ゾリア大砂漠と遺跡調査
翌朝早く、イルムハート達とカスパー率いる調査団一行はハイダルの街を出発した。
目的地はハイダルから馬車で半日ほどのところにある鉱山町イズラだ。そこが今回の調査の拠点になるらしい。
ブリュンネ・アンスガルド共同での調査団は8人でそれぞれ馬車に分乗していたがイルムハート達は馬に乗っての移動となる。これは彼等が調査への協力だけでなく護衛の任も兼ねているからだ。
とは言え、ハイダルとイズラを結ぶ道はブリュンネ国内でも最重要街道のひとつであり、定期的に軍が見回りをしているせいで魔獣が出没することなどほとんど無い。
なので、一行は何の問題も無く予定通りにイズラの町へと到着した。
イズラは鉱山で働く抗夫と鉱石を扱う商人、そしてそれを運搬する業者とで成り立つ町だった。
そのため他の町に比べ全体的に粗野な雰囲気があるものの、その反面力強い活気で溢れている。
近年はその産出量も徐々に減少傾向にはあるようだが、それでもまだまだ多くの人々で賑わっていた。
イズラ到着後、一行は先ず宿へと向かいひと息入れることにする。それから打ち合わせだ。移動の疲れもあるためその日は調査を行わず翌日の開始を予定しており、それに向けての準備である。
そうなるとイルムハート達の出番は無い。
バーハイムの”龍族の祠”についていくつか質問を受けることはあったが、会議の時間のその多くは調査における実務的な話で占められていたため口を挟む余地など無かったのである。
これによりイルムハート達は早々にお役御免となり自由時間を過ごすこととなったのだった。
空いた時間を利用してイルムハート達はイズラ郊外にある小高い丘へとやって来ていた。ゾリア大砂漠を見るためだ。
ルフェルディアでミニ・ワームの討伐を行った際に砂漠の近くまで足を運んだことはあったのだが、生憎と平地でしかも辺りには樹木もあったためその全容までは見ることが叶わなかった。
そこで今回、この時間を使い観光に来たと言うわけである。
「うひゃー、こいつはホントに”砂の海”って感じだな。」
丘の上に突いた瞬間、眼前に広がるゾリア大砂漠の威容を見たジェイクは感嘆の声を上げた。勿論、そう感じたのはジェイクだけではない。
遥か遠い地平線までもが砂で埋め尽くされたその景色には誰もが思わず息を飲んだ。
彼等の故郷バーハイムにも砂漠地帯は存在した。だが、このゾリア大砂漠と比べればまるで子供の遊ぶ砂場程度でしかないのだ。
「何しろバーハイム王国の国土とほぼ同じだけの面積があるらしいですからね。
気の遠くなるような広さですよ。」
「正直、そう言われてもピンとこないが……デカイってことだけは解かるな。」
ケビンにそう説明されはしたものの、ジェイクはそう言って苦笑いする。
まあ、街の広さ程度なら実感覚として捉えることは出来ても国ほどの大きさともなれば数字やイメージでしか理解出来ないのが普通だろう。
すると、遠視の魔法で遠くを眺めていたライラが何かを発見したらしくイルムハートに問い掛ける。
「遠くの方に何か岩場みたいなものが見えるわね。
オアシスかしら?」
「と言うより”島”だね。」
そうイルムハートが応えるとライラはちょっと不思議そうな顔をする。
「それってオアシスとは違うの?」
「確かにオアシスを砂漠の中の”島”に例えることはあるけど、ここのは本当の意味での”島”なんだ。
砂漠と言うのは普通地表の岩が砕けて砂になりそれが積り重なった場所のことなんだけど、このゾリア大砂漠は違うんだよ。
ここは元々、周囲よりも低い広大な盆地のような場所でそこに大量の砂が流れ込んで出来た砂漠らしい。」
そんな膨大な量の砂がどこから流れ込んで来たのかは未だ謎である。過去の大災害が関係しているのではないかとも言われているがその真偽のほどは誰にも解らないのだ。
まあこの世界の場合、前世の常識で考えて有り得ないことがあまりにも多過ぎるのでイルムハートとしては何が原因あろうと今更驚く気にもならないが。
「それにより盆地の中にあった山々も埋まってしまい、その頂上だけがあのように”島”として砂の上に出ていると言う訳さ。」
この辺りのことはライラも知らなかったようで、話を聞き大いに驚いて見せた。
「じゃあ何、ここの砂って山がすっぽり埋まってしまうほど深いってこと?」
「勿論浅いところもあるのだろうけど、そう言う場所もあるってことだね。」
「まあギガント・ワームが”泳いで”いるくらいだもの、それくらいの深さはあるわよね。」
そう言いながらもう一度砂漠に目やったライラはふと何か思いついたように口を開いた。
「ねえ、もしかするとその”島”の中には人が住んでいるものもあるのかしら?」
「あるみたいだよ。
大きな”島”だとアルテナの街が10個くらい余裕で入るくらいの広さがあるらしい。」
「そうなんだ……そこの人達ってどんな生活をしてるのかしら?」
「人が住んでいると言ってもさすがに自給自足で暮らしてゆくのは難しいらしく、砂漠の上を飛ぶ飛空船の中継基地として町が出来ているだけのようだね。
後は観光客相手の商売人とかが滞在している程度かな。」
「観光客?そんな砂漠のど真ん中に行って何が楽しいのかしら?」
「さあね、暇を持て余した金持ちの考えることなんて僕に解るはずないだろ?」
「それもそうね。
アナタも大貴族の生まれだけど、到底ヒマを持て余しているようには見えないものね。」
むしろ色々と厄介事に巻き込まれ落ち着く暇もろくにないというのが現状かもしれない。
なので、そんなライラの言葉にはイルムハートもただ乾いた笑いを返すしかなかったのである。
翌日は朝食後少しゆっくりしてから調査へと向かうこととなった。件の鉱山までは徒歩で1時間ほどなのでそれ程急ぐ必要も無いのだ。
ほどなくして様々な調査用の道具を乗せた荷馬車と共に一行は坑道の入り口へと到着する。
そこには数名の兵士が警備のため配置されていた。
それだけではない。坑道内にも兵士は配置されており、しかも例の遺跡の入り口は結界の魔道具で封印してあるとのこと。
それもこれも”再創教団”の魔の手から遺跡を護るためである。
”再創教団”についての情報は各国で共有されることになっていた。種族やイデオロギーの違いに関わらず全ての国においてだ。
何せ相手はこの世界の滅亡を企む連中なのだ。これを排除するにはあらゆる障壁を超えて手を携えることが必要なのである。
それによりブリュンネ王国部政府も教団が”龍族の祠”にある転移魔道具を使い地脈を乱そうとした件についての情報は得ていた。
その結果がこの厳重な警備と言う訳だ。
「まだこれが”龍族の祠”と決まった訳ではありませんが、用心するに越したことはありませんからね。」
但し、“再創教団”に関しての情報はどの国でも機密事項となっていた。
なので、おそらく兵士や学者達はそこまで詳しい事を知らされていないはずである。単なる盗掘防止のためくらいにしか聞いていないかもしれない。
だが、どうやらカスパーは知っているようで、それを匂わせるようなことを言って来た。
「それと、いざと言う時には魔道具らしき石板を破壊するよう内々で指示されています。
その際はお手伝い宜しくお願いしますね。」
その言葉にイルムハートは無言で頷いた。
古代文明によって創られた物を果たしてそう簡単に破壊出来るかどうかは疑問だが、その許可が有ると無いとでは大違いだ。少なくとも後々のことを心配せずに行動出来ると言うことなのだから。
その後、一行は調査道具を運ぶ数人の人夫を伴い坑道へと入る。
遺跡が発見された場所は”新鉱区”ということになってはいたが入り口自体は新規に空けられたものではなかった。どうやら現坑道の途中から分岐させて新しい鉱区を造ったらしい。
そのため坑道内はしっかり整備された状態にあり、数多く点された灯りも十分に足元を照らしてくれた。坑道は緩い下り坂になっている上、そこここに石ころも転がっているため足元が明るいのはかなり助かった。
そうして暫く行くと少し広い空間に出る。新鉱区開発のため指令所として造られた空間だ。
そこには本来の坑道と思われる道とそれより少し狭い穴があった。これが新鉱区の入り口らしい。
カスパーはそこを警備する兵士の中の指揮官らしき人物にブリュンネ王国から発行された許可証を見せた。指揮官はその書類を熟読した後、何人かの兵士を呼び人夫から荷物を受け取らせる。
これより先、一般人の立ち入りは厳禁で荷物は兵士が運んでくれるとのこと。
それから荷物持ちとは別の兵士に先導され一行は新鉱区へと足を踏み入れた。調査団の前方にはイルムハートとケビン、後方にジェイクとライラが護衛として付く。
坑道内には滅多に魔獣は出没しないとのことだが用心を欠くわけにはいかないのだ。
新鉱区の坑道は先ほどまで通って来た道とは違い粗く削られただけのごつごつした地面で、しかも灯りの数も少なかった。なので、ゆっくりと慎重に歩を進める。
そんな荒れた道をしばらく進むとやがて前方に強い魔力を感じた。封印の結界である。
先頭の兵士が手に持った何かをその結界にかざすと手前の岩壁に結界の魔道具らしきものが浮かび上がった。兵士の持つ”鍵”と同調して姿を表すようになっているのだ。
兵士がその”鍵”を魔道具に嵌め込むことにより結界は消えた。すると、それに連動して結界の先に灯りが点り始める。どうやらそこが遺跡のある部屋らしい。
その部屋は壁にいくつかの発光魔道具が取り付けられておりとりあえず足元に不安を感じることはなかったものの、かと言って十分に明るいと言えるほどではなかった。
天井から十分過ぎるほどの光が降り注いでいたバーハイムの祠とは大違いである。
それと
(向こうに比べるとかなり狭いし荒い造りだな。)
イルムハートはその空間の狭さと細工の粗さにも違和感を感じた。
「薄暗いせいでしょうか、バーハイムの祠とは随分違う感しがしますね。」
どうやら同じことを感じたようでケビンがそう話し掛けて来る。彼もイルムハートと共にバーハイムにある”龍族の祠”を直に見たひとりなのだ。
「うん、僕もそう感じた。
年代によっては造り方も多少違って来るだろうと予想してはいたんだけれど……それにしてもかなり違和感があるな。」
「こう言っては何ですけど、バーハイムの祠に比べるとただの洞窟にしか見えませんね。
古代文明人が造ったにしてはあまりにもお粗末な気がします。」
イルムハート達がそんな会話をしている間にも調査団はそれぞれの担当毎に準備を行い調査を始めようとしていた。
ただ、カスパーだけはそれに加わらず主だった人間にいくつか指示を与えるだけで特に手は動かしていない。彼は統括者と言う立場なので実際の調査には参加しないのだろう。
ひと通り指示を出し終えたカスパーはゆっくりとイルムハート達の元へ歩み寄り声を掛けて来る。
「ここの第一印象はいかがです?
”龍族の祠”だと思いますか?
まあ、調査が始まったばかりではまだ何とも言えないでしょうが、現時点での貴方がたの率直なご意見をお聞かせください。」
「そうですね……。」
カスパーの問い掛けにイルムハートは少し考え込んだ。
確かに今の段階で何かを断言するのは難しい。しかし、感じた違和感については話しておくべきだろうとそう判断する。
「正直なところ”龍族の祠”である可能性は低いのではないかと感じています。」
「それは何故ですか?」
「先ず、この空洞の造りですね。見たところ天井の灯りを点す魔道具も無さそうですし、そもそもバーハイムの祠と比べて造り自体が随分と素雑に見えます。
造られた年代によってはそれぞれ違いが出て当然なのかもしれませんがあまりにもその差が大き過ぎるのです。
もしここが”龍族の祠”であるならば造ったのは同じ古代文明人ということになりますけど、高度な技術を持っていたはずの彼等が果たしてこんな雑な仕事をするでしょうか?」
それからイルムハートは空洞の中央辺りに設置されている石板に目をやった。
「それからあの石板です。
ここでは中央に設置してありますがバーハイムの祠の転移魔道具は壁際にありました。
まあ、そこは設計の違いである可能性を考慮したとしても、何よりあれでは小さ過ぎるのです。」
「小さ過ぎる?」
イルムハートの言葉につられカスパーも石板の方を見る。それは直径5~6メートルはある巨大な石板ではあったが、それでもバーハイムで見た物の三分の一以下でしかないのだ。
「本来、転移魔道具は龍族でも通り抜けられる大きさのゲートを開くようになっています。なのに、あれではギリギリ通れるかどうかと言ったところでしょう。
もしこれが本当に転移魔道具だとしたらとんでもない設計ミスということになりますが、そんな失敗をするとも思えません。」
話を聞き終えたカスパーは「ふむ」と言ったまま黙り込んでしまう。
彼の場合、と言うよりイルムハート達を除くこの場の全ての人間は実際にその目で龍族を見たことがなかった。なので空間にしろ石板にしろ、その大きさの正確な比較が出来ないでいたのだ。
「そのミスのために建造途中で放棄されてしまい造りが粗雑なまま残ってしまった、と言う可能性は……無いですよね、さすがに。」
カスパーはここが”龍族の祠”である尤もらしい理屈をどうにか考えようとしていたが、残念ながらその努力は徒労に終わり虚しく天井を見上げた。
「だとすると、ここは一体何なのでしょうね?」
誰に問い掛けるでもなくカスパーがそう呟いたその時、石板の方から大きな声が上がる。
「何をしているんだ!?
止めろ!危ないぞ!」
ハッしてイルムハート達が声のする方を見ると、そこには石板の上に跪き両手を天に向け掲げたひとりの調査員の姿があった。その男性の手の中には鈍く光るナイフのような物が見える。
そして、少し離れたところにはもうひとりの調査員がおり、その危険な行為を止めようと声を上げていたのだ。
だが、その懸命な制止にも拘わらず男性はナイフを持った手を思い切り自分に向けて振り下ろす。
「キャーッ!!」
深々と胸にナイフを突き刺さしたまま男性はその場に崩れ落ち、それを見た女性調査員から悲鳴が上がった。
「何てことを!」
その場の全員が呆然とする中、いち早く気を取り直したイルムハートとカスパーは急いで石板へと駆け寄る。
そんな中、イルムハートは目に見えない”何か”が倒れた男性の身体から抜け出し石板へと取り込まれて行くのを感じた。
そしてその直後、石板は急に怪しげな光を発し始めたのだった。
いつもお付き合い頂きありがとうございます。
寒さも厳しくなってきましたので皆さんもお体にはお気を付けください。
どうぞ良いお年を。