穏やかな日々の終りと騒乱の時間の始り
「全くアンタはどうしてこういつもヤラかしてしまうのかしらね。」
全ての模擬試験が終了した後、ジェイクは予想通りライラからの厳しいお叱りを受ける。
「卑怯な手を使われた?
何言ってんのよ、コロッと騙されたアンタが間抜けなんでしょ?
そもそも、あんな美人がアンタなんかに興味持つわけないでしょうが?
バカ言ってないで少しは現実を見なさいよね。」
最早それは説教と言うより単なる罵倒にも近く、ジェイクの精神をガリガリと削ってゆくのが傍目にも見て取れる。
だが、そんなジェイクを気の毒に思いつつもイルムハートとケビンは黙ってそれを見守るしかなかった。
何しろ下手に助け舟を出そうものなら
「そうやってアナタ達が甘やかすからコイツは調子に乗るのよ。」
と言った感じでライラの怒りがこちらへと飛び火して来るのが目に見えているからだ。
それに、ライラとしても今回のジェイクの闘いを全否定しているわけではない。
確かにあの終わり方は問題だが全体的には決して悪いものではなかった。特に駆け引きの末あと一歩のところまでカルメラを追い込んだ点は周囲からも高く評価されたのである。
なので本来なら少しぐらい反論してきても良さそうなところではあるのだが、それでもジェイクはしおらしくライラの小言を聞き続けた。
何故ならライラ達の方がもっと評価は高かったからだ。
そうなると、いくらジェイクが自己弁護したところでそれはただの負け惜しみになってしまう。だから大人しくしているしかないのだった。
尚、ライラ達の試験の内容はこうである。
先ずライラだが、彼女は魔法士系冒険者と言うことでジェイクとは正反対の相手と闘うことになった。魔法士系が元Aランクで剣士系がCランクと言った試験官の顔ぶれだ。
そうなれば当然攻めのパターンも変わり、魔法の攻撃をメインとし剣士はこちらの集中を邪魔をする役割で対応して来た。
だが、ここで試験官側にとって想定外の事実が発覚する。それはライラが”武闘派魔法士”であるということ。
試験開始の合図と同時にライラは前衛の剣士へと迫り近接戦を仕掛けた。この行動は前衛にとって全くの予想外だったようで完全に先手を取られてしまう。
勿論、ライラがガントレットを装備している時点で白兵戦にも長けているだろうことを読んではいたが、まさか魔法士が自ら特攻してくるとは夢にも思っていなかったのだ。
こうなると後衛の魔法士も動きが取り辛くなってしまう。近接戦を繰り広げている中へ下手に攻撃魔法を打ち込めばそれこそ同士討ちになってしまう可能性もあるからだ。
しかも、ライラは剣士と闘いながら魔法士に対し攻撃魔法を撃ち込む芸当までして見せた。イルムハートとの訓練により身に着けた技術だ。
それ自体はあくまでも初級魔法でしかないのだが攻撃特化のライラが放てばかなりの威力となり、これもまた魔法士の手を焼かせる。
「それにしても何て闘い方しやがるんだ。
あの娘、もしかしてバーハイムの魔女の弟子だったりするのか?」
試験後、担当の魔法士系冒険者がうんざりした顔でそう漏らしたとか漏らさなかったとか。
ちなみに、”バーハイムの魔女”とはバーハイム王国魔法士団団長カサンドラ・メローニ・シルメラン男爵のことである。
齢50をとうに過ぎていながらも若々しい美貌を保ち”西の郭の魔女”と呼ばれている彼女は武闘派魔法士としても知られており、その名は国外にも鳴り響いているのだった。
おそらく魔法士系冒険者はライラの闘い方にそのカサンドラの姿を思い浮かべたのだろう。
とは言え、試験自体は最終的に地力と頭数で勝る試験官ペアが最初の劣勢を覆しライラを追い詰めかけたところで終了した。結局、ライラも勝ちを収めることは出来なかったのである。
ただそれは極めて順当な結果であってライラの力不足を意味するものではない。むしろ、”負ける”ことなく試験を終えたことでライラへの評価は急上昇したのだった。
受験者の中にヤバイ奴等がいる。
ジェイクに続きライラがそのDランク離れした実力を示したことで試験会場ではそんな声が広がり始めた。
そんな中、ついにケビンの番が回って来た。ある意味、一番”ヤバイ”男の登場である。
ケビンもライラ同様に元Aランク魔法士系と現Cランク剣士系の2人を相手することになった。
但し、魔法士は同じだが剣士系の方は先ほどと別の人物に入れ替わりとなる。ライラとの闘いで疲弊したのか、あるいは最初からそう言うローテーションだったのかは分からないが剣士から短剣使いに変わった。
ちなみに、この短剣使いは隣国ナイランド大公国所属の冒険者なのだそうだ。
わざわざ国外からも試験官を呼び寄せていることにイルムハートは少し驚きを感じた。ギルドがこの模擬試験に力をどれだけ入れているかが解ると言うものである。
さて、試合の方だが最初相手はケビンの動きを警戒して中々動こうとしなかった。ジェイク、ライラの試験を見た後なのだからそれも当然なのかもしれない。
ケビンの場合、その風貌から明らかに”武闘派”ではないと分かるものの相手にしてみれば何をして来るか解らない連中の一味なのである。どんなに警戒しても、し過ぎと言うことは無い。
そして、彼等のその予想は正しい事が証明される。
相手が仕掛けて来ないと分かるとケビンはその場で短剣使いに向けて魔法を放った。しかもそれがまたえげつなく、攻撃魔法・状態異常魔法・精神攻撃魔法と様々な種類をランダムに、そして雨あられと浴びせかけたのだ。
短剣使いも当然防御魔法や気力での抵抗を試みるが、何せひとつの魔法に対応してもまたすぐに次が、しかも違う種類のものを撃ち込まれるとなると最早その対応で精一杯になってしまう。
その上、そんな短剣使いの窮地を見た魔法士が注意を逸らそうと攻撃を行っても当のケビンは全く相手にしようとしない。
魔法士からの攻撃に対してはあくまで防御に徹し、それには一切反撃することなくひたすら短剣使いを攻めることに専念する。
まあ相手が相手だ、下手に反撃したところで簡単に防がれてしまうのは目に見えていた。ならば無駄弾を撃って魔力を減らすような愚は犯さないということなのだろう。
そんな状況の中に於いても短剣使いは己のプライドを懸け何とか反撃に出ようとするのだが、残念ながら土魔法で足場を悪くさせつつ逃げ回るケビンに対して攻撃を届かせることが出来ずにいた。
そうこうしている内にさすがのCランク冒険者にも限界が近付いて来る。徐々に魔法への耐性を失い、魔法士もそのリカバーで手一杯になってきてしまった。
そこで魔法士はついに白旗を掲げた。自分達の負けを宣言したのだ。
勿論、彼の力を持ってすれば状況を覆すことも可能ではあるもののこれはあくまでも試験なのである。受験者の資質を見極めることが目的であって単純に勝ち負けを競うものではない。
相手の実力は十分過ぎるほどに見せてもらった。最早これ以上試験を続けても無意味である。魔法士はそう考えたし、終了直後に力尽きて地面へと座り込む短剣使いの姿が何よりもそれを証明していた。
ケビンの勝利に対し会場全体からどよめきが起き、そしてそれは歓声へと変わる。
確かにその闘い方自体はかなり異様と言うか独特な感じだが、それでも元Aランクと現Cランクのコンビ相手に勝ちを収めたのは変わり無いのだ。
「いやー、何と言うかその……凄いのひと言に尽きますね。」
カールは慎重に言葉を選びながらもケビンの健闘を讃えた。
イルムハートとしても当然この結果自体には満足していたが、ひとつだけ気懸りな事もあった。短剣使いのことである。
(これがトラウマにならなければ良いけど……。)
ケビンのえげつない魔法には多かれ少なかれトラウマを抱くことになってしまう者が多い。
今回の事であの短剣使いもそうなってしまうのではないかと、少し気の毒に感じてしまうイルムハートなのだった。
その日以降、イルムハート達はアウレルにおいてちょっとした有名人となった。正確にはイルムハートを除く3人が、ではあるが。
まあ、あの試験での闘いを見ればそれも納得と言ったところだろう。
そのせいか街中で呼び止められることも多くなり彼等も最初こそ当惑したものの、かと言ってまんざらでもなさそうな様子だった。特にジェイクなどは女性の冒険者やギルド職員からも声を掛けられいたくご満悦である。
「やっと俺の魅力が皆に伝わってきたようだな。」
まるで試験での醜態など無かったかのように誇らしげな顔をするジェイク。
その”魅力”とやらが一体彼のどんなところを指しているのかはさておき、確かに闘いそのものについてはかなり高い評価を受け多くの人々の目を引きはした。
だが、残念ながら彼の名を広めたのはその部分だけではない。むしろカルメラの色仕掛けにまんまと乗せられたその単純さ、良く言えば純朴さが”面白キャラ”として人気を得たのである。
周囲の空気からイルムハート達も何となくそのことを理解したが当のジェイクだけは気が付いていない様子だ。
とは言え、わざわざそれを指摘するほどイルムハート達も無慈悲ではない。本人が我が世の春を感じているのであればそれを生温かい目で見守るだけである。
尤も、あまり調子に乗り過ぎるようだとどうなるかは解らないが……。
実はそんな裏で冒険者達の間にはある論争が起きていた。
イルムハートの実力についてだ。
あれだけの面子を取り仕切るリーダーなのだから当然彼等よりも強いはずだと言う者もいれば、あくまでもパーティーの”頭脳”としてその地位にあるだけで実力のほうはそれほどでもないのではないかと推測する者もいるらしく、それがちょっとした言い争いに発展しているのだそうだ。
しかも、厄介なことには今回試験官を務めた面々からもイルムハートの実力を見てみたいとの声が上がっているらしく、これにはカールも頭を悩ませているらしい。
後日、アウレルのギルド長タチアナからそのことを聞かされたイルムハートは何とも言えない表情になる。まさか自分の与り知らぬところでそんなことが起きているなど考えもしなかったのだ。
「次の試験開催はもう暫く先になりますから、この話もその頃には下火になっていると思いますよ。」
イルムハートはタチアナのその言葉に一安心する。そこまで都合よくいくかどうかは分からないものの、当分模擬試験が行われないのであればそれで問題無かった。
何故ならイルムハート達は近々アンスガルドを離れバーハイムへの帰路に就くことを決めていたからである。
「いよいよこの街ともお別れね。」
街の北部にある元公王の居城。その城壁の上から街を眺めながらライラは少し寂し気な表情を浮かべそんな台詞を口にした。
旅に別れはつきもののとは言え、やはりもの悲しさを感じてしまうのだろう。
カールにタチアナ、そして冒険者のみんな。
せっかく親しくなった人々と別れなければならないせいもあるが、それと同じくらいこの街を離れること自体に寂しさを感じてもいた。
「それにしても、改めてみると本当に凄い街だわ。」
今は公園の一部となっているその城は小高い丘の上に建っておりアウレルの街全体を見渡すことが出来た。そこにはライラ達が今まで見たことも聞いたことも無いような未来的な光景が広がり何度見ても変わらない驚きを与えて来る。
だが、彼女達を魅了したのはそれだけではない。
生活の中に取り入れられている数々の最新魔道具やその恩恵によるものであろう文化水準の高さ。そして、何より自由で明るい街の雰囲気。
勿論、故郷アルテナが暗く不自由な街だと言う訳ではない。むしろ、バーハイム王国はこの世界の国々の中でも開明的な政治を行っているほうである。
しかし、それでもここアンスガルドに比べればやはり見劣りするのは確かだ。そもそも身分制度のある国と無い国では根本的な部分に違いがあって当然だろう。
「この街の姿もやっぱりカールさん達のご先祖、始祖が思い描いたものなのよね。」
ライラ達もカールとは何度か会って食事を伴にしたりもした。そんな中でカールはアンスガルド建国に際し始祖が国の未来にどんな夢を抱いていたのか語ってくれた。
「そうだね、確かにこの国を作り上げることが出来たのはギルドや国民の力によるものなんだろうけど、それも始祖の「こんな国になってほしい」と言う理想があったからこそだと思うよ。」
どちらかと言うとイルムハートは元の世界の価値観を無理やり持ち込むことに否定的ではある。たとえそれがどんなに理に適っていようとだ。
この世界にはこの世界なりのルールや考え方があり、それを強引に捻じ曲げてしまうのは間違っていると感じるのだ。
おそらくそこは始祖も同じだったのではないだろうか。だから独善的に物事を推し進めるのではなく、共に”夢”を語る形で皆の意識を変え動かして来た、そんな風に思えるのだった。
そんなイルムハートのは言葉にケビンも何やら思うところがあるらしく、遠い街並みに目をやりながら静かに口を開く。
「もしかすると始祖は自分の故郷をここに再現しようとしたのかもしれませんね。」
「そうかもしれないな。」
すると、それを聞いたジェイクが唐突に声を上げた。
「でも、ちょっと待てよ。
もしそうだとすると始祖の故郷はこんな立派な街だったってことにならないか?
言っても800年前の人間なんだぞ?
その”地球”ってとこはそんな昔からこれだけ進んだ世界だったのか?」
まあ、それも尤もな疑問ではある。イルムハートとしてもその点を考えなかったわけではないのだ。
「いや、そんなことはない。
むしろ、800年前の地球の文明は今のこの世界よりも遅れていたよ。」
「じゃあ何で始祖はこんな”街”を知ってたんだ?」
「これはあくまでも僕の憶測なんだけど、始祖は僕と大して違わない時代から来たんだと思うんだ。
おそらく地球とこの世界とでは時間の流れ方が違うんじゃないかな。」
「時間の流れ方が違う?」
その言葉にジェイクが思わず首をひねると見かねたケビンが助け舟を出す。
「つまり、こちらでの800年も向こうではほんの数年にしか過ぎないのかもしれないと言うことですね?」
「それもある。
でも、それぞれの世界の時間と言うものはもっと複雑な関係にあるんじゃないかとも思っているんだ。
例えば、僕達は”時間”というものが同じ速度で真っすぐ前に向かって進んでいるものだと考えている。
けれど他の世界から見ればそれは坂が多く曲がりくねった山道の様に進んだり戻ったり、速度も速くなったり遅くなったり、そんな風に見えるのかもしれない。
そして、それぞれがもつれた糸の様に絡み合っているせいで別の世界の過去にも未来にも自在に”道”を繋げることが出来る、それが召喚魔法なんじゃないかと思うんだ。」
つまりは100年前に未来人が召喚されることもあれば、100年後に古代人が呼び出されることもあり得るということ。
それは酷く突飛な考えではあるもののそもそもが神の御業である以上、人間の常識で解明しようとすること自体間違いなのかもしれない。
すると、そのことを正しく体現するかのようにジェイクは呻き声を上げながら頭を抱えた。
「うーーーん、それってつまりどう言うことなんだ?」
「要するに、考えるだけ無駄だってことさ。」
「おう、そうか!無駄なら仕方ないな!」
さすがジェイク、あっさりと気持ちを切り替えたようでスッキリした顔になる。
これにはライラもケビンも呆れたような笑いを浮かべたが今更突っ込む気にもなれなかった。
むしろそのお陰で別れの寂しさも紛れ、全員が穏やかに流れる時間の中もう一度アウレルの街に目をやり心の中で別れを告げたのだった。
翌日、旅立ちのための準備を始めるイルムハート達の元へアウレルのギルド長タチアナから至急の呼び出しがあった。
使いの者が持って来た手紙を読んだイルムハート達は思わず愕然とする。
そこには何と「カイラス皇国が龍の島に侵攻した」と書かれてあったのだ。