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勇者と転生者 Ⅱ

 龍族の出現にベセナの町はパニック状態となった。

 相手はたった一体でしかないが、それでも人族から見ればとんでもない脅威なのだ。砦の上を旋回する龍族の姿を見た人々は出来るだけそこから離れるべく我先にと走り出す。

 そんな人波に逆らいながら”龍王の冠”奪還チームはどうにか砦へと辿り着いた。

「とんでもない騒ぎになって来たわね。」

 砦の手前で足を止めながらライラはうんざりしたような声を出す。

 多くの人々が移動する流れの中を逆行するのは中々に骨が折れるものだ。ある程度騒ぎになるのは予想していたが、まさかここまでとは思っていなかったのである。

「仕方ありませんよ。

 魔獣を見慣れている僕達ですら龍族の姿には威圧感を感じるくらいなのですから、一般人にしてみればこの世の終わりにも思えるのかもしれませんね。」

 ケビンの言うことは尤もではある。しかし、これまでの経緯を考えればこの騒ぎは少しばかり過剰なような気もした。

「でも、これだけ大騒ぎになるということは龍族が攻めて来るなんて夢にも思っていなかったってことでしょ?

 ”龍王の冠”を盗んでおきながらよ?

 それってちょっと能天気が過ぎるんじゃないかしら?」

 確かにそうだ。相手の頬を引っ叩いておきながら何の反撃もされないと考えるなどお花畑が過ぎると言うものだろう。

「おそらく、カールさんの言っていたように国民には詳しい事が周知されていないのかもしれませんね。

 龍の島に攻め入った、そして戦果を上げた。後はめでたしめでたしと言った感じなのではないでしょうか?

 それによって生じる不都合はあやふやにしたままで。」

 それはあるのかもしれない。

 一部には危機感を感じる者もいたであろうが戦勝ムードの中、そんな声もかき消されてしまったのだろう。

 すると、そんなケビンの言葉に頷きながらシュリドラがゆっくりと口を開いた。

「しかも、今は勇者の庇護があるわけですからな。その安心感が不都合な事実から目を背けさせてしまったのでしょう。

 確かに勇者は強かった。残念ながら我等では太刀打ちできない程にです。

 あれだけの強者が味方としてついているとなれば人々の気が緩んでしまうのも仕方ない事かもしれません。」

 その口調は実に淡々としていた。本来なら島を襲い仲間の命を奪った憎き相手であるはずなのに、彼の言葉には勇者に対する憎悪のようなものが一切感じられないほどだ。

 これにはライラ達も疑問を感じずにはいられなかった。

「てっきりシュリドラさんは勇者を憎んでいるものと思ってたんですけど……もしかしてそう言うわけでもないんですか?」

「そうですな、勇者本人のことを恨んでいるわけではありませんな。」

 そんなライラの問い掛けにシュリドラは少し複雑そうな表情を浮かべながらもきっぱりと言い切った。

「勿論、仲間の命が奪われたことに対しては口惜しさを感じております。

 ですが、あれは闘いの結果なのです。そのきっかけはどうあれ、力を尽くし闘った末強者が生き残り弱者は倒れた。それだけなのですよ。」

 それは決して強がっているだけの様には見えなかった。おそらくこの弱肉強食の世界に於いて最強を誇る種族としての矜持がそう言わしめているのだろう。

「……何かカッコイイよな。さすがだぜ。

 本物の強者ってヤツはやっぱりこうでなくちゃな。」

 それを聞いたジェイクが思わずそう漏らした。

 まあ、その気持ちは解からないでもないがシュリドラの心中を考えればあまり適切な言葉ではないのかもしれない。

「アンタねえ、少しは……。」

 そんなジェイクを咎めようとライラが口を開きかけたその時、砦の中から凄まじい闘気が溢れ出て来る。

 イルムハートだ。

 全員がそれを理解した。

「始まったみたいね。」

 それは”龍王の冠”奪還作戦の本当の開始を意味した。後はイルムハートと勇者が剣を交えるタイミングを狙って行動するだけだ。

「そろそろこっちも準備しましょう。」

 気を引き締めながらそう声を掛けるライラ。そして、その言葉に皆も真剣な顔付きで深く頷き返すのだった。


 ライラ達は砦の壁に沿い小走りで移動する。目指すは砦の通用口。

 冒険者ギルドの情報によれば砦には正門の他に小さな通用口があるとのことで、そちらの方が正面を突破するより侵入しやすいだろうと判断してのことだ。

「随分と派手に暴れてるみたいだな。」

 ジェイクの言う通り、砦の中からは闘いの喧騒が大きく漏れ出して来る。

「もう、勇者と闘い始めたのかしら?」

 そんな疑問をライラが口にするとシュリドラがそれに答えた。

「それはまだのようです。

 ですが、徐々に勇者の気配がイルムハート様に近付きつつあります。

 両者が相対するのももうすぐのことでしょう。」

「なら、急いで中に入らなきゃですね。」

 その後、時を置かずして彼等は目当ての通用口を見つける。そして、突入に備え変装用の仮面を付けようと立ち止まったその時、不意に扉が開き中から何者かが出て来た。

 その数は2名。ひとりは兵士だったがもう一人の方はこんな軍事施設にはそぐわないたおやかな美少女だった。

 まさか作戦がバレたのかと一瞬ヒヤリとするライラ達だったが、それにしては様子も顔ぶれもおかしい。兵士ひとりと少女だけで何が出来ると言うのか?

 そんな感じで戸惑うライラ達を目にとめた兵士は意外にも普通の口調で向こうから話しかけて来た。

「お前達、ハンターだな?」

 どうやら兵士はライラ達を魔物ハンターだと判断したらしい。

 怪しまれぬよう武具類は収納魔法に収め敢えて手ぶらで来たのだが、醸し出す冒険者としての雰囲気までは隠せなかったのだろう。

「ちょうど良かった、この方を代官屋敷までお送りしてくれ。頼んだぞ。」

 その兵士はライラ達の返事も待たず勝手にそれだけ言うとひとり砦の中へと戻って行ってしまった。

(えーーー!?)

 突然のことに困惑するライラ達。こちらの都合も聞かず一方的に依頼を押し付けられてしまったのだから無理も無い。

 尤も、魔物ハンター・ギルドは表向きこそ民間団体だがその実体はカイラス皇国により運営される組織なのだ。おそらく、政府や軍の命令には無条件で従う暗黙の了解のようなものがあるだろう。

 なので、この兵士の行いも決して横暴なものと言う訳ではないのかもしれない。

 とは言え、これから”龍王の冠”を取り戻すべく行動しようとしていたライラ達にとってはいい迷惑である。

 さて、どうしたものか。

 ライラ達は対処に困った。

 そると、そんな空気を察したのかすまなそうに少女が口を開く。

「突然、無理なお願いをしてしまい申し訳ありません。

 皆様、もしかすると何か他にご用事があったのではありませんか?

 でしたら私に構わずこのままお行きください。

 お屋敷の場所は知っておりますのでひとりでも問題ありませんから。」

(この子、良い子だわー!)

 少女の健気な態度はライラの姐御気質を強く刺激した。そして、絶対に護ってあげなければと言う思いがむくむくと湧き上がって来る。

 普段ならともかく今は町も混乱し殺伐としており、そんな中をひとり行かせるわけにはいかない。騒ぎに乗じて良からぬことを企む輩だっているのだから。

 ジェイクとケビンはそんなライラの気持ちをすぐに見抜いた。いつものことなのである。

 それに、2人だってこのまま少女を放置するつもりなど更々無かったのだ。

「お前、この子を送ってってやれよ。」

「そうしてあげてください。”仕事”の方は僕達で片付けておきますから。」

 そんな2人の言葉にライラは一瞬躊躇する表情を浮かべたものの、すぐに大きく頷いて見せた。この2人なら大丈夫だろう。それに、シュリドラも付いているのだ。

「分かったわ。じゃあ。後はお願いね。」

 それから少女に向かって話し掛ける。

「アナタ、名前は?」

「シモーヌ。シモーヌ・デュメリと申します。」

「そう、シモーヌね。

 私はラ……セシリアよ。よろしく。」

 つい本名を名乗りかけたライラだったが、慌てて咄嗟に思いついた名を口にする。

「それではお手数をおかけしますがよろしくお願いいたします、セシリア様。」

「セシリアで良いわよ。それじゃあ、行きましょうか。」

 こうしてライラ達は意外な形で勇者との接点を持つことになったのだった。


(いよいよお出ましか。)

 兵舎とおぼしき建物から出て来た人影を見て、イルムハートは彼が勇者なのだと判断する。その身体からは強く神気が溢れ出し、闘う気満々と言った状態だった。

 ただその姿はあまりにも若く、それが少しだけイルムハートを困惑させた。

「”神龍の使い”と言うのはお前か?」

 勇者・ピーターは静かだが多分に殺気のこもった声でイルムハートに問い掛ける。

 その敵意で満ちた口調にイルムハートは「これは説得に苦労しそうだ」と仮面の下で眉をひそめた。

『いかにも。

 お前達が奪った龍族の宝を返してもらいに来た。』

「悪いがそうはさせない。」

『これは異なことを申すものだ。

 奪われたものを取り返すのは当然のことであろう?

 お前にそれを止める権利があるとでも言うのか?』

「権利だとかそんなことは関係ない。

 攻めて来た以上、お前は敵だ。

 敵は倒す。それだけのことさ。」

『そもそも最初に手を出して来たのはお前達の方ではないのか?

 これは己が欲に駆られ理不尽にも龍の島へと攻め入るなどと言う愚行を犯したことにより招いた結果であろう。

 なのに、自ら仕掛けておいてやり返すのは認めんなどと、あまりにも虫が良過ぎるとは思わんのか?』

「それでもだよ。

 例えどんなに虫が良かろうが、どんなに理不尽だろうが、敵を倒すことが僕の役目なんだ。」

 ピーターはどこか捨て鉢な感じでそう言い捨てると、唐突にイルムハートへと斬り掛かる。それは小手調べの攻撃などではなく、神気を纏わせた本気の一撃だった。

(いきなりかよ!)

 その凄まじい威力の剣撃をイルムハートは少々押され気味になりながらもどうにか受け止めた。別に気を抜いていたわけではないものの、まさかここまで話が通じない相手だとは思わなかったのだ。

 尤も、そもそもの話として呪詛魔法により縛られているピーター相手に交渉しようと言うのが間違いなのだが、残念ながらイルムハートはそのことを知らない。

 なので、それはピーターが強大な力を得て増長し他人を見下すようになってしまったせいだと受け止めた。不幸な行き違いではあるが、この場合それも仕方のないことではあろう。

 その鼻っ柱をへし折ってやれば少しは話を聞く気になるかもしれない。

 イルムハートはそう考え、更に強く神気を解放しながら剣を握り直した。


 神気による底上げ分を差し引いたとしても、それでも確かにピーターは強かった。

 剣も魔法も、この僅か数か月で習得したとは思えない程のレベルにまで達していたのだ。

 おそらくこれはカールが言っていたように召喚魔法の贄となった者達の技能を受け継いでいるおかげなのだろう。これならば龍族と互角以上に闘えても不思議は無い。

 だが、惜しむらくはただ”強い”だけだった。イルムハートから見たピーターの攻撃は力に頼った直線的なものばかりであり、その強さを最大まで生かし切るだけの巧みさに欠けていた。

 まあ、いくら優れた素地があったとしてもこればかりは自身が経験を積まねば得られるものではないのだ。

 神気の制御も含め全てを仕上げるには、さすがに数か月という期間は短か過ぎたのかもしれない。

 もし、これがもう1年後だったらもっと手強い相手になっていたかもしれない。それを考えた時、イルムハートは内心で安堵の息を漏らした。

 とは言え、その攻撃の威力を考えれば決して気を抜いて良い相手ではない。イルムハートは慎重、かつ確実に攻撃を捌いて行く。

 そうしてしばらく闘いを続けていると、やがてピーターに焦りが見えて来た。

 それはそうだろう。

 どれだけ斬りかかっても、いくら魔法を撃ち込もうとも全く通用しないのだ。全力で闘っていると言うのに相手には軽くあしらわれるだけである。

 そんな状況を嫌ったピーターは一度攻撃を止め距離を取った。その息は荒く、大きく肩が上下する。

 但し、それは肉体的な疲労によるものではなかった。

 神気を纏ったピーターは疲れとは無縁である。少なくとも神気が尽きるまではその肉体が音を上げる事などないのだ。

 しかし、心は違う。恐れや焦りなどと言った負の感情は確実にピーターの精神を衰弱させ、それが、”疲労感”として彼を捉えているのだった。

(頃合いだな。)

 そんなピーターの様子を見てイルムハートは剣を降ろす。そして、こう語り掛けた。

『もう剣を引け、異世界より来た勇者よ。』

 それを聞いてピーターは驚く。自分が異世界からの転移者であことは皇国内部でさえごく僅かな人間しか知らないはずなのだ。

 なのに、何故この男はそれを知っているのか?

「……なる程な、”神龍の使い”ってのもあながち嘘じゃないってことか。」

 相手が人知を超えた伝説上の存在であればその位見抜いていてもおかしくはないのかもいれない。ピーターはそう納得した。

 イルムハートはそれを良い傾向だと捉える。自分のことを世俗の利害からかけ離れた存在だと思ってくれれば下手な先入観無しに話を聞いてもらえるだろうと考えたのだ。

 これは案外うまくいくかもしれない。ピーターを説得する見通しに明るいものを感じるイルムハート。

 だが、そこには大きな落とし穴があることにその時の彼はまだ気付いていなかったのである。

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