世界が秘める謎と未来への旅立ち
第4章最終話です
「そんなことがあったのですか……。」
”聖域”での出来事をイルムハートが全て話し終えると、カールとタチアナは何とも言えぬ複雑な表情を浮かべた。
まあ、そんな顔にもなるだろう。何しろ、イルムハートと言う存在そのものの意味を問うかのような話なのだから。
「僕自身、薄々そんな気もしていなかったわけではないんですけど、いざハッキリ言われるとやはり驚いてしまいますね。」
しかし、当のイルムハートはあっけらかんとしたもので、そう言いながら苦笑するだけだった。
悩んだところでどうなるものでもない、既にそう割り切ってしまっているのだ。
近頃のイルムハートにはそう言った良い意味での図太さが備わってきていた。おそらく、何かあっても仲間達が支えてくれる、そんな安心感があるからなのだろう。
そんなイルムハートの様子を見てカールもタチアナもひとまず安堵する。
その後、話題は当然のことながら鳳凰の口から飛び出した例の話へと変わっていった。
「しかし、その”第4の聖地”とは一体何処にあるどんな場所なのでしょうかね?
いくらいずれ運命が導いてくれると言っても、さすがに何も分からないままではどうにも落ち着きませんしね。」
「おそらくですが、それは魔族大陸にあるのではないかと僕は思っています。」
「魔族大陸に?
何故、そう思うのです?」
イルムハートの言葉にカールは驚きを込めてそう問い返す。鳳凰と交わした会話の内容を聞く限り、それについてのヒントなどどこにも無かったように思えたからだ。
だが、イルムハートはその疑問に対しあるひとつの推測を行っていたのである。それは実に単純な発想に基づいたものではあったが、それでいて皆の共感を得るに足るものでもあった。
「それは、魔族大陸しか”残っていない”からです。
この大陸のドラン大山脈には天狼の神殿があり、彼はそこで眠りについていました。
そして龍の島には神龍、獣人族大陸には鳳凰がそれぞれの”聖地”を持っています。
となると、残るは魔族大陸だけという言うことになりませんか?
この世界の主な種族が住む場所の内、人族大陸・獣人族大陸、そして龍の島とそれぞれに重要なポイントがあると言うのに、魔族大陸にだけ何も無いなんてことは有り得ないんじゃないかと思うんです。」
「確かに、言われてみればそうかもしれませんね。」
カールは成る程と言った表情を浮かべたが、それでも少しだけ腑に落ちていないようでもある。
勿論、カールとしてもイルムハートの推測に異を唱えるつもりなど無かった。ただ、その場合どうしても別の疑問が生じてしまうのである。
すると、それを代弁するかのようにタチアナが口を開いた。
「貴方の言うことは多分正しいのかもしれません。
しかし、もしそうだとすると”聖地”とは神獣とかかわりのある場所を指すことになります。
本来、神獣は神龍様、天狼様、そして鳳凰様の3体だけのはずですが、それだと”第4の聖地”には4番目の神獣が存在すると言うことになりませんか?」
そうなのだ、そこの説明がつかないのである。それはイルムハートも自覚していた。
神獣の数は3体。天狼がそう口にしていたのだからそれに間違いは無い。なので”第4の聖地”が神獣に関するものでないことは確かだった。
だが、神獣の聖地と言う狭い枠で考えるのではなく、この世界の成り立ちと言う観点から見てみればどうだろうか?
ここまで3つの聖地を訪れることでその都度イルムハートはこの世界の様々な真実を知った。だが、まだまだ解からないことが多すぎた。
”背信の神”が世界を滅ぼそうとする理由。古代文明が滅びた真相。そして、そもそも何故この世界は初めから滅びの危険を持ったまま創られねばならなかったのか?
もしかすると、”第4の聖地”にはそれを解き明かす”何か”が眠っているのかもしれない。そして、そこには自分が存在する意味を示すものも……。
イルムハートがそう自分の考えを口にすると、カールもタチアナも暫し黙り込んだ。
”第4の聖地”がイルムハートのみならずこの世界にとっても非常に重要となる謎を秘めた場所であることを改めて思い知ったのである。
「至急、魔族大陸の情報を集めさせましょう。
神獣関連の伝承、古代文明遺跡の噂、或いは神話に関する昔話でも何でも良い、とにかく片っ端から集めてひとつひとつ内容を精査させます。」
それは気の遠くなる程の時間と労力を必要とする作業となりそうだが、それでも必ず何かしらの手掛かりを掴んでみせる。カールはそう決意した。
そんなカールにイルムハートも頷きながら返事を返す。
「僕も何かあればすぐにお報せするようにします。」
運命が導いてくれる。
鳳凰はそう言ったがその分岐点がどこにあるのかは分からないのだ。もしかすると、それはほんの些細な出来事でつい見逃してしまう可能性だって無いとは言えない。ここは冒険者ギルドと綿密に連携を取っておくべきだろう
3人は最後にそう申し合わせたのだった。
それから数日の間、イルムハートはアウレルと獣人族大陸との間を行ったり来たりする多忙な日々を送っていた。
ピーターとシモーヌに対するフォローアップのためである。
現状、2人は突然見知らぬ場所へと放り込まれた形になっているわけだが、その点についてはイルムハートも特に心配していなかった。
村の人々も快く彼等を迎え入れてくれたし、何より今の2人は未来への希望に満ちている。多少のことでは挫けたりしないだろう。
それに、滞在中はキリエがシモーヌに魔法の使い方を教えてくれることになったので、ピーターも彼女の心配をする事なく訓練に集中出来るはずだ。
では、そんな中でイルムハートが何をするのかと言えば、それはピーター達が訓練を終え”聖域”を出た後の準備だった。
2人はカイラス皇国を逐電した身であため、当然皇国もその行方を追っているだろう。”聖域”でしばらく過ごしほとぼりを冷ましたとしても、それで皇国が完全に忘れてくれるわけではない。
そのため、今後は身分を隠して暮らさなければならないのだ。
そこで、イルムハートはカールに頼んで2人に新しく”身元”を創ってもらった。
これは、かつてピーター同様に皇国から離脱した勇者ナディア・ソシアスにも施した方法だが、別の人物として出生から今までの経歴を新たに創り出してしまうのだ。
尤も、イルムハートの要請を受ける前から既にカールはその準備をしていたようで、それはすぐに用意された。
小国家群のひとつでアンスガルド東隣に位置するランゴア王国、そこのとある孤児院で共に育ったと言うのが彼等の新しい”生い立ち”となったのである。
同時に、これからは新しい名前を名乗ってもらうことになる。村にいる間にその名にも慣れてもらわなければならいだろう。
それともうひとつの懸案は今後の身の振り方だ。
ピーターはライラの言葉を受け冒険者となる決意を固めたようで、イルムハートはその調整をカールと行うことになった。
と言っても、冒険者になること自体はそう難しい話でもない。
元々、冒険者の場合は明確な身元の証明が求められるわけでもないし、その審査もさほど厳しくはないのだ。勿論、犯罪歴に関しては後ほど厳格に調査されるがそれ以外は全く問題とされない。
極端な話、例え申請内容が虚偽であると判明しても、それが犯罪がらみの理由でなければ一切お咎めなしなのだ。
ただ、それでも所属するギルドの幹部にはある程度ピーターの事情を知っていてもらう必要があるため、その手配をカールに頼んんだのである。
その結果、”聖域”を出た後しばらくの間は大陸東沿岸のとある国で冒険者をしてもらうことに決まり、それもイルムハートによりピーターへと伝えられた。
そんな風に”聖域”との間をせわしなく行き来するイルムハートを見て、カールはつい半ば呆れたような溜息を漏らしてしまう。
「それにしても、獣人族大陸との間をこうも簡単に転移してしまうとは……神気持ちと言うのはつくづくとんでもない能力の持ち主ですね。」
冒険者ギルドにも転移魔法を使える魔法士は何人かいた。だが、その誰ひとりとして獣人族大陸へ直接転移することなど出来なかった。
これだけの距離を一気に転するなど到底不可能で、何回かに分けて繰り返し移動する必要があるのだ。しかも、途中魔力回復のため休養を取る必要もあり、結果として数日を要することになってしまうのである。
尚、ギルド魔法士の名誉ためにも言っておくが、これは彼等の能力が低いからと言うわけでは決してない。むしろ、それが”普通”なのだ。
にも拘らず”聖域”との間を休みなしにポンポンと移動する様を見せられては、さすがに驚きを通り越し呆れ果ててしまうのも無理ないことだと言えよう。
そんな多忙な日々もやがて落ち着き、イルムハートはそろそろアウレルを去るべく準備を始めることになる。
それには、先ず龍の島の滞在し続けている仲間達を連れ帰って来なければならない。忙しく飛び回るイルムハートとは裏腹に、彼等は今だ龍の島でその好奇心を満たす日々を送っているのだ。
尚、それについては多少不満を感じないわけでもなかったが、その反面仕方ないことだと諦めてもいた。これはイルムハートにしか出来ない事なのである。
むしろ、神殿の村で誰かさんにおかしな行動をされるよりはまだマシと思うべきなのだろう。何せ、あそこには若い女性の神官が多くいるのだから……。
「いやー、龍の島ってのはホント面白い所だな。」
で、龍の島へとイルムハートが迎えに行った際、その誰かさんが放った第一声がこれである。
「これならいつまでいても飽きないぜ。」
「そうね、まさかこんなに色々見て回るところがあるとは正直思っていなかったは。」
「それにしても、古代文明とはここまで進んでいたんですね。改めてそれを思い知らされた感じですよ。」
どうやら、他の2人も同意見のようだった。十分に満喫してもらえたようで何よりだ。
確かに、龍の島には彼等が宿泊した建物や転送装置のターミナルの他にも古代文明の遺跡が多々あり、それを巡るだけであっという間に時間が過ぎてしまうほどではある。
しかし、曲がりなりにも”最強生物”と称される龍族の暮らす島なのだ。普通の人間なら怖気付いてしかるべきところではあるはずが彼等にかかればただの”楽しい島”扱いのようだ。
そもそもがそんな性格なのか、はたまたイルムハートと付き合っている内に感覚がバグってしまったのか。いずれにしろ大したものである。
中でもジェイクなどはすっかり龍族の中に溶け込んでしまっており、ガルガデフ達と”オレお前”で呼び合うその光景にはイルムハートも思わず唖然とさせられた。
元々ジェイクは明るく物怖じしないその性格もあって、女性が関わる話以外においては最強のコミュ力を誇るキャラクターであることは間違いない。
とは言え、まさかこれ程とは思っていなかったイルムハートは改めて彼の”実力”を思い知らされたのだった。
その数日後、イルムハート達はいよいよアウレルを離れる日を迎えた。
帰路は今迄辿って来た道を戻るのではなく、このまま東へと進みドラン大山脈をぐるりと迂回しバーハイム王国へと向かうことになる。
つまりは、イルムハートの故郷フォルタナ辺境伯領から入国する形になるわけだ。
本当なら大陸東沿岸諸国も巡ってみたところではあるが、さすがにそこまでの余裕は無い。
色々な事件に巻き込まれたせいで、ただでさえ予定よりも半年近く遅れてしまっていた。この上東沿岸まで足を延ばしてしまったら、それこそいつバーハイムに戻れるか分かったものではないのだ。
出立に当たり、ここで親しくなった人々には既に別れの挨拶を済ませてあったのだが、それでもカールとタチアナは多忙な中わざわざ東門まで見送りに来てくれた。
「皆さんがいなくなってしまうと寂しくなりますね。」
「本当に。まるで昔からの友人と離れてしまうような気分です。」
実際、イルムハート達がアウレルに滞在した期間はひと月にも満たないはずだったが、それでもこの2人とはずっと以前からの旧い友人の様にも感じられた。
それだけここで過ごした時間が濃密だったと言うことだ。だからこそ、その分寂しさも増すのだろう。
尤も、ぶっちゃけた話イルムハートの転移魔法を使えばいつでも会いに来られるわけだが、それはそれ。こういった別れの場面での感情と言うやつは理屈などで割り切れるものでもないのである。
「パトリック君達のことについてはきちんとこちらでサポートしますので、どうぞご心配なく。」
「よろしくお願いします。」
ピーターとシモーヌ。
今はパトリック・モートンとソフィア・ダルトワに名を変えた2人のことはカールとキリエに任せておけば問題あるまい。
将来を見据え動き出し始めた彼等は、最早イルムハートがいちいち面倒を見てやらねばならぬほど”弱い”存在ではないのだ。
それに、万一の時には連絡が取れるようカールとの専用魔力通信機ももらっていた。これで心おきなく旅立てるというものである。
「それでは、そろそろ出発します。
どうもお世話になりました。」
そう言ってイルムハートはカールとタチアナに手を差し出し握手を交わした。
「こちらこそ、君達には助けられてばかりで感謝してもしきれませんよ。
またいつでも遊びに来てください。」
「どうぞお元気で。
皆さんの旅のご無事をお祈りしています。」
続いてジェイク達も2人と握手を交わし、いよいよこれでお別れとなる。
後ろ髪を引かれるような思いを断ち切り、カールとタチアナに手を振りながらイルムハート達はアウレルを後にしたのだった。
「いやー、それにしても小国家群に入ってからここまで、次から次と色んなことがあったよな。」
徐々に遠くなってゆくアウレルの町並みを振り返りながら、ジェイクがしみじみと言った感じでそう口を開いた。
正に彼の言う通りである。
この旅自体色々な事の連続ではあったが、特に小国家群に入ってからと言うもの行く先々で事件に巻き込まれてしまうことになったわけだ。
なので、この発言にはライラもケビンもめずらしく一切の突っ込み無しに賛同した。
「ルフェルディアではカイラス皇国の侵攻に遭うし、ブリュンネではデーモンと闘うハメになったし、そしてこのアンスガルドでは勇者の一件でしょ。
もう、いい加減お腹一杯って感じだわ。」
「そうですね。せめてこの先、バーハイムまでの道のりは平穏無事であってほしいところです。」
それは全員の思いでもある。しかし、そんなことはあり得ないだろうということもまた皆理解していた。
「でもよ、そいつは無理ってもんだろ?
何たってイルムハートだからな。厄介事が向こうから寄って来ちまう。
まあ、その方が退屈しなくて良いけどよ。」
「そうね、イルムハートだもんね。
何事も無く平穏無事に旅を続けようなんて考えること自体が間違いよね。」
「そうでした……それを忘れていました。
僕もまだまだ考えが甘かったようです。」
この散々な言われ様にイルムハートは憮然とした表情を浮かべたが、それでも反論はしなかった。
反論したところで更に倍の言葉で言い返されるのは目に見えていたし、そもそもイルムハート自身その自覚がある。なので、ここは黙るしか無かったのだ。
(まあ確かに、色んなことがあり過ぎるくらいにあったな。)
この旅の中でイルムハートの人生は180度変わってしまったと言っても過言ではないだろう。それ程に多くのことを知り、色々なことに気付かされたのだ。
”普通の”転生者として第2の人生をのんびり暮らすなんてことは夢のまた夢でしかない。薄々は解かっていたものの改めてそれを思い知らされることになったわけだ。
尤も、それは彼だけの話ではない。ジェイク達だって同じなのだ。
彼等もまた、普通の人生を送っていれば決して知る事の無い世界の”真実”というものに気付かされてしまった。最早、今までのような平凡な生活など送ることは出来ないかもしれない。
しかし、それでもいつも通りに笑い、冗談を言い合い、そして側にいて助けてもくれる。
この”異世界転生”の黒幕と思われる最高神に対しては文句のひとつも言ってやりたいところではあったが、少なくとも人との出会いに関してだけは感謝しなければなるまい。
家族や仲間達、彼等が支えてくれなければ今のイルムハートは無かったかもしれないのだ。
(本当に周りの人達には恵まれたな……。)
そして、イルムハートはアルテナで彼を待つ2人の婚約者の顔を思い浮かべた。
今回の旅の件で彼女達には話すことが山の様にある、話さねばならないことが沢山ある。だが、何より……早く2人の顔が見たい。
そんな急く思いを抑えながらもイルムハートは仲間達と共にゆっくりと、しかし確実に歩を進めてゆく。
故郷バーハイムを目指し、そして未だ見えぬ未来へと向かう彼等の”旅”はこの先もまだまだ続いてゆくのであった。
今話で第4章は終了となります。お付き合い頂きありがとうございました。
旅はまだ半ばではありますが散々厄介事に巻き込まれた4人にも帰路くらい平穏無事に過ごしてもらいたいので、物語の方はここで一旦終りとさせて下さい。
(ネタ切れ?いえ、そんなことは……。)
次章は故国への帰還と世界の動乱を描いて行く予定です。
尚、この後はしばらく更新をお休みさせて頂きます。
再開は9月頃を予定していますので、その際はまたここを訪れてもらえると嬉しいです。
そろそろ暑さも増し体調を崩しやすくなってきましたので、皆さんも体にはお気を付けください。
それでは、また次の章で。