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王都到着と恋人たちの再会

 イルムハートとマリアレーナが乗った馬車は城を出た後、街の東門へと向かう。

 東門の外には軍の駐屯地があり、飛空船の発着場もその中に造られているからだ。

 発着場に着くと、そこにはジェイク達が既に到着しイルムハートを待っていた。彼等には別の馬車を迎えに出してあったのである。

「皆さん、王都までの間、よろしくね。」

 マリアレーナにそう声を掛けられたジェイク達は少々緊張しながら「よろしくお願いいたします」と応えた。

 最初、彼等の分は随行員用の部屋に席を取る予定だったのだが、マリアレーナの要望により貴賓室で同席することになったのだ。

 これはかなり異例の対応ではあるものの、彼女自身がそれを望むのなら周りとしては嫌も応も無い。半ば強引にそう決められたのである。

 マリアレーナにしてみればジェイク達とはアルテナ高等学院の先輩後輩の間柄であり、在学中何度も言葉を交わしている相手なので特に警戒する必要は無いと考えたのだろう。

 それに何より旅の間の様子、特にイルムハートのことを色々詳しく聞きたいと言う思いがあったのだった。

 一方、ジェイク達にとってもマリアレーナは辺境伯夫妻ほど”遠い”存在ではなく、どちらかと言えば”優しい先輩”のイメージが強い。

 なので、最初こそ緊張はしていたもののそれもすぐにほぐれ口も軽くなる。

 お陰でイルムハートは旅の間の行動を全部バラされるはめになった。勿論、秘密にしておかなければならないこともあったが、それ以外はほぼ全てである。

 その内容も最初こそ彼への誉め言葉で始まったものの、次第に雲行きは怪しくなってくる。

「彼って何でも出来る完璧人間のように見えて、これが意外と抜けてるとこもあるんですよね。

 あと、信じられないくらい鈍感な部分もありますし。」

「そうそう、どこ行っても注目の的で色んな女の人に言い寄られてるってのに、全くそれに気付かないんですよ。

 最初はフランセスカさんやセシリアのことを気遣ってるのかとも思ったんですけど、どうもそうじゃないみたいなんですよね。単純に気付いていないだけなんです。

 よくもまあ、これで婚約なんか出来たなと。」

「イルムハート君くらいになると頭の構造が僕達凡人とは根本的に違うのでしょうね。そこが”抜け”てたり”鈍感”だったりするように感じられるのかもしれません。

 尤も、理由はどうあれ傍目から見ればどちらも大して変わりはないんですけれど。」

 終いには持ち上げると見せかけて叩き落とすおちょくり大会と化してしまった。

 とは言え、それは悪意の無い愛ある”いじり”であるためマリアレーナも楽しそうに聞いている。

 そんな中、ただひとりイルムハートだけが憮然とした表情でただひたすら王都への到着を待つことになったのだった。


 ラテスを発って半日、飛空船は無事王都アルテナへと到着した。

「あっという間の実に楽しい時間でしたわ。礼を言います。」

 発着場で船を要りながらマリアレーナはそう言ってジェイク達に笑い掛ける。

「こちらこそ、ありがとうございました。」

 そして、こちらもまた笑顔でそれに応えるジェイク達。

 ただ、移動の間ひたすらいじられまくることになったイルムハートだけは疲労困憊と言った表情を浮かべていた。

(……まあ、こうなるだろうという気はしてたんだけどね。)

 マリアレーナと言うイルムハートが絶対に勝てない相手と、それに便乗して悪乗りする仲間達。実のところ学院時代にもよくあったことなのだ。正に『混ぜるな、危険!』と言った感じである。

 到着した発着場にはアードレー家の馬車が2台、彼等を待ち受けていた。

 1台はマリアレーナとイルムハートを乗せ屋敷へと向かい、もう1台はジェイク達を乗せ彼等の家まで送り届けることになっているのだ。

「それじゃあ、明日ギルドで。」

 既に日暮れも近いし、早く家族に無事な姿を見せるためにも冒険者ギルドへの帰国報告は明日行うことにして各々が馬車に乗り込む。

 そして、馬車は王都で用意された馬に跨る騎士団に囲まれながら専用通路を通り王都の正門へと向かった。

 簡単な申告のみによるほぼフリーパス状態で門を通過した2台の馬車は大通りを少し進んだところで2手に別れ、ジェイク達とはそこで一時の別れとなる。

 イルムハート達を乗せた馬車はそのまま大通りを進みやがて内堀へと達した。

 故郷ラテスと同じくここアルテナにも街のほぼ中間辺りに大きな堀がある。但し、その用途はまるで違っていた。

 ラテスの場合は単に昔の街境が内堀として残っているだけだが、こちらは敵に攻め込まれた際の防衛を目的として造られたものなのだ。

 そのため道は一旦そこで突き当りとなり、左右に分岐した迂回路を通ることになる。しかも、堀に架かる橋は跳ね橋で、いつでも通行を遮断出来るようになっていた。

 その橋を渡り終えると道は再び合流し、王城までの真っ直ぐな一本道となる。

 この辺りからが一般的に”貴族街”と呼ばれる区域で、大きな屋敷が立ち並んでおり堀の外側とは明らかに景観が違っていた。

 だが、橋を渡ってすぐの辺りはまだ下級貴族や一部の富裕層が屋敷を構える場所であって、本当の意味での”貴族の街”はその先にある。

 やがて馬車は林立する屋敷群の中をまるで内と外に分割するかの如く走る広い緑地帯を越えた。すると、ひとつひとつの敷地の広さが明らかに違って来る。

 そこからは伯爵以上の上級貴族のみに屋敷を構えることが許された区域であり、ひとつあたりの敷地は遥かに広かった。中には敷地の中に小さな”森”すらある屋敷もあるほどだ。

 アードレー家の屋敷はその一番奥、最も王城に近い区画にあった。

 王城を目前にして馬車は道を左へと曲がる。そして、またしばらく走り続けるとやっとアードレー家の屋敷が見えて来た。

 途中から先行した騎士団員の連絡を受け門は大きく開け放たれており、馬車は敬礼しながら立ち並ぶ門衛達の中をゆっくりと走り抜ける。

 そこからは樹々に囲まれた道を通り、その先がやっと屋敷だ。

 王都のアードレー家の屋敷はラテスの居城フォルテール場を模して造られていた。

 その規模こそ小振りではあるが、3つの建物が“コ”の字型に並ぶ姿は正に”小フォルテール城”と言った感じである。

 だが、大きな違いがひとつ。

 正面が執務棟で向かって右側に居住棟があるところは同じだが、王都屋敷には儀典棟が無かった。パーティー用のホール等は居住棟の中に設けられていた。

 では、残るひとつの建物は何かというと、それは王都駐在官の屋敷だった。

 アードレー家に限らず地方領主は自身の代理として駐在官を王都に派遣しており、彼等が暮らすための建物が用意されているのである。


 馬車が居住棟の玄関前に着くと、そこには多くの人々が出迎のため集まっていた。

 屋敷の使用人と、そしてフォルタナ領王都駐在官アメリア・グレンティ・コートラン子爵だ。

 彼女は……まあ、女性のことなので歳の話は置くとして、端正な顔立ちで身長はイルムハートと並ぶほどに高く、その明るい赤色の髪は短く刈りまとめてある。

 その上、ドレスではなく細身に仕立てられた男性用の服装を好んで着用するため、”男装の麗人”として王都では女性からの絶大な人気を誇っているのだった。

「マリアレーナさん、イルムハート君。

 長旅、ご苦労様。」

 そう言いながらアメリアが2人に笑い掛けるとマリアレーナも微笑みながら応える。

「出迎えありがとうございます、アメリアさん。」

 正直、それは貴族同士の挨拶としては異例の光景だった。ここまでざっくばらんな接し方を見たら他の貴族なら驚きに目を見開いたことだろう。

 実のところアメリアとマリアレーナ達の関係は少々複雑な状態にあった。

 ウイルバートに仕えるアメリアからすればマリアレーナもイルムハートも主家の子であり敬うべき存在となる。だが、コートラン子爵家の当主でもあるため”格”としては2人よりも上になるのだ。

 そうなるとどちらの立場が上なのかと言う問題が生じてしまう。

 まあ、そういった状況はさほど珍しくないのだが対応の仕方次第では双方に遺恨を残すこともあり得るデリケートな問題でもあった。貴族の作法とはそれほどややこしいものなのである。

 しかし、何にでも”異質”は存在する。

 その点、アードレー家は少々変わっており”身内”と認められた者同志の間に”壁”はほとんど存在しなかった。勿論、人前では作法に則った言動をするが内々の場においてはあまり気にしない。

 かつてフォルタナにも領地開拓時代、そして隣国との国境紛争時代と苦難の時期があった。そして、その困難を乗り越えるため皆が心を合わせ団結する必要があったのだ。

 そんな時につまらない形式に拘っていて何になると言うのか?

 それが当時のフォルタナ領主の考えであり、その伝統が今でも受け継がれているのである。

 尤も、アメリアの場合はそれだけでもなかった。

 彼女は元々平民の出で、コートラン子爵家に養子として入り跡を継いだという経歴を持っていた。そのせいか、堅苦しい作法をあまり好まないところもあるのだ。

「もし、アードレー家以外の家に仕えることになっていたら、今頃は手討ちにされていたかもしれないわね。」

 その点は自分でも十分理解しているようで、前に笑いながらそんな冗談を言いっていたこともあった。

 尚、アメリアの名誉のために言っておくが彼女は決して不作法で常識知らずの人物というわけではない。

 むしろ、平民でありながら貴族の養子にまで取り立てられるだけあって、理知的で立ち居振る舞いも完璧な女性である。

 ただ、時折そんな生活に息が詰まることもあるのだろう。

 そんな時は使用人達を相手に分け隔てなく気軽に世間話をして気を晴らす、アメリアとはそう言う人間なのだった。


「到着したばかりでお疲れのところ悪いのだけど、マリアレーナさんには今晩の件で少し打ち合わせしたいことがあるの。」

 申し訳なさそうな顔をしながらアメリアがアンナローサにそう声を掛ける。

 確かに、半日飛空船に乗っていたせいで少々マリアレーナの疲れも溜まってはいたが、自分の主催となる今晩の夜会に関してとなれば断る訳にもいかない。何しろ、開始までの時間はあまり無いのだ。

 それなら、何も無理して到着当日に夜会を開かなくても良いのでは?と思うかもしれないが、マリアレーナの立場としてはそうもいかない。

 父ウイルバートに代わり政務をこなしながらも次期辺境伯として様々な貴族や商会と関係を深める。それが王都におけるマリアレーナの”仕事”であり、正に分刻みのスケジュールをこなさなければならなかった。

 実際、王都を離れるまでは毎夜どこかの夜会に出席することにもなっており、多少疲れたからと言ってのんびりしている余裕などない。

 領主の跡取りと言えば優雅で何不自由の無い生活を送っている印象を持たれがちだが、実のところ中々にハードな”職業”なのである。

 そこはマリアレーナも十分に自覚しているし、幼い頃から次期辺境伯としての教育を受けて来た。

「わかりました。

 では、このまま執務棟へ向かいましょう。」

 なので、すぐさま笑ってそう応えると再び馬車へと乗り込む。このタフさにはイルムハートも感心するばかりだ。

 続いてアメリアも馬車へと乗り込もうとしたが、そこでふとイルムハートの方を向き

「イルムハート君には中で大切な人が待っているから、早く行ってあげなさいね。」

 そう言ってウインクして見せた。

「はい、そうします。」

 イルムハートは少し照れたような笑顔を浮かべてそう応えると、そこでマリアレーナ達と別れ屋敷へと入る。

 そして、メイドにどの部屋かを尋ねた後、妙にそわそわする気持ちを押さえつついくつかあるリビングルームのひとつへと向かった。

 ほどなくして部屋の前に着いた彼は、そこで一旦立ち止まり大きく深呼吸した。

 先ずは最初に何と声を掛けようか?

 ただいま?

 いや、それでは少しあっさりし過ぎだろう。

 では、「会いたかったよ。旅の間、君達のことばかり考えていたんだ」とでも言うか?

 確かにそれも正直な気持ちではあるのだが、自分のキャラではないようにも思える。

(うーん、こんなことなら前もって考えておけば良かったな……。)

 しばらくの間あーでもないこーでもないと迷った挙句、ついに意を決しイルムハートはドアをノックした。

「どうぞ。」

 すると、ずっと聞きたかった懐かしい声が中から響き、イルムハートは大きくドアを開ける。

 部屋の中では2人の女性が彼を待っていた。

 フランセスカとセシリア。彼の愛しき婚約者達だ。

 そんな2人をイルムハートは優しい目で見つめる。

「久しぶりだね。

 2人共、元気そう……ぐおっ!」

 元気そうで安心したよ。イルムハートはそう言おうとしたのだが、全てを言い切る前に2人が勢いよく飛び込んで来たため危うくその場に押し倒されそうになった。

 まあ、何となくセシリアが体当たりをかましてきそうな予感はしていたものの、まさか普段は冷静沈着で何事にもあまり動じないフランセスカまでもが首元にラリアットまがいのタックルを仕掛けて来るとは思ってもみなかったのだ。

 お陰でヘンな声まで漏れてしまった。

「あのね……。」

「お帰りなさいませ、旦那様!」

「お帰りなさい、師匠!」

 ひと言苦情を言ってやろうと口を開きかけたイルムハートだったが、かすかに涙を浮かべがら自分を見つめて来る2人の表情にすっかりその気も失せてしまう。

 そして、イルムハートはそんな2人を固く抱きしめながら昂る感情を抑えるかのように敢えてゆっくりと語り掛けるのだった。

「ただいま、フランセスカさん。ただいま、セシリア。」


 こうしてイルムハートの旅は本当の意味でここに終わりを迎えたのである。

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