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冒険者の国と賢王の名を冠する街 Ⅱ

 アウレルの街へ入るに当たっては検問も審査も一切行われない。

 それはとても楽で良いことなのだが、ただひとつ問題があった。道を尋ねることが出来ないのである。

 普段、初めて訪れる街の場合は検問所の職員や警備の兵に冒険者ギルドまでの道を尋ねていたのだが、ここにはその相手がいない。このままでは街へ入ったはいいものの何処へ向かえば良いのか迷ってしまうことになる。

 これにはイルムハート達も困ってしまった。通行人か巡回中の警備隊を呼び留め道を尋ねるしかないかと諦め歩を進めていると、そんな彼等の目にある看板の文字が飛び込んで来る。

『案内所』

 看板にはそう書かれてあった。

「案内所って……アウレルの街の案内をしてくれるってことかしら?」

 それを見たライラは物珍しそうな顔をする。

 確かに、観光地でもないのに案内所があるなんて普通の街では考えられなかった。

「多分、そうなんじゃないかな。

 とにかく入って見よう。」

 イルムハート達はとりあえずその建物に入ってみることにした。

 大きめの扉を開け中に入ると、そこは大きなホールになっており結構な数の人々で賑わっていた。

 制服のようなものを身に纏った男女が窓口と、それからホールにも数人配置され旅人らしき一行の相手をしている。

 イルムハートはその内のひとりの女性職員に声を掛ける。

「すみません、ここでは道案内をお願い出来るのでしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ。」

 するとその職員は笑顔でそう答えてくれた。

 何でもここはアンスガルド政府直営の総合案内所らしい。

 イルムハート達の様に初めての町では検問の際に職員から道を教えてもらう者も少なくないのだ。それなのに検問所が無いとなると途方に暮れてしまう人間が多数出て来ることになってしまう。

 そこで、この案内所が設置されたとのこと。随分と手厚いサポートである。

 とは言え、これにはアンスガルド側にもメリットが無いわけでもない。

 街によってはそれぞれ独自の”ルール”というものがあった。”法”とまではいかないが社会生活を円滑に送るための”心得”のようなものがだ。

 それらは通常、検問を受ける際に教えられるのだがここアウレルにはそれが無い。そのため、諸々の案内と共にそれを教える場所がこの案内所なのだろう。

「それで、どちらへおいでになられるのですか?」

「冒険者ギルドへ行きたいのですが、その場所を教えて頂けませんか?」

 職員の問い掛けにイルムハートが答えると彼女は納得したような表情を浮かべた。

「ああ、やはり冒険者の方でしたか。」

 まあ、護身用にしては少々大袈裟な武具を携帯しているのだからそう予測するのも難しいことではないだろう。

「では、こちらへどうぞ。」

 イルムハート達一行は壁際に設置されたテーブルへと案内される。そこで職員は手に持っていた大き目の冊子を広げ街の地図を示した。

「皆さんが今おられるのはここ、北西の門の辺りです。

 門から入って来たこの道を真っすぐ行きますと東西に走る大きな通りに合流しますのでそこを左に曲がって下さい。

 そして、少し行ったこの辺りに……冒険者ギルドはあります。」

 職員が指で順路を示しながら指したその場所は街のほぼ中心にあたる位置にあった。そんな一等地にギルドの建物があるとは、さすが冒険者の国と行ったところだろうか。


「どうやら皆さんアウレルは初めていらっしゃるようですので、よろしければ少々街の説明もいたしましょうか?」

 とりあえず当初の目的であるギルドへの道筋を聞き終えた後、職員がそんなことを申し出てくれた。

 これは願ってもない申し出だった。

「はい、是非お願いします。」

 当然、イルムハート達はそれを受ける。

 最初に説明されたのはざっくりとした街の区割りだった。

 商業区や居住区の場所や宿の多く集まっている地域、そして各所の治安状況など。残念ながらこれほど先進的な街でも治安のよろしくない場所はあるのだ。

 それから、街の北側にある旧市街のこと。

「街の北側には一部旧公国時代の街並みが残っています。

 と言っても公王の居城とその周りの貴族街程度で、庶民が暮らした街並みと言う訳ではありませんけれどね。」

 アウレルの街は長い年月を掛けながら全く新しい様相に生まれ変わった。そのため、旧い街並みなどほとんど失われてしまっていたが、それでも多少は過去の姿を残してあるようだ。

 すると、その言葉を聞いたライラが職員に問い掛ける。

「今そのお城には誰が住んでるんですか?

 元公王様の血縁の方?それとも政府の偉い人とかですか?」

 ”城”には高貴な人間か権力者が住んでいる。この世界ではそれが普通なのでライラがそう思うのも無理はない。

 だが、アンスガルドにおいてそれは”常識”ではなかった。

「いいえ、誰も住んではいませんよ。

 この一帯は歴史保存区域として国が管理する公園となっています。定期的にお城の一般公開も行っていて、観光名所になっているんです。」

「お城に入れるんですか?誰でも?」

 職員の言葉を聞きライラは驚いたような声を上げた。

 それはそうだろう。普通は一般庶民が城に入る事などまず無い。そこは高貴なる者の住まう場所であり、平民が足を踏み入れて良い場所ではないのだから。

「確かに……観光名所にもなるわよね。私だって見てみたいもの。」

 実はライラ達も”城”の中に立ち入ったことはあった。

 イルムハートに連れられ彼の故郷ラテスを訪れた際、居城であるフォルテール城に招かれたことがあるのだ。

 ただ、その場合でもゲストとしてほんの一部を見学させてもらっただけであって決して自由に見て回れるわけではない。

 しかし、このアウレルにおいてはそれが可能なのだ。観光の名所となるのも当然である。

 これも共和制と言うアンスガルドの政治形態のなせる業なのだろう。

 それは転生者であるイルムハートならともかく、この世界しか知らないライラ達にとってはその価値観に大きな変化をもたらす事だったのかもしれない。


 そんな中、地図を覗き込んだイルムハートは旧市街とは反対側に位置したとある地域を目に止めた。

 そこは街の中にありながらさらに堀を隔てて造られた浮島のような場所だった。見たところ、おそらくは特別な区域に違いない。

「ここは何なのですか?」

 すると職員は思った通りの回答をしてきた。

「その一帯は行政区になります。アンスガルドの各政府機関が置かれている場所ですね。」

「なるほど。

 だとすると、ここは一般人の立ち入りが禁止されている区域と言うことですか?」

 重要な政府機関が集まっている場所となれば保安上そうなっても仕方あるまい。イルムハートはそう考えた。

 だが、それはアンスガルドと言う国を少々過小評価した考えだったようだ。

「いえ、そんなことはありませんよ。誰でも入ることは可能です。

 ただ、場所が場所だけに検問は受けて頂くことになりますが、危険物を持ち込もうとしたりしない限りは問題無く通れます。

 冒険者ギルドの総本部もこの区域にありますので、一度ご覧になりに行かれてはいかがですか?」

 まあ、それぞれの建物内に立ちることが出来るかどうかは置くとして、少なくともこの区域を往来する事自体は自由のようである。

 正直、凄いなとイルムハートは思う。

 魔法と言うものがあるこの世界においては例え持ち物をチェックしたところで完全に危険が排除出来るわけではない。

 にも拘らずその程度の検査で国の重要施設が置かれている地域に易々と入ることが出来るのだ。保安にはよほど自信があるのだろう。

 おそらくは門に設置されていた探査の魔道具がそれを担っているのだろうが、ひょっとすると監視カメラのような物すらあるのかもしれない。アンスガルドの技術力を持ってすればそれくらい出来そうな気もした。

 その後、色々と説明を受けたが中でも強く言われたのがこの国では全てが”平等”だということ。身分や種族に拘わらず全員が等しく扱われているのだと。

 加えて、もしそれに反するような行為を行った場合、最悪罪に問われる可能性もあるのでそこは十分に注意するようやんわりと釘を刺された。

 そして最後に

「街中には乗合車両が走っていますので移動の際にはそれを使われると便利ですよ。」

 と、そう言われた。

 イルムハート達は職員が乗合”馬車”ではなく”車両”と言う言葉を使ったことに多少違和感を覚えたものの、ここではそう呼んでいるのだろうと聞き流し

「ありがとうございます。

 ですが、街の見物がてらのんびり歩いて行くつもりです。」

 そう言って案内所を出る。

 だが、その言葉の違いには大きな意味があったのだと、程なくして理解することになった。


 それは案内所を出て指示された道を進んでいる時、突然目に入って来た。

「何だありゃ?馬も繋いでないのに馬車が勝手に走ってるぞ?

 一体どうなってんだ?」

 思わずジェイクが驚きの声を上げる。

 確かに”それ”は一見大きな馬車の様でもありながら、しかし馬に引かれることなく単独で道を走っていた。

「あれは……多分、”魔導自走車”なんじゃないかな?」

 同じくその姿に驚きながらも、イルムハートは己の記憶の中から何とか答えを導き出す。

「魔導……なんだって?」

「魔導自走車だよ。」

「何か良くわからんけど、魔導ってことは魔法で動く馬車ってことか?

 いや、馬が繋がれていないんだから馬車じゃないか。

 つまり魔法で動く馬車のようだけど馬車では無くて、でもやっぱり馬車みたいな……ああ、訳わかんねえ!」

 すっかりこんがらかりジェイクは頭を抱えた。

 それを見てイルムハートも思わず苦笑してしまう。

「何も馬車にこだわる必要はないだろう?

 そこはあの職員さんが言っていたように車両と呼べばいいんじゃないかな?」

「ま、まあ、呼び方はとりあえず置いといてだ。

 あんなものが走り回ってるなんてスゲーな、ここは。

 古代文明の頃の街ってこんな感じだったのかな?」

 ジェイクは魔導自走車のことをすっかりとんでもない代物のように思い込んでいる様子だったが、実のところそう言う訳でもないのである。

「うーん、実際にはそれ程特別な物でもないんだ。

 魔導自走車の仕組自体はずっと昔に開発されていて、何処の国もその知識は持っている。だから、造ろうと思えばいつでも造れる物ではあるんだよ。

 現にアルテナ学院の魔道具科にもあれより小型ではあるけど実物はあったしね。」

「そうなのか?

 じゃあ、何で誰も使おうとしないんだ?」

「そうだね、ひと言で言えば”無駄”だからかな。」

「無駄?アレがか?」

 そのイルムハートの言葉にジェイクは困惑してしまう。

「だって馬も無しに動かすことが出来るんだぞ?

 メチャクチャ便利じゃないか?

 一体どこが無駄なんだよ?」

「確かに便利ではあるんだけど、でもあの魔導自走車にはとんでもなくお金がかかるんだよ。」

 イルムハートとしてもジェイクの言っている事が解らないわけではない。しかし、何かを成そうとする際には常に費用対効果というものが付いて回るのである。

「まず第一に魔導自走車を走らせるには少々複雑な魔法が必要になるため、その分魔道具の値段が上がってしまうんだ。」

「そんなに難しい魔法が必要か、アレ?

 単純にあの”箱”を動かせばいいだけじゃないのか?」

 馬車でも車両でもなく、とうとうただの”箱”呼ばわりになってしまったが、そう言ってジェイクはライラの方を見る。

「そう簡単な話でもないわ。

 あれはどうやら車輪そのものを回転させるように魔法が使われているみたいだけど、そうなるといくつかの魔法を掛け合わせてやる必要があるの。

 ただ単純に風魔法で前に押しやるだけとは違うのよ。」

「ライラの言う通り、動かすだけで何種類もの魔法が使われているんだ。加えて速度を調整するための細工も必要になってくるしね。

 しかも、そうやって使う魔法が複雑になればなるほど動かすために消費される魔力が多くなり、動力源である魔石の消費も激しくなってしまうんだ。

 その結果として馬車の何倍もの費用がかかることになる。」

「なるほど……それじゃあ馬車の方がマシって話になるか。」

 一応、納得したような素振りを見せるジェイクではあったが、どうやらまだ納得しきれていない部分もあるようだ。

「でもよ、だとするとアンスガルドではそんな無駄な物を無理やり走らせてるってことだよな?

 何でそんな真似をするんだよ?

 もしかして単に見栄張ってるだけか?」

 まさかアンスガルド、いや冒険者ギルドがそこまで無意味なことをするとは思えなかった。

 確かに経済的に豊かな国ではあるが無駄に金を使うことが許されるかどうかは別の話だ。むしろ、それだけの経済感覚があれば不必要な出費などするはずも無い。

「おそらくだけど、改良された魔道具が使われているんじゃないかな。

 製作に掛かる費用を抑え、尚且つ少ない魔力で動くようなそんな魔道具を開発したんだと思う。」

 それにより今まで馬車の何倍もの費用を必要としていたものが同程度、或いは更に割安に運用出来るようになったのではないかとイルムハートは考えた。それは既に予想では無く確信に近い。

「はえー、ってことはその技術を教えてもらえばアルテナの街でもその魔導なんたらが使えるってことか?」

 そう言ってジェイクは目を輝かせる。だが、事はそう簡単な話でもないのだ。

「残念ながらそう上手くはいかないだろうね。」

「何でだよ?」

「道路に問題があるのさ。」

「はあ?別に馬車が通れるんなら魔導なんたらだって通れるだろ?」

「この街の道路を見てごらんよ。」

 イルムハートに言われジェイクは改めで自分の立っている道路を見直す。

「そう言えば石畳じゃないな。

 何か平らで……これってもしかして全部一枚の岩で出来てるのか?」

「そうではなさそうですよ。

 どうやら砂のようなものを敷き詰め、平らにならしてから固めてあるみたいです。」

 興味深げに地面を触りながらケビンがそう口にした。要するにコンクリートのようなものである。

「それは解かったけど、何の関係があるんだ?」

「馬車の場合、石畳のような固くでこぼこした道だと雨に濡れた時に車輪が滑ってしまうだろ?

 それは魔導自走車も同じなんだ。

 馬車であれば馬が引いているからそれでも何とか走ることは出来るけど、魔導自走車はその車輪自体を動かして走っているからね。濡れた石畳の道では上手く動けなくなってしまうんだよ。」

「つまり道、と言うか街そのものから変えていかなきゃならないってことか。

 ……そりゃ無理だわな。」

 ジェイクはがっくりと肩を落とす。

 一方、ケビンはその話を聞き感銘を受けたような表情で改めて目の前に広がる街並みを見つめた。

「と言うことは、最初から魔導自走車を走らせることが出来るよう考えた上でこの街は造られたと言うことですね。

 確かアンスガルドが建国されたのは300年近く前のはずですが、その頃から既にこんな街の姿を思い描いていたわけですか。

 凄いですね。」

 魔導自走車の件だけではない。街の区割りや立ち並ぶ高層の建物だってそうだ。

 建物と建物との間を十分に取ってあるせいで圧迫感を感じないよう配慮がされているし、所々公園のような場所が設けられそれが閉塞感を解消してもくれる。

 まるで元いた世界の大都市の様だ、そうイルムハートは思った。いや、それよりもずっと優れた都市設計の下に造られているかもしれない。

(冒険者ギルドって……一体”何者”なんだろう?)

 組織に対し”何者”という言い方は少々おかしいのかもしれない。

 しかし、魔道具にしろこの街にしろその向かう先にはどこか明確な”意志”のようなものを感じるのだ。それは合議制により導き出された機械的なものではなく、むしろ人の感情に近いようなそんな印象だった。

 果たして冒険者ギルドはどんな未来を描こうとしているのか?

 イルムハートは冒険者になって初めてそんな思いを抱いたのだった。

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