騒動の黒幕と過去の遺物
門から入って来た道を真っすぐ進んでいると、案内所で教えてもらったように東西に走る大きな通りへと出た。
道幅は約30メートルほど。バーハイム王国の王都アルテナにある正門通りにも匹敵する広さだ。しかも、その道を例の魔導自走車が多数走り回っている。
背後にそびえ立つ高層の建物と相まって、その景色はまるで別世界の街並みに迷い込んだかのような錯覚をイルムハート達に与えた。
そこから冒険者ギルドのある街の中心部まではまだかなりの距離があったものの、お陰で退屈することなく一行は歩を進めることが出来たのだった。
大通りを進み、やがて南北に走っているもうひとつの大きな通りと交差する辺りに冒険者ギルドの建物はあった。
周囲には高層の建築物が立ち並ぶ中にあってギルドの建物だけはさほど大きくも無く、どこの国にでもある普通の冒険者ギルドといった感じだ。
尤も、いくらアンスガルドが冒険者ギルドの本拠地とは言え総本部は別にあるわけで、こちらはただの支部に過ぎないのだからそれも当たり前と言えば当たり前ではある。
だが、周囲と比べ少々浮いている感じが否めないその姿にもイルムハート達はむしろ妙な安心感を覚えるのだった。
「何かこう、いつものギルドって感じでちょっとホッとするよな。」
そんなジェイクの言葉を聞き思わず全員が頷いた。
自分達の暮らして来た世界とはあまりにもかけ離れたこのアウレルの街並に、皆知らず知らずの内に気を張り続けてしまっていたのである。
そこへこのギルドの建物だ。何か自分達の住む世界へ戻って来たような、そんな感覚を抱いたとしても無理ない事なのかもしれない。
正面の来客用玄関を通り過ぎ冒険者用出入口より中へと入ると、そこには見慣れたいつもの景色が広がっていた。
年季の入った古ぼけた内装に依頼を掲げた掲示板。職業柄かどこか粗野に聞こえる声の響くホール。
洗練された外の風景とは大違いで、まるで過去にタイムスリップしたかのような感覚に陥る。
「これこれ、これだよなーやっぱり。」
吸い慣れた空気に安堵の表情を浮かべるジェイク。
まあ、この街に入ってからと言うもの一番驚き大騒ぎし続けたのは彼だ。やっとひと息つけた気分になるもの当然かもしれない。
「でも、あまり賑わってはいないようですね。
時間帯もあるのでしょうが随分と人が少ないように思えます。」
確かにケビンの言う通りホールにいる人の数は少なかった。午後ももう遅いせいもあるのだろうが、それにしても少な過ぎるように感じる。
尤も、それはアンスガルドが冒険者の国だと言う先入観による部分も大きいだろう。
「いくら冒険者の国と言ってもアンスガルド自体は小さな領土しか持たない小国だしね。
それに立地上、魔獣の生息域もあまり多くは無いようで討伐の依頼そのものが少ないらしい。」
「なるほど、それなら冒険者の数が少ないのも納得いきます。
どうも総本部のあるせいかアンスガルドは冒険者で溢れ返っているようなイメージを持ってしまいがちですが、よくよく考えてみればそれは普通の冒険者活動とは関係ありませんしね。」
ケビンの言う通り、イルムハートも最初は世界中から冒険者が集まって来ているのだとばかり思っていたのだ。
それはあながち間違いでもないのだが、かと言って皆が皆依頼を求めてここに来るわけではない。どちらかと言えば憧れの地を踏んでみたいと言う、いわば聖地巡礼のような気持ちを抱いてアンスガルドを訪れるのだ。
リックからその話を聞いた時、確かに自分達もそうであることに今更ながら気付いたのである。
「僕達のように修行の旅の目的地として訪れる人は多いみたいだけど、別にここで働きたいと思って来ているわけじゃないしね。
むしろ、帰路のことを考えてゆっくり休んだり、総本部や街を見物したりして過ごす人がほとんどらしい。」
それはイルムハート達も同様だった。
目的地に辿り着いたとは言え、まだ片道でしかない。無事家に帰るまでが”修行の旅”なのである。
だから、ここでは特に依頼を受けるつもりは無かった。
とは言え、このまま見学だけして帰る訳にもいかない。
ブリュンネの件でイルムハート達には所在を報告する義務があったし、何より調査の進捗状況を知りたかったのだ。
なので、先ずは窓口へ向かい滞在報告を行う。
「イルムハート・アードレーさんですか?
……すみませんが、少々お待ちいただけますか?」
すると、またしても待たされるはめになってしまった。
しかし、これはブリュンネの時とは違いイルムハートも十分予期していた事ではある。おそらくは調査により何か判明したのだろう。それを教えてくれるに違いない。
やがて奥へ引っ込んでいた職員が戻って来る。
「アードレーさん、ギルド長がブリュンネの件でお話ししたいことがあるそうなのですが、今お時間の方はよろしいでしょうか?」
はやり、だった。
ギルド長直々にと言うのは少々意外だったが、それだけ重要な事実が判明したと言うことなのだろう。
勿論、イルムハートにそれを断るという選択肢など無い。
こうしてその申し出を受けたイルムハート達はギルド長のスケジュール調整のため少しの間ホールで待たされた後、執務室へと案内されたのだった。
「初めまして、私が当ギルドのギルド長を務めるタチアナ・サルヴェールです。
お時間を取らせて申し訳ありませんね。」
アウレルのギルド長は女性だった。
年の頃は……まあ、女性の年齢をどうこう言うのは失礼なのでイルムハート達の親世代とだけ言っておこう。
「こちらこそギルド長直々にわざわざお時間を取って頂き恐縮です。
私はバーハイム王国アルテナ・ギルド所属のイルムハート・アードレーと申します。」
それから他の3人もそれぞれ自己紹介を行った後、タチアナに勧められソファに腰を下ろした。
「ブリュンネでは大活躍だったみたいですね。
お陰で調査団も無事だったようで、私からも改めてお礼を言わせてください。」
「それには及びません。
魔獣を討伐するのが私達の仕事ですから。」
そんなイルムハートの反応にタチアナは満足げな笑みを浮かべた。
「どうやらプレストン殿がおしゃっていた通りの方のようですね。」
「リックさんとはお知り合いなのですか?」
「ええ、彼にはここで新人教育のお手伝いをしてもらっていたことがあるのですよ。」
そう言えばそんな話も聞いていた。
何でもリックの育成能力に目を付けた総本部が後進の指導を頼み込み、そのため通常1~2年程でギルド長になれるところを4年以上もアンスガルドに滞在するはめになってしまったと言うのだ。
尤も、リックとしては次世代の冒険者を育成したいという思いでギルド長になる道を選んだのだから特に不満などなかったであろうが。
「そう言えばルフェルディア滞在中には例のカイラス皇国による侵攻にも遭遇したとか。
ブリュンネの件と言いどうにも災難続きのようですが、このアンスガルドではゆっくり羽を伸ばしていってくださいね。」
その言葉にはイルムハートも乾いた笑いを返すしかなかった。
「別にいつものことなんですけどね」と、そう言いたげな仲間達の視線を感じながら。
「では早速本題に入りたいと思いますが、その前にこの話にはある”組織”のことが出て来ます。
それについて問題はありませんか?」
ある”組織”というのはほぼ間違いなく”再創教団”のことだろう。
通常、どの国においても教団に関しての情報は機密事項であるため、タチアナはジェイク達にその権限があるかどうかを確認しようとしているのだ。
「大丈夫です、問題ありません。
ここにいる全員がバーハイム王国より”教団”についての情報に接する許可を受けています。」
イルムハートの場合は当然問題無い。既に何年も前、初めて教団と対峙した時にその情報への接触が認められている。
そして仲間達に対しても例のバーハイム王国内乱未遂事件以降に開示が許可されたのだった。
何しろイルムハートは教団と真正面からぶつかりこれと戦ったのだ。そのせいで今は敵として認識されてしまっているだろう。
にも拘らず、そんな彼と共に活動する仲間達が何も知らないままではあまりにも危険過ぎる。イルムハートの仲間と言うだけで教団が彼等を狙って来る可能性は十分にあるのだから。
そこで王国情報院の特別補佐官であるビンス・オトール・メルメットを通し情報開示の許可を求め、特例としてそれが認められたと言う訳だ。
まあ、タチアナもその辺りの情報は得ているものと思う。でなければ、そもそもこうして全員をギルド長室に招き入れたりはしないはずだ。なのでこれはあくまでも形式的な確認なのだろう。
「解かりました。」
案の定タチアナはそれ以上の確認をしようとせず、ひと言だけ言って頷いた。
「先ず最初に例の遺跡内で自ら命を絶った男性ですが、おそらく彼は”シロ”ですね。」
何でもその男性は他に抱えている研究のため一度は調査団への参加を断っていたのだそうだ。とは言え、歴史学の第一人者であるため政府によって半ば強引に参加させられたとのこと。
確かに、最初から何かを企んでいたのであればその行動はおかしい。利用された可能性はあっても自ら陰謀に加担したわけではないのだろう。
しかし、そうなると何故あんな真似をしたのか?と言う疑問が残る。
「彼は呪詛魔法により操られていたのではないかと考えています。」
これがその疑問に対する答えだった。
「彼の死が正体不明の魔獣を呼び寄せたであろうことは明白です。おそらく例の魔法陣は人の命を捧げることによって魔獣を出現させるよう組まれていたのでしょう。
今回の黒幕はその事を知っていて魔法陣か或いはそこに書かれた文字を見ることにより自ら命を絶つよう仕掛けていたのではないかと思われます。」
イルムハート達もその可能性は考えていた。
普通の人間なら何のためらいも無く自らの命を絶つような真似など出来はずもない。どうしても本能的な恐怖からは逃れられないのだ。
もし彼が狂気に染まった人間なのであればそれもあり得るかもしれないが、短い間ではあれ共に過ごした感じではとてもそうは思えなかった。
しかし、彼は一切の躊躇無く自らの胸にナイフを刺した。となれば何らかの形で操られていたと考えるのが妥当ではあろう。
「それは十分に有り得ることだと思います。
それで、その”黒幕”とやらの目星はついているのですか?」
「それについてはほぼ判明しています。ブリュンネ王国工部省鉱山局の局長です。」
これはまた随分と大物が出て来たものだ。
「あの遺跡のあった新鉱区は元々開発計画には無かったものでした。それを最近になって局長が半ば強引に計画へと組み込んだらしいのです。
そこから考えて、局長はあの場所を掘り続けた先に何かがあることを知っていたと見るべきでしょう。」
「その局長は何と言っているのですか?」
「残念ながら事件発生当日より行方が判らなくなってしまいまいた。
おそらく捜査の手を逃れるため姿をくらましたのだと思います。」
「どうやら間違いなさそうね。」
タチアナの話を聞いたライラがポツリとそう呟いた。彼女の言う通りその局長が黒幕で間違いないだろう。
「つまり、その局長が”再創”……いえ、”組織”の一味だったってことですか?」
機密と言うことを意識し過ぎたのだろう。慌てて言い直すライラにタチアナは穏やかな笑みを返した。
「本人から聴取出来ていないので信徒であるかどうかまでは分りませんが協力関係にあったことは間違いないでしょう。
それと、この部屋には防音の魔法が掛けてありますから”再創教団”の名は出しても構いませんよ。」
そう言われてライラはちょっと照れくさそうに頬を掻いた。
すると、今度はケビンが口を開く。
「本人から話を聞いていないのに何故”再創教団”と関わりがあると判ったのですか?
何か証拠を残していたとか?」
「いえ、教団はそこまで甘くはありません。彼等は手掛かりなど一切残したりしないのです。それが”物”であれ”人”であれです。」
もしかすると局長も今頃は口封じされてしまっているのかもしれない。タチアナは言外にそんなことを匂わせた。
「しかし、人の記憶まで消すことは出来ません。
局長が何時何処で誰と会っていたか、或いはどんな人間と交流を持っていたか。周りの人間から情報を得ることは出来るのです。」
そこで、局長と懇意にしていたある商人の名が出て来たのだそうだ。
「ここ最近、その商人が頻繁に局長の下を訪れていたという話を聞き調べてみたところブラースラのある商会に辿り着きました。
アードレーさんは数年前、バーハイム王国主導で大規模な教団の信徒狩りが行われたことを覚えていますか?」
突然に話題が切り替わったせいで少し戸惑いながらもイルムハートは「はい、覚えています」と答えた。
それは当然だろう。何しろそのきっかけとなった事件の渦中にイルムハートはいたのだから。
「それにより教団の拠点を多数壊滅させたわけですが、今回の調査でその内のひとつとブラースラの商会は同じ出資者により設立されたものであることが判ったのです。」
タチアナは何でもない事のように言うが、そこへと辿り着くためにはかなりの手間が掛かったはずだ。
”再創教団”とて馬鹿ではない。活動拠点として商会を立ち上げるにしても、その目的がバレないよう工夫はしてあるだろう。例えば出資者と商会の間には何人ものダミーの人間を用意するとかだ。
だが、冒険者ギルドは僅かな時間でそれを探り当てたわけだ。それは全世界にネットワークを持つ冒険者ギルドだからこそ可能なことなのだろう。
とは言え、それにしても仕事が早過ぎた。
もしかすると最初からその商会には目を付けていた可能性もある。それがたまたま今回の件と結びついたのだとすればこの早さにも説明が付くと言うものだ。
そんな対”再創教団”におけ冒険者ギルドの対応には、単なる国際協調以上のどこか特別な熱意すら感じてしまうイルムハートだった。
「その商会には当然捜査の手が入ったわけですよね?」
そう問い掛けるケビンの言葉にタチアナは微妙は表情を浮かべた。
「勿論、このことはブラースラ公国政府に伝え即刻乗り込んでもらいましたが、あまり成果は上げられませんでした。
どうやら商会自体は教団の活動に関わっておらず単に工作員の隠れ蓑として名を使われていただけだったようなのです。
当然、局長に近付いた商人のように裏の事情を知る者もいたはずですが、そう言った連中は既に姿をくらました後でした。」
ギルドの動きも早いが、どうやらそれに劣らぬほど教団の対応も早かったらしい。ブリュンネでの失敗を知った時点で主だった者は逃げ失せてしまっていたのだ。
「ホント、厄介な連中ね。」
そんなライラの言葉に皆も頷く。
結局、今回の件に”再創教団”が関わっていたことだけはハッキリしたものの、それ以外は分からずじまいということになるのだ。
「ということは、あの遺跡を誰が造ったのかも不明のままということですか?」
商会がどうこうよりも、イルムハートにとってはそちらのほうが重要だった。もし、あんな物が他にも造られていたとすれば大変なことになるからだ。
「そう言うことになりますね。」
タチアナの答えは残念ながらイルムハートの抱く危惧を消してはくれなかったが、ひとつ希望が持てそうな情報を与えてくれた。
「ですが、あの遺跡が何時頃造られたかは大体判りました。
あれは1000年以上も前に造られたものです。」
「そんなに前なんですか?」
意外な言葉にイルムハート達は思わず驚きの声を上げた。
「ええ、あの後の調査で遺跡の入り口の場所が判明したのですが、そこはかなり昔の時点で既に砂漠の一部となっていたことが古い文献から判りました。
文献が記されたのは大災禍後およそ200年程経ってかららしいので、逆算すると少なくとも1000年前には砂の下に埋まってしまったことになります。」
あんなとんでもない物を造り出した連中とは言え、まさか砂漠を掘り返して入り口を造るほど酔狂でもあるまい。なので、あの遺跡が造られた時点では入り口の辺りはまだ砂に埋まっていなかったと考えるべきだろう。
(1000年前の負の遺物か……。)
それは、必ずしも他に同じ遺跡が無いことを保証してくれるものではない。だが、少なくとも現時点において何か大規模な陰謀が進んでいる可能性は低いことも意味する。
何故なら”再創教団”としてもおそらくは過去に捨て置かれた遺跡を利用しようとしただけであって、あの召喚魔道具自体を新たに造り出したと言うわけでもなさそうだからだ。
だとすれば今回の件を契機に各国の警戒を強めることで、例え他に同じような遺跡が残っていようとこちらが先んじて手を打つことにより被害を防ぐことも可能となるだろう。
イルムハートとしてはそうなることを願わずにはいられなかった。