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勇者と転生者 Ⅰ

 港町ベセナの町のはずれ、カイラス皇国軍の砦を遠く見る場所にイルムハート達はいた。

 その顔ぶれはイルムハートの他にジェイク、ライラ、ケビンのパーティー・メンバーとそれから龍族のシュリドラ。尤も、シュリドラの場合は余計な騒ぎを回避するため分身体での参加だ。

 何故、今回の奪還部隊にシュリドラが参加しているかと言うと、それは”龍王の冠”の所在を特定するためである。

 龍族は”龍王の冠”が発する魔力を識別することが可能なので、彼がいてくれれば目標物を求め砦の中を闇雲に探す必要がなくなるわけだ。

 それに、ここへ来る際にも彼の転移魔法が役に立っている。

 龍族と言うのは実に便利な能力を持っており、本来なら自分自身が訪れたことのある場所にしか転移出来ないはずなのだが、彼等は他人の記憶をもらうことによりそれを可能にしてしまうのだ。

 そして、今回も過去にこの近くを訪れた他の龍族から記憶をもらい転移して来たのである。

「”龍王の冠”はあの砦の中のようですな。」

 既に船から運び出されたのだろう。シュリドラは砦の中に目標の物を探知したようだ。

 それから、こう付け足す。

「そして、おそらくは勇者も。」

 その言葉にイルムハートは無言で頷いた。

 実際、砦の中には僅かではあるが神気を感じたのだ。

 どうやら勇者はまだ神気を完全には制御出来ていないのだろう。なので、解放時でなくとも少しずづ神気が漏れ出てしまっているのだ。

 それはもし勇者と闘うことになった際、イルムハートにとって有利に働くかのようにも思えるが実のところそう楽観出来ることでもなかった。

 確かに、神気を使いこなせていない勇者などまだまだイルムハートの敵ではない。しかし、問題は制御が未熟故に力の暴走を招いてしまう可能性である。

 追い詰められた勇者が無制限にその膨大な力を解放してしまった場合、下手をするとこのベセナの町に多大な被害が出てしまうことにもなりかねないのだ。

 そこは十分に注意しなくてはならない。イルムハートはそう自分に言い聞かせた。

「じゃあ、手順を確認するよ。

 先ずは僕が砦に乗り込んでひと暴れする。君達は兵士の注意が僕に向けられている隙を狙って”龍王の冠”を奪い返してくれ。」

 作戦としては実にシンプルである。

 ただ、この場合一番難しいのは目的の品物を探し当てられるかどうかなのだが、そこはシュリドラがいるので問題ないだろう。

「了解よ。

 シュリドラさん、よろしくお願いします。」

「お任せください、ライラ殿。」

 ライラの言葉にシュリドラは笑顔で応えた。

 実のところ今回のサポート役は他の龍族に頼もうかとも思ってはいた。

 何せシュリドラは龍族の中でも希少な古龍であり、しかも長老のひとりなのだ。そんな大物の手を煩わせるのもどうかとは思ったのだが、何分彼はライラ達とも面識がある。

 その方が何かと動きやすいだろうと敢えて彼にお願いしたわけだが、どうやらそれは正解だったようだ。

 イルムハートは満足そうに頷いた後、一番重要なことを口にする。

「但し、勇者が動き出すまでは行動を控えるように。

 もし、勇者と出くわしてしまったら君達だけでは対処出来ないだろうからね。

 だから、君達が行動を起こすのは僕と勇者の闘いが始まってからだ。いいね?」


 見張りの兵士がその異変に気付いたのはふと空を見上げた時だった。

 白い雲が僅かに浮かぶ青空に黒い点が突然現れ、それはどんどんと大きくなってゆく。

 その異常さに兵士が声を上げようとしたその時、黒い点は大きな穴となりそこからひとつの大きな影が飛び出して来た。

 龍族だ。

「て、敵襲ー!」

 これは龍族が”龍王の冠”を取り返しに来たに違いない。瞬時にそう判断した兵士は大声で叫んだ。

 一気に砦の中が慌ただしくなってゆく中、しかし龍族はその上空をゆっくりと舞うだけで一向に攻撃を仕掛けて来ようとはしない。それはまるで舞台が整うのを待っているかのようでもあった。

 やがて建物の中から多くの兵士が砦内の広場に出て来ると、龍族の背中から何かが地面へと向けて落下し始める。それは姿形からしてどうやら人のように見えた。

 その人らしきものは兵士達の見守る中、飛行魔法を使いゆっくりと広場に着地する。

 黒髪に膝まである灰色のローブで身を包んだ”彼”は顔全体が銀色の仮面で覆われているものの明らかに人であると分かった。

 何故、龍族の背から人が飛び降りて来るのか?

 しかも、たったひとりでコイツは一体何をしようと言うのか?

 異常な状況に兵士達が困惑する中、”彼”はゆっくりと辺りを見回した後でこう心の中に語り掛けた来たのだった。

『我は神龍の使い。

 我等が眷属である龍族からお前達が奪い去って行った宝を取り戻しに来た。

 一切の抵抗は無駄である。大人しく引き渡すがよい。』


 仮面の男。

 その正体は勿論イルムハートである。

 彼は仲間達と別れた後で一旦龍の島へと戻り、これまた龍族のひとりガルガデフと共に転移魔法で再びこの地にやって来たのだ。

 と言っても、ガルガデフに砦の攻略を手伝ってもらう意図はない。これはあくまでもイルムハートが”神龍の使い”であることを印象付けるための演出である。

 龍族が人に使役されることなど有り得ないと言うのはこの世界の常識だ。

 まあ、ナディア・ソシアスの例もあるにはあるものの多くの人があれは多分に誇張された話だと考えているし、ルフェルディアでの件があっても尚その認識が変わることは無かった。

 なので、龍族の背から飛び降りて見せる演出は兵士達にかなりの衝撃を与えることになったはずだ。

 ちなみに、仮面と魔法で染めた黒髪は当然正体を隠すためのもので、別動隊の面々も同じ扮装をすることになっている。

 尚、余談ではあるがこの恰好については決める前にひと騒ぎあった。例によってジェイクがとんでもないことを言い出したのだ。

「”神龍の使い”ってくらいなんだからよ、やっぱりそれなりの恰好しないとな。」

 そして、龍族の顔を模した仮面に大きな角、鱗のような鎧を纏い翼も着けようとそう主張したのである。

 勿論、これはライラに速攻で却下された。

「何バカなこと言ってるのよ?

 遊びに行くわけじゃないんだからね?

 そんな見世物みたいな格好してどうすんのよ?」

 と、いつもならここで終わるところなのだが、これには何とケビンまでがジェイクに同調し出したのだ。

「でも、それも良いかもしれませんよ?」

「はあ?アナタまで何言い出すのよ?」

「いっそそこまで奇抜な格好の方が相手を惑わすのに効果があるとは思いませんか?

 人は己の常識を超えるものに対して感覚を麻痺させてしてしまうことがありますからね。案外、素直に”神龍の使い”だと信じてくれるかもしれませんよ?」

 何かそれっぽいことを言ってはいるが、その表情からしてただ面白がっているだけなのは丸わかりだった。

「とは言え、反対意見も尊重する必要はありますので、ここは発案者のジェイク君にだけその恰好をしてもらうと言うのはどうでしょう?」

 やはりだ。ジェイクをおちょくる気満々と言ったところである。

 だが、呆れたことに当のジェイクはそれが冷やかしだとは気付かない。

「お、そうか?

 何か俺だけ目立っちまって悪いな。」

 そんな感じですっかり乗り気である。

「全く、アンタは……。」

 その後、ジェイクがライラから散々小言を食らう羽目になったことは言うまでもないだろう。


 そんなわけでどうにか”龍族コスプレ男”にならずに済んだイルムハートは自分を取り巻く兵士達の中に勇者がいないことを察した。

(まだ砦の中か……。)

 尤も、それも当然のことではある。先ずは即応態勢にある警備の兵が最初に出張って来るのが当たり前の動きだ。

『抵抗は無駄と言ったであろう。

 命が惜しければ黙って兵を退け。』

 イルムハートは龍族のやり方を真似て兵士達に向け思念派を飛ばす。

 だが、当然兵士達としては大人しく言うことを聞く訳にもいかない。得体の知れない相手ではあるが敵であることは確かなのだ。

「臆するな!敵はひとりだ!返り討ちにしてやれ!」

 指揮官らしき男がそう言って鼓舞すると兵士達は剣や槍を構えイルムハートへと向け突進し出す。

 そうとなればここは勇者がお出ましになるまでの間、”神龍の使い”らしくその力を見せつけてやるべきだろう。但し、死者は出さないよう加減はしながらだ。

 そこでイルムハートは神気を少しだけ解放する。

 普段なら出来るだけ人前での使用は避けたい力ではあるが今回は別だ。何せ今の彼は”神龍の使い”なのだ。むしろ人外の力を使って見せねば看板倒れと言うものだろう。

 イルムハートが発した神気はまだまだ序の口と言った程度のものではあったが、それでも並みの闘気を遥かに超え兵士達を威圧する。

 普通の人間には神気を認識することが出来ないとは言え、ここまで開放すれば闘気として感じ取ることは可能だった。ただ、それが別の”何か”であることには気付けないだけなのである。

 イルムハートの放つ神気を浴び思わず足を止めてしまう兵士達。そこへ追い打ちを掛けるかのように風魔法が襲った。

 それは単純に突風を引き起こすだけの初級魔法ではあったが神気を解放した今のイルムハートが使えば爆裂魔法にも匹敵する威力を持ち、軽装とは言えそれなりに重量のある鎧を纏った兵士達を軽々と吹き飛ばしてしまう。

 中にはその突風にも耐えイルムハートに迫ろうとする猛者もいたのだが土魔法による礫を食らい、結局は弾き飛ばされてしまった。

 その様子を見た指揮官は続いて弩での攻撃を命じる。

 魔法の付与で攻撃力を増した多数の矢がイルムハートに向け放たれた。だが、そんなものが通用するわけも無い。魔法で作成した物理障壁にことごとく弾き返されてしまう。

 そんな中、イルムハートは砦の防壁の上から大砲がこちらに向け狙いを定めているのに気が付いた。

 ちなみに、”大砲”と言っても火薬で砲弾を飛ばす火器とは別物だ。こちらは攻撃魔法を放つ魔道具である。

 この世界でも火薬は使用されているしそれを使った武器もあるにはあるのだが、何分魔道具のほうが使い勝手の面で優れているためいまひとつ普及していない。

 いちいち弾薬や砲弾を補給しなければならない火薬兵器より魔石の補充だけで使い続けることの出来る魔道具の方が重宝されるのは当然のことだろう。

 そのため火薬を使った兵器が使われることは滅多に無く、需要が無いから進歩もしない。そしてそれが余計火薬兵器離れを起こしてしまうと言う悪循環にあるのだった。

(この距離でアレを使うつもりか?)

 こちらを向く砲口を見つめながらイルムハートは思わず眉をひそめる。

 本来、砦や城塞に備え付けられる大砲は外へ向け撃つものであり、当然かなりの攻撃力を有していた。もし、それを内部に向け放てば砦内の味方にまで被害が出かねないのだ。

 おそらく万が一の場合を想定しての行為だとは思いたいが、先走って使用してしまう者もいるかもしれない。ここは潰しておいた方が安全だろう。

 そう考えたイルムハートは全ての砲門に向け光魔法を放った。対象物の温度を自在に変化させる魔法である。

 光魔法は他の攻撃魔法に比べると派手さには欠けるし、それが直接敵にダメージを与えるものでもない。何故なら生物に対しては効力を発揮しないからだ。だが、”物”を内部から破壊するにはうってつけの魔法である。

 当然、大砲には防御の魔法も付与されていはいたがイルムハートの光魔法は易々とそれを貫き内部にある魔道具の心臓部、魔法陣の描かれた基板を捉えた。それにより基板は高熱を発し、煙を上げながら溶け始める。

 突然、煙を上げ出した大砲を見てうろたえる兵士達。

 そんな姿を横目で見ながらイルムハートは兵士達に再び思念派を送った。

『あくまでも逆らうと言うのであれば是非も無い。

 邪魔する者はことごとく滅するのみ。その覚悟で来るがよい。』


「やっぱり来たか……。」

 龍族来襲の一報を聞いてピーターはそう呟いた。

 連中が”龍王の冠”を取り返しに来るだろうことは想定内だ。なので、それほど驚きは無い。

 ただ、それに続く報告には正直当惑させられる。

「攻めて来たのは龍族一体と人族がひとりだけ?

 馬鹿な、そんなわけないだろ?」

 あれだけ痛い目を見せられたのだから龍族としてもピーターの実力は良く解かっているはずだ。なのにたった一体だけで何をしようと言うのか?

 それに、人族を伴っていると言うのも意味不明である。龍族より遥かに弱い人族がひとり加わったところで何の役にも立つまい。

 もしかするとこちらを油断させるための何かの作戦ではないかと疑うピーターに対し伝令の兵士がこう応えた。

「いえ、間違いありません。龍族は一体のみで他に増援が来る様子はないようです。

 それとその人族なのですが、何やら”神龍の使い”などと名乗っているようなのです。」

 兵士はいかにも胡散臭そうな顔をして見せる。彼が”神龍の使い”と言う言葉を信じていないのは明らかだった。

 確かに、神龍ですら一般的には伝説の中だけの存在としか思われていないと言うのに、その”使い”を名乗ったところで誰が信じようか。

 だが、ピーターは違った。

 そもそもこの世界自体が彼にとっては常識から遠く外れた場所なのだ。魔法がありドラゴンまでが棲息している。今更、伝説とされる存在が出て来たことろでさして驚くことでもないように感じた。

 そして、突如辺りを包んだ神気を感じ取ることでその思いは確信となる。

(こいつは……ただの人間じゃないな。)

「シモーヌ、君は今すぐこの砦を離れ安全な場所に避難してくれ。」

「勇者様?」

「その”神龍の使い”とか言う奴はかなりヤバイ相手みたいだ。もしかするとこの建物にも被害が及ぶかもしれない。

 だから、君はここを離れていてくれ。」

 この神気からして敵がとてつもない力を持っていることは明白だった。おそらく、本気で闘わねば勝てる相手では無いだろう。

 だが、もしそうなったら周囲にはかなりの被害が出るに違いない。そんなところにシモーヌを置いておくわけにはいかなかった。

「ですが、勇者様……。」

 ピーターは心配そうな表情を浮かべこちらを見つめるシモーヌの頬にそっと手を当てる。

「大丈夫、必ず無事に戻って来るさ。そして、この町も守って見せる。

 そう約束しただろ?」

「解かりました、勇者様。

 御武運をお祈りいたしております。」

「ありがとう、シモーヌ。」

 その後、伝令の兵士にシモーヌを預けたピーターは剣を取り建物の外へと向かう。

(悪いが好き勝手をさせるわけにはいかないんだ。

 シモーヌとこの町を守るために僕は闘う。例え相手が”神龍の使い”とやらでもだ。)

 そんな決意を胸に秘めながら。

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