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故郷への道と冒険者の帰還 Ⅲ

 イルムハート達を乗せ、馬車はゆっくりとラテスの街を走った。

 道行く人々は馬車に気付くと道の脇へと避け、皆深々と頭を下げる。

 ただ、領主やその家族が出かけると言った通達は出ていなかったので、馬車には一体誰が乗っているのかと不思議そうに見つめる者もいた。

 そんな中、やがて馬車は内堀を超えて旧市街へと入ってゆく。

 こちらは造られた年代が旧いせいもあって、外側とは若干街並みが異なっていた。その中で何よりも大きな違いは水路が無いこと。

 ラテスには外堀の他に内堀と城の堀とがあり、それらは全て近くを通る川から引かれている。そのため、街中には上水道とは別にその水を通すためだけの水路が引かれていた。

 外周の新市街の場合、その水路は運搬にも使えるよう運河の様に街中を走っているのだが、旧市街の造成時にはそこまでの考慮がなされなかったため数も少なく、しかも地面の下を通してあるのだ。

 それにより、旧市街と新市街とでは全く異なる様相を見せているのがラテスという街だった。


 しばらく旧市街を通り街のほぼ中央に達すると、そこにフォルテール城がある。

 だが、城を目前にしながら馬車はとある場所で一旦停止した。

 そこはラテスでも一,二を争う高級宿屋でジェイク達はここに宿泊することとなる。

 本当ならこのまま城へ向かい滞在してもらいたいところではあるが、実際問題としてそうもいかない。何しろフォルテール城は領主の居城なのだ。

 いくらイルムハートの友人であっても保安上の理由や手続きの問題からそう簡単に招き入れるわけにはいかないのである。

 これが王都にある別邸ならばある程度柔軟な対応も出来るが、さすがにここではルールに従う必要があった。

 なので、ジェイク達はこの宿を拠点とし場合に応じて城に”招待”される形になるわけだ。

 それについては何とも心苦しく思うイルムハートではあったが、当のジェイク達にしてみればむしろ有難いことだった。

 貴族の子であるケビンはともかく、ジェイクとライラは平民の出である。さすがに、四六時中貴族のマナーに縛られて過ごすのは精神的負担が大き過ぎるのだ。

「気にすんなって。

 俺達としても堅っ苦しい城の中より宿屋の方が気楽でいいしな。」

「確かにお城の中は素敵だけど、慣れないせいで緊張しちゃうのよね。

 それに、このバカが何か余計なコト仕出かさないか心配で全然落ち着けないのよ。

 だからのんびり出来る分宿屋の方が有難いわ。」

「誰がバカだ?

 ってか、俺が何したってんだよ?」

「もう忘れたの?

 前回来たときなんかメイドさん達をキョロキョロ見てばかりいたじゃない?

 一緒にいるこっちが恥ずかしいくらいだったわ。」

「そう言うお前だって城の中で「きゃー、ステキ!」とか「うわー、すごい!」とかはしゃぎまくってばかりだったじゃねえか?

 全く、ガキじゃあるまいしよ。」

「何よ、文句あるわけ?」

「そっちこそ何だよ。いちいちケチつけてくるんじゃねえよ。」

 そして始まる痴話(?)喧嘩。

 これにはイルムハートもケビンもやれやれと言った感じで肩をすくめるしかない。

「こんな感じですからね、宿屋に泊まる方が正解でしょう。

 イルムハート君も僕達のことは気にせず、早くご両親に顔を見せに帰ってあげてください。」

 ケビンの言う通り、堅苦しい城内よりも気軽に口喧嘩の出来る環境の方が彼等には居心地が良さそうだ。

「それじゃ、そうさせてもらおうかな。

 後のことは任せたよ。」

 イルムハートは当分終わりそうも無い2人のバトルを横目に見ながらケビンにそう言った。

 すると、ケビンはまるで何事も無いかのごとく平然とした顔でそれに答える。

「まあ、しばらく放っておけばそのうち収まりますよ。

 いつものことですからね。」

「確かにね。」

 相変わらずマイペースな仲間達にイルムハートは思わず苦笑を浮かべながらもひと安心して再び馬車へと乗り込んだ。


 その後、城へ到着した馬車は堀に架かる跳ね橋を渡り正門へと入ってゆく。

 すると、そこには数多くの衛兵たちが待機しており敬礼しながイルムハートの乗る馬車を出迎えていた。

 そしてその正門を過ぎ、またしばらく馬車を走らせると今度は内門が見えて来る。今通っているのは城の外郭の部分であって、内門の先が本当の意味での城内となるのだ。

 内門でも正門同様に衛兵たちが領主子息の久しぶりの帰郷を喜び出迎えた。

 それはイルムハートが王国最高位貴族の子息であることを改めて思い起こさせる、そんな光景だった。


 内門から中に入ると一気に視界が広がる。

 周囲は城壁に囲まれているのだがそれ程高い壁でもなく、そもそも敷地が広大であるため閉塞感などは一切感じさせない。

 幅が広く真っすぐに続く道の両側には様々な趣向を凝らした庭園がいくつも並び、中には小さな森を模したようなものまである。

 そして、その先に見えるのがフォルテール城だ。

 フォルテール城は”城”と言ってもいくつもの尖塔が並ぶお伽噺に出て来るような建造物ではなく、実務性を重視した箱型の建物が”コ”の字に並ぶ宮殿だった。

 正面にあるのが執務棟。フォルテール城で唯一の尖塔を持ち、ドラン大山脈に積もる雪の”白”とそこから流れ出す川の”青”を基調とした美しいが華美ではない4階建ての建物。

 領主ウイルバート・アードレー・フォルタナ辺境伯が執務を取り行う場所であり、各行政部門もここに置かれている。

 次いで向かって右側が居住棟。領主一家の暮らす建物だ。

 3階建てのそれは執務棟に比べると少々小振りに見えるが、それでもその敷地は普通の街の2ブロックくらいある。

 そして最後、左側にある建物が儀典棟。

 軽く千人は収容出来る大ホールがひとつと2~300人規模の小ホールが2つ。それに会議場や宿泊する客のためのゲストルームも併設されていた。

 ちなみに、居住棟を使用するのは領主一家とその親族のみであり、それ以外は全てこちらのゲストルームを使用することになる。

 数十もの部屋を有する居住棟だがそれを使うのは実質僅か数人というわけだ。何とも贅沢な話である。


 内門を抜け城内に入った時点で護衛の騎士団はお役御免となった。ここから先は衛兵たちの領分なのだ。

 と言っても、全員がイルムハートの側を離れるわけではない。集団での護衛から個別の身辺護衛に変わるだけで、その任は当然のようにニナが請け負った。

 昔とは違い今や小隊長として部下を指揮する地位にある彼女なのだが、これだけは他人に任せるつもりはないようである。

 ニナを並走させながら走る馬車は城の手前にある十字路に達すると、そこで右へと向きを変えた。そして、噴水の設置された池を迂回しながら居住棟の馬車寄せへ入りそこで止まる。

 玄関前にはこれまた多くの使用人達が彼を出迎えていた。

「お帰りなさいませ、イルムハート様。」

 その先頭に立つ執事長が馬車から降りて来たイルムハートにそう声を掛けると、集まった全員が声を合わせてその言葉を復唱した。

「ただいま、カーステン。」

 イルムハートは笑顔で執事長カーステン・サイデルにそう応えた後で居並ぶ使用人達に向かって「皆も出迎えありがとう」と声を掛けた。

 それから下馬し馬車に寄り添っているニナへと語り掛ける。

「ニナさんもご苦労様でした。

 小隊の皆にも僕が労っていたと伝えてください。」

 更に、イルムハートは少し声を落としながらこう付け加えた。

「後で騎士団の方にも遊びに行きますね。

 お土産もありますから楽しみにしていてください。」

「承知致しました。」

 その言葉にニナは満面の笑顔を浮かべる。

 それからイルムハートは再びカーステンへと顔を向けた。

「お母様は?」

「北の間にてお待ちで御座います。」

 この屋敷にはリビングルームがいくつかあり、”北の間”とはその内のひとつの呼び名だ。

 その言葉に無言で頷いたイルムハートはカーステンを伴い頭を下げ続けている使用人達の間を通り屋敷へと入ってゆく。

 後は勝手知ったる我が家。カーステンを従えながらイルムハートはゆっくりと北の間を目指した。

 やがて部屋の前に着くとカーステンは扉をノックし「イルムハート様がお戻りになられました」とひと言告げる。そして、扉を開けうやうやしくイルムハートを招き入れた。

「お帰りなさい、イルムハート。」

 部屋の中にはひとりの女性がソファに座りながらイルムハートを待ち受けており、そう声を掛けて来る。

 セレスティア・アードレー・フォルタナ。イルムハートの母親だ。

 かつてはアルテナの社交界で絶大な人気を誇った金色の髪に空色の目を持つ彼女は既に四十を越えているはずだが今だその若さと美しさを保ち続けていた。

 そして、その面影はどことなくイルムハートを思わせた。そう、イルムハートは母親似なのだ。お陰で幼少期はよく女の子に間違われたものである。

「ただいま戻りました、お母様。

 お元気そうで何よりです。」

「あなたも無事で何よりだわ。

 また背が伸びたかしら?」

「そうみたいですね。

 自分ではあまり気にしていませんでしたが。」

 そう言って苦笑気味に笑いながらイルムハートもソファに腰を下ろす。

 一緒に旅をしていた仲間は皆同年代で同様に成長期を迎えていたため全員が同じように成長していった。そのせいで自分の背丈が変わったことをさほど実感出来なかったのだ。

「ひょっとして、お仕事中でしたか?」

 ふとイルムハートはテーブルに並べられた数枚の書類に気付き仕事の邪魔をしたのではないかと心配したが、セレスティアは笑顔でこれに返す。

「気遣いは無用ですよ。

 既に決定済みの内容を今一度読み返していただけですから。」

 何でも近日、次期フォルタナ辺境伯である長姉がウイルバートの名代として王都アルテナに赴く予定になっているのだそうだ。

 どうやらセレスティアはその際に行われる夜会の手配等について確認していたらしい。

 通常、こういった仕事は当主の代わりにその配偶者が行うものなのだ。お貴族様の奥方も色々と大変なのである。


 その後、お茶を飲みながら少し雑談を交わしたところでイルムハートはおもむろに立ち上がった。

「では、お父様にも帰還の挨拶をしてきますね。」

「そうなさい。」

 イルムハートの言葉にそう頷いた後で、セレスティアは少し悪戯っぽい笑みを浮かべて見せる。

「何せお父様ときたらあなたが戻ったと言う報せを聞いて以来、妙にそわそわして落ち着かないのですよ。

 早く顔を見せてあげないと、またすねてしまうかもしれませんからね。」

 これにはイルムハートも思わず笑ってしまう。

 父ウイルバートは極度の子煩悩、つまりは”親バカ”であった。

 国政においては王国最高位貴族”十候”のひとりとしてその敏腕を発揮し国の内外から畏れ敬われる存在ではあるのだが、こと子供がからむ話になると途端にポンコツと化してしまうのだ。

 何故か本人は周囲にバレていないつもりのようだが、実際にはむしろ知らぬ者がほぼいない程にそれは有名な話なのである。

 それからイルムハートは部屋を出て執務棟へと向かう廊下をひとり歩く。カーステンは随伴しようとしていたようだがその必要は無いと断ったのだ。

 やがて廊下の突き当りに達すると、そこには大きな扉とその脇に立つ衛兵の姿があった。彼はイルムハートの姿を見ると敬礼し、その後ゆっくりと扉を開ける。

 すると、そこは外だった。

 フォルテール城の各棟はそれぞれ建物自体繋がっているのだが、1階部分だけは人や馬車が通り抜け出来るようになっていた。なので、1階を通って移動する場合は一旦外へと出ることになるのである。

 イルムハートが扉から出るとそこにも衛兵がいて敬礼で彼を送り出す。そして、石畳の向こうにある執務棟の扉にもまた衛兵の姿がありこちらに向けて敬礼していた。

 正に衛兵だらけと言った感じだが執務棟に入るとその数は更に増える。現在ウイルバートがこの中で執務中ということもあってかそこここに衛兵が立ち、その上巡回までもが行われていた。

 随分と大層な警備ではあるが、それはウイルバートがそれだけの地位にある人間であるということを意味しているのだ。

 イルムハートは裏階段を使い2階へと上がった。正面階段は何かと人の出入りがあり、それを避けるためだ。

 それから彼は最初に補佐官室へと向かう。

 規則上、いくら息子とは言え執務中に約束も無く突然訪れることは出来ない。それが可能なのは妻のセレスティアと正式に次期辺境伯となった長姉だけなのである。

 そこで、先ずは予定を確認し面会の申請を行う必要があった。

 尤も、一見手間が掛かるように見えるがこれでもイルムハートだからこの程度済んでいるのだと言えた。本来ならもっと複雑な手続きを要するものなのだ。

 補佐官室には数多くの人間が詰めており、政策の立案や実行のサポート以外にもウイルバートのスケジュール管理まで行っている。まあ、部署としての社長室と秘書課を合わせたようなものと思ってもらえば良い。

 イルムハートが部屋に入ると彼等は一斉に立ち上がり頭を下げる。

「お仕事中申し訳ありません。

 どうぞ作業を続けてください。」

 皆にそう声を掛けてからイルムハートは近くにいた男性に話しかける。

「お父様にお会いしたいのですが時間は取れますか?」

 すると、男性は「大丈夫です」と返答した。

「今は来客もありませんし、それにイルムハート様がおいでになられたらすぐお通しするよう申しつかっておりますので。」

 どうやらイルムハートが来るのを今かとばかりに待ち構えていた様子だ。セレスティアとの積もる話を後回しにして先にここへ来たのは正解だったようである。

 それからイルムハートは男性に連れられて補佐官室から直接執務室へと繋がる扉を通り、父親の待つ部屋へと入った。


「おお、イルムハート。よくぞ無事で戻って来た。」

 イルムハートの姿を見たウイルバートは執務机の椅子から立ち上がり足早に歩み寄ると息子の方を抱き抱えるようにしてポンポンと叩く。

「元気だったかね?

 旅の間、不自由は無かったかね?」

 イルムハート達がしてきたのはまがりなりにも”修行の旅”なのだ。ウイルバートの感覚で言えばむしろ不自由だらけである。

 とは言え、それを言っても仕方ない。本気で心配そうな顔をするウイルバートにイルムハートは少し苦笑しながら

「ええ、とても良い旅でしたのでどうぞご心配なく。」

 と、そう応えるしかなかった。

「お帰りなさい、イルムハート。」

「お帰りなさいませ、イルムハート様。」

 続いてそう声を掛けて来たのは上の姉で次期辺境伯となるマリアレーナ・アードレー・フォルタナとウイルバートの首席補佐官であるマーク・ステインだった。

「ただいま戻りました、マリアレーナ姉さん、マークさん。」

「また少し背が伸びたかしら?

 随分逞しくなったわね。」

「背のことはお母様にも言われました。

 そんなに変わりましたか?」

「ええ、あなたが自分で思う以上にね。

 顔つきも男らしくなって、増々素敵になったわよ。

 さあ、もっと近くで良く顔を見せて。」

 そう言ってマリアレーナはウイルバートから奪う様にイルムハートの身体を引き寄せると満足そうに微笑んだ。

「うん、さすが私の自慢の弟ね。」

 こちらはこちらでウイルバートに負けず劣らずイルムハートに甘い。要するに”ブラコン”というやつである。

 すると、イルムハートを横取りされた形のウイルバートが不満そうに声を上げた。

「おいおい、マリアレーナ。

 イルムハートはまだ私と話をしていたのだよ?」

 しかし、マリアレーナはそんな父親の抗議など歯牙にもかけない。

「お父様はお忙しいでしょうからイルムハートのことは私にお任せくださいませ。

 次の会議までにその書類の裁可を行わなければならないのでしょう?」

「いや、しかしだね……。」

「どうぞ、私達のことはお気になさらずに。」

 娘にも息子にも弱い”親バカ”と弟にだけ甘い”ブラコン”とでは当然のことながら前者に勝ち目など無く、ウイルバートは恨めし気な目をしながらも黙るしかなかった。

 その側ではマークが2人のやりとりを見て思わず苦笑いを浮かべている。

(……ああ、帰って来たんだな。)

 そんな子供の頃から見慣れたいつもの光景に、改めて故郷へ帰ってきたことを実感するイルムハートなのだった。

 連続更新は今話で終わりです。

 次回からは通常通りの更新となりますのでよろしくお願いします。

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