表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/225

聖域と時操りの圏域

 フランセスカとセシリアが同じ日に休みを取れたのはイルムハートの帰還から半月ほど経ってからのことだった。

 その間イルムハートは冒険者としての活動を一時休止し、帰国の挨拶廻りをしながらそれと並行して”聖域”を訪れるための準備を行っていた

 先ずは買い出し。

 何せ1カ月以上3人だけで籠ることになるのだ。そのための用意は欠かせない。

 とは言え、”時操りの圏域”(例の場所はそう呼ばれているらしい)には滞在するための家もあり水場も用意されているようなので、食料と日用品を買い込み収納魔法で溜め込むだけの簡単なお仕事ではあった。

 それから次は”聖域”との調整だ。

 諸々アンスガルドへの報告はロッドに任せるとしても、”聖域”へはやはり自ら赴いて話をする必要があった。

 尤も、以前訪れた際に”時操りの圏域”でセシリアの訓練させてもらうことになるかもしれない旨の話はしてあったし、神官長からのお許しも既にもらっている。

 結果的に当初の予定よりひとり増える形となったわけだが、まあその辺りは特に問題あるまい。

 なので、後は日程の報告と最終的な使用許可の確認である。

 そのためにイルムハートは獣人族大陸にある”聖域”を訪れることにしたのだった。


 転移魔法で”聖域”の外縁へと移動したイルムハートは森を抜け神殿の村へと辿り着く。

 そこではひとりの獣人族の女性が彼を待ち受けていた。

「久しぶり、イルムハート君。

 元気だった?」

 彼女の名はキリエ・フェリン・シュレミナ。ここで鳳凰神殿の神官を務めている。と同時に、彼女もまたロッドやカールと同じ始祖の血族のひとりだった。

 本来、異種族の者同士では子が出来ないはずなのだが、どうも始祖、と言うか転移者は特別な存在のようで獣人族や魔族との間にも子孫を残しているのである。

「ナニナニ?君のもうひとりの婚約者も転生者だったんだって?

 なんかずいぶんと君の周りには異世界人がいっぱい集まって来るよね?

 もしかすると、異世界人を呼び寄せる何か特殊な成分でも放出してるのかな?」

 キリエはそう言ってその猫を思わせる顔に笑いを浮かべる。

 獣人族と言っても彼女達は獣そのものの姿をしているわけでは無く、むしろ人に近い。ただ、部分的に動物に似た特徴を持っており、それ故獣人族と呼ばれているのだった。

 それにしても、キリエのざっくばらんなところは相変わらずのようだ。厳格であるはずの神官とはとても思えないほどである。

 あと、人をまるで”異世界人ホイホイ”かのように言うのは止めて欲しいものだ。

「別にそんなもの出してませんよ。

 それに、転生者は異世界人ではありません。異世界の記憶を持っているだけで、僕達自身はこの世界の人間なんですから。」

 一応、そう抗議はしてみたものの「細かいことは気にしない気にしない」と軽くいなされただけだった。

 やむ無くイルムハートは苦笑気味に話題を変える。

「ところで、パトリックとソフィアさんは元気ですか?

 時々、ここに顔を出しに来てると聞きましたが?」

 パトリック・モートンとソフィア・ダルトワ。

 元の名はピーター・マクグリンにシモーヌ・デュメリと言い、カイラス皇国に召喚された元勇者とその侍女のことである。

 パトリックは呪詛魔法によってその行動を縛られていたのだが、イルムハートのお陰で呪詛から抜け出しソフィアと共に皇国を逐電した。

 その際、この”聖域”に身を隠し神気制御の訓練をしながらほとぼりが醒めるのを待っていた時期もあるのだ。

「ええ、元気よ。

 君にも会いたがっていたけど今回は長期の依頼が入っているみたいで来れないらしいの。

 とても残念がっていたわよ。」

 現在、パトリックはソフィアと共に大陸東沿岸のとある国で冒険者をしていた。異世界人の彼が生計を立ててゆくにはそれが一番の方法だからだ。

 転生者であるパトリックはイルムハートのようにこの世界で生まれ育ったわけではない。なので、ここには家族もおらず故郷も無かった。

 そんな彼にとって心の拠り所となるのが恋人であるソフィアとこの”聖域”の人々、そしてイルムハートなのである。

「そうですか、元気でいるのならそれで十分です。」

 彼は皇国によって無理やりこの世界に呼び出されてしまった被害者なのだ。しかも、元の世界に帰る手段も無いと来ている。

 だからこそ、せめてこの先は平穏で幸せな人生を送って欲しい。

 イルムハートは心の底からそう強く願った。


 それからイルムハートは神官長に会うべくキリエと共に神殿へと向かった。

 挨拶の後、改めて”時操りの圏域”の使用許可を願い出る。勿論、問題なく神官長は許可を出してくれた。

 そして、次に2人は”時操りの圏域”の入り口へと足を運ぶ。

 そこは、外から神殿の村へと続く道に似た何の変哲もない小道だった。

「多分、今度は入れるんじゃないかしら?」

 入り口となる小道を見つめながらキリエはそうイルムハートに語り掛ける。

 実を言うと、以前一度試してみた事があるのだ。

 セシリアの訓練を行う可能性を考え事前に下見をしておこうとしたのだが、結論から言って失敗だった。入ることが出来なかったのである。

 小道を真っすぐ歩いていたはずなのに、気が付くと何故か元の場所に戻ってしまっている。何度繰り返してもそれは同じだった。

 それを見たキリエは予想通りと言った感じで小さく肩をすくめた。

「あー、やっぱりね。

 私も前に入ってみたことがあるんだけど全然ダメだったのよ。

 どうやっても同じ場所に戻ってきちゃうのよね。」

 キリエが言うには、おそらく本当に必要としている者しか入れないのではないかとのことだった。

 確かに、その時のイルムハートには”時操りの圏域”に入る差し迫った理由があるわけではなかった。だから、入ることが出来なかったのかもしれない。

 だが、今回はフランセスとセシリアの訓練をしなければならないと言う事情がある。

 となれば、鳳凰も道を開いてくれるのではないだろうか。

「もう一度、試してみます。」

 そう言ってイルムハートは入り口の小道へと足を踏み入れた。

 道は以前と同様にまっすぐに続いていた。そこをイルムハートは用心深くゆっくりと進んでゆく。

 しばらく歩くと、やがて前方に明るく陽の射し込む道の終りが見て来た。

(出口か入口か、果たしてどっちだ?)

 やや緊張気味に光の中に飛び込むイルムハート。そして、彼は目の前に広がる光景に思わず目を見開いた。

「これが”時操りの圏域”なのか……。」

 そこには神官の村もその中心に立つ”守護の大樹”も無く、果ての見えないただただ広大な平原だけが広がっていた。どうやら今回は入ることに成功したようである。

 通り抜けて来た森と果てしない平原、そのふたつが世界を分け合う空間。それが”時操りの圏域”だった。


 しばらくの間その光景を呆然と眺めていたイルムハートは、小道から少し離れた場所に1軒の家が建っていることに気付いた。

 おそらくこれが滞在用の家なのだろう。

 近付いてみるとそれは2階建てで質素ではあるがしっかりした造りの家だと分かる。しかも、思ったほど古さを感じさせない。

 イルムハートは恐る恐るといった体で家の中に入った。すると、そこには3人で過ごすには十分過ぎるほどの広いリビングがあり、これまた広い食堂まであった。

 キッチンには調理器具から食器まで全て揃っていたし、たっぷりと水をたたえた水瓶までもが置いてある。

 イルムハートは瓶から水を汲んでひとくち口に含んでみた。そして、驚きの声を漏らす。

「……本物の、しかも新鮮な水だ!」

 ナディア・ソシアス以降、少なくとも100年以上誰も立ち入っていないはずなのに、何と瓶には魔力を変換して造ったまがい物とは違う本物の水が新鮮な状態で貯めてあったのだ。

 一体誰がこれを?

 当然の疑問を感じはしたものの、すぐにそんなことを考えても無駄だと気付く。何しろこの空間そのものが既に人の理解を越えた世界なのだから。

 続いてイルムハートは2階へと上がってみる。

 2階には部屋が3つあり、その全てが大きくゆったりとしたベッドの置かれた寝室となっていた。ベッドにはこちらもまるでおろしたてのような新品のシーツと布団が用意されている。

 正に至れり尽くせりと言った感じだ。

「これは、おそらく僕達のために用意されたものなんだろうな。」

 ひと通り家の中を見回ったイルムハートはそう判断した。

 寝室は3つ。その上、食器類もおおよそ3人分ほどの量だった。

 これが単なる偶然であるはずはない。間違いなくイルムハート達3人が暮らすため新たに”創り出された”ものと考えて良いだろう。

 鳳凰はその力でイルムハートの思考を読み取り、即座に必要な環境を創造してしまったわけだ。

 神獣とはつくづく底の知れない存在である。

 そのことは十分解かっているつもりだったが、イルムハートは改めてそれを思い知らされることになったのだ。


 家の中を見終えたイルムハートは再び外へと出て圏域の調査を行うことにする。

 先ずは転移魔法を試してみたが……やはりこれは使用出来なかった。

 そもそも”聖域”全体が転移魔法使用不可の状態なので、それはそれで予想通りではある。

 次に飛行魔法を使ってみると、これは使えることが分かった。

 今まで試してみたことが無いので知らなかったが、どうやら”聖域”でも飛行魔法は使えるらしい。

 とは言え、”聖域”は鳳凰に創り出した特赦な空間であるため空を飛んだところで外部と行ったり来たり出来るものではないのだろうが。

 イルムハートは飛行魔法で高度を上げ圏域全体を見渡してみた。だが、当然のごとく”終り”など見えるはずも無かった。

 家の立っている辺りを境に雄大な森と広大な平原が綺麗に分かれ、それが地の果てまで延々と続いている。飛行魔法で飛び続けたとしてもおそらく、いや間違いなくその景色が変わることはないのだろう。

 決して果てには辿り着けない。そう悟り、イルムハートは地面へと降りる。

 イルムハートとしても、お釈迦様の掌の上であがく孫悟空のような真似をするつもりなど無いのだ。

 それからイルムハートは様々な魔法を試してみたが大方の魔法は問題無く使えるようだった。

 それと、これは以前既に確認済ではあるが、転移魔法と同様に空間へ干渉するはずの収納魔法もこちらは支障無く使うことが出来た。

 その辺りどう違うのか正確な所は良く分からないが、おそらく転移魔法が他の場所への”穴”を開けるのに対し収納魔法は自分専用の”異空間”へアクセスするだけなので”聖域”への悪影響も無く”大目に”見てもらえているのかもしれない。


 そうこうしているうちにイルムハートはキリエをそのままにして来たことを思い出す。つい夢中になって時間を潰してしまったが、さすがにほったらかしのままはマズイだろう。

 あらかた調べも済んだことだし、イルムハートは圏域の外へと戻ることにした。

 再び森の中の小道を通りしばらく行くとやがて出口(入口?)が見えて来る。

 すると、そこにはこちらを覗き込むようにしてキリエがまだ待ってくれていた。

 待たせてしまってすみません。

 イルムハートはそうキリエに声を掛けようとした。しかし、それより早く彼女のほうが先に口を開く。

「どうだった?

 たっぱりダメだったのかな?」

 その言葉にイルムハートは一瞬当惑する。どうやら彼女は”時操りの圏域”へ辿り着けなかったと思っているらしい。

 だが、あれからかなり時間が経っているはずなので、さすがに何かあったことくらい気付いてもよさそうなものだ。

 そんなことを考えるイルムハートだったが、そこで自分の今いた場所が何処だったのかを改めて思い出した。

「キリエさん、僕が入ってからどれくらいの時間が経ちましたか?」

 急に真剣な顔になったイルムハートからそう問い掛けられ、キリエは思わず「えっ?」と戸惑った表情をする。

「何言ってるの?

 つい今しがた入って行ったばかりじゃない?」

「つい今しがた……。」

 イルムハートはキリエの言葉を反復しながら振り返ると森の奥に続く小道の先をじっと見つめた。

 その姿を見てキリエはようやく普通の状況ではないと気付く。

「もしかして入れたの?」

「はい、入ることが出来ました。

 しかも、そこでしばらくの間色々と調べ回ってから戻って来たんですが……それもこちらではほんの僅かな時間でしかなかったんですね。

 なるほど、確かにあの中では時間の流れ方が全く違うようです。」

「そうなの……入れたのね、”時操りの圏域”に。

 いーなー、私も入ってみたいわ。」

 イルムハートにつられるようにしてキリエもまた小道の奥をじっと見つめた。

 時の流れの異なる不思議な空間。それを体験してみたいと思うのは当然の欲求であろう。

 だが……キリエの場合はその動機が少々不純なようである。

「そこでならいくらぐうたらしていても神官長にバレる心配は無いものね。」

「キリエさん……。」

「いやだ、冗談よ冗談。

 本気にしてもらっちゃ困るなぁ。」

 慌てて笑いで胡麻化すキリエ。しかし、先ほど漏れた言葉はどう繕ったところで本音にしか聞こえなかった。

 この分ではおそらく、いや間違いなくこの先キリエが”時操りの圏域”への立ち入りを許されることは永久に無いだろう。何せ鳳凰の前では彼女の考えなどバレバレなのだから。

(この人、本当に神官としてちゃんとやっていけてるんだろうか?)

 老婆心ながらについそんなことを考えてしまうイルムハート。

 そして、こんなキリエを監督しなければならない立場の神官長に対し、少しだけ同情したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ