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事件の落着と残る疑問

 異界から召喚された2体のデーモンはイルムハート達の働きによって全て撃退された。

 一時はどうなるかと思ったが、終わってみれば快勝である。

「みんな、良くやってくれた。」

 イルムハートが仲間達にそう労いの声を掛けると案の定ジェイクが真っ先に反応した。

「何、あんなヤツ等なんか楽勝楽勝。」

 そううそぶくジェイクではあったが、当然のごとくライラから突っ込まれることになる。

「何言ってんのよ、さんざん文句言いながら闘ってたのは一体どこの誰だったかしら?」

「だってよー、身体は鉄みたいに硬いし魔法は効きにくいし、おまけにどうにか傷を入れてもすぐ再生しちまうんだぜ?

 あれは反則だろ?

 文句のひとつも言いたくなるだろうが?」

 不貞腐れたようにそう言い返すジェイクであるが、あの外皮にダメージを入れられるのは正直たいしたものである。どうやらこの旅の間にかなり腕を上げているのは確かなようだ。

 とそこで、イルムハートは先ほど感じた違和感のことを思い出した。

「そう言えばヤツの片腕は切り落とされたままだったよね?

 あれは何をしたんだい?」

 そう、ジェイク達が相手にしていたデーモンは確かに腕を一本失ったままで闘っていたのだ。

 再生能力があるにも拘わらず何故片腕のままだったのか?

 イルムハートはそれを不思議に思ったのである。

 すると、その問いにはライラが答えてくれた。

「ああ、あれね。あれはケビンがやったのよ。」

「ケビンが?」

「ええ、そうよ。

 切り落としたのはジェイクだけど再生を止めたのはケビンなの。」

「再生を止めた?どうやって?」

 これにはイルムハートも驚いた。まさか、あの再生能力を無効化出来るなどとは思ってもみなかったのだ。

「”止めた”と言うよりは”邪魔をした”と言った方が正しいでしょうね。」

 イルムハートの驚き様とは反対に、いつもと変わらぬ落ち着いた口調でケビンが口を開く。

「あの魔獣が肉体を再生する時、傷口の周りに魔力が集まるのを感じたんです。

 それで、もしかしたら周囲の魔力を使うことで再生を行っているのではないかと考え、そこに外部循環の技法を使い魔法を掛け続けてやったんですよ。」

 基本的に魔法は体内の魔力を変換させることで発動する。だが、それに外部魔力を取り込みより多くの魔力を使って魔法を発動させる方法もあり、それを外部循環の技法と呼んでいた。

 一見、極めて有効な方法の様にも思えるが、実はそうでもない。この技法には重大な欠点があるのだ。

 体内にある魔力と違って外部魔力は極端に制御が難しかった。上手く魔法に変換出来ず無駄に消費するだけで終わってしまうことが多いのである。

 そのため、外部循環の技法を使っても魔法の威力が増すことはほとんど無く、場合によっては逆に弱体化することさえあった。

 結局、外部の魔力を利用するにしても一旦は己の身体を通すことが重要ということだ。

 尤も、威力には拘らず長時間魔法を使い続けることを重視する場合はそれなりに有効となる”エコ”な技法のため、照明や送風の魔道具などに使われることはある。しかし、せいぜいがその程度であり戦闘で使おうなどと考える者はまずいない。

 だが、ケビンはその欠点を逆に利用したわけだ。外部循環の技法を使いデーモンが再生のために集めた魔力を横からかっさらい無駄に消費させてしまったのである。

「なるほど、その手があったか。これは僕も思いつかなかった。

 凄いよ、さすがケビンだ。」

 魔法の威力自体については置くとしても、ケビンはその技術やセンスにおいてイルムハートに勝るとも劣らないものを持っていた。

 神の加護や恩寵ギフトを授かっていないにも拘わらずここまでの才能を持っているのだから、正に天才と言っても過言ではないだろう。

 まあ、その才能が向かう方向性には若干不安はあるものの、それでも十分称賛に値することだった。

「いえ、たまたま思いついただけですから。」

 イルムハートのストレート過ぎる賛辞にはさすがのケビンも少し照れくさそうな表情を浮かべる。

 すると、無謀にもそこへジェイクが喰い付いた。

「お?もしかしてお前、照れてんのか?」

 そう言ってからかうように笑うジェイクだったが、例によって例のごとく反撃を受ける。

「そうですね、さすがに照れますね。

 でも、好きな女性と初めて手を繋いだ時ほどではないですよ。

 ああ、すみません。この例えはジェイク君にはちょっと難し過ぎましたかね。」

「お前、勝ち組だと思っていつまでも図に乗ってんじゃないぞ。

 俺だって最近はギルドのお姉さんから笑い掛けてもらえるようになったんだからな。」

「それは素晴らしい。

 この調子なら10年後には何とかまともに会話が出来るくらいまでにはなりそうですね。

 尤も、微笑みではなく冷笑の可能性もありますが……まあ、そこは気にせず今後も頑張ってください。」

「……俺、お前、嫌い。」

 何故かカタコトになって悔しがるジェイク。

(だから止めとけばいいのに。)

 そんないつもの光景にイルムハートは苦笑いを浮かべ、ライラは大きな溜息をつくのだった。


「ところで、あのバケモノは一体何だったの?

 単なる魔獣とも思えないんだけど?」

 もはやお決まりのようにやさぐれるジェイクのことは放っておいたまま、ライラは至極真っ当な質問を口にした。

 今まで見たことも聞いたことも無い化け物が光の中からいきなり姿を現したのだ。疑問を抱かないはずが無い。

「あれは悪霊獣、デーモンと呼ばれる異界の化け物だよ。」

「異界?悪霊獣?何よ、それ?」

「ああ、それは……。」

 イルムハートがデーモンについての説明をしようとしたその時、外へと通じる通路の方から多製の人間の気配がした。どうやら増援の兵士達が来たらしい。

「アイツ等については後でゆっくり説明するよ。

 とりあえず今は正体不明のの魔獣ということにしておいてくれ。」

 そんなイルムハートの言葉から何かを察したライラ達は無言で頷いた。

 直後、十数名の兵士が部屋の中へと駆け込んで来る。その中にはカスパーの姿も見えた。

「全員無事か?

 魔獣はどうなった?」

 部屋の中にはイルムハート達しかいないのを見て指揮官らしき男性がそう尋ねて来た。

「魔獣は既に倒しました。

 我々も何とか無事です。」

 イルムハートがそう応えると、おそらくは先ほどカスパー達と退避した兵士だと思われる男性が信じられないと言った様子で驚きの声を上げる。

「もう倒したのですか?あの化け物を?」

 確かに、実際デーモンの恐ろしさを目の当たりにした彼からしてみれば、こんな若い冒険者達だけで倒してしまったと言われてもすぐには信じられないのかもしれない。

「ええ、あそこに灰が積もっていますよね?

 あれが魔獣の残骸ですよ。念のため魔法で焼き尽してありますが。」

 魔獣とて生き物であることに変わりはない。死んですぐそのま灰になるのは不自然なのでイルムハートは魔法で灰にしたことにする。

 尤も、よくよく調べればそれだけでは説明出来ない部分が出てくるかもしれないが、その時はカスパーに頼んで胡麻化してもらうつもりでいた。

 すると、そのカスパーが笑顔を浮かべながらイルムハート達へと近付いて来る。

「それにしても、あの魔獣達をあっさり倒してしまうとはさすがです。

 総本部が太鼓判を押すだけのことはありますね。」

 どうやら彼自身はこの結末にそれほど驚いてはいないようだった。そのことをイルムハートは少しだけ不思議に思う。

 それに、今回イルムハート達が指名されたのはあくまでも”龍族の祠”を知っているからであって腕っぷしとは関係無いはずだ。それを考えるとカスパーの台詞には若干の違和感もあった。

 とは言え、カスパーが総本部から他にも色々と聞かされていた可能性は十分にあるので、それが特におかしいと言うわけでもない。

 まあ、手の内を全てさらけ出すわけにいかないのはお互い様と言うことなのだろう。

 その後、詳しい調査はまた後日と言うことにして、とりあえず亡くなった2人の遺体を回収しつつ一同は一旦外へと戻る事になったのである。


 遺跡での騒動が収束してから3日間、イルムハート達は調査協力のためハイダルに足止めとなった。

 と言っても、イルムハート達に出来るのは遺跡内で起きた出来事を(都合の悪い部分は除いて)そのまま話すことだけである。

 それに、肝心の遺跡内においてもこれといった手掛かりも見つからず調査自体かなり難航しているようだ。

 何でも、破壊された石板からは既に魔法陣が消えてしまっていたとのこと。おそらくは破壊と同時に魔法陣が消えるよう細工されていたのでないかと言う話だった。

 そんなわけで、本来ならもっと長期に渡る予定だったイルムハート達への聴取も早々に打ち切られることとなったのだ。留まっていても特にすることが無いのだから当然ではある。

 尤も、それにはイルムハート達がアンスガルドへ向かう予定であることも加味されていた。何か聞きたいことが出て来た時はアンスガルドに問い合わせれば済むからだ。

 そのため、ハイダルを離れるに当たってはアンスガルドまでの道中冒険者ギルドとの連絡を密にするようにとの条件が付けられたが、これは仕方あるまい。

 ちなみに、カスパーは既に翌日にはアンスガルドへと戻って行った。

 まあ、彼の場合は陸路でなく飛空船を使っての移動なのでいつでも簡単に行き来することが可能なわけだが。

「今回は結局ご迷惑をお掛けしただけになってしまいましたね。

 申し訳ありません。」

 アンスガルドへの帰り際、カスパーはそう言ってイルムハート達に頭を下げた。

 遺跡調査への協力と言う簡単な依頼のはずがいつの間にかデーモン相手に闘うハードなミッションとなってしまったのだからカスパーが気に病むのも当然だろう。

 しかし、イルムハート達は気にもしていない。

「どうぞお気になさらず。魔獣討伐が僕達の仕事ですから。

 それに調査員の方々だけであの状況に遭遇した場合のことを考えればむしろ僥倖だったと思いますよ。」

 もしそうなっていたら調査団の全滅は不可避だっただろう。経緯はどうあれイルムハート達を連れて行ったこと自体は正解だったのである。

「確かにそうですね。

 貴方がたがいてくれたおかげで皆助かったわけですから。」

 そう言いながらカスパーは改めて感謝の意を表した。

「ところで、あの自ら命を絶った男性は一体何者だったのですか?

 まるで自分が死ぬことであの化け物を呼び出すことが出来ると知っていたようにも見えますが?」

 確かにあの男性に関しては謎が多い。

 まさか急に人生が嫌になり自ら命を絶ったとなどとは考えられないし、彼の死によってデーモンが召喚されてしまったことも決して偶然などではないはずだ。

 間違いなく彼はデーモンを召喚するために自ら命を捧げたと考えるべきだろう。

「彼はこの国における歴史研究の第一人者で人望の厚い人間だったとも聞いています。

 貴族の血筋である上にブリュンネ政府からも重用されており、正直何故あんなことしたのか解らず皆首を傾げているようです。」

「まあ国家機関の要職に就いている人間だからと言って、それが国を裏切らない保障になるわけでもありませんからね。」

 カスパーの言葉にケビンは皮肉たっぷりの口調でそう言った。別に悪気はないのだろうが相変わらずの毒舌っぷりではある。

 すると、それを聞いたカスパーは少し困ったような表情を浮かべる。

「それはもしかするとバーハイム学芸院理事の話ですか?

 おっしゃる通り、彼の身分を考慮したせいで保安対策が緩んでしまった可能性は否定できません。

 ただ、こればかりは私にどうこう出来ることではありませんので……。」

 バーハイムにおける”龍族の祠事件”においては、王国学芸員理事という要職にありながら敵と内通していた者がいたのだ。

 勿論、バーハイム王国もそれを見過ごしていたわけではないものの迂闊に手を出す訳にはいかなかったのも事実であり、そのせいで後れを取ってしまったのである。

 そして、今回も同様のことが起こったわけだ。

 しかし、この件でカスパーを責めるのは少々酷な話しだろう。

 自裁した男性を調査団の一員として選出したのはあくまでもブリュンネ政府であり、アンスガルドの人間であるカスパーが口を挟める筋合いのことではないのだ。

 尤も、ブリュンネに遠慮することなく冒険者ギルドの諜報力を行使してさえいれば何かしらの兆候くらいは掴めていたのかもしれないが、それも今更の話である。

「ですが、背後関係の調査に関してはこちらとしても総力を挙げて行うつもりですし、ブリュンネ政府からも全面的な協力の約束を取りつけました。

 いずれ何か判りましたら貴方がたにも必ずお知らせします。」

 カスパーはそう約束してくれた。

 おそらくイルムハート達がアンスガルドに到着する頃には何らかの事実が明らかになっているだろう。アンスガルドの、冒険者ギルドの力を持ってすればそれを暴く事も決して難しいことではないはずである。

 ただもうひとつ、何よりも重大な疑問に対する答えだけは頭を悩ませそうだ。

 それはあの遺跡、そして石板を作り出したのは誰なのかということ。

 当然、真っ先に疑われるのは例の”再創教団”なのだが、それだとどうにも説明のつかないことがある。何故、今になって?という疑問だ。

 これだけの厄介な代物であれば彼等なら真っ先に利用していたはずである。あの召喚魔法陣を使いさえすればブリュンネだけでなく小国家群全体が間違いなくパニックに陥っていただろう。

 もし、カイラス皇国のルフェルディア侵攻に合わせてそれをやられていたら事態は確実に最悪な方向へと向かっていたことは間違い無い。

 しかし、教団があの魔法陣を使うことはなかった。

 それは何故か?

 もしかすると教団はあの遺跡の存在を知らなかった可能性もある。

 そう考えると遺跡を造ったとか造らなかったとか言う以前に、そもそも今回の件に関して本当に教団が関わっていたのかどうかすら怪しく思えて来るのだ。

 カスパーがアンスガルドへ帰還した後もイルムハート達は何とか答えを出すべく様々な可能性を考えてはみたものの、結局それは徒労に終わった。

 そして、そんなもやもやした思いを抱きながら一行はハイダルを発ち、アンスガルドへと向かったのである。

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