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故郷への道と冒険者の帰還 Ⅰ

 第5章開始します

 所々土肌の覗く険しい山々に囲まれた細い道を抜けると急に視界が開け、眼下には広大な緑の平原が広がり始めた。

 そんな風景を指さしイルムハートは仲間達に語り掛ける。

「見えて来た。あの辺りがフォルタナ領だよ。」

 そこは彼の故郷フォルタナ辺境伯領の東の端、長い旅の末にようやく辿り着いた故国の景色である。

「やっと帰って来たぜ。

 約2年ぶりくらいか?

 なんか、長いようでいてその実あっという間だったような気がするよな。」

 目の上に手をかざして遠くを見る素振りをしながらジェイクがしみじみと言った風に口を開いた。

「そうね、次から次と色んなことが起こったせいでいつの間にか時間だけが過ぎてたって感じよね。」

 その言葉にはライラも無条件で賛同する。

 2年と言う年月は決して短いものではない。

 だが、行く先々で厄介事に巻き込まれその対応の日々に追われた彼等には時間の長さを実感する余裕などあまり無かったのだ。いつの間にか2年が過ぎてしまっていた、そんな感覚だった。

 しかし、過ごした時間の濃密さで言えば逆にまだ2年しか経っていないのか?という感じでもある。それ程に彼等は多くの経験をした。

 普通の暮らしをしていればおそらく一生かかっても体験する事の無いようないくつもの出来事に遭遇してきたのである。

「まあ、色々ありましたけど結構楽しい旅ではありましたね。」

 にも拘らずあっけらかんとそう言い放つケビン。そして、その言葉を聞き頷くジェイクとライラ。

 随分と逞しくなったものである。

 剣や魔法の腕前もさることながら、この旅での彼等の精神的成長は目を見張るばかりだ。

 どんな困難に際しても決して恐れず自分の役割を全うしようとする。その姿がどれほど力を与えてくれたか。

「国境はもうすぐだ。もうひと頑張りといこう。」

 そんな彼等を頼もし気に見つめながらそう声を掛けるイルムハートだった。


 イルムハート・アードレー・フォルタナ。もうすぐ18歳。

 バーハイム王国フォルタナ辺境伯の第3子として生を受けた彼は、実は異世界からの転生者なのである。

 元の世界において神の引き起こした”事故”により命を失ってしまった彼は、その埋め合わせとしてこの世界で第2の人生を送らせてもらうことになった……はずだった。

 だが、どうやらそうでもなさそうなのだ。

 今までは元の世界で死んだのもこの世界へと転生して来たのも全ては偶然が積み重なった結果だとばかり思っていた。

 しかし、今回の旅を通し色々な事を知ることでもしかするとこれは予め予定されていたことなのではないかと思えてきたのである。

 この世界の行く末を左右する存在だと、そうも言われた。

 正直、自分がそれほど大層な人間だとはとても思えない。しかし、何らかの役目を担うためこの世界に生まれて来たのだと言うことは間違い無さそうで、それは受け入れなければなるまい。

 とは言え、まだまだ謎だらけではある。

 自分は何者なのであり何をすべきなのか?

 それをこれから見つけていかなければならないのだ。

 冒険者の道を選んだ彼にとっての初めての”修行の旅”はもうすぐ終わりとなる。

 しかし、謎を解き自分自身を探すための”旅”はこれからも続くだろう。

 むしろ、ここからがスタートなのだとも言えるのだ。


 そんなイルムハートが国を発ったのはおよそ2年前。

 Dランク冒険者となった彼は己のスキルを上げるために仲間達と共に”修行の旅”へと出たのである。

 同行メンバーは3人。皆、イルムハート同様にバーハイム王立アルテナ高等学院卒業の同期生だ。

 そのひとりがジェイク・ゴードンでヒーロー願望を持つ剣士。

 陽気で人懐っこく、そして正義感の強い彼は常にパーティーのムード・メーカである。

 少々お調子者な部分があり女性の絡む話になると急にポンコツ化してしまうと言う難点はあるものの、その明るさと剣の腕前から彼は既にパーティーにとって欠かすことの出来ない存在となった。

 もうひとりはパーティーの紅一点ライラ・ハーシェル。

 ドワーフの血を引く褐色の肌を持った女性魔法士だ。

 理性的で面倒見の良い彼女はその性格から必然的にパーティーの保護者的役割を担うこととなり、”ダメ息子”達の言動にはいつも手を焼かされていた。

 そんな一見完璧な人間にも見える彼女だが、実は極度の筋肉フェチでもあった。

 彼女にとって男の魅力とはあくまで筋肉の量に比例するものであり、それは学院時代その端正な顔立ちにより女子生徒から絶大な人気を集めていたイルムハートに対してさえ「筋肉が足りない」と言う理由から一切の恋愛感情を抱かなかったほどの筋金入りである。

 尚、ジェイクはそんな彼女に密かな恋心を抱いているのだが残念なことに全く気付いてもらえない。

 そもそも恋愛に対し鈍感なところもあるのだろうが、おそらくはジェイクの筋肉が足りないせいで男として見てもらえていないのではないかと思われる。

 尤も、ジェイクはジェイクであまりにも恋愛下手過ぎるせいかいつもライラの怒りを買うような真似ばかりしており、それも一因となっているのかもしれない。

 まあ、ライラの理想に近づくべくジェイクも密かに努力(筋トレ)しているようなので、今後の成果に期待するとしよう。

 そして、パーティー・メンバー最後のひとりがケビン・ケンドール・キースレイ。

 キースレイ子爵家の第3子である彼は理知的にして冷静沈着、いかにも貴族の子弟と言った感じの青年である。

 また魔法士としての才能も高く、その知識と技術にはイルムハートも舌を巻く程だった。

 ただ、その天才的才能と魔法に対する情熱の向く先が常人とはかなりかけ離れており、彼は呪詛や状態異常と言った所謂”えげつない魔法”をこよなく愛しているのだ。

 喜々としてそれらの魔法を使うケビンの姿にはさすがの仲間達ですらもドン引きするほどであり、間違いなくパーティーで一番の危険人物だと言えよう。

 とまあ、そんなクセの強すぎる仲間達にはイルムハートも色々と苦労させられたが、それ以上に支えてももらっていた。

 もし彼等がいなかったらこの旅を無事に終えるどころか、イルムハートがイルムハートではいられなかったかもしれない。次々と明かされる”真実”の重圧に耐えきれず壊れてしまっていた可能性だってあるのだ。

 だが、彼等の言葉が、行動が、そして想いがイルムハートを支えてくれた。何度も救ってくれた。

 こうして無事故国へと辿り着けたのも全ては彼等のお陰なのである。


 そしてイルムハート達は今、故国を目前にするドラン大山脈の”切れ端”近くの山岳地帯にいた。

 そこには険しい山道ばかりが続き辺りには旅人の姿など全く無い。

 それもそのはず、ここは普通の旅人が通るルートではないのだ。

 通常であればドラン大山脈を迂回しながら南下し、バーハイム王国東隣にあるタンドア王国へと出た後でフォルタナ領へと向かうのが一般的なルートとなる。その辺りまで行けば大山脈も途切れ通行が容易になるからだ。

 だが、イルムハート達はそのルートを避け敢えて途中から大山脈を越える道を選んだ。

 と言っても、別にタンドア王国に対し何か含むところがあった訳では無い。

 確かに、タンドア王国はかつてバーハイム王国と国境紛争を起こしたこともある国だが、それも昔の話。今は十分に友好的な関係を築いていた。なので、忌避する理由など無い。

 では、何故タンドアへ向かわなかったかと言うと、それは正直言ってあまり興味がそそられなかったからだ。

 両国の交流が進めば互いの文化も双方に流れこむことになるわけだが、タンドアはバーハイムに比べ遥かに小さな国であり、結果としてより大きな国の文化に浸食されてしまうことになった。

 つまりタンドアはバーハイム王国、特に隣接するフォルタナ領と似たような街並みばかりの国になってしまったのである。これではわざわざ足を運んでまで訪れる気にはならない。

 そこで、イルムハート達は山越えのルートを選んだのである。

 そこにはゼリアル族と言う少数の山岳部族が暮らし、一種の自治区を形成していた。

 彼等は1200年前に起きた”大災禍”と呼ばれる危機の際、山間へと逃げ込んだ人々の末裔と言われている。

 幸いにも、と言って良いのかどうかは分からないが、そこは極めて貧しい土地であったため”大災禍”後も他国からの侵略を受けることなく独自の文化を築いてきたのだ。

 フォルタナ領を開拓した初代フォルタナ伯爵もまた同様にゼリアル族には手を出そうとぜず、むしろ友好的な施策を取った。

 その理由としては攻め込むためにかかる費用に比べ得られる利益があまりにも低過ぎたせいもあるが、何より緩衝帯としての価値に目を付けたのである。

 ゼリアル族は皆屈強な戦士であった。過酷な環境で生き延びるため必然的にそうなったのだろう。

 ならば、そんな手強い相手を敵に回すよりも山の向こう側の国が攻めてきた時のための防御壁代わりに利用した方がずっと利益となるはずだ。初代はそう考えたのだった。

 以来、フォルタナとゼリアル族との間には深い友好関係が続いていた。ゼリアル族の人々と領地を護るための支援を欠かさなかったのである。

 幼い頃にそんな話を聞いていたイルムハートは以前からゼリアル族には興味を持っていた。

 あんな過酷な環境で生きている人々とはどんな文化を持ちどのような暮らしをしているのか?

 それを知りたい、見てみたいと前々から思っていたのだ。

 なので、今回通行の容易な平地では無く敢えて厳しい山岳ルートを選んだのも、ある意味当然の成り行きだったとも言えるだろう。


 イルムハート達がゼリアル族の集落を訪れた際、そのあまりにも意外な客に人々はかなり驚いたようだった。

 元々、訪れる人間が少ない上に冒険者が来るなどまず無いことだからだ。

 何せゼリアル族は老若男女問わずその全てが戦士と言っても過言ではなく、魔獣が出てもその討伐は彼等だけで事足りてしまう。なので、冒険者に頼る必要など無いのである。

 にも拘らずこんな場所へ冒険者が何をしに来たのかと不思議に思われてしまったのだ。

 だが、自分達がバーハイム王国の出身で自国へ帰る旅の途中であることを告げた途端、状況は一変した。手厚い歓迎を受けることとなったのである。

 長年に渡る友好的な施策の成果によりゼリアル族はバーハイム王国に対しかなり好意的な感情を持っていた。

 最初の内こそ実質的支配が目的ではないかと警戒されたこともあったようだが、彼等の文化を尊重する形で交流を続けて来た結果、今では十分な信頼関係が構築されているのだ。

 その上、ゼリアル族は戦う部族であるが故に強者を尊ぶ。そんな彼等が腕試しの旅を続けてきた歴戦の冒険者を放っておくはずがない。

 中には興が乗じ過ぎて力試しを申し込んで来る者もおりイルムハートを困惑させはしたが、概ね皆暖かく迎え入れてくれたのだった。


 予想外の歓迎を受けたことで当初の予定より1日長く集落に滞在した後、イルムハート達はバーハイム王国へと向けて旅を再開し今に至る。

 集落を離れると途端に何も無いただの険しい山々ばかりとなり、ここが生きてゆくにはいかに過酷な場所であるかを改めて思い知らされた。

「ホント凄いトコだよな、ここは。

 こんな場所で生きていくなんてオレには絶対ムリだわ。」

「そうですね、少しの間滞在するだけならともかく、ここで暮らすとなるとさすがに躊躇してしまいますね。」

 集落の中では決して口には出来なかったものの、ジェイクやケビンの言葉は全員の本音と言えた。

 確かに、大都市で育ちまがりなりにも文化的な環境で育った彼等にとってゼリアル族の集落は別世界の様に思えるだろう。

 勿論、冒険者である以上は危険な場所で一夜を過ごさねばならない場合もあるにはあるが、とは言えそれはあくまでも一時的なことでしかない。仕事が済めば元の便利で豊かな暮らしに戻ることが出来るのだ。

 だが、ゼリアル族は違った。常に過酷な環境下で暮らし続けているのである。

 尤も、それを”不幸”と言うつもりなど毛頭無い。彼等は彼等の文化に誇りを持ち、ここで暮らしているのだ。それをどうこう言うのはただの思い上がりででしかないだろう。

 そんな風に皆が集落を後にする寂しさを感じる反面で元の”世界”へ戻ることに安堵する中、ひとり明らかに違う反応を示す者がいた。ライラである。

「それにしても、ゼリアル族の男性ってみんな逞しかったわよね。

 やっぱり、こんな環境で育つとあんな風になるのかしら。

 あーあ、時間に余裕さえあればもう少し長くいたかったわ。」

 何やら蕩けそうな目つきでそう言い出す始末だ。

 ライラの言う通り、全員が戦士であるゼリアル族は男性・女性に関わらず皆逞しい体付きをしていた。つまり、彼女の大好きな”マッチョ”だらけだったのだ。

 筋肉フェチの彼女にとってゼリアル族の集落は正に”理想郷”なのだろう。

 滞在中、思わず「アタシ、もうここに住んじゃおうかしら」などと口走りジェイクを慌てさせたほどだった。

「まあまあ、逞しい男性なら他にいくらでもいるわけですから、そう早まらなくてもいいのではありませんか?

 理想的な相手と言うものは案外すぐ側にいるものですよ。」

 その際、何やら含みを込めた物言いでケビンはそうライラをなだめた。もしかすると、それはジェイクへのアシストのつもりだったのかもしれない。

 だが、それもライラには通じなかったようで

「確かにそうね。先輩たちの中にもベフさんのような中々の筋肉の持ち主もいることだし、アルテナに戻ったらちょっと積極的にアタックしてみようかしら。」

 などと挙句の果てには別人の名を上げ勝手に惚気て見せる。

 いくら薄々解かっていたとは言え自分が彼女の眼中にすら入っていないことを改めて思い知らされることになったジェイク。

 これにはさすがのケビンも気の毒に思ったようで、暫くの間ジェイクに対し少しだけ優しくなったのであった。

 新章の開始となります。

 今回もスタートは3日連続の更新で始めようかと思います。

 楽しんでもらえれば嬉しいです。


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