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若き冒険者たちと彼等の覚悟

「俺達、模擬試験を受けることにしたぜ!」

 総本部から戻り、仲間達と合流したイルムハートはジェイクのそんな第一声を聞くこととなった。

 とは言え、それだけを言われてもイルムハートには何のことやらさっぱりである。

「模擬試験?何の?」

「Cランク昇格の模擬試験だよ。」

 通常、冒険者がランクを上げるには昇格試験を受けねばならず、その受験資格を得るため基準難度以上の依頼を規定された数こなす必要があった。

 Dランクまでの場合ならその条件を満たさずともギルドが認めれば試験を受けることも出来るし無試験で昇格するケースもあるのだがCランク以上はそうもいかない。

 何せDランクとはあくまでも正式な冒険者としての資格を得たに過ぎないのに比べ、Cランク以上になれば依頼の難易度も格段に上がると同時に今度は下位ランクの者達を統率してゆく立場となるからだ。

 そのためには実力に加え経験も必要となってくる。

 魔獣との闘いにイレギュラーは付きものであり、本能で動く彼等と対する場合セオリーだけでは通用しない。状況によってその行動は異なるし、地形や天候などによっても対処法は大きく変わって来るのだ。

 これに型通りの知識だけで対応するのは難しく、己自身積み重ねて来た経験からその都度最適解を導き出さねばならないのである。

 なので誰もが昇格試験を受けられるわけではないし、実際ジェイクにしても実力はともかくこなした依頼の数ではまだ受験資格を満たすまでには至っていないはずだった。

 だがジェイクの話によれば、どうやらそんな彼でも模擬的に試験を受けることが可能らしい。

 元々ここアンスガルドには”修行の旅”の途中で立ち寄る冒険者が多く、その旅の中で自分がどれだけ腕を上げたか確認の意味で試験を受ける者がいるのだそうだ。

 ただ、それだと受験資格を得ていない者は当然除外されてしまうことになり、不満を感じる者も多いとのこと。やはり、自分の実力がどれほどのものなのか確認したくなるのが冒険者としての性なのだろう。

 そこで実際の昇格にはつながらないないものの、”腕試し”の意味合いで試験を受けることが出来ようになっているとのことだった。

「へー、そんなものがあるんだ。」

「おうよ。

 俺もこの旅の間に結構腕を上げたつもりだからな。模擬試験でそいつを証明してやるぜ。」

 そう熱く語るジェイク。

 しかし、それを聞くイルムハートの方は今一つノリが悪い。

「そうか、頑張ってくれ。」

「何だよ、つれない言い方だな。

 もうちょっと心を込めて応援してくれてもバチは当たらないと思うぞ?」

「そんなことないさ、十分応援してるって。」

 とは言ったものの、正直ジェイクの熱量には付いて行けないイルムハートでもあった。

 勿論、ジェイクの気持ちは解かる。より上のランクを目指そうとするのは冒険者として当たり前のことだし、今の自分の実力を知りたいと思うのもまた当然だろう。

 ただ、Dランクになってからまだ1年半ほどしか経っていないのだから、そこまで熱くならなくてもとは思うのだ。

「それで、ライラ達も受験するのかい?」

「ええ、受けることにしたわ。

 別に実力を証明したいとかそんなんじゃないけど、今の自分の力を知っておくのは悪い事じゃないと思って。」

 こちらはジェイクと比べかなり温度差がある。まあ、これが普通の考え方だろう。

「ケビンは?」

「僕はどうでも良かったんですが、2人がそうすると言うのなら受けてみようかなと。」

 ケビンの場合、他者と比べてどうこうという考え方はあまり持っていない。彼が目指しているのは”上のランク”ではなくより魔法を上達させることだった。

 その評価はあくまでも自分自身の掲げる目標へ到達することによりなされるのであって、決して試験によって採点されるようなものではないのだ。

 なので、どうやら彼の場合はあくまでも”付き合い”で受験することにしたらしい。

「そうか。

 じゃあ、僕も一緒に試験を受けてみようかな。」

 皆が受験するなら自分も一緒にと言った軽い気持ちでそう口にしたイルムハートだったが、これには予想外の反発を受けてしまう。

「何言ってんだよ、お前。

 お前の場合、今更模擬試験なんか受けてどうするってんだ?

 せっかくの試験をメチャクチャにするつもりか?」

「そもそもアナタは実力が違い過ぎるのよ。

 そんなもの見せつけられたら他の受験者がやる気を失くしちゃうでしょうが。

 少しは常識でものを考えなさいよね。」

「僕は面白いと思いますけど、まあ今回は止めておいた方が無難かもしれませんね。」

 随分な言われ様ではあるが反論出来ないのが辛いところである。

 こうしてイルムハートの試験参加は圧倒的な反対多数により否決されることとなったのだった。


「それにしても、何で皆突然ランクアップに興味を持ち始めたんだ?」

 その日の夜、早々とジェイクが寝付いた頃を見計らってイルムハートはケビンにそう尋ねてみた。

 確かに、冒険者がより上のランクを目指すことは別に不思議な事でも何でもない。むしろ当然のこととも言えるだろう。ただ、その熱の上げようが急激過ぎた。特にジェイク。

「ランクを上げようとすること自体別におかしくはないけど、それでも今まではマイペースでやって来たと思うんだ。

 それがいきなりあれだろ?

 自分の実力を証明してやるなんて、そんな他人と競うような言い方はしなかったはずなのに、やっぱり少しヘンだよ。どこか焦っているようにも見える。

 どうしてこんなことを言い出すようになったのか、何か心当たりはないかい?」

 そんな問い掛けに対し、ケビンは少しだけ苦笑いを浮べながら眠っているジェイクの方へ目をやりこう答えた。

「イルムハート君の言う通りジェイク君は焦っているんですよ。

 いえ、ジェイク君だけではありません。ライラさんも僕もその気持ちは同じです。」

「焦っているって、一体何に対してだい?」

「イルムハート君が僕達から離れて行ってしまうんじゃないか、と言うことにです。」

 ケビンの言葉はあまりにも意外過ぎてイルムハートを困惑させる。

「離れていく?僕が?どうして?」

「イルムハート君の実力があまりにもずば抜け過ぎているからです。」

 そう言ってケビンはイルムハートを真っすぐに見つめた。

「イルムハート君に比べれば僕達なんてオマケみたいなものですからね。

 勿論、そんなことは十分解かった上でそれでもずっと一緒にやっていけると思ってはいましたがそれはあくまでも僕達のエゴでしかありません。

 そんな優秀な人材を僕達のせいで燻らせておくのは勿体ないし、何より周囲が放ってはおかないでしょう。

 その結果、いずれ僕達の元から離れて行ってしまうんじゃないかと。」

「馬鹿な、そんなわけないだろ。

 僕には君達とのパーティーを解消するつもりなんか無いよ。」

「イルムハート君ならそう言ってくれるだろうと信じてはいました。

 でも、ギルドの考え方は違うかもしれません。他でもっと活躍してもらいたいと考えても不思議は無いでしょう。

 今回、総本部から呼び出しが掛かったのもそのためなんじゃないかってジェイク君が言い出したんです。」

「だから、補佐官のカールさんはリックさんの友人で……。」

「それは解かっています。でも、それだけなのかなと。

 確かに友人の弟子に会いたいと思うのは当然でしょうが、だからと言って事務局長補佐官ほどの人がわざわざ職務中に時間を取ってまで会おうとするでしょうか?

 空いた時間に食事をする程度でも十分なのではないですかね?

 これは敢えて時間を作ってでも会って話をしなければならないことがあるからじゃないかと、ジェイク君はそう考えたんですよ。」

 普段は能天気が服を着て歩いているようなジェイクだが、意外にこういうところは鋭いのだ。

「僕やライラさんにしてもまさかという思いはありましたが、でもそれを否定出来るだけの確信が持てなかったのです。」

「でも、何でそれが模擬試験を受けるって話に……ああ、そうか。「実力を証明してやる」と言うのはそういうことか。」

「ええ、イルムハート君とパーティーを続けるにはそれなりの実力を僕達も示して見せる必要がありますからね。

 まあ、ジェイク君の言い方は少々極端ですが。」

 そう言って苦笑した後、ケビンは少し俯きがちになりながら静かに言葉を続けた。

「僕は運命などというものはあまり信じていませんでした。確かに身分によって制限はありますが、それでも人は生き方を自分自身で選ぶものだと今でも思っています。

 でも、イルムハート君を見ていて必ずしもそうではないのかもしれないと思うようになりました。

 勿論、イルムハート君にも選ぶ権利はあるでしょうが、それでも避けられない”宿命さだめ”のようなものを背負っているのではないかと、そんな風に感じるんですよ。

 何せ神獣に認められ災獣と闘い、龍族をも従えるほどなのです。どう考えても平凡な人生を送るような人間とは思えませんからね。

 おそらくはジェイク君もライラさんも同じようなことを感じているのでしょう。だから力を付けたいと思って来た。

 それは他人に対してどうこうではなく、この先様々な試練に立ち向かうであろうイルムハート君の力になれるようなそんな自分になりたいからなんです。

 今回の件はまだそこまでに至っていない僕達をちょっとだけ焦らせてしまった、とまあそう言うわけなんですよ。」

 ケビンの話を黙って聞きながら、イルムハートは己の不明を恥じた。

 皆には気楽な冒険者生活を送ってほしいし、そのためには余計な重荷を背負わせないようにしなければならない。ずっとそう考えて来た。

 だが、それはイルムハートの勝手な言い分であり、ただの思い上がりでしかなかったのだ。

 彼等にはもうずっと前からその”覚悟”が出来ていた。そして、そのために努力し続けて来たのである。

(僕は……何を思い上がってるんだ。全然懲りていないじゃないか。)

 自分は特別な人間である。神の御手により何らかの使命を持ってこの世界へと送り込まれて来たのだからそれは確かに間違いではない。

 だが、だからと言って”上級”の人間と言う訳でもないのだ。目的を果たすために少しばかり強い力を与えられている、ただそれだけなのである。

 にも拘らずいつしか他人を下に見てしまっていた。

 勿論、悪意あってのことではないものの他者が自ら選んだ生き方を自分がどうこう出来ると考えること自体彼等を馬鹿にしているも同然だし、それは単なる傲りでしかない。

 もう少し仲間を信頼しろと以前散々フランセスカに叱られたにも拘わらず、また同じことを繰り返そうとしていたわけだ。

 そうじゃない。自分達はあくまでも対等であり、そして心から信頼し合える仲間なのだと、イルムハートは改めてそう思ったのである。


 それから2日後、ギルド総本部で模擬試験が開催された。

 会場は総本部の敷地内にある訓練場で多少だが観覧席もあり、イルムハートはそこでジェイク達の試験を見守る。

 そして何人かの試験が終わりいよいよジェイク達の番が近付いて来た頃、イルムハートは不意に声を掛けられた。

「イルムハート君。」

「……カールさん?」

 振り向いたイルムハートの目に映ったのは事務局長補佐官カール・エリアスの姿だった。

「どうしてここへ?」

「君の友人達が模擬試験を受けると聞きましてね。

 これはもう見逃すわけにはいかないでしょう。」

「でも、仕事の方は大丈夫なんですか?」

 そんなイルムハートの言葉にカールは思わず苦笑いを浮かべる。

「そこはまあ、臨機応変にと言った感じですかね。」

 こう言う場合に使われる”臨機応変”という言葉は大概にして行き当たりばったりを意味することが多い。おそらく今頃は秘書の女性が怖い顔をしているに違いなかった。

 見た目こそ全く似ていないがこういったところはロッドに通じるものがあり、やはり同じ始祖の血を引いているのだなとイルムハートは改めてそう感じた。

「ところで、例の件は友人達に話したのですか。」

 ”例の件”とは勿論冒険者ギルドの秘密についてだ。

 それは最上級の機密事項ではあるのだが、イルムハートに対しカールは特に口止めしようとはしなかった。「このことを話すも話さないも、全ては君の判断に任せます」とそれだけを告げたのである。

「昨日、皆に話しました。」

 もしかするとそれはカールの望む結果ではなかったのかもしれないと思いつつもイルムハートは正直にそう答えた。

「最初は彼等に余計な重荷を背負わせないためにも当分の間黙っていようかとも思ったんですが、やはり仲間に対し秘密を持つのが嫌だったので全て話すことにしたんです。」

「では、君が転生者だと言うこともですか?」

「ええ、それも話しました。」

 ギルドの秘密だけではない。イルムハートは自分が異世界からの転生者であると言うことも皆に打ち明けたのである。

「そうですか……。

 皆さぞかし驚いたでしょうね。」

 カールは心配そうにイルムハートを見た。それを打ち明けたことで逆に仲間達との間に溝が出来てしまったのではないかと危惧したのである。

 だが、そんなカールに対しイルムハートは苦笑いを浮かべて見せた。

「ところがそうでもなかったんです。

 驚くどころかむしろ「そんなの今さらだろ?」みたいな反応されてしまって。」

 実際、イルムハートが自分は転生者であると告げても仲間達はそれほど驚きはしなかった。

 勿論前世の、しかも異世界の記憶を持っている事にはかなり興味をそそられたようだったが、転生者であること自体には「だから何?」といった感じの反応だったのだ。

 まあ、天狼とは昔馴染みの上に神龍を助けるため怨竜と闘ったなどといった話に比べればその程度は些末なことのように感じてしまうのも無理はあるまい。

 長年イルムハートと行動を共にして来たせいで、ある意味彼等の価値観はすっかり麻痺してしまっていたのである。

「それだけ君を信頼していると言うことなのでしょう。

 良い友人を持ちましたね。」

 話を聞いたカールがそう言って嬉しそうに微笑むと、つられてイルムハートも少し照れ臭そうな顔になる。

「そうですね、皆僕を信じてくれる大切な仲間達です。

 むしろ、僕の方が彼等を信じ切れていなかったのかもしれません。

 重荷を背負わせたくないだなんてそんなのただの思い上がりでしかなく、それは彼等に対し失礼な考え方なんだとそう気付きました。」

 そんなイルムハートの言葉にカールは満足そうな笑みを浮かべた。

 この子たちはもっともっと強くなるだろう。イルムハートだけでなくパーティーの全員がだ。

 そして、いずれはこの世界に立ち込める闇をはらってくれるかもしれない。あの伝説のように……。

 カールはそんなことを考えながら優しい目でイルムハートを見つめるのだった。

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