神気の力と訓練完了
フランセスカもセシリアも無事神気に覚醒した。
次はいよいよ制御の訓練である。神気の出力量を上げることと、そしてそれを制御するための訓練だ。
すると、今度は両者の立場が逆転してしまった。フランセスカの習得速度がセシリアを上回り始めたのだ。
元々フランセスカの方が早く剣術を習い始めているため闘気の扱いには一日の長があった。それと同じ感覚で神気もコントロールすれば良いのだと気付いたらしく、そうなると覚えも早い。
そのせいか、覚醒から10日も経った頃にはあっさりセシリアに追いついてしまった。
「こんなの反則ですよ。
フランセスカさんも師匠並みにまともじゃないです。」
すっかりアドバンテージを失ってしまい不満を漏らすセシリア。
まあ、追いつかれて悔しがるのは解かるが、人を異常者呼ばわりするのは止めて欲しいものである。
そんなこんなで訓練開始からひと月を過ぎた辺りには2人ともかなり神気の扱いに慣れて来た。
出力についてはまだまだ不十分ではあるが、ここまで来れば後は時間と共に扱える量も増えてゆくだろう。
加えて、制御の方に関しても訓練は順調だった。
未だ出力量の少ない段階から始めたのが良かったらしく、さほど苦労せずに制御出来るようになっていったのだ。
ちなみに、イルムハートの場合は一気に膨大な神気に目覚めてしまったため扱うのにかなり苦労した。
何しろ、それは何も知らない新人社員に山のような仕事を押し付けるようなものなのだ。悪戦苦闘するのも当然である。
何事も段階を踏んでゆくことが大事。
その言葉を天狼に投げ付けてやりたいと心底そう思うイルムハートなのだった。
そんなある日、セシリアが神気の威力を試してみたいと言い出した。
「神気を使った攻撃ってどのくらいの威力があるんですかね?
ちょっと試してみたいんですけど。」
確かに、これまでは放出と制御の訓練ばかりで実際に攻撃手段として使うことは無かった。なので、自分の力がどれくらいのものなのか知りたいと思うのは当然だし、むしろ知っておくべきことでもある。
「そうだね、そろそろ実際に使ってみようか。
自分の力を知ることも大事だけど、神気がどれほど恐ろしい力となり得るかもちゃんと解かっておいたほうが良いだろうからね。」
神気とはとてつもない”力”である。その気になれば町ひとつ容易に消し去ることが出来るほどの力なのだ。
今後、神気を使いこなすためにはその恐ろしい一面についてもきちんと理解しておく必要があった。
「先ずは掌に神気を集中させて……そう、光の球を創り上げるイメージだね。」
イルムハートのアドバイスに従いセシリアが神気を集中させると、やがて掌の上に小石大の光の球が生まれた。
「それを遠くの地面に向かって投げ付けてごらん。
出来るだけ遠くにだよ?」
セシリアは言われた通りに思い切り遠くへと光の球を投げ付ける。すると、閃光と共に轟音が辺りを包んだ。
そして、跡には直径50メートルはあろうかと言う大きな穴が開く。
それを見てセシリアは驚愕の表情を浮かべた。
「えっ!?
今のでアレですか?
あんな小さな球なのに?」
「これが神気の力なのですか……。」
フランセスカも思わず絶句する。
だが、神気の本当の威力はこんなものではない。
「これでもまだ可愛いものさ。
君達が使える神気量はこれからもっと増えてゆくだろうから、そうなったらこれとは比べ物にならない程の威力になるはずだ。
だから、神気の扱いは慎重のうえにも慎重を期さねばならない。影響の出る範囲を考え過剰にならないよう力を絞り込むことが大事だ。
制御の訓練が必要なのは何も神気を持ってる事を隠すためだけじゃない。力の加減を覚えることも重要な目的なんだよ。」
イルムハートの話を真剣な表情で聞くフランセスカとセシリア。
確かに、後先考えず使えるような力ではないことを実感したのである。
「そうですね、加減を忘れてつい山ひとつ消しちゃったなんてことになったらシャレになりませんものね。」
その例えはどうかとも思うが、まあ言わんとしていることは正しい。
そして、セシリアは続けてこう口を開く。
「ちなみに、もし師匠が全力を出したらどのくらいの威力があるんですか?」
これにはイルムハートも一瞬言葉を詰まらせる。実のところ試してみたことが無かったのだ。
一応、怨竜とは全力を出し切って闘った。だが、その時は覚醒したばかりのため制御も無茶苦茶で実に非効率な”全力”だった。神気を上手く使いこなせるようになった今なら間違いなくもっと威力を出せるだろう。
「僕の全力?
うーん、どうなんだろ?」
「試したことないんですか?」
「実は無いんだ。
さすがにどれだけの影響が出るか分からなかったからね。」
龍の島で訓練をしていた時も全力を出してみたことはなかった。セシリアの言い方を真似るわけではないが、そんなことをすれば地形を変えてしまうようなことにもなりかねないからだ。
「じゃあ、ここで試してみたらどうです?
ここならどんなことをしても問題なさそうですし、それに翌朝には元に戻ってますから遠慮なく力を使えるんじゃないですか?」
セシリアの言う通り、この鳳凰の創り出した特殊な空間内ならイルムハートが全力を出したとしてもおそらく問題が生じることは無いだろう。
それに、いくら地面を荒そうとも不思議な事に翌朝には全て元通りに戻っているのだ。なので、穴のひとつやふたつ気にせず開けることが出来る。
「そうだな……じゃあ、試してみようか。」
おそらくこの先も滅多に使うようなことはないだろうが、それでも自分の”限界”を知っておくのは悪い事ではない。
(とは言え……いきなり全力というのもさすがにちょっと不安だな。
先ずは7割くらいの力でやってみるか。)
そんなことを考えながらイルムハートは掌の上に神気を集中させる。
そして出来上がった光の球は先ほどセシリアの創り出したそれよりほんの少し大きい程度のものだった。だが、その密度は比べ物にならない。
セシリアやフランセスカが思わず身を引いてしまう程に、その球に込められたエネルギーの総量は凄まじいものだったのだ。
「念のため、一応防御魔法は展開させておくように。」
2人にそう告げた後、イルムハートは光の球を打ち出した。それはセシリアの時よりも更に遠くへと飛び、そして地面へと着弾する。
その瞬間、目の眩むばかりの閃光と耳をつんざく轟音、そして地震のような揺れと地響きが3人を襲った。しばらくして光の薄れた後も凄まじい量の土煙と黒煙が皆の視界を奪う。
やがてその煙も収まり辺りが見廻せるようになった時、3人は目の前に広がる光景に思わず立ちすくんだ。
そこには何と、幅も深さも優に数百メートルはありそうな峡谷のごとき巨大な大地の裂け目が地平線まで延々と続いていたのである。
呆然として言葉も無い3人。
やがて、驚きも冷めやらぬままフランセスカが口を開いた。
「これが旦那様の全力なのですか……。
何と言うか、”凄い”以外の言葉が思い浮かびませんね。」
続いてセシリアも
「本当ですよ。
これなら山ひとつどころか山脈ごと消えちゃうんじゃないですか?」
そう言って引きつり気味の笑いを浮かべる。
そしてこれは当の本人にとっても予想を遥かに超える結果だった。
「これは……さすがに……。」
多少加減したにも拘わらず、まさかこれだけの威力が出るとはイルムハート自身思ってもみなかったのだ。
今後、絶対に全力は出さないようにしよう。
目の前に広がる光景はそう決意させるのに十分な衝撃をイルムハートに与えた。何せ、そんなことをすればそれこそ”世界の破壊者”にもなりかねないのだ。
神気とは言ってみれば諸刃の剣である。使いようによって人を救うことも出来れば世界を滅ぼすことも出来る。それを改めて思い知ったイルムハートだった。
そんな中、セシリアがふと何かを思いついたように口を開く。
「ところで、これもいつものようにひと晩で直してもらえるんでしょうかね?」
これにはイルムハートもフランセスカも思わず「あっ」と声を漏らした。
セシリアの開けた穴程度ならいつもの様に明日の朝には直っているはずだ。
しかし、イルムハートの造り出した”大峡谷”はどうだろう?
さすがにこの規模の修復はひと晩では無理なのではないか?
そんな不安が3人を襲う。
「ま、まあ、鳳凰だしね。
彼女ならこれくらいどうってことはないんじゃないかな?」
そう笑って胡麻化すイルムハート。
だが、その心の中では鳳凰に対し申し訳ないと手を合わせ謝っていた。
翌朝、”大峡谷”は消え地面はすっかり元に戻っていた。
さすがは鳳凰と言ったところである。
ただ、帰る際には神殿の祭壇でもう一度謝っておいた方が良いかもしれない。
そんなこともあり、以降イルムハートはこの訓練中自分自身の神気を封印することにした。何もそこまですることはないようにも思えるが、本人としては自分への戒めの意味もある。
それに、フランセスカもセシリアもすっかり神気に慣れ始めているためイルムハートのアドバイスも口頭だけで十分であり、実践してみせる必要も無くなっていたのだ。
やがて、ここへ来てひと月半が過ぎた頃、イルムハートはそろそろ訓練を終わらせても大丈夫だろうと判断した。
”使う”方はまだ色々と試してみる余地はあったが、少なくとも制御することに関しての問題は無い。
これなら皇国や教団に気付かれる心配は無いだろう。残りの訓練は時間を見てまた行えば良いのだ。
と言うことでイルムハートは訓練完了を宣言し、最終日は皆で祝杯をあげることにした。この日のために酒や高級菓子等も用意してあり、それを振る舞うことにしたのである。
「おー、これですよこれ!
料理にお酒に、そしてケーキ!
やっぱりイベントの終りはパァーッと行かなきゃ!」
やり遂げた満足感からか女性陣のテンションは高かった。中でもセシリアの盛り上がり方が凄い。
尚、これには他の理由があり、どうやらここ最近ウエストが増してしまったせいで甘い物を控えていたらしいのだ。
だが、今回の訓練のお陰でウエストも体重もかなり絞れたらしく、それにより気兼ねなく口にすることが出来るようになったのである。それは目の色も変わるだろう。
尤も、あまり油断すると後で痛い目を見ることになるかもしれないが……まあ、今日くらいは気にせず味わっても罰は当たるまい。
こうしてイルムハート達は訓練最後の夜をゆっくりと楽しんだのだった。
翌朝、イルムハートは窓から差し込む陽光に目を醒ました。
そして、彼の両脇ですやすやと寝息を立てているフランセスカとセシリアの姿に思わず苦笑を浮かべる。
と言っても、昨日何か”そのようなこと”があったわけではない。そこは相変わらず”ヘタレ”のイルムハートなのだ。
実は昨晩、就寝しようとするイルムハートの部屋に両名が酔った勢いで押しかけて来たのである。
「師匠ぉー、最後くらいは同じベッドで寝ましょうよー。
大丈夫、大丈夫。何もしませんって。ただ一緒に寝るだけですよ。
だから、いいでしょ?」
「結婚前ではありますが添い寝くらいは問題ないのではないでしょうか?
よろしいですよね、旦那様?」
約1名、どこの酔っぱらいオヤジかと言った感じではあるが、これは半分演技だとイルムハートも見抜いていた。
そもそも2人共それほど量は飲んでいないし、何より神気に覚醒した今はその浄化作用でほとんど酒が残ることも無い。
要するにこれは最後の夜ということもあり酔いにかこつけ甘えたいだけなのだ。
だが、そうと解かっていながらもイルムハートは彼女達の申し入れを受け入れた。旅の間寂しい思いをさせたせめてもの償いのつもりだったのだ。
しかし、これがまた言うほど簡単なことではなかった。
2人は「えへへ」と少し照れたように笑いながら布団に入って来るやいなや、訓練疲れのせいもあってか満足そうな表情を浮かべあっという間に寝息を立て始めた。
まあ、それは良い。セシリアから色々いじられるよりずっとましだ。
ただ、問題はひとり眠るタイミングを逸してしまったイルムハートである。
うら若き女性を2人も両脇に侍らせながら横になるこの状態は、いくら欲望に淡白な彼と言えど意識しないわけにはいかない。
お陰で緊張のあまりすっかり目が冴えてしまい中々寝付くことが出来なかったのだった。
そんな昨晩の出来事を思い返すイルムハートの隣では、まだフランセスカとセシリアが実に幸せそうな顔をしながら眠っている。
(……まあ、いいか。)
多少寝不足気味ではあるが、これはこれで悪く無かった。とても暖かい気持ちになれるのだ。
どこか心地良い雰囲気の中、イルムハートは2人が目を覚ますまでの間そんな何気ない日常の幸せを十分に堪能したのである。
皆が目覚めたその後は朝食を取ってから家の掃除と片付けを行った。
おそらくイルムハート達が去った後、役目を終えたこの家は消えてしまうのだろう。なので、余計な手間を掛けるのは無駄かもしれない。
だが、それでもひと月以上滞在しすっかり愛着の湧いたこの家への感謝を行動で示したかったのだ。
「それじゃ神殿の村へ戻ろうか。」
そして、3人は家と”時操りの圏域”に別れを告げ神殿の村へと戻る。
例の小道を抜け村へ辿り着くとまだ十分に陽は高かった。
(こっちではどのくらい時間が経ったのだろう?)
そんなことを考えながら訓練終了の報告をするため神殿へと向かうイルムハート達に通りがかったひとりの神官が声を掛けて来る。
「イルムハート殿、もう訓練は終わられたのですか?
随分と早いお戻りですね。」
話を聞いて見るとイルムハート達が”時操りの圏域”へと向かってからこちらではまだ2時間程しか経っていないと分かった。
そこで、イルムハートが実は既にひと月半ほどの時間を向こうで過ごして来たのだと話すと神官は大いに驚いていた。
例え圏域がどのような場所かの知識は持っていたとしても、実際に話を聞けばやはり驚いてしまうものなのだろう。
その後、イルムハート達が神殿の入口に着くと、酷くげっそりした表情のキリエと鉢合わせになる。
まさか、今まで神官長の説教を喰らっていたのだろうか?
「キリエさん。」
イルムハートがそう声を掛けるとキリエはハッとして急に取り繕ったような笑顔を浮かべた。
「あら、イルムハート君。
もう訓練は終わったの?」
「はい、無事完了しました。
……ところでキリエさん、もしかしてあれからずっと神官長に小言を言われ続けてたんですか?」
その言葉にキリエは一瞬顔を歪ませたが、すぐさままた笑顔に戻る。
「いやー、何を言ってるのかな?
そんなわけないじゃないか、イルムハート君。」
慌ててそう返しはしたが滲み出る冷や汗は隠せない。バレバレである。
そんなキリエの様子を見てイルムハートもこれ以上突っ込むのは止めにした。武士の情けと言うやつだ。
「それで、この後はどうするつもり?
少しゆっくりしていけるのかな?」
「そうですね、まだ時間はあるみたいですし、神官長へのご報告を終えた後はもう少ここで過ごしていこうかと思っています。」
どうせキリエはフランセスカ達と恋バナで盛り上がろうとしているのだろうから、イルムハートはそれを避けひとり他の場所で寛ぐつもりでいた。
すると、キリエは意外な方向へと話題を向けてくる。
「そうなさい。
髪も切って行ったほうが良いしね。」
「髪、ですか?」
「ええ、結構伸びてるわよ。」
その言葉にイルムハートは自分の前髪に触れてみる。確かに、ここへ来た時より伸びているような気もした。
まあ、あれからひと月半も経っているのだ。当たり前と言えば当たり前である。
だが、イルムハート達にとっては当然だとしても、周囲の人間からすれば1日でそれだけ髪が伸びているのも不自然に見えるだろう。言われなければ危うく見過ごすところだった。
「うっかりしてました。
教えてもらえて助かりましたよ。」
そう言う些細なところに気が付くあたり、キリエも”一応は”女性なんだなと失敬なことを考えるイルムハート。
すると、それを敏感に察知したらしく
「今、何かとっても失礼なこと考えなかった?」
そう言ってキリエが睨んで来た。
「さあ、何のことでしょう?」
イルムハートはどうにか胡麻化そうとするものの、こちらもキリエ同様嘘が下手である。
お陰で怒ったキリエに危うく丸坊主にされそうになり、必死で謝るはめになってしまったイルムハートなのだった。




