若き冒険者たちと昇格模擬試験
イルムハートとカールが話し込んでいる間にも試験は進み、いよいよジェイクの番が回って来た。
(どうやらそれほど力んではいないようだな。)
試験場に姿を現したジェイクの姿を見てイルムハートはひとまず安堵する。
この試験を受けることになった動機が動機だけに肩の力が入り過ぎたりはしないかと心配していたのだ。
だが、当のジェイクと言えば多少緊張してはいるものの、かと言って冷静さを欠いているようには見えなかった。あれなら十分に実力を発揮することが出来るだろう。
同時にジェイクと相対する試験官も姿を現した。それも何と2人もだ。
ひとりはやや年のいった大柄な男性でその手には戦斧が握られている。
そして、もうひとりは30歳前後の女性。その風貌からしておそらくは魔法士系だろう。
「試験では2人を同時に相手しなければならないんですか?」
それは少しばかりジェイクに不利だろうと思いながらイルムハートはカールに問い掛けたが、どうやら要らぬ心配だったようだ。
「試験では近接戦闘と魔法攻撃両方への対応力が試されることになります。
例え剣士系でも魔法を使う相手と闘わねばならないことはあるわけですからね。なので、剣士系・魔法士系両方の試験官と闘ってもらうんです。
とは言え、これはあくまでも受験者の資質を見るためのものですからね、防御出来ないような無茶な攻撃はしませんよ。」
カールの話によれば戦斧を持った男性がメインで闘い、時折冷静に対応すれば十分防げるだけの間隔を取って女性魔法士が魔法攻撃を仕掛けるのだそうだ。
要するに白兵戦の中に於いても落ち着いて魔法への対処が出来るかどうかを見るわけだ。
「あの戦斧使いの男性はマイルズ・ビングリーさん。
元Aランク冒険者で、今は総本部において教官職とAランク試験の試験官をしてもらっています。
そして、あちらの女性は確かCランク冒険者のカルメラ・シーカさんという方だったはずです。
彼女はアウレル・ギルドの所属なので残念ながら話をしたことはありませんが、模擬試験の際には時々試験官としてお手伝頂いているようですね。」
勿論、総本部には元Aランクの魔法士系冒険者もいるらしいがさすがにそれ程の人間をサブの試験官として使うわけにもいかず、そこはアウレル・ギルドから人を出してもらっているとのことだった。
だが、臨時の試験官とは言えCランクの冒険者だ。手強い相手であることに変わりはない。
「元Aランクに現役のCランクですか。
中々の顔ぶれですね。」
いくらジェイクが腕を上げてきているとは言えマイルズ達が本気を出せば手も足も出ず瞬殺されるのは間違いなしだろう。
しかし、カールの言う様に手加減してくれるのであればそれなりに良い闘いは出来るはずだった。それだけの力をジェイクは持っている。
ただ……カルメラの姿を見たイルムハートはどうにも嫌な予感がして仕方なかった。漠然とした”何か”が彼の心を捉えて離さないのだ。
そんな一抹の不安を残しながらジェイクのCランク模擬試験は開始されたのである。
試験開始の合図と同時にマイルズとジェイクは前に出ると試験場の中央で激突し、その後打ち合いとなった。
とは言え、どちらかと言えばジェイクの方が押されている感じは否めない。
だが、イルムハートは特に心配はしていなかった。これがジェイクの闘い方だからだ。
セシリアから”スロースターター”と評される様にジェイクは序盤押し込まれてしまうことが多い。どうしても受け身になってしまうのだ。
本人は「劣勢を覆して勝利するのがカッコイイ」などど嘯き良くライラに小言を言われているが、実のところそんな能天気な理由によるものではないことをイルムハートは知っていた。
日頃の言動とは打って変わって闘いにおけるジェイクはかなり慎重な人間である。そのせいで序盤は先ず相手の出方や力量を測ることを優先させてしまうため、どうしても受けに回ってしまうのだ。
まあ、そうは言ってもジェイクはやはりジェイクで時折やらかしてしまうこともあるため、イルムハートからその話を聞いてもライラとしては半信半疑と言った感じではあるようだが。
「どうにも分が悪いようですね。」
カールもそこまでは見抜けないらしくジェイクの劣勢に心配そうな顔をする。
尤も、彼の場合は冒険者あがりではなく最初から文官として総本部に勤めているわけなので、武術に関する知見が浅くともそれは仕方のない事だろう。
「大丈夫ですよ。
押されているように見えますが今は相手の力を観察しているところなんです。」
「そうなんですか?」
「ええ。ああやって相手に攻め込ませながら攻略方法を探っていくのが彼のやり方なんですよ。
尤も、マイルズさんにはバレバレみたいですけどね。」
どうやら対戦相手のマイルズもそれは解かっているらしく、ジェイクの闘い方をどこか面白がっているようにも見えた。多分、「小癪な奴め」といった感じなのだろう。
そうこうしている内に、やがてイルムハートの予想した通りジェイクは徐々に攻撃へと転じ始めた。
向こうが加減しているとは言えマイルズとも互角に打ち合う様になってきたし、時折撃ち込まれるカルメラの攻撃魔法も回避や防御魔法で無難に対処出来ている。
「成る程、ここからが本番と言う訳ですね。
あの様子なら結構良いところまで行けるのではないですか?」
そんなジェイクの姿を見たカールは感心したように声を上げた。だが、イルムハートの方はと言えばそれ程楽観的に考えてはいない様子だ。
「あくまでもこのまま何も無ければ、ですけどね。」
「何か気になる事でも?」
「いえ、特に何がと言う訳では無いんですが……。」
カールの問い掛けに思わず言葉を詰まらせてしまうイルムハート。まさか、ジェイクの性格が不安の原因だとは言えない。
(ジェイク……頼むからこのまま試合に専念してくれよ。)
試験場で強敵を相手にする友の姿を見守りながら、そう願わずにはいられないイルムハートだった。
(攻撃そのものは案外軽いな。)
それがマイルズの繰り出す一撃を受けたジェイクの最初の感想だった。
戦斧の場合、剣以上にその重量が攻撃の際の威力となる。まともに受けてばかりではこちらが手を出す余裕すら無くなってしまうので、いかに攻撃をいなすかが攻略の基本だ。
そう考えながらマイルズの攻撃を受けてみたジェイクだったが、その予想外の”軽さ”に少し驚いたのだった。
勿論、”軽い”と言っても元Aランクが繰り出して来る攻撃のその威力は半端ではない。普段訓練をつけてくれる時のイルムハートの剣もかなり重いが、こちらはそれ以上である。
とは言え、受けるだけで精一杯と言うほどでもないのだ。
試験ということで手加減してくれているせいもあるだろうが、おそらくは戦斧そのものに違いがあると思われた。試験用に重量を落とした武器なのではないかとジェイクはそう予想する。
(俺程度の相手ならそれで十分ってことか。)
ジェイクとしては手ごころを加えられてやっと互角と言う現状に多少口惜しさを感じもしたが、だからと言って腹を立てるわけでもなく、ましてや自分自身を卑下するつもりもない。
イルムハートを見ていれば自分がまだまだ未熟なのだと言うことくらい嫌でも解るし、そもそも自分が特別な人間だなどとはこれっぽちも思っていなかった。
そんな自分がここまで来られたのはイルムハートと言う目標があってこそのこと。
いかに彼が自分なんかでは手の届かない遥か高みにいたとしても、それでも憧れ何とか近付こうと努力して来た。そして、それはこの先も変わりはしない。こんなところでしょぼくれているわけにはいかないのだ。
マイルズとそしてカルメラの攻撃は単調と言う程ではないにしても、そこには一定の法則のようなものがあった。序盤、受けに回り続ける事でジェイクはそれに気付いたのである。
そのおかげで相手の攻撃をある程度読み躱すことも出来るようになってはいたものの、しかし残念ながらそれを攻撃に生かすことが出来ない。
タイミングを計りどちらかに対してこちらが反撃に転じようとすると、もうひとりが上手い具合に横やりを入れて来るのだ。
急増コンビでありながらこれだけの連携が出来るとはさすが元Aランクと現役Cランクである。
しかし、そう感心ばかりもしていられない。このまま持久戦となれば数で劣るジェイクが不利だ。ジリ貧になる前に何とか突破口を見い出さねばならなかった。
そこでジェイクは以前イルムハートから聞かされた対人戦と対魔獣戦の一番の違いを思い出す。それは相手が知性で闘う敵か本能で闘う敵かということだ。
勿論、魔獣の中にもフェイントを仕掛けて来るだけの知性を持ったものはいるが、それはあくまでもそうすることで相手を翻弄出来ると学習した結果に過ぎない。
しかし、人の場合は違う。人はそこから更に先を読んで闘うのだ。何故なら2手、3手と相手の先を読み己を優位に導くことは腕力や魔法力に匹敵するだけの”力”と成り得るからである。
ただ、その点においても今のジェイクではマイルズ・カルメラのコンビに到底敵わないだろう。だが、それを逆手に取るのもまた闘い方のひとつだとイルムハートには教わった。
(いっちょやってみるか。)
そこからジェイクは出来るだけ自分とマイルズとカルメラの位置を一直線上に置くよう意識して動き始める。
それは傍から見るとマイルズを盾にしてカルメラの攻撃を防ごうとしているようにも見え、当然マイルズ達もそう考えた。なので、ジェイクが位置を変える度にマイルズもカルメラの視界を開けるように移動する。
実を言うとそれこそがジェイクの狙いだったのだが、そこですぐ次の行動には移さず敢えて同じことを繰り返した。
そうしている内に各人その動きに慣れてしまいマイルズの意識がつい緩んでしまった。ジェイクが今迄よりも距離を詰めて来ていることを見落としたまま体を動かしてしまったのだ。
ジェイクの目の前にカルメラまでの真っ直ぐな道が開ける。
(今だ!)
その一瞬を逃さず、ジェイクは魔法により最大まで強化された脚力で一気にカルメラへと詰め寄り剣を振るう。
これにはマイルズもカルメラも意表を突かれてしまい、あわやジェイクが大金星を掴み取るかのようにも思われた。
だが、Cランクの魔法士系冒険者はそこまで甘くは無かった。
宮仕えの場合と違い冒険者である以上例え魔法士であっても身を護るための近接戦闘スキルは必須となるのである。
そして、カルメラもまた例外ではなく手に持つ短槍でジェイクの剣をかろうじてだが受け止めて見せた。
「ふう、危ない危ない。中々やるわね、君。」
危機一髪の状況を回避したカルメラはその美麗な顔に笑顔を浮かべる。
とは言え、実のところそこまで余裕があったわけでもない。いくら彼女が近接戦闘のスキルを持っていたとしても所詮は剣士系には敵わないのだ。
短槍ごとじりじり押し込もうとするジェイクの力にかかってはそう長くもたないだろう。
だが、そこでカルメラは対峙するジェイクの様子が少し変わったことに気が付いた。何やら目から闘気が薄れ押し込む力も若干緩んだような気がしたのである。
これはもしかして、とカルメラは考えた。そしてそれを行動に移す。
「君、凄いじゃない。私、強い男って好きよ。」
カルメラはそう言ってジェイクにウインクして見せた。
「えっ?あ、えっ?」
すると、案の定ジェイクの顔が一気に赤くなりその力も急激に弱まってしまう。
(しまった!)
ジェイクはそう後悔したがもう遅い。
その隙を狙いカルメラが放った風魔法は見事ジェイクを捉え、あっさりと彼を吹き飛ばしてしまったのだった。
カルメラの魔法で吹き飛ばされ地面へと転がったジェイクにマイルズが戦斧を突き付けた時点で試験は終了となった。
そんな友の姿を見てイルムハートは思わず頭を抱える。
(ジェイク……やっぱりこうなったか。)
いかにもジェイク好みの女性であるカルメラを見た時から嫌な予感はしていたのだが、どうやらそれが当たってしまったようだ。実力はあるもののこういったところの詰めが今一つ甘く、そこが彼の難点なのである。
これは試験後にライラからさんざん小言をもらう事になるのだろう。
「彼は女性に対し少しばかり紳士的過ぎるようですね。」
思わずため息をついてしまうイルムハートを見かねたのかカールがそんな言葉を掛けて来た。ものは言い様である。
「とは言え、あそこまで相手を追い詰めたのですから大したものですよ。
まあ、魔獣相手にこんなことは起こり得ないでしょうし。」
確かに、色仕掛けをして来る魔獣はいないだろう。しかし、冒険者だって対人戦闘が必要となる依頼を受けることはあるのだ。
「それはそうかもしれませんが、だからと言ってこのままでも困ります。場合によっては盗賊を相手にすることだってありますからね。」
とそこでイルムハートは昨日ジェイクから聞いた話を思い出す。
「そう言えばカールさん。カールさんは”ジャック・サマーズ”と言う名前を聞いたことがありますか?」
「いえ、残念ながら聞き覚えの無い名前ですが、その方が何か?」
「昨日、皆に例の話をしている時ジェイクから聞いたんですが、もしかするとその人も神気持ちかもしれないんです。」
これにはカールも驚きの反応を示した。
「神気持ちですって?
何者なのですか、そのサマーズと言う人は?」
「僕が龍の島へ行っている間に仲間達が合同で依頼を受けた相手で、”盗賊狩り”のふたつ名を持つ冒険者だそうです。
それで、ジェイクが言うには彼からも僕と似た感じの”気”を感じたらしいんですよ。」
「まさか、ジェイク君も神気を感じ取ることが出来るのですか?」
「そう言うわけではなさそうなんですが、長いこと行動を共にしているせいか僕の”気”が普通の闘気とは違うということを感じ取っているみたいなんです。」
「つまり、そのサマーズと言う人も普通の闘気とは違うものを持っていたと?」
「そうらしいです。
もし仮にその人が神気持ちだとすれば教団の幹部である可能性が高いですから、ひょっとしたらカールさんも名前くらいは知っているんじゃないかと思ったんです。」
「そう言うことでしたか。」
カールはそう言って記憶を探るかのように少しの間考え込んだ。しかし、やはりその名に覚えは無いようである。
「始祖は知り得る限りの教団の情報を記録として残していますし、私も何度も目を通しています。勿論、幹部連中の名前に関してもです。
ですが、やはりジャック・サマーズと言う名には心当たりがありませんね。
ただ、始祖の場合もそうでしたが中にはいくつもの名前を使い分けている者がいるかもしれませんので今判断するのは早計でしょう。
”盗賊狩り”の名を持つ冒険者でしたか?
その者については至急情報を集めさせましょう。と同時に、今後はその動向に注意するよう指示を出しておきます。」
変にギルドが動けば相手に気取られてしまう可能性もあるが、カールだってその辺りは十分理解しているはずだ。彼に任せておけば問題ないだろう。
「よろしくお願いします。
もしかすると何か教団の手掛かりが掴めるかもしれません。」
ジェイク達の話を聞く限りではそのジャックという男、決して悪人のようにも思えなかった。
勿論、「人殺しが趣味」と公言する辺りまともな人間とも言い切れないが、だとしても無差別に殺しまくっているわけでもなさそうだ。
それを考えると彼が教団に関わっていると言い切るだけの確信は持てない。
だが、イルムハートはジェイクの感覚を信じていた。そしてそれはジャックと言う男には何かがあるということを意味する。
(そのサマーズと言う人、ジェイク達は結構気に入っているみたいだし、これが杞憂であってくれればいいんだけど……。)
それが今のイルムハートの偽らざる思いなのだった。