獣人族と始祖の一族
翌日、イルムハート達は獣人族大陸を訪れるため”聖なる丘”近くにある転移装置のターミナルを訪れた。
その巨大にして荘厳な姿をした施設は見る者を圧倒し、ジェイク達も思わず声を失う。
イルムハートを除けばかろうじて平静でいられたのはピーターくらいなものだった。
「それにしても凄いですね。
昨日泊まった建物も立派でしたが、それとは違う迫力がこっちにはありますよ。まるでSF映画に出て来る未来の建造物みたいだ。
これって数万年前に造られたものなんですよね?
そう考えると、この世界って実は地球なんかよりずっと進んだ世界だったんですね。」
それでも、やはり驚きは隠せないようでピーターもやや興奮気味のようである。
「残念ながらその頃の文明はとうに滅んでしまって、今では完全なロスト・テクノロジーとなっているんだけどね。」
白亜の大聖堂を思わせる天井の高い通路を歩きながら、イルムハートとピーターは古代の超文明に思いをはせた。
「これだけの文明があったのなら、もしかしたら宇宙にまで進出していたのかもしれませんね。
実は、あの”赤い月”にも古代文明人の遺跡があるんじゃないかなんて、つい想像しちゃいますよ。」
「成る程、そこまでは考えたこと無かったけど、確かにその可能性もあるかな。
とは言え、確かめようはないけど。」
「でも、イルムハートさんならいずれあの月にも行けるようになるんじゃないですか?」
「さすがにそれは無理だろう。」
「そんなことはないですよ。
同じ神気持ちでもイルムハートさんの力は桁が違いますから。古代人に出来た事ならきっとイルムハートさんにも出来ますよ。」
「いや、神気と宇宙に出る技術とは全くの別ものだし……。」
どうやらピーターはイルムハートにすっかり心酔してしまっているようだった。懐かれたと言ってもいいだろう。
あれだけ圧倒的な力の差を見せつけられた上に皇国から解放してくれた恩人でもあるのだから、ピーターが畏敬の念を抱くのは無理ない事なのかもしれない。
ただ、あまりにも過大評価が過ぎてそれがイルムハートを大いに困惑させた。
尚、そのせいでピーターはイルムハートにだけは敬語を使う。
双方同い年と判かり互いに畏まった言い方は止めようと提案してはみたのだが、ピーターのイルムハートに対する口調が変わることは無かったのである。
まあ、それでも『師匠と呼ばせてください』などと言われないだけまだマシなのかもしれない。
イルムハートは半ば諦め気味にそう思うことにしたのだった。
「それじゃあ、行ってくるよ。」
転送装置の台座に乗り、イルムハートはジェイク達居残り組にそう声を掛けた。
獣人族大陸へと向かうメンバーは当初の予定通りイルムハートの他ピーターとシモーヌ、そしてシュリドラ(龍形)だ。
「おう、土産忘れるなよ。」
「遊びに行くわけじゃないいんですよ、ジェイク君。
大丈夫だとは思いますがイルムハート君も十分気を付けて行って来てください。」
「元気でね、シモーヌ。
後できっと会いに行くわ。」
そんな彼等の声を受けながらイルムハート達は魔道具が創り出したゲートをくぐった。そして、薄暗い場所へと出る。
と言っても、実際にはそれほど暗い場所と言う訳でも無い。魔道具による照明や転送装置が発する光によって十分な明るさは保たれていた。
ただ、龍の島のターミナルがあまりにも明るすぎたためその光度の差で薄暗く感じてしまったのである。
そんな中、よくよく見渡すとその場所は以前バーハイム王国で見た”龍族の祠”にも似た広い空間であることが分かった。
そこには複数の人影が片膝をつき頭を垂れながらイルムハート達を迎えていた。獣人族だ。
そして、先頭に陣取る女性らしき人物が声を掛けて来る。
「ようこそおいで下さいました。我等一同心より歓迎させていただきます。
私めはこのダダスにて村主を務めまするファリハ・エクイダ・オルダネクと申します。」
えらく丁重な出迎えだった。
獣人族が龍族を崇敬していることはカールから聞いて知っていたが、まさかここまで厚く迎え入れられるとは思っておらずイルムハートも少々戸惑ってしまう。
尤も、今回は長老のひとりであるシュリドラが同行しているのだ。彼等としても最上級の敬意を持って迎え入れようとしているのだろう。
そんな雰囲気に面食らうイルムハートとは対照的に、シュリドラのほうは慣れたものである。当然と言った態度で獣人族に向かい声を掛けた。
『うむ、出迎えご苦労。
皆の者、顔を上げるが良い。』
その言葉に獣人族の面々はゆっくりと顔を上げる。
獣人族というのは人と獣の中間的存在と思われがちだが、実際には限りなく人族に近い。
直立二足歩行で手の指も5本、人族と同様に親指が他の指と向かい合う形についている。(但し、足の指は個体によって獣に近い場合もあるらしい)
顔は平面で鼻から顎にかけての部分も特に突き出してはいないし、目は前方についており耳も頭では無く顔の横にある。これだけを見ると人族と何ら変わりはない。
ただ胴や手足、顔などが人族と比べ極端に長かったり短かったり、また耳の形や体毛の量などが違っていたりもした。その辺りが”獣”に近いため獣人族と呼ばれているのである。
実際、目の前のファリハも顔が長く耳は笹の葉のような形で横に突き出していたし、前頭部から後頭部にかけて立派なたてがみのような髪も生えていた。その風貌はまさにロバを連想させる。
尚、ファリハは3番目の名前を持っているがこれは貴族であると言うことでは無い。獣人族に貴族と言うものは存在しないのである。
どうやら彼等の名前の最初が名で最後が姓、そして真ん中が母方の部族を示すらしい。何でも母系社会である獣人族では母方の家系が重要視されるとのこと。
とは言え、部族間での婚姻も長年行われ続けているため今では部族名と個人の特徴とが必ずしも一致しない場合が多いようである。
今まで伏せていた顔を上げて獣人族がイルムハート達を見つめる中、シュリドラは言葉を続けた。
『本日、ここを訪れた用件は予め通達しておいた通りである。
ここにいる2名の人族を”聖域”にて受け入れてもらいたい。』
そう言ってシュリドラはピーターとシモーヌを示した。それに合わせて2人も頭を下げる。
それから、次にシュリドラはイルムハートの方を向いた。
『そして、こちらの方はイルムハート様。
これから先のことはこの方の指示を仰ぐように。』
その言葉が意味する通り、シュリドラはここでお役御免となる。
何せ、当然のことながら獣人族の町や村は彼等のサイズに合わせて造られているのだ。そこを龍族の巨体で歩き回っては色々と面倒事を引き起こすことにもなりかねない。
まあ、人型の分身体であればその心配もないのだが、それでは威厳もへったくれも無くなってしまうのでそこは仕方ないだろう。
と言うことで、ここから先はイルムハート達だけで行動することになっているのだ。
シュリドラの言葉はそれを獣人族に周知させるためのものだったわけだが、その後に余計なことを言い出した。
『尚、このイルムハート様は我等龍族の友人にして大恩人でもある。
くれぐれも粗相の無い様にな。』
これには獣人族も思わず驚きの声を漏らす。
誇り高き龍族が人族を”友人”と呼んだばかりか”大恩人”とまで言い切ったのだ。それは獣人族でなくとも驚くだろう。
そのため獣人族の崇敬にも似た視線が集まり、イルムハートとしては居心地の悪い事この上ない状況に置かれてしまうことになった。
上級貴族の子として注目されることには慣れているものの、この場合それとは違う。まるで神を崇めるかのような目で見られるのだ。こればかりは”慣れ”以前の問題なのである。
「承知致しました。
既に”聖域”の神官より承諾も得てありますので早々にご案内させていただきます。」
『うむ、頼むぞ。』
ファリハの言葉に頷いた後シュリドラは
『我はここで失礼させていただきます。
後はこの者達にお任せになればよろしいかと。
では、島にて無事のご帰還をお待ちしております。』
そうイルムハートに告げて龍の島へと戻って行った。
必要なことを告げるだけの実に短くあっさりとした接見ではあったが、”高貴なる者”としてはこれが正しい振る舞いなのである。余計な会話が多ければその分言葉の”重み”が無くなってしまうからだ。
その後、獣人族とイルムハート達は改めて自己紹介し合った。
勿論、その際イルムハートは自分のことを”普通”に扱ってくれるよう申し入れたわけだが、これは当然のごとくやんわりと拒否されてしまう。何せ龍族の”大恩人”なのだ。それも当たり前と言えば当たり前である。
そのせいでピーターの憧れにも似た視線が更に増すこととなり、思わず溜息をつかずにはいられないイルムハートなのだった。
祠を出るとそこは巨大な樹々に囲まれた大きな広場となっていた。
周囲の樹木の上方には家らしきものがあり、それぞれがつり橋で行き来出来るようになっているのが見える。
どうやらここは”龍族の祠”を中心として出来た集落のようだ。それだけで龍族と獣人族とが今でも深い関係を持ち続けているということが良く解かる。
「これが獣人族の村なんですか……いかにもファンタジーの世界って感じですね。」
そんな風景を見上げながらピーターが感動した様子で口を開く。
彼等が普段暮らしている街並みも確かにファンタジー的な要素を持ってはいるが、ここはそれ以上に幻想的な雰囲気に包まれていた。転移者のピーターにとってはまるで映画のワンシーンのようにも感じられるのだろう。
尤も、イルムハートにしても知識こそ持っていたが実際に目にするのは初めてなのであまり偉そうなことは言えないのだが。
尚、獣人族の町や村が全てこのように自然と共にあるわけではなく、中には人族の町と同じような造りの場所もないわけではない。
但し、それは人族や魔族と交易するために開かれた特別な町の場合であり、通常獣人族が暮らす集落は大体ここと同じような感じである。
それからイルムハート達は若い男女2人の獣人族を案内役として”聖域”へと向かうことになった。
ファリハとしては歓迎の宴など開きたい様子ではあったが、状況が状況である以上出来るだけ早く出発したい。なので、それはまた後日ということにしてもらったのだ。
村を発ったイルムハート達はほどなくして森を抜けそこから山道を昇ることになった。そして、しばらく歩きその山頂に到達した時、案内役の男性が立ち止まり声を掛けて来る。
「あれが”聖なる森”です。
”聖域”はあの森の中にあるのです。」
そう言って男性が指さすその先を見ると、そこには広大な森林が広がっていた。その面積は桁違いでイルムハートもこれほどまでの大森林は見たことがなかった。
ここから見る限りでは地平線の向こうまで続いており、下手をすると小さめの領地などより広いかもしれない。
だが、驚くべきはそれだけではなかった。
その大森林の中の遥か向こう、地平線に懸かる辺りに1本の巨大樹がそびえていたのだ。それは周囲の樹々よりも遥かに大きく、天にも届こうかと言う程の高さを持つ大きな樹だった。
「これは何と言うか……正に壮観のひと言に尽きるな。」
その巨大樹の姿にイルムハート達は思わず見入ってしまった。
この距離で見てあの巨大さなのだ。近付いて見た時、果たしてどれだけの大きさなのか想像もつかない程である。
何でもあの”守護の大樹”と呼ばれる巨大樹は”聖なる森”つまり”聖域”のほぼ中央に鎮座しており、その周囲に目的地である神官たちの暮らす村があるとのこと。
(これだと今日中に着くのは難しいな。)
あの巨大樹まではどう見ても丸一日以上はかかりそうな程の距離がある。このままだと今晩は森の中で一夜を過ごすことになりそうだ。
案内役の話を聞いてイルムハートはそう覚悟した。
今度は山を下り、その後森の外れまで辿り着いた時、そこにはひとりの獣人族の女性が一行を待ち受けていた。
どうやらファリハからの報せを受けイルムハート達を出迎えに来たようである。
「キリエ様、こちらがお報せしたお客人方で御座います。」
案内役がそう告げるとキリエと呼ばれたその女性は三角形の耳と丸みを帯びた輪郭のどこか猫を思わせる顔に微笑みを浮かべながら答えた。
「ご苦労様でした。
後はこちらで責任を持って対応させて頂きますので、ファリハ殿にはそうお伝え下さい。」
彼女の言葉を受けた案内役の2人はイルムハート達に向け一礼するとそのまま村へと戻って行った。
礼を言いながら彼等を見送るイルムハート達。すると、そこへキリエが話し掛けて来る。
「ようこそいらっしゃいました。
私はこの”聖域”で神殿の神官を務めていますキリエ・フェリン・シュレミナと申します。」
それに対しイルムハート達も自己紹介しようとするとキリエはそれを遮るように口を開く。
「お名前はファリハ殿よりの伝言にて承っております。
ピーター様にシモーヌ様、そしてイルムハート様ですね。」
そう言ってからそこでキリエは急に雰囲気を変えた。今まではいかにも神官と言った感じの物静かで厳粛な空気を纏っていたのだが、一転してまるでやんちゃな子供の様な笑顔を浮かべ始めたのである。
そして、彼女はこう続けた。
「いつか会ってみたいと思ってはいたけど、それにしてもこんなに早くその機会が来るなんて思ってもみなかったわ。
フォルタナ辺境伯アードレー家のイルムハート君。」
これにはイルムハートも当惑させられた。ファリハには冒険者としての名である”イルムハート・アードレー”としか名乗っていないはずなのだ。
なのに何故キリエはイルムハートが辺境伯家の子であることを知っているのか?
「どうして貴女は僕の素性を知っているのですか?」
「君のことはカールから連絡をもらっていたの。
色々と興味深い経歴の持ち主のようだけど、まさか今度は勇者を仲間にしちゃうとはね。
ホント、面白い子だわ。」
それを聞いたイルムハートはキリエが口にした名前にはっとする。
「カールさんから?
と言うことは、もしかしてキリエさんは……。」
すると、驚くイルムハートに対しキリエは相手の反応を楽しむかのようにニヤリと笑って見せた。
「そうよ、私もカールと同じ始祖の一族なの。」