総本部への招待と冒険者ギルドの秘密 Ⅲ
「転移者がこの世界に召喚された際、彼等には3つの異能が授けられます。
ひとつは魂から発せられる力”神気”、もうひとつはこの世界で生きてゆくためにその肉体へと与えられる”加護”。
そして、最後のひとつが闘うための技能”祝福”です。」
”祝福”。
その言葉は一昨年の事件の際、首謀者であるユリウス・ラング(を操っていた者)の口からも聞いた言葉だった。
「”祝福”とは教団の信仰する神に全てを捧げることによりその対価として得られる能力のことで、それを使えば神の力を借りて闘う事が出来るほどに強力なものです。
ただ、これについては教団を裏切った時点で始祖はその力を失ってしまいましたが、他の2つは魂と肉体に刻まれているため消えることはありませんでした。」
「つまり、その内のひとつである”加護”によって始祖は不老不死となったわけですね?」
加護ならイルムハートも授かってはいた。但し、始祖のようなとんでもない内容のものではない……はずだ、多分。
「そう言うことです。
ただ、正確には”不老”であっても”不死”ではありません。
老衰で死ぬことこそありませんが殺されれば普通に死ぬのです。」
殺されれば死ぬ。カールの言っている事は至って当たり前のことなのだが、何故か意外な事のように聞こえてしまうのが不思議だった。
とそこで、イルムハートはある事に気付く。
「始祖が”不老”の加護を持っているのだとしたら、もしかすると今もまだご存命なのですか?」
老いることなく生き続けられるなら当然今も健在でいるはずだった。
だが、その質問に対するカールの答はどこか曖昧なものになる。
「死んでいないと言う意味でなら確かに”生きて”はいます。」
「と言いますと?」
「200年ほど前のことになりますが、始祖の死が偽装であることを教団に気付かれてしまいましてね。
そのせいで教団から襲撃を受けることになり、奴等との闘いの中で大怪我を負ってしまったのです。
何とか命は取りとめましたが、それ以来意識が回復せず眠りについたままなのですよ。」
どうやら現在は植物状態となっているらしい。しかも、その状態で200年生き続けているわけだ。おそらくはこれも加護のお陰なのかもしれない。
「……それはお気の毒に。
それで今はどうしているのですか?
このアウレルのどこかで眠り続けているわけですか?」
「いえ、さすがにそれでは危険過ぎます。
何しろ意識を失っているせいで神気の制御が上手く出来なくなっているため、それを教団に探知されてしまう可能性が高いですからね。
なので、今はある場所に移してあります。」
「ある場所?」
「すみませんが今はそれしか言えないのです。
ただ、そこは例え神気が漏れていようとも決して教団には探知されない場所であることだけはお話しておきます。」
本当にそんな場所があるのか?と驚きはしたものの、カールが嘘を言っているとは思わなかった。イルムハートにだって知らないことはいくらでもあるのだ。
それと、明確な場所を教えてはくれなかったことについても特に不満は感じていないかった。
カールもイルムハートの人柄には好感を持ってくれてはいるようだが、だからと言って完全に信頼を得たわけでもない。そう簡単に手の内を晒したりはしないだろう。
尤も、それはイルムハートにしても同じなのだが。
その後、始祖が持つ異能の件で一旦は逸れてしまった話題を元に戻し、カールは再び話の続きを語り始める。
実を言うとアンスガルドは最初から今のような冒険者ギルドを目指していたわけではなかった。
彼が望んでいたのはあくまでも隊商を護衛してもらうための優秀で信頼出来る人材の確保であって、魔獣討伐そのものを目的としていたのではない。
ただ、そんな貴重な人材を流出させないためには安定的な仕事を彼等に与える必要があり、そのために冒険者に代わって依頼を受ける窓口組織を作り上げたに過ぎなかったのである。
しかし、彼と出会った始祖はそこに大きな可能性を見い出す。
この頃の冒険者は世間から単なる荒くれ者としか思われていなかった。実際、命を代償にしなければならないような仕事であり、食うに困った者達の最後の拠り所のようなものであったのは確かだ。
周囲の人々も魔獣の討伐のため仕方なく彼等を頼っては来るものの決して信用はされず、仕事が終わればさっさと追い出されてしまう。それが普通だった。
そんな扱いを受けてばかりいれば当然冒険者側のモラルも下がり、中には依頼をすっぽかしたり強盗まがいの真似をする者まで出てくる始末だ。
だが、それでも冒険者を頼らなければ安心して暮らしてゆけないと言うのがこの世界の現実だったのである。
そんな状況の中、もし安心して仕事を任せられるような冒険者組織を創り上げたらどうなるか?
人々は間違いなくこれに飛びつくに違いない。
勿論、信用を得るまでには長い時間と努力が必要となるだろうが、成功すれば全世界的な巨大組織を創り上げることも夢ではないだろう。
そうなれば対教団の活動にも役に立ってくるはずだと、始祖はそう考えた。
と言っても、冒険者達を教団と闘わせるつもりなどは微塵も無かった。魔獣の討伐も人々の暮らしを守るための大事な仕事であり、それを軽んじるわけにはいかないのだ。
しかし、組織が大きくなってくれれば情報の収集や自分達の活動に必要な人材の発掘などがやりやすくなるも確かで、それこそが始祖の狙いだった。
そこで始祖はアンスガルドに近付き”冒険者ギルド”の構想を語り、アイディアや資金の提供を申し出る。
当時、始祖は対教団の活動をしながら一方で商売も行っていた。活動を続けるためには信念や情熱だけではなく金も必要となるからだ。
始祖は元の世界の知識を利用することで商売での成功を収め、それなりの財も築いていた。それを全て冒険者ギルドの設立に投じようと考えたのである。
最初、アンスガルドはあまり気乗りしない様子であった。全世界的な組織を創り上げるなど一介の貿易商でしかない彼にとってあまりにも構想が大き過ぎたのだ。
しかし、アンスガルドも商人である。始祖が示した『魔獣素材の独占』と言う言葉には大いに魅力を感じた。
確かに、素材の採取から流通までを一手に担うような商人など今のところどこにもいない。討伐は軍隊や冒険者が行い商人がその素材を買い取り売る。それが常識だった。
何故なら魔獣の討伐と素材の売買とでは必要とされる技能やノウハウがあまりにも違いすぎるからだ。
だが、だからと言って不可能と言うわけでもない。今までは単にそんなことをしようとする物好きがいなかっただけなのだ。
もし、冒険者を取りまとめる組織が素材の売買まで仕切ることが出来れば実に効率よく利益を上げることが出来るだろう。値のつり上げや中間業者へのマージン等を気にする必要も無い。
これはアンスガルドの心を揺さぶるに十分な効果を与えることになった。
やがて始祖の熱心な説得によってついにはアンスガルドも首を縦に振り、ここに冒険者ギルドは誕生したのである。
こうして冒険者ギルドは設立され、その活動を開始した。
最初こそ奇をてらっただけのキワモノ扱いされはしたものの、徐々にその仕事ぶりが評価され多くの依頼が殺到するようになっていた。
それはそうだろう、何せ最初はアンスガルドが確保していた人員と始祖の配下を主なメンバーとして活動していたのだ。腕前も信用度もお墨付きの顔ぶれである。
加えて始祖が長年各地で活動して来て得た情報やコネを使うことでギルドは順調にその勢力を伸ばしていった。
ただ、そこまで深く関与していながらも始祖が表に立つことは一切無かった。全てを陰から指示するだけで、ほんの一部を除いてはギルドの職員にすらその存在を明かさないようにもしていた。
それもこれも冒険者ギルドと始祖との関係を教団に知られないようにするためである。
一応、始祖は死んだことになっているが何時その偽装が見破られないとも限らない。その時、始祖とギルドの関係が明らかになってしまえばせっかく築き上げたものが全てふいになってしまうのだ。
それだけは絶対に避けねばならなかった。
万一、自分が命を落とすようなことになってもギルドさえ残っていればその意志は必ず引き継がれる。始祖はそう考えていたのだ。
そんな始祖の行いには当然アンスガルドも違和感を感じるようになる。
そして、ある時ついにそのことを問い質してみたのだが
「君に対し秘密を持つのはとても心苦しいのだが、しかしそれを知ってしまえば君の命も危険に晒されることになる。私はそんなことになって欲しくはないんだ。」
と言われ、以降はそれ以上追求することも無かった。
アンスガルドも始祖が何らかの事情を抱えていることには薄々気付いていたし、何よりも彼を信頼していたのだ。
やがてギルドの活動も軌道に乗り組織も順調に拡大してゆく中、アンスガルドが天寿を全うしこの世を去る。
その頃には始祖の配下達が幹部としてギルドを運営するようになっており、魔獣討伐と言う表の顔と対教団活動のサポートという裏の顔を持つ組織がここから本格的に始動することとなった。
尚、”配下”と言っても今やその大半は実は始祖の血族である。始祖はその数百年の生の間に多くの子孫を生み出していて、彼等と共に活動して来たのだった。何だかんだ言っても一番信頼出来るのは身内ということなのだろう。
それからのことは誰もが知る通りである。
アンスガルドの故国による干渉と離脱、そしてカロッサ公国への移転と冒険者の国の建国。やがて全世界規模の巨大組織へと発展し、ここに始祖の思いは現実となったのだった。
ただ、始祖の野望にはまだ先があった。それは各国を糾合した『対”再創教団”同盟』の結成である。
今までは始祖とその配下のみで行って来た対教団の活動も、世界中の国々が協力し合いそれを行えば比べ物にならない程の効果を上げることが出来るだろう。
そこで始祖、と言うか冒険者ギルドは少しずつ不自然にならない程度に教団の情報を各国に流し始める。あくまでも「おかしな思想を持った危険な連中がいる」と言った程度の情報だ。
実を言うと各国も何やら怪しげな集団が跋扈していることには気付いていたものの、国同士による情報の共有が無く単なる地方犯罪組織程度にしか考えていなかった。
だが、そこへ冒険者ギルドからどうやらそれぞれが繋がっているひとつの巨大組織らしいという情報が入ることで各国の対応が大きく変わり共闘へと向け動き出す。
教団による被害はイデオロギーや種族に関わらずどの国もが被ってしまっていたため、それが逆に功を奏しこの件についてだけは互いの対立を超え手を結ぶことを可能としたのだ。
それ以降、冒険者ギルドは同盟の一翼を担う形で教団との闘いを続けて来たのである。
カールの話を聞き終えたイルムハートは暫くの間言葉も無く黙り込んだ。
まさか、冒険者ギルドの設立にこんな裏事情があるとは考えたことも無かったのである。
とは言え、確かに驚きはしたもののその反面では妙に腑に落ちてもいた。
こう言っては何だが、たかが冒険者を集めただけの集団がこれ程まで巨大組織になったことに対して多少の違和感を感じていなかったわでもない。
いくらこの世界が魔獣討伐のため冒険者を必要としているとは言え、所詮は民間組織でしかない冒険者ギルドがこれだけの勢力と権限を持っていることを不思議に思ってはいたのだ。
だが、最初からこうなることを目標とし強い意志と綿密な計画の元に数百年の年月を掛け組織を築き上げて来たのだとしたら話は別だ。それは恐ろしいまでの執念が為した当然の結果と言えよう。
「つまり、冒険者ギルドは最初から教団と闘うことを目的として創られた組織だと言うことなんですね?」
イルムハートがそう問い掛けるとカールは少し困ったような表情を浮かべた。
「確かにその通りです。冒険者ギルドは教団と”闘う”ために設立されました。
ただ誤解しないで欲しいのですが、それは戦闘を行うと言う意味ではありません。私達は冒険者を対教団のための戦闘要員にするつもりなど一切無いのです。
冒険者とは魔獣で溢れ返るこの世界において人々が安心して暮らすために必要不可欠な存在であり、そんな彼等を闘いの道具にするつもりなどありません。
ギルドはあくまでも情報の収集のみを行い、教団と対峙する役目は始祖が組織した全く別の集団が担います。
これは始祖の意志であり、ギルド設立当初からの変わらぬ理念でもあるのです。」
まあ、イルムハートとしてもギルドが冒険者を欺いているなどとは考えていなかった。自身の経験からして冒険者ギルドと言う組織がいかに冒険者と真摯に向き合っているか良く解かっていた。
「いえ、その点は疑っていません。
ただ、何処までの人がこのことを知っているのかなと思いまして。」
最高幹部会や事務局長辺りは当然知っているはずだが、その他には一体どれだけの人間がこのことを知っているのか?
イルムハートはそれが気になった。
「このことを知っているのは極めて一部の者だけですが、それがどうかしましたか?」
「以前、アルテナのギルド長に「お前には”正しい資質”あるのかもしれない」と、そう言われたことがあるんです。
その時は単に冒険者としての資質だろうと思っていたんですが、今考えればもしかすると別の意味があったのかなと。」
「ああ、ロッド・ボーンのことですね?」
するとカールは少しだけ悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「そうですか。彼がそんなことを。
確かに彼もこのことを知るひとりです。と言うか、始祖の血族でもあるんですよ。」
「ギルド長が!?」
もしかすると、これが一番イルムハートを驚かせたかもしれない。
ロッドがギルドの秘密を知っているとしても、それ自体ならここまで驚きはしなかっただろう。だが、まさか始祖の血を引いているとは。
何せ穏やかで貴公子然としたカールと筋肉オバケ……もとい、パワー系代表のようなロッドとではどう見ても血のつながりがあるように思えないのだ。
「ええ、そうです。
彼の場合、私の様に神気を感じることは出来ませんが妙にカンの良い男ですからね。
おそらくは、君の中に何かを感じたのでしょう。」
「そうなんですか。でもまさか、ギルド長も同じ始祖の末裔だったなんて……。」
「彼だけではありませんよ。
アウレル・ギルドのタチアナもそうですし、主要なギルドの長には大体私達一族の者が就いています。」
「それはまた、随分と大所帯の一族なんですね。」
「何しろ始祖は40人以上の妻を娶り一族を増やして来ましたからね。」
「よ、よんじゅうにん?」
これはまた随分と頑張ったものだ。
尤も、過去には十数年の在位の間に100人を超える愛妾を持った王もいたらしいので、それに比べれば数百年で40人など可愛いものなのかもしれない。
そんな感じで唖然とするイルムハートだったが、衝撃の事実はまだまだ続く。
「しかも妻達の中には魔族や獣人族もいて、その子孫たちもそれぞれの大陸で活動しているのですよ。」
「えっ?魔族や獣人族との間に?
でも、異種族間で子を成すことなんて出来ないはずでは?」
異なる種族同士が結婚した事例はいくつもあるが子が出来たという記録は一切ない。と言うか、身体の組成からして異なる者同士なのだから生殖が不可能なのはむしろ当然と考えるのが普通だろう。
だが、どうやら異世界からの転移者にはそんな”常識”も通用しないらしい。
「普通はそうなんですが、何故か始祖の場合はそれが可能だったようなのです。
尤も、産まれて来る子は母方の特性だけを持っていて始祖の特性は全く引き継がれないのですけれどね。」
つまり魔族の妻からは魔族、獣人族の妻からは獣人族それぞれの特性だけを持つ子供しか産まれず、半人半魔や半人半獣人のようなセシリア曰く「中二病心を掻き立てる存在」は産まれて来ないということらしい。
まあ、始祖も姿形こそ同じであっても厳密にはこの世界の”人間”ではない。それを考えれば人族との間に子が出来る事ですら既に普通ではないのだ。
にも拘らず地球から転移した異世界で様々な種族の妻を40人以上も娶り数多くの子孫を残した始祖。何やらどっかの誰かさんに聞かされた”異世界ハーレム物語”のような話である。
(なんか……セシリアが飛びつきそうな話だな。)
目を輝かせながら身を乗り出して来るセシリアの姿をつい思い浮かべてしまい、内心苦笑いするしかないイルムハートなのだった。