転生者の告白と龍騎士の真実
カールによって冒険者ギルドの秘密が明かされたその後は当然のごとくイルムハートのことに話題が移る。
「次は私の方から君に質問したいことがあるのですが構いませんか?」
「どうぞ。」
「ではお聞きしますが、君は神気についての知識をどうやって得たのですか?
神気だけではありません。どうやら転移者や勇者召喚のことまで知っているようですが、その知識は一体どこで?
これらのことについては一切表には出ておらず文献にも記されていないはずです。
なのに、何故君はそれを知ることが出来たのでしょうか?」
それは至極真っ当な疑問であり、イルムハートとしても転生者であることを白状した時点で当然問われるだろうと予想していたことだった。
何しろカール達は代々その知識を受け継いできたわけだがイルムハートは違う。本来なら誰も知らず、誰からも教えてもらう事などないはずの知識をイルムハートは何故か持っているのだ。カールが不思議に思うのも当然だろう。
ただ、問題はその問いにどこまで真実を答えるかだ。
最初イルムハートは様々な知識について龍族から教わったと答えるつもりでいた。伝説の神獣である天狼の名を出したところで信じてもらえるどころか逆に胡散臭い目で見られるのではないかと考えたのだ。
だが、カールの話を聞いている内にその杞憂は徐々に薄れていった。
カールは、いや冒険者ギルドはイルムハートが想像していた以上に教団について知っているようなのだ。
始祖自身が元は教団の一員だったのだがらそれも当然ではあるが、それなら教団と”背信の神”との繋がりについても知り得ている可能性は高い。
もしそうであればイルムハートの話がいくら突拍子のないものであったとしても嗤って流すような真似はしないはずはずだ。
「それについてお答えする前に、ひとつ伺いたいことがあるのですが。」
「なんでしょう?」
「800年前、始祖達をこの世界に呼び寄せたのは本当に教団の召喚魔法だったのでしょうか?」
「どういうことですか?」
「異世界人を転移させるには他の方法もあるはずです。」
イルムハートはそれだけ言って後はじっとカールの目を見つめた。もし、カールが真実を知っているのならばそれだけで解るはずだった。
「……そうですか、そこまで知っているのですか。」
やがてカールは少し驚いた表情を浮かべながら観念したように口を開く。
「確かに君の言う通り始祖達は教団の召喚魔法でこの世界へと呼び出されたわけではなりません。
教団が信仰している邪神のその使徒によって召喚されたのです。」
やはりそうか、とイルムハートは思う。
ある意味生命力の強化である”神気”や”加護”ならともかく、”祝福”のように神の力を分け与える行為だけは人間ごときに出来るはずもないからだ。
「でも、何故それが分かったのですか?」
「召喚魔法とは本来神の力にて行われる御業を人が模倣しただけのものですからね。神の力の一部を分け与えるなんて、そんなことが出来るとは思えなかったんです。
それにこの数千年の間、カイラス皇国以外で召喚魔法を使った形跡は無いとそう教えてもらっていましたから。」
「数千年……それ程の知識を持っているなんて、その方は一体何者なんです?」
「僕に色々と教えてくれたのは天狼。伝説に語られる神獣の一柱です。」
それからイルムハートは天狼との関係について話し始めた。
ドラン大山脈における出会いに龍族の島での再会、そして怨竜との闘いを経て神気に覚醒したことまでその事実の全てを話して聞かせる。
ただ、自分が何かの使命を持ってこの世界に転生したと言う点についてだけは敢えて口にしなかった。
その使命とやらが一体何なのかまだハッキリしていないせいもあるが、それよりも何か自分が特別な存在であると自慢しているように聞こえてしまうのを嫌ったのだ。
そんな話をカールは終始唖然とした表情で聞き続けた。
「……何とも、驚くしかありませんね。」
イルムハートの話を聞き終えたカールはやっとのことで声を絞り出した。
無理も無い。天狼に神龍、そして怨竜。普通に聞けばただのお伽噺としか思えない内容の話なのだから。
本来、人族が龍族の島に招かれたというだけでも驚くべきことであるはずが、それすら霞んでしまう程である。
「正直、私としては君に真実を”教えてあげる”つもりでいましたが、どうやらそれはとんでもない思い上がりだったようです。
君の方が私よりずっとこの世界の真理に近付いていたのですね。」
カールはがあまりにもすんなりと受け入れてくれたことが逆にイルムハートを不安にさせた。少しぐらいは疑われて当然だろうと思っていたのだ。
「僕の話を信じるのですか?」
「勿論です。
天狼様も神龍様も決して伝説の中だけの存在などではないことを私は知っていますから。」
「もしかして、カールさんも神獣と会ったことがあるんですか?」
「いえ、残念ながら直にお会いしたわけではありませんが……。」
そこでカールは少しすまそうな表情を浮かべた。
「先程、始祖が何処にいるか聞かれた際に”ある場所”としか答えませんでしたが別に隠すつもりはなかったのです。ただ、君と同じ様に信じてもらえないかもしれないと考えたからなのですよ。
ですが、今なら答えることが出来ます。
始祖は今、鳳凰様によって護られた場所で眠りについているのです。」
鳳凰。天狼・神龍と並ぶ神獣最後の一体だ。
「獣人族大陸の中央部には”聖域”と呼ばれる地があります。
そこは強力な結界に護られた場所で、悪意を持って近付く者は何人たりとも立ち入ることが出来ません。それは例え神気を持つ教団の幹部ですら同じです。
そんな”聖域”の中心にあるのが鳳凰様の神殿なのですよ。」
神殿には鳳凰が眠りについているとされており、そこから溢れ出て来る神気によって強力な結界が張られている場所のことを”聖域”と呼んでいるのだそうだ。
イルムハートはドラン大山脈にある天狼の神殿のことをふと思い出した。当時はイルムハートも気が付かなかったが、もしかするとあそこも神気により護られた場所だったのかもしれない。
「そうなんですか、鳳凰の神殿は獣人族大陸にあったんですね。
それにしても、あの大陸にそんな場所があるなんて初めて知りました。」
「獣人族にはやや排外主義的なところがありますからね。
別に他種族を敵視しているわけではないんですが、自分達の文化に対してはかなり保守的であるためよそ者の立ち入りを禁じている場所が数多くあるのです。
ある意味謎だらけの大陸で、”聖域”もそのひとつという訳です。」
確かに、獣人族の大陸については知られていない部分が多かった。この大陸にやって来ている獣人族は普通に人族の中に溶け込んでいるのであまり気にしたことはなかったが、言われてみれば謎の多い種族ではある。
(獣人族大陸か……。)
イルムハートは大いに興味をそそられた。
その感情は鳳凰や始祖の眠る場所などといったこととは関係なしに、ただ純粋な好奇心からくるものだった。
異世界からの転生者とか辺境伯の子息とか色々な”肩書”を持ってはいても、結局彼の本質はその言葉が示す通り”冒険者”であると言うことなのかもしれない。
こうしてイルムハートは自らの境遇をカールに打ち明けたわけだが、そこでカールはある事に気付く。
「君は龍の島で龍族と親交を持ったと言いましたよね?
もしかするとカイラス皇国による侵攻からルフェルディアを護った龍族と言うのは……。」
「はい、助力してくれるよう僕が頼んで来てもらったんです。」
これにはカールも驚きを通り越し呆れたような顔になる。
「それはまた……随分と大胆なことを考えましたね。」
「ノーラの街にはナディア・ソシアスの伝説もありましたし、被害を最小限に収めるには龍族に出てきてもらうのが一番だと思ったんです。」
「マレドバの国民の中には今だソシアスの伝説を信じている者も数多くいますから、龍族の出現は確かに効果的ではありますね。
皇国としても龍族との紛争までは望まないでしょうし、今後も抑止力として機能することになるでしょう。
しかし……まさかあの龍族を動かすとは。」
孤高の種族である龍族が人族の言うことを聞くなど普通に考えればまず有り得ないことである。だが、カールは疑うこと無くそれを受け入れた。
何故なら神獣がその力を認めるイルムハートであればそれも当然のように思えたし、何よりも前例があることをカールは知っているからだ。
「そんなことが出来るのは後にも先にもソシアスだけかと思っていましたよ。」
そう、”龍騎士”ナディア・ソシアスの伝説が決して作り話などではないことを彼は知っているのである。
そんなカールの言葉にイルムハートはノーラの街で感じた疑問を口にした。
「そう言えばノーラの街でソシアスが愛用していたと言う剣を見たんですが、それには僅かですが神気が宿っていたんです。
もしかすると彼女も神気持ちだったんでしょうか?」
「そうです、彼女も転移者だったのです。」
「えっ、転移者?転生者ではないんですか?」
ナディア・ソシアスにはノーラの街で生まれ育ったと言う記録がある。そのためイルムハートは彼女も転生してこの世界にやって来たひとりだとばかり思っていたのだ。
「いいえ、彼女は転生者ではありませんよ。勇者召喚によって呼び出された転移者なのです。
と言っても、勇者にはなれなかった”失敗作”の烙印を押されてしまったわけですけれどね。」
これは天狼も言っていたことだが、勇者召喚に関する知識は年月とともに劣化して行きその成功率もかなり低いものとなっていた。
そのため召喚に失敗したり召喚自体は成功しても勇者としての力が授からなかったりと、何度も失敗を繰り返しているのだ。
そして、どうやらナディアもその失敗例のひとりらしい。
「でも、実際にソシアスは神気を使えたんですよね?
なのに何故”失敗作”なんですか?」
「召喚した当初は神気を使えなかったからですよ。そのため失敗と判断されたようですが、実はそうではなかったのです。
この世界に無理やり召喚されてしまった彼女はそのせいで精神を病んでしまい心を閉ざすようになってしまいました。おそらく、それが能力の発現を邪魔していたのでしょう。
通常、勇者になれなかった転移者は秘密を守るため抹殺されるか、あるいは異世界の知識を引き出すため飼い殺しにされるかの運命を辿ることになるのですが、彼女の場合はそんな感じでしたからね。
役にも立たず殺す必要すら無いということで人買いに売り飛ばされることになったのです。」
それを聞きイルムハートは思わず眉をひそめた。ある程度は予想していたものの、改めて聞くと実に胸糞の悪い話である。
「その情報を入手したギルドは人買いの手から彼女の身柄を保護しました。さすがに始祖と同じ世界の人間を闇奴隷に落とすのは忍びなかったのでね。
そして、皇国の目を晦ますために”ナディア・ソシアス”と言う人物を創り上げたと言う訳です。」
つまり、ナディアがノーラの街で生まれたと言う記録もギルドが創り上げた偽の情報だったということだ。
「それからしばらして、なんとか心を取り戻しこの世界で生きてゆく覚悟を決めたソシアスは冒険者となり活動を始めました。
神気に目覚めたのはその後のことなのです。」
これはギルドにとっても予想外のことだったそうだ。
普通にこの世界の住人として生きてもらうつもりがいきなり”勇者”としてその力に目覚めてしまったのだから驚くのも無理は無いだろう。
ナディアの覚醒はギルドにとって嬉しい誤算ではあったが、同時に頭を悩ませることにもなった。
何しろ神気が漏れ続ける状態では皇国は勿論のこと、教団からも目を付けられてしまうことにもなりかねないのだ。
考えた末ギルドはナディアを”聖域”へと送り、そこで神気を制御する訓練を行わせた。そしてこれが平凡な冒険者だった彼女を後に”龍騎士”と呼ばれるほどの存在へと至らせたその第一歩となったのである。
イルムハートとカール、お互い聞きたいことはまだまだ山のようにあったものの気が付けば陽もかなり傾き始めていた。それは面談の時間の終りを示す。
残念だが今日のところはこれで切り上げるしかないだろう。何せ事務局長補佐官であるカールのスケジュールはこの後もびっしりと詰まっているのだ。
双方、名残を惜しみながらもまた次に会うことを約束し面談は終わりを告げることとなったが、イルムハートとしては最後にどうしても確認しておきたいことがあった。
「時間の無いところすみませんが、最後にこれだけは聞いておきたいことがあります。
冒険者ギルドは僕に何を望んでいるのです?
対教団実動部隊への参加ですか?」
これだけの秘密をただの茶飲み話としてするはずがない。向こうにもそれなりの思惑があるだろうことは明白だ。おそらくはイルムハートの能力を利用したいと考えているに違いなかった。
尤も、それ自体についてはイルムハートとしても異存は無い。教団の悪巧みを放置しておくわけにもいかないし、そもそも向こうが放っておいてはくれないだろうからだ。
明確に教団と敵対する形になってしまっている現状を考えればギルドと手を組むのはイルムハートにとってもメリットが大きいはずである。
ただ、問題はどう言う形で関わってゆくかだった。
教団と直接闘う実動部隊はいわば影の存在である。もしそれに加わる事になれば冒険者のままではいられなくなるだろう。それどころか、イルムハート・アードレー・フォルタナという存在自体を消してしまわねばならなくなる可能性だってあるのだ。
教団の野望を阻止したい気持ちは当然あるが、かと言って今の生活を投げ捨てるだけの覚悟も持てないのが正直なところだった。
カールとしてもイルムハートの危惧は十分に理解していたし、そんな真似をさせるつもりもなかった。
「いいえ、そんなことは望んでいませんよ。
教団との闘いはかつてその幹部として罪なき人々を苦しめた始祖のいわば贖罪のようなもので、それは私達一族が背負わねばならない業なのです。
そんな真似を君にさせるつもりはありませんし、して欲しくもありません。
ただ、必要な時には君のその力を貸して欲しい。
私達が望むのはそれだけなのです。」
静かに、しかししっかりとした口調でカールはそう口にした。
それにしても何と言う覚悟だろうか。
始祖がどれだけのことを仕出かしたのかまでは知らないが、本来それは子孫の罪ではない。にも拘らず教団の陰謀を喰い止めるためその人生の全てを掛けようとしているのだ。
イルムハートはつい自分の都合優先に考えてしまったことを恥じた。
と同時に、ギルドの秘密については暫くジェイク達に話さない方が良いだろうと決意する。
出来れば仲間達に対しあまり隠し事などしたくはないのだが彼等にまで重荷を背負わせるわけにはいかなかった。いずれは話さねばならない時が来るにしても、今はまだその時ではないだろう。
彼等はイルムハートのように何らかの定めを背負って生まれて来たわけではない。若く生気に溢れるこの時期を十分に謳歌する権利があるはずだ。
それを邪魔しないためにもこのことは当分の間胸の中に秘めておこうと、そう思うイルムハートなのだった。