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終わりと始まり Ⅱ

「そこでひとつ提案があるのだがな。」

 これで話は終わったものと思っていたが、どうやらまだ続きがあるらしい。

 ユピトが下がり、最高神が話を始めた。

「他者の犠牲を厭う君の判断は称賛に値する。だが、それでは我等の立場が無い。君ひとりにツケを払わせたままではそれこそ我等の寝覚めが悪いというものだ。」

「しかし、私にはもう戻る気は・・・」

「戻るのではない。別の次元宇宙・・・別の世界でやり直すというのはどうかな?」

 これは完全に想定外の話だった。

「別の世界ですか?しかし、そこの輪廻システムに入らなければいけないのは同じなのでは?」

「それはそうなのだが、先程ユピトが話したように輪廻システムへの干渉の難易度はその完成度によるのだ。完成度が高ければ強い力を必要とするが、いまだ完成に至っていなければその分必要とされる力は小さくなる。

 ユピトが統括するエリアの中には現在構築途中の輪廻システムを持つ世界がある。ちょっとした事情により構築が遅れていてな。そこならばシステムへの影響は最小限で君を送り込むことが可能だ。」

 ちょっとした事情というのが気になったが、神々の事情に口を挟むのは憚られた。

 が、手放しで受け入れる気にもなれない。

「そこはどのような世界なのですか?」

「文明の発展度で言えば君が元居た世界の中世あたりか。今までよりは文化レベルは下がるだろうがそれは我慢してほしい。

 その世界を一言で表すとすれば・・・そうだな、君たちの言い回しを使えば剣と魔法の世界ということになるかな。」

 異世界転生。しかも剣と魔法の世界。

「・・・そこにはモンスターとかもいるのですか?」

「いる。なにせ剣と魔法の世界だからな。」

 最高神は何故かドヤ顔で答えた。

(剣と魔法とモンスターはワン・セットなの?)

 ふとゲームのコントローラーを握りしめ、嬉々としてモンスターを狩る最高神の姿が思い浮かぶ。

(それにしても・・・異世界か。)

 単純に中世レベルの文明世界というのであればさほど違和感はないのだが、魔法ありモンスターありの世界では話が変わってくる。

 まさにファンタジーの世界だ。

 マンガや小説において根強い支持を持つジャンルであることは知っているが、実のところ ”彼” にとってはあまり詳しい分野ではない。

 予想のつかない世界への転生に ”彼” は多少の戸惑いを感じはしたが、考えてみればその世界に生まれた者にとっては魔法もモンスターも日常の一部でしかない。”彼”にとってもそうなるはずだ。

「わかりました。せっかくのお気遣いですので、そうさせていただこうかと思います。」

 少しだけ考えた後に”彼”はそう答えた。

「ご厚意は忘れません、と言いたいところですが転生してしまうのではそうもいきません。別の人格になるわけですから。それについてはご容赦ください。」

「いやいや、ただ転生するわけではないぞ。」

 どうもまだ何か隠し玉があるらしい。

「普通に転生するのでは場所が変わるだけであり、それ自体は当たり前のことでしかない。君が失った本来全うすべき寿命に対する補填にはならないだろう。それでは我等としても気が引ける。

 そこでだ。君の今の知識はそのまま引き継ぐことが出来るようにしてやろう。

 より進んだ文明の知識を持つことは、君にとって生きてゆく上での有効な武器となるはずだ。

 ただ・・・申し訳ないが個人を特定する情報は除外させてもらうがな。」

 そういえば自分自身についての記憶が無い事を今更ながらに”彼”は思い出した。

「・・・除外の理由を聞いても構いませんか?」

「まあ、簡単に言えばメンタル・ケアのためだ。未練が残りホームシックになったり、文化の違いに過度のストレスを感じたりせぬように。

 知識として比較するのと肌感覚で違和感を感じるのとでは、メンタルに与える影響は全くと言っていいほど異なるのでな。

 せっかく新しい人生を始めようという時に、精神を病んでしまっては元も子もあるまい。」

 つまり異世界転生は最初から既定路線であり、そのために”彼”の記憶は既に操作されていたということのようだった。

「なるほど、初めからこうなるように決まっていたのですね。」

「そ、そういうわけでもないぞ。もちろん君の意思が優先される。今、君が過去の記憶を失っているのは、感情的にならず冷静に話が出来るようにするためであり、決して手間を省くとかそういった理由からではないぞ。」

 最高神でも焦るということはあるのだろうか。余計な一言が付いていたような気がした。

 ”彼”の中で最高神の神格が少しだけ下がったのも仕方あるまい。

「知識に加えて、君には儂から”恩寵ギフト”を授けよう。何か望みはあるかな?」

 先の失言を無かったことにして、最高神は話を続ける。

「”恩寵ギフト”とは神々の力をほんの少し分け与えること。ほんの少しとは言え、それはあくまでも神々からすればであって人にしてみれば無限の能力を手に入れるに等しい。いわゆるチート能力というやつだ。」

(何故そんな言葉を知っている?)

「最強の剣士、最高の魔導士、一国の王など容易いもの。その力を持ってすれば世界を統べることすら可能であり・・・」

「いえ、お断りします。」

 一人盛り上がっている最高神の言葉を”彼”はバッサリと切り捨てた。

「えっ?」

 思わず固まってしまう最高神。

「私にはそんな野望はありません。中世の文化レベルしか持たない世界に現代の知識を持って行くだけでも十分チートですので、それ以上を望むつもりはありません。それに、そもそも神様が世界征服を煽るような発言をするのはどうかと思いますが?」

「いや、別に煽ったわけではないぞ。例えばの話であってだな・・・」

 ちょっと気まずそうに最高神は視線を逸らせた。

(んー、このひとが神々の最高位なのか・・・微妙に不安なんだが・・・。)

 勿論、神という存在が人と同じ姿を持ち、同じ考え方をするなどということは有り得ないと”彼”は思っている。

 おそらく目の前の姿は”彼”に合わせたの仮の姿で、その言動も人が理解できる程度まで思考レベルを落とした結果ではあるのだろう。

 そう解ってはいるものの・・・それでも”彼”の中で最高神への評価がどんどん下がってゆくのだった。

「どう使うにせよ力があるに越したことはなかろう。もらっておいて損は無いと思うが・・・」

「過ぎた力はいらぬ軋轢を招きます。トラブルの元でしかありません。そういった厄介事に進んで関わるつもりはないのです。」

「いや、しかしだな・・・」

「自分の人生を人外の力で滅茶苦茶にするつもりはありません。面倒事はまっぴらです。自由で気楽に暮らすのが望みです。」

「人外って・・・まあ、そうなんだが・・・」

「この件は無理強いするものでもないでしょう。ここはこの方の意思を尊重してはいかかがかと思いますが。」

 しばらく聞き役に回っていたユピトが、あきらかにテンションの下がった最高神を見てそう話しかけた。

「しかし、それではつまら・・・いや、儂の気がだな・・・」

(つまらん、と言おうとしたよね、このひと!?)

 最初の威厳はどこへやら、すでに”彼”の中で最高神の評価は危険領域まで下がっていた。

「では、せめて儂の加護を受けてはくれまいか。”強く健やかに”という加護だ。ケガや病気で早死にしてはつまらんからな。」

「まあ、それくらいなら。」

 最高神に対する返答としては不遜極まりないのかもしれないが、渋々といった風に”彼”は応じた。

 正直、まだ何か裏があるのではないかという懸念もあったが、それよりも早く話を終わらせたかったのだ。

「話がまとまったのであれば、あまり長く引き留めるわけにもいかないでしょう。そろそろお送りしたほうが良いのではないかと。」

 やはりユピトは気配りの出来る男だった。

 ”彼”の気持ちを察したのかどうかは解らないが、ユピトは最高神にそう促した。

「そうか。名残惜しいが仕方あるまい。」

 少し寂しそうな顔で最高神は頷いた。

 神としての評価はともかく、憎めないキャラクターではある。

「で、”恩寵ギフト”の件なのだが・・・」

「ご遠慮させていただきます。」

 前言撤回。ちょっとくどいキャラだった。

「・・・最高神様。」

「わかっておる。少し場をなごませようと思っただけだ。」

 本当かどうかは分からないが、確かに少ししんみりしかけた空気もどこかへ行ってしまった。

 ややあきれ顔のユピトを無視して、最高神はゆっくりと右手を挙げ掌を”彼”にかざした。

 すると金色の温かい光が”彼”を包み、次第に意識が遠ざかってゆく。

「ではこれでお別れだ。新しい人生、存分に謳歌するがよい。元気でな。」

 最高神が最後の声をかけ、ユピトは深く頭を下げる。

(いろいろとありがとうございました。)

 薄れていく意識の中で”彼”はそう答え、その存在は光の中へと沈んでいった。


「行ってしまわれましたね。」

「もう少しゆっくりしていってもよかったのだがな。」

「そう言われましても、あの方もここへ遊びに来たわけではありませんので。」

「しかし、少しあっさりし過ぎではないか? ”恩寵ギフト”も受け取ろうとはしなかったし。」

 最高神としては”彼”の反応が少々不満だったようで、つまらなそうにそうこぼす。

「本人が不要と判断したのですから仕方ないでしょう。」

「あって困るものでもあるまい。・・・もしかすると、今はその有り難みに気付いていないのかもしれん。しばらく様子を見ておいて、後でもう一度機会を与えるのも良いかもしれんな。」

「(ストーカーですか。)あまりしつこいと・・・嫌われますよ。」

 ユピトがため息交じりにそう言うと、最高神はムムッとうなって黙り込む。

「それに、確かにあって困るものではないでしょうが、無くてもそれほど困らないのではないですか?あの方の場合。」

「まあ、それはそうなのだが・・・。」

「何かお気に懸かる点でも?」

「厄介事には関わりたくないとか、面倒事はまっぴらだとか、妙に後ろ向きの発言がなぁ・・・。」

「もしかすると、元の世界で働き過ぎたのかもしれませんね。その反動があの言葉なのかもしれません。」

「儂がそうさせたわけではないぞ。あ奴が自分の判断で行動したのだ。」

 ユピトの言葉に最高神は少々言い訳がましい口調で反論する。

「勿論、存じ上げております。なれば、次もまたご自身の判断にお任せしては如何ですか?

 ああはおっしゃっておりましたが、あの方ならば決して選択を誤られることはないかと。」

「それは分かっておる。儂としても余計な干渉でことわりを歪めるつもりは無い。

 世界の行く末はそこに棲む者達に任せ、我等はただ見守るだけ。そうでなければならんのだ。」

 最高神は先ほどまでとはうって変わった厳かな顔でそう言った。

 その言葉にユビトも居住まいを正し頷いた・・・のだったが、次の言葉にまた溜息をつくことになる。

「だが、何事にも例外はある。いろいろと面白くなりそうだ。」

(せめて本音は隠していただきたいものです)

 どこか悪戯っ子のような笑みを浮かべた最高神と何かをあきらめたような顔でそれを見るユビト。

 せめて”彼”の新しい人生が後悔するようなものでないこと祈るばかりであった。

 例えその祈りの届く先が目の前で”悪い顔”をしている最高神であったとしても。

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