指名依頼と謎の遺跡
ルフェルディア公国からアンスガルドへと向かうには2つの選択肢があった。
ひとつは以前通過して来た南方のパニエリ王国へと戻り、そこから改めて東へと進路を取る道。そしてもうひとつは東隣のブリュンネ王国を経由しアンスガルドへと至る道だ。
修業の旅を続けるイルムハート達は勿論後者を選択した。出来るだけ多くの国を巡るためである。
ブリュンネ王国はその南側をパニエリ王国・ナイランド大公国・アンスガルドの3国と接しており、イルムハート達はブリュンネからその南方のナイランドを通ってアンスガルドを目指すことにしたのだった。
ただ、残念ながら途中の町々で依頼を受けることは諦めざるを得なかった。
何せアルテナを出発してから既に1年以上が経っているにも拘わらず未だ折り返し点にすら到達していないのだ。このまま普通に旅をしていたのではいつアルテナに戻れるか判ったものではない。
なのでブリュンネ・ナイランド両国に関してはあくまでも見聞を広めるための訪問と割り切ることにしたのである。
こうしてイルムハート達がブリュンネ王国の王都ハイダルに辿り着いたのはフェルネンを発ってから10日ほどの後のことだった。
ブリュンネ王国もまたルフェルディア同様その北方はゾリア大砂漠に接しており、そして王都ハイダルはその程近くにある街である。
本来、王都の立地としてはもう少し砂漠の影響を受けにくい南方に街を造るべきなのかもしれないが、これにはこの国特有の事情があった。
実は元々の王都は今よりもっと南に位置していたのだがその後遷都によりハイダルへと移って来たのだ。
昔からブリュンネ王国は鉱業を主な産業としている国だった。と言うか、かつてはまともな産業がそれしか無かった。そして、その鉱床の多くはゾリア大砂漠との境界付近に存在していたのである。
かつてのハイダルは産出される鉱石の集積地でしかなかったのだが、いつのまにか王都を凌ぐ規模の街へと成長していったのだ。
まあ鉱業の他に主要な産業が無かった時代、職を求めてハイダルへと人々が集まって来るのも自然のことではあったのだろう。
そして、ハイダルが栄えれば栄えるだけそれと反比例してかつての王都は寂れてゆき、その結果としてハイダルへの遷都が行われたのだった。
そんなブリュンネも次第に鉱業頼みの産業からそれを原材料とした製造業に力を注ぎ、今は工業国家としての地位を確立している。
これも小国家群の成立により人や技術、そして金が移動するようになったことが大きい。
お陰で年々鉱石の産出量が減少しつつある現状にあっても尚ブリュンネの未来は安泰だと言えよう。
ブリュンネ王国の王都ハイダルもまたかつてカイラス皇国の領地であったにも拘わらずその面影は見えず、フェルネン同様に大陸東部諸国の影響を強く受けた街だった。
ただ、ゾリア大砂漠が近いせいかフェルネンよりは少しだけ空気が乾いているように感じられる。
イルムハート達がハイダルに到着した時はまだ陽も高かったので、一行は宿を取る前に冒険者ギルドへ顔を出すことにした。
尤も、王都の周辺では手軽な依頼など期待出来ないので、どんな内容のものがあるのか視察に行くといった程度ではある。後は例によって滞在報告だ。
通常、滞在報告は所属と名前を告げるだけで終わるはずなのだが、今回は何故か少し待たされることになった。
不思議に思いながらイルムハートが奥へと引っ込んていった職員を待っていると、やがてやや年配の女性を引き連れて戻って来る。
「貴方がバーハイムのアードレーさんですか?」
そう再確認されイルムハートが「そうです」と返すと女性は意外な事を口にした。
「貴方に指名依頼が入っています、アードレーさん。」
「指名依頼?僕に?」
イルムハートは思わず困惑の声を上げた。
まあ、無理も無い。
イルムハートのことを知る者などいないはずの初めての土地で「指名依頼が入っている」などと言われれば、それは戸惑いもするだろう。
しかし、女性の次の言葉でその困惑は驚きへと変わる。
「はい、アンスガルドの総本部から貴方を指名しての依頼が来ているのです。」
「アンスガルドの総本部から!?」
あまりのことにイルムハートとしては間の抜けた声で女性の言葉をオウム返しすることしか出来なかった。
その後、表面上は何とか冷静さを保ちながらイルムハートは当然の問いを口にする。
「でも、何故僕に?
それに、どうして総本部は僕がここに来ることを知っていたんですか?」
だが、その答えを一介の職員でしかない彼女が知るはずもない。
「さあ、そこまでは分りかねます。
こちらには貴方がルフェルディアからブリュンネへと向かっているはずなのでギルドに顔を出したら引き留めておくようにと通達があっただけなんですよ。」
それを聞いてイルムハートはおおよその状況を理解出来たような気がした。
リックはアンスガルドの友人にイルムハート達のことを連絡すると言っていた。おそらくはそこから足取りを掴んだのだろう。
だが、そうだとするとこの指名依頼には総本部のかなり上の者が関与していることになる。何しろそのリックの友人と言うのは事務局長の補佐官を務めるほどの人間なのだから。
どうやら早速嫌な予感が的中してしまったようである。
「それで、依頼の内容と言うのは?」
「ブリュンネでは新たな鉱山開発を進めているのですが、それの調査に関しアンスガルドからも人員が派遣されることになりました。
そこで、貴方にも協力をお願いしたいとのことなのです。」
長年採掘を行ってきた結果、ブリュンネの各鉱山では年々産出量が減少しつつある。そのため、新規鉱区の開発にも力をいれているとのこと。
まあ、それは解かる。完全に枯渇してしまう前に何らかの手を打っておくのは当然だ。
だが、イルムハートにその調査の協力を依頼する意味が全く理解出来ない。イルムハートは鉱山の専門家でも何でもないのだ。
それに、そもそも新鉱区の開発はブリュンネ王国の問題である。そこに何故冒険者ギルドの、しかも上層部が関与しているのか?
まるで謎だらけである。とは言え、いくらここで考えたところで答えは出そうもない。
現在、アンスガルドから来た調査員がこのハイダルに滞在中らしく後でその者との面談の場が設定されるとのことなので、どうやらその際に確認するしかないようである。
そんな何やら煮え切らない想いを抱きながら、イルムハートはギルドを後にしたのだった。
翌日、イルムハートは再びギルドを訪れていた。アンスガルドから来ている調査員との面談のためである。
尚、こちら側の参加者はイルムハートただひとり。他のメンバーは呑気にハイダルの街を見物中だ。
と言っても、意図的に彼等を外したわけではない。
むしろ、同席するよう勧めてはみたのだが
「アンタ、また何か面倒な事に巻き込まれちゃったんじゃないの?」
「お前はにそう言う厄介事を引き寄せちまうところがあるからな。」
「とりあえず難しい話はイルムハート君にお任せします。
僕達は街の見物でもしていますので、後で結果だけ教えてくださいね。」
と、あっさり見捨てられてしまったのだった。
一見無責任にも思えるその反応もリーダーに対し全幅の信頼を置いているからこそだと言えなくもないのだろうが、どこか釈然としないイルムハートではあった。
イルムハートがギルドに到着すると早速応接室に通される。
そしてそこで30半ばくらいの男性と引き合わされた。
「初めまして、イルムハート・アードレーです。」
そう名乗ると男性は一瞬「おや?」という表情を浮かべた。
「どうかなさいましたか?」
不思議そうに尋ねるイルムハートに対し男性はどこか慌てたように口を開く。
「いや、これは失礼しました。
随分とお若いので少し驚いてしまいましてね。
申し訳ありません。」
「どうぞお気になさらず。そう思われるのも無理ありませんから。」
頭を下げる男性にイルムハートはそう笑い掛けた。
イルムハートも一応成人しているとは言えまだ17歳。
アンスガルドの総本部直々に指名依頼を掛けた相手がこんなまだ少年の面影が残る若者だと知れば驚くのも無理は無いだろう。
「そう言って頂けると助かります。
私はカスパー・エドマン。アンスガルドの学術研究院から参りました。」
アンスガルドには魔道具や魔獣、そして古代文明など様々な分野における研究施設が存在していた。
冒険者ギルドが生み出す潤沢な資金により運営されるそれらは数々の分野においてこの世界のトップ・レベルにあり、その統括を行うのが学術研究院なのである。
つまり、カスパーは単なるいち研究員ではなくある程度の政治的権限を持った人間だということだ。
やはり今回の依頼には何か裏がある。
カスパーの肩書にイルムハートは改めてそう推測した。
「それで、今回の依頼に関してなのですが私に一体何をお望みなのですか?」
お茶を運んできた職員が去り、魔道具によって部屋に防音の結界が張られたことを確認した後でイルムハートはカスパーに問い掛けた。
「鉱山調査への協力ということでしたが、知識の無い私にそんな依頼をしてくるとは思えません。
本当の目的は何なのですか?」
そんな問い詰めるような言葉を投げかけられながらもカスパーの態度は落ち付き払っていた。おそらくは想定済の質問なのだろう。
「そう思われるのも尤もです。
ご説明しなければならないことは色々とあるのですが……先ず第一に、今回の真の目的は鉱山開発に関する調査ではありません。
実は遺跡の調査なのです。」
「遺跡、ですか?」
最初の依頼内容がフェイクであると言う予想は当たった。
だが、カスパーの言葉は新たな疑問を生み出しただけだった。何故なら、遺跡に関してもイルムハートにとっては専門外であることに変わりないのだから。
「はい、そうです。
最初から順を追って説明させて頂きますと、きっかけは新たに広げた鉱区での採掘中のことでした。堀り進めている内に大きな空洞へと穴が繋がってしまったのです。
そこは3・4階建ての建物がすっぽり入ってしまう程に天井が高く、しかも自然に出来たものではなかったのです。」
最初は暗くて良く解からなかったものの、灯りで壁や天井を照らしてみると明らかに誰かの手で削られた痕跡があったのだそうだ。
「昔の鉱山跡ということは無いですか?」
「確かに鉱山内には所々集積所として広い空間を造ることもありますが、普通はそれほど大きな部屋にはなりません。
それに通常集積所は出し入れのため少なくとも2つ以上の通路と繋がっているはずなのですが、そこに出入り口はひとつしかありませんでした。」
「その出入り口はどこに繋がっているんですか?」
「それが落盤で塞がって先へ進めない状態らしいのです。
しかも、落盤が起きているのはその出入り口付近のみであって本体の部屋には全く痕跡が無いのです。
そこから見て、その落盤も人為的に起こされたものではないかと我々は考えています。」
「なるほど……。」
カスパーの言葉を聞きながらイルムハートは以前見たとある遺跡のことを思いだしていた。
そして、そんなイルムハートの記憶をさらに強く呼び起こさせる言葉をカスパーは口にする。
「それだけでなく、我々がそこを”遺跡”だと判断する何よりの理由はその部屋に置かれていたある”物”なのです。
何とそこには魔法陣の描かれた大きな円形の石板が置かれていたのですよ。」
カスパーの話を聞き、イルムハートは完全に理解した。今回の指名依頼がかかった理由をだ。
「つまり、エドマンさんはそれが”龍族の祠”ではないかと考えているのですね?」
「その通りです。
以前バーハイム王国にて発見された”龍族の祠”の資料と比較した結果、その可能性が高いと我々は判断しました。」
状況を聞く限りにおいてイルムハートとしてもその意見には同意だった。
勿論、バーハイムで見つかった祠とは色々相違点はある。
部屋は最初「暗くて良く解からなかった」らしいがバーハイムの祠では人の気配を探知して自動的に灯りが点いたし、そもそも転移魔道具である石板(と言うより金属に近いものではあったが)そのものが光を放っていた。
部屋自体の大きさも少し小さい様に思えたし、何よりもバーハイムの転移魔道具には魔法陣など描かれてはいなかったのだ。
もしかすると目につかない所に描かれてあったのかもしれないが少なくとも目につく場所には確認出来なかった。
とは言え、だから違うとも言えない。
造られた年代によって若干仕様が異なる場合もあり得るだろうし、灯りの件についても既に機能が停止された祠である可能性だって考えられるのだ。
「ただ、そう断言するには決定的な証拠が足りないのです。
本来の入り口を見つければそれが”龍族の祠”かどうかはっきりするのでしょうが、残念ながら落盤により道が塞がれているせいで未だ発見出来ません。
地上からも探索してはいるのですが方向的にゾリア大砂漠の方を向いているため、もしかすると入り口は既に砂の下に埋まっている可能性もあるのです。
と言う訳で何とも手詰まりの状態だったのですが、そんな時ギルドの総本部から連絡があったのですよ。
バーハイムの祠を直に見た事のある冒険者、つまり貴方が現在ルフェルディアからアンスガルドに向かって移動中であるとの報せがです。」
実際の祠を知る者であればある程度真偽の判断がつくかもしれない。そう考えたのだろう。
その後、学術研究院はギルド総本部を通じイルムハートに指名依頼を掛け、通過しそうな各地のギルドに通達を行ったのだそうだ。
それにしても、よくもまあここまで都合よく偶然が重なったものである。
もしリックがアンスガルドの友人に連絡していなければ、或いはイルムハート達の小国家群を訪れる時期が少しでもズレていたらこうはならなかったはずだ。
まるで誰かが筋書きを描くたかのようではあったが、さすがにそれはないだろう。
イルムハート達がこの時期にルフェルディアを出発したのは彼等自身が決めた事だし、そもそも途中途中での不測の出来事が無ければ今頃は既にアンスガルドに到着し場合によってはバーハイムへの帰路に付いていたかもしれないのだ。
その全てを見越して筋書きを描くなど到底不可能であり、ここで陰謀論を持ち出すのは少々拗らせ過ぎでしかない。
『お前には厄介事を引き寄せるところがある』
そんなジェイクの台詞がふと頭に浮かび、イルムハートは内心で大きくため息をついた。
(僕だって好きで厄介事に関わっているわけじゃないんだけどな……。)
結局、イルムハートは今回の指名依頼を受けることにした。と言うか、そもそも断る理由が無い。
そして、明日遺跡へと向かうことに決まり面談は終了したのである。