかった。どちらも同様に使いこなせている。

 ただ問題は力を使った後の事である。

 例えば剣術の場合、高名な剣士と闘いこれを破ったとしても「まぐれで勝てた」と言い張る事は可能だろう(と思っていた)。

 だが魔法であれば、山ひとつ吹き飛ばした後に「たまたま魔法の調子が良かった」と言ったところで、それが通るはずもない。

 結果、自分の能力を隠すためには魔法の方が繊細な魔力制御を必要としてしまう。

 それが ”魔法は使いづらい” という言葉になって表れたのだ。

 しかし、イルムハートの内心はどうあれ、彼の剣術もまた魔法と同等かそれ以上であると暗に示した事に変わりはない。

「ははは、そうですか、剣士タイプなのにあれだけの魔法が・・・。」

(これって、Gランクの試験だよな?)

 ラジーは自分の中の常識というものが崩れ落ちていきそうになるのをかろうじて堪えていた。

 そんなラジーを不思議そうに見つめるイルムハート。

 そしてその後ろでは満足そうな顔をしたニナがうんうんと頷いているという情景が、しばらくの間続いたのだった。


「そ、それでは、続いて剣術の試験を行います。」

 何とか冷静さを取り戻したラジーは、イルムハートに向かってそう言った。

「こちらは模擬剣を使った実戦形式の試験となります。対戦相手は・・・私です。」

 少し溜めを作ってからそう告げたラジーだったが、イルムハート達が黙って聞いているのを見て不思議そうに首を傾げた。

「・・・あれ?驚かないのですか?」

「何がですか?」

 イルムハートに問い返されて、ラジーはばつの悪そうな表情を浮かべる。

「いや、大抵の人は私が相手だと判ると意外そうな顔をするんですけどね。事務員が相手をするのか?みたいな感じで。」

 背は低くはないが高くもない。服の上からでは正確には分らないものの、さほど筋肉があるようにも見えない。

 その上、やたらとメガネの奥の両目をキョロキョロさせているような男が剣術の試験官だと言われれば、それは驚くだろう。

 どう見てもギルドの事務職員にしか見えないのだ。

 そんなラジーだが、実はCランクの資格を持つ冒険者だった。

 もちろん本業は冒険者としての活動の方なのだが、学もあり人当たりも悪くないため、ギルドから依頼されて時々講師や低ランク試験の試験官を担当することもあった。

 そして、今日もイルムハートの案内役としてわざわざ呼び出されてここにいるのだった。

「確かに、失礼ながらモローさんはあまり強そうに見えませんものね。見た目は。」

 冗談めかしてそう返しはしたが、元々イルムハートもニナもラジーの実力には気が付いていた。

 例え外見はさえない事務員風であっても、身のこなしを見ればその実力は判る。

「ハッキリおっしゃいますね。」

「見た目は、ですよ。気分を害したのであれば謝罪しますが、僕にはワザとそう見せている気がしますけど。

 そもそも、ハロルドさんがラジーさんを冒険者だと紹介したのですから、今更驚きはしませんよ。」

「そう言えば、そうでしたね。」

 ラジーはそう言って頭を掻いた。

 その仕草は照れ隠しのようにも見えたが、実はイルムハートが予想以上に手強い相手だと知り、思わず取ってしまった行動だった。

 イルムハートはハッキリと言葉にして言わなかったものの、それでもラジーは彼に自分の実力が見抜かれている事を悟ったのだ。

 事実、この冴えない風貌は試験官を務める際の見せかけの姿であり、受験者への意地の悪いトラップだった。

 外見で判断し油断する様ではその時点で資格無しという事なのだろう。

 今日は試験を行う予定はなかったが、ついいつもの癖で ”冴えない事務員” を演じていたのだ。

(この子は本当に8歳の子供なんだろうか?)

 それはイルムハートの周りの大人全てが抱く感情であり、ラジーも出会った時からそう思ってはいた。

 だが今、改めてそれを実感させられた。剣や魔法の能力にではなく、その冷静な観察力にだ。

 ラジーは、試験を開始する前に見せたニナの苦笑にも似た笑みの意味がやっと理解出来たような気がした。

「ならば、今更何も言う必要はありませんね。それでは、まず装備を選んでください。」

 イルムハートは部屋の端にある用具置き場へと連れて行かれ、そこで剣と防具を選ぶことになった。

 選んだのは刃の潰してある短めの剣と肩当付の革の胸当てだった。

 剣はともかく、革の胸当てでは少々防御力が弱いのではないかと思われたが、ラジーは何も言わなかった。

 最早イルムハートに対してはいろいろと口出しする必要などないと感じたからだ。

「貴方の腕前、試させていただきますよ。イルムハート様。」

 準備を終えたイルムハートとラジーは、周りより一段高くなっている闘技場の上で向かい合う。

 ラジーが選んだのはイルムハートより長めの剣と肩当無しの胸当てだった。

 冒険者の格好に戻ってメガネも外したラジーには先程迄のおどついた雰囲気など微塵も無くなり、正に ”熟練” 冒険者としての風格を漂わせていた。

「失望させないよう頑張ります。」

 イルムハートがそう答えると、ラジーは楽しそうにニヤリと笑った。

 完全にモードが事務員から冒険者に移行しているようだ。いや、冒険者にと言うより剣士にだろうか。

 イルムハートがと闘うのが楽しくて仕方がないと言った風だった。

「それでは剣術試験、始め!」

 ラジーがそう叫ぶと同時にイルムハートは地を蹴った。

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