幕間語りと新たな陰謀
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マレドバ王国の北方にあるとある町。
そこは町自体さほど大きくないのだが有名な保養地として賑わう場所だった。
貴族や大商人の豪華な別荘もいくつか建ち、その中の一軒を今ひとりの男が訪れていた。
男の名はジャック・サマーズ。
彼は医者でもありCランクの冒険者でもあり、そして”再創教団”の幹部でもあった。
「”和尚”はもう来てるのか?」
到着早々、ジャックがそう尋ねると家人は少し考え込んだ後で答える。
「”和尚”……あ、はい、タン様でしたら既にお着きになっておられます。」
”和尚”と言うのはジャックが勝手に呼んでいる名であるため家人も一瞬戸惑い反応が遅れたのだ。
その後、ジャックは家人に案内され応接間へと向かう。
そしてそこには彼の言う”和尚”が待っていた。
「おう、久しぶりだな”和尚”。
直接会うのは5年ぶりくらいか?」
ジャックがそう声を掛けると相手は特に表情を変えることも無く見返して来る。
その風貌は剃髪した頭にゆったりとした僧衣のような服装を纏い正に”和尚”と言った感じであった。
肌の色は浅黒いがドワーフではない。れっきとした人間である。
「6年だ。
それと、”和尚”と呼ぶのは止めるよう言ったはずだぞ?
僧籍などとうの昔に捨てておるのだからな。」
だが、そんな抗議などどこ吹く風のジャックだった。
「別にいいじゃねえか、その方が分りやすいんだからよ。
そもそもアンタの名前はややこしいんだよ。
苗字と名前が逆な上に、その苗字ってのが実は親父の名前なんだっけ?
そんじゃお前は一体”ウアン”なのか”タン”なのか、その辺がごちゃごちゃになっちまうんだよ。」
そんなジャックの言葉に”和尚”ウアン・タンは大きくため息をついた。
「それについては好きに呼べと言ったはずであろう。
過去を捨てた今となってはこの名前など単なる記号でしかないのだ。
どちらが名でどちらが姓かなど大した問題ではない。」
ジャックの言う通り、ウアンの場合苗字の後に名前が来る”国”で生まれた。この世界の一般的な名前とは逆である。
しかし既に過去の自分とは別の存在となった今、それに拘るつもりなどウアンには毛頭無い。
それがこの”世界”のルールであるならば”ウアン”が名で”タン”が姓と思われても特に気にはならないし、いちいち訂正するつもりも無かった。
だからお前も渾名などではなく名前で呼べとウアンは言いたかったのだがジャックはそれを逆手に取りニヤリと笑う。
「好きに呼べってんなら別に”和尚”でもいいってことだろ?」
「……勝手にするが良い。」
結局、屁理屈ではジャックに勝てないと悟ったウアンはどこか諦めたような表情でそう応えたのだった。
「しかし、ルフェルディア侵攻があんな結果になっちまうとは思ってもみなかったぜ。」
メイドが持ってきた蒸留酒の入ったグラスを片手にジャックはしみじみと言った様子でそう呟く。
「エルフィアでのお主の働きも無駄になってしまったな。」
こちらはアルコールではなくお茶を口にしながらウアンが応えた。
彼の言う様にジャックはエルフィア帝国において地方反乱を起こすべく暗躍していたのである。
それもこれもカイラス皇国によるルフェルディア侵攻に対しエルフィアが口を挟めないようにするためであったのだが、皇国の撤退によりそれも無駄になったわけだ。
だが、当のジャックは意外にもさばさばとした顔をしていた。
「別にルフェルディアの刈り取りが成功しようと失敗しようと俺にはどうでも良いことなんだよ。楽しめりゃそれで良いのさ。
その点、今回の件は割と好き勝手やらせてもらえたからな。不満は無いぜ。」
「聞けば随分と派手に暴れ回ったそうではないか。
まさかお主、エルフィア帝国そのものを打ち壊すつもりだったのではあるまいな?」
「まさか、そこまで無茶はしねえさ。
ただ、気分が乗ってたせいで少しばかりやり過ぎたところはあったかもしれねえな。」
”少しばかり”とジャックはそう表現したが、実際には数多くの町や村が壊滅し多くの犠牲者を生んでいたのだ。それを軽く言ってのける辺りが彼の性格を物語っていた。
「それより、アンタの方こそ残念だったな。
せっかく王さまの命まで取ったってのにこの結末だしよ。」
今更説明するまでもないだろうが、ウアンもまたジャック同様”再創教団”の幹部だった。
そして、彼はマレドバ王国内での工作を指揮していたのである。
「そもそも、我の役目はマレドバを落とすための下準備をするだけのこと。
それが成された後のことなど我の与り知るところではない。」
そう言ってひと口茶を含んだ後、ウアンは軽くジャックを睨み付ける。
「それと、我はマレドバ国王を殺せなどと命じたりしておらん。
あれは我欲にまみれた者共が自ら人の道を外しただけの事だ。
あまり人聞きの悪いことは言わんでもらいたい。」
「けど、そう”導いた”のはアンタだろ?」
「……まあ、そこは否定せん。」
ウアンの言葉にジャックは声をあげて笑った。
それから、ふと思いついたように口を開く。
「それにしても、まさか龍族がルフェルディアのために出張って来るなんて思ってもいなかったぜ。
ナディア・ソシアスってのはよっぽど龍族と仲良かったみたいだな。」
「確かに、彼奴が出て来るなど全くの想定外であった。
ソシアスの死後100年は経とうと言うのに、よほど義理堅い連中と見える。」
「人間なんかよりよっぽど情が厚いじゃねえか。」
ジャックはどこか感心したようにそう呟いたが、その後すぐさま皮肉っぽい笑みにその表情を変えた。
「さすがの”教授”もこうなることまでは読めなかったんだろうな。」
そう言いながらジャックは今回の筋書きを書いた同僚の顔を思い浮かべる。
別にその同僚の事を嫌っているわけではないのだが、いつもすかした表情の彼が今回ばかりは悔しがっているかと思うとどうにも笑いがこみ上げてきてしまうのだ。
だが、それもウアンの言葉で素に戻されてしまう。
「まあ、それも仕方あるまい。こればかりは誰にも予測出来なかったであろう。
ただ、あ奴もただでは転ばぬ男だ。
聞くところでは龍族に対し手を打つべく何やら画策しておるらしいぞ。」
「マジか?
ホント、陰謀巡らすのが好きだよな、アイツは。
もう仕事じゃなく、単なる趣味の世界になってんじゃねえのか?
全くイカレてやがるぜ。」
尤も、ジャックだって他人のことは言えない。
人を殺したいから。ただそれだけの理由で教団に従っているのだ。
だがそれはそれ、これはこれ。
己の事に関しては決して顧みないのがジャックの主義なのである。
「で、アンタはこれからどうすんだ?
俺は暫くのんびりしてろと言われたんだが。」
飲み終えたグラスをトンと音立ててテーブルの上に置いた後、ジャックはウアンに問い掛けた。
「我の方にも今のところ次の話は来ておらん。と言うより、意図的に外されている感じではあるな。
おそらくは古参の者共が手を回したのであろう。」
「あの古株連中がか?
しかし、何でまた?」
「ひと言でいえば焦り”だな。」
ジャックの質問にウアンは実に下らんと言った口調でそう応えた。
「今回の件、あまりにも上手くいき過ぎたのだよ。
龍族と言う想定外の要素によりルフェルディア侵攻こそ失敗したものの、当面の目的であったマレドバの陥落については実にあっさりと成し遂げたわけだからな。
その上、ルフェルディア国内に皇国の領地を得ることで小国家群を切り崩すための橋頭保を確保出来たのだ。結果としては上出来と言って良いだろう。
それを成し遂げたのが我等”新参”の者達となれば焦るのも無理はあるまい。何しろあ奴等はここ暫く目立った成果を上げておらんからな。」
「バーハイム主導による信徒狩りのせいで大打撃をくらっちまったヤツもいるいしな。」
「それもありあ奴等としてはこれ以上先を越されるわけにはいかんのだろう。そこで我等を外しにかかったわけだ。
尤も、我等としてはここで無理に張り合う必要も無い。暫くは高みの見物としゃれこむのも悪くはなかろうよ。」
「まあ、俺は構わんけどな。元々他人にあれこれ指図されるのは性に合わねえし。
でもよ、それだと”教授”がヤバイんじゃねえか?
今も何かコソコソ動いてんだろ?
古株連中に目を付けられちまうんじゃねえのか?」
心配しているのか皮肉っているのか良く解からないジャックの台詞にはウアンも思わず失笑してしまった。
「あ奴なら心配あるまい。謀略であ奴に敵う者などそうそうおらん。
仮に手を出して来る者がいたとしても、逆に腕を噛み千切られることになるであろうよ。」
「……確かに。
俺もアイツとだけは敵対したくねえからな。」
そう言いながらジャックは肩をすくめた。彼も穏やかな笑顔の仮面の下に隠された同僚の本性を良く知っているのだ。
「ところでよ、俺達を干しといてる間に古株連中は何をしようとしてるんだ?」
「何やら過去に教団の誰かが残した”遺物”を発見したらしくてな、それを使い小国家群に干渉しようとしているそうだ。」
「過去に誰かが残した”遺物”?それを今更、発見?」
ウアンの言葉にジャックは不思議そうな顔をする。
「なんだよそれ?
身内の人間が作ったものなのに今の今まで誰にも知られず放っとかれてたってことか?
教団も随分とテキトーなことしてんだな。」
「それほど驚く事でもあるまい。
我等は皆独自に動いておる。成すべきことは指示されるが、その手段については各々の裁量で決めることが出来るのだ。
その中において他者の与り知らぬ”何か”が創り出されていたとしても別段不思議な事ではなかろう。」
「それもそうだな。
わざわざ”敵”に手の内晒すような馬鹿はいねえか。」
同じ教団内の人間であろうと必ずしも”仲間”とは限らないのだ。むしろ、隙あらば相手を蹴落とそうと狙っている”敵”だらけなのである。
ジャック達だって新参の幹部同士、古参の連中と渡り合うために一時的な同盟を組んでいるに過ぎなかった。
それが現実なのだ。”隠し玉”のひとつやふたつくらい、さして驚く程のものでもないのである。
「つーか、良くそこまでのネタを仕入れたもんだな。
”教授”と言いアンタと言い、どんだけスパイを忍び込ませてんだ?」
「何を今更。情報の収集は戦略の基本であろうが。」
「当然、俺のところにもいるんだろ?アンタ等の手先がよ?
まあ、別に答えなくてもいいさ。俺は気にするつもりなんざねえからな。」
あっけらかんとそう言い捨てるジャックにはさすがにウアンも呆れた表情を見せた。
「お主、それではあまりにも不用心が過ぎるのではないか?
身の回りには常に気を付けておかねば、いつ足元をすくわれるやもしれんのだぞ?」
確かにウアンはジャックの部下にの中にも間諜を忍び込ませていたし、勿論それに対しての罪悪感など微塵も持ってはいない。
しかし、ここまで無防備な様を見せつけられるとさすがに心配になって来てしまう。そんなことが言える立場ではないことくらい重々解ってはいてもだ。
だが、ジャックはどこ吹く風である。それどころか、どこか楽し気に酷薄そうな笑みを浮かべた。
「そん時はそん時だ。
ケンカを売って来るヤツがいるってんなら買うまでよ。
むしろその方が暇してるよりずっとマシってもんさ。」
そんなジャックの表情を見たウアンは思わず言葉に詰まってしまう。そして、静かにゆっくりと首を振った。
「お主らしいと言えばらしいのかもしれぬな。」
ジャックはいわば”狂犬”である。手を出す者がいれば、例えそれが誰であろうと構わずその喉を食い破ろうとしてくる。
彼は出世や保身などに拘る男ではない。時々、己の命にすら興味が無いのではないかと思わせるほどだ。
そんなジャックには小手先の手段など通じはしないだろう。例え謀略により全てを失おうとも彼は臆せず笑いながら敵の喉元に牙を突き立てようとするに違いなかった。
(……こ奴もまた敵にすれば恐ろしい男よな。)
いずれそうなるかもしれないその時のことを思い、ウアンは無意識の内に身を引き締めるのだった。
やがて話も終わり、ジャックはこの場を辞すべく立ち上がった。
「それじゃあな。酒、美味かったぜ。」
「もう戻るのか?」
「今回は久しぶりにアンタの顔を見に来ただけだからな。
第一、こんな年寄りくせえ町は俺の好みじゃねよ。」
この町は保養地として名が通っているだけあり、穏やかで静かな場所だった。だがその性質上、滞在者の平均年齢はかなり高い。
年寄りが静かに過ごす町。そんな場所はジャックにとって監獄にも近い所のなのだ。
「まあ、そうであろうな。
それで、お主こそこの後どうするのだ?
また冒険者でもするのか?」
そんなウアンの問い掛けにジャックはニヤリと笑みを返す。
「そのつもりさ。
今までは単なる暇つぶしのつもりだったんだが、最近冒険者家業も中々悪く無いと思えて来てな。」
そう言いながらジャックはサウワズ王国で出会った若き冒険者達のことを思い出した。
そして、ふと何かを思いついたようにウアンの顔を見る。
「ところでよ、古株連中が狙ってるのは小国家群の内のどこなんだ?
まさかアンスガルドか?」
「さすがにアンスガルドにはまだまだ手が出せんだろう。
あそこの安全保障体制はこの世界随一だ。あれを落とすのは3大国を攻めるより難しいかもしれん。」
「じゃあどこなんだ?」
「ブリュンネ王国だ。」
「ルフェルディアの東隣か……。」
あの若き冒険者達はアンスガルドへ向かう旅をしていると言っていた。
サウワズからアンスガルドへ行くのであればブリュンネを経由することはあるまい。それでは遠回りになる。
(まあ、アイツ等が巻き込まれることはなさそうだ。
第一、時間的にもうアンスガルドに着いててもおかしくないしな。)
もしウアンが知れば大そう驚いただろうが、何とジャックは彼等の身を案じていたのである。この他人の命など己の欲求を満たすためだけにあるのだと思っていそうな男がだ。
尤も、それは親切心からなどでは決してない。
(アイツ等はいずれ俺の部下になる連中だ。
こんなんで死なれちまったんじゃつまんねえからな。)
「それがどうかしたのか?」
不思議そうなウアンの声にジャックは我に返る。
「いや、単なる興味本位ってヤツさ。
そんじゃ、俺はこれで帰るわ。元気でな。」
「そうか、お主も壮健でな。」
そう言葉を交わし別れる2人。
いずれ敵となるかもしれない同士ではあるが今は手を組む仲間である。健在でいてくれることが己の利益にもなるのだ。少なくとも今はまだ……。
マレドバの片田舎で行われた”再創教団”の幹部による会合はこうしてあっさりと終わった。
だが、この時既に別の陰謀が再び小国家群を混乱に陥れるべく動き出していたのである。