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小国の苦悩と皇国の侵攻

「そんなことが起きていたのですか……。」

 ギルドの実施研修から戻ったその夜、リックから事のあらましを聞きイルムハートは思わず表情を強ばらせた。

 場所は屋敷のサロン。

 イルムハート達一行に加えデイビッドとシャルロットが各々ソファやスツールに腰掛けながら神妙な面持ちでリックを見つめる。

「それでこのところ城に通い詰めだったのね。」

 納得したと言った表情でシャルロットが声を漏らした。

「そう言うことだ。

 皆には黙っていてすまなかった。」

 そう言ってリックは申し訳なさそうな頭をする。

 まあ、国の裏事情をおいそれと話す訳にもいかないのは確かだ。それはここにいる全員が十分理解していた。

「それは仕方ありませんよ。

 公国との会議内容を話す訳にいかないのは当然ですから。」

 イルムハートの言葉に皆も無言で頷く。

「それにしても上手い事やりやがったな、カイラス皇国は。」

 そんな中、デイビッドがぼそりとそう呟きシャルロットの眉をひそめさせた。

「感心してる場合じゃないでしょ?」

「別に感心してるわけじゃねえよ。

 ただ、いいようにしてやられちまったなと思っただけさ。」

 この言葉にはリックも同感のようでゆっくりと頷いた。

「そうだな。こちらが後手に回ってしまったのは確かだろう。

 実のところカイラス皇国がマレドバの王太子や西部の貴族を取り込もうとしている件については冒険者ギルドもその情報を掴んではいたんだ。

 当然、マレドバ国王の逝去も分かっていたし、それによって皇国が何らかの動きを見せるだろうことも予測していた。

 しかし、まさか国王の死から僅か10日余りでここまで事態が進んでしまうとは、正直考えてもいなかったよ。

 言い訳になってしまうが第2王子派の暴発が無ければもう少し対処する時間的余裕もあったのだろうけれどね。」

「実力行使に出るなんてよっぽどのことだと思いますが、第2王子派はそこまで追いつめられていたのですか?」

 いくら王太子の評判が芳しくないとしても、力でこれを排除しようとするのは決して良策とは言えない。

 強引な力の行使には当然力による抵抗が生じるものだし、そもそもどうやって己の正当性を証明しようと言うのか?

 イルムハートはそんな疑問を口にした。

「確かに相手は王太子であり、現状において最も次期国王に近い存在だと言える。

 しかし、その資質には数多くの貴族たちが疑問を持ち、父王ですら廃位を検討し始めていたと言うのも事実なんだ。

 王家とは国内において絶対的な力を持つ存在ではあるものの、だからと言って独裁的に全てを支配出来るわけではない。

 まあ、一部にはそういった国もあるにはあるが、ほとんどの国の場合貴族たちの支持無しで国家を運営する事など不可能に近いだろう。

 それはマレドバも同じのはずだ。」

「つまり、多数の貴族から指示を受けている第2王子には敢えて賭けに出る必要など無かったわけですね?」

「勿論、内情の全てを把握出来ているわけではないので、第2王子側にも何らか事情があった可能性も否定は出来ないがね。」

 一応リックはそう擁護の言葉を口にしたが、状況から見る限り先走ってしまった感が強い。要は不必要に焦って悪手を選択してしまったわけだ。

「決起の情報が王太子側に流れていたことからして、もしかしたら第2王子派の結束もそこまで強いわけではないのかもしれなせん。

 それに焦りを感じての結果とも考えられますね。」

 そんなイルムハートの言葉にデイビッドは少しだけ口元を歪めながら皮肉気に声を出す。

「貴族連中なんざそんなものさ。

 表向き国のためとか何とか言いながらも、どうせ裏ではいろんな思惑が渦巻いていたんだろうしな。」

 相変わらず貴族に対しては辛辣なデイビッドだった。


 これまでのいきさつが語られた後は、当然今後どうなるかの話となる。

 確かに予断を許さない状況ではあるものの、正直なところイルムハート達は今すぐ何かが起こるわけではないとそうも考えていた。

 しかし、どうやら事態はそれよりも深刻なようだ。

「現状、王太子派とカイラス皇国の合同軍は第2王子派貴族領を制圧しながら東進している。」

 国境から離れているせいもあって、マレドバ東部の貴族は皇国の影響をあまり受けていない。

 そのため、反カイラスとまではいかないものの皇国に対し不信や不満を持つ者は多かった。

 とは言え、事ここに至っては武力を持って立ち向かうわけにもいかないだろう。そんなことをしても自滅するだけである。

 なので、合同軍は大した抵抗も受けず東部の各領を次々と平定していた。

「このままだとあと数日でルフェルディアとの国境まで辿り着くだろう。

 そして、その勢いのままルフェルディアへと侵攻してくる可能性が高いと我々は見ている。」

「まさか、そんな!」

 これには話を聞いた全員が驚愕の声を上げた。

「近年、皇国内では”東領復古”の声が大きくなって来ている。

 国の東方、つまり大陸中央部はかつて自国領であり今こそそれを元に戻すべき、と言った主張だ。

 この考え自体は昔からあったのだが、このところそれを唱える者が増えているのだよ。」

「だから手始めにマレドバ、そして次はルフェルディアをってわけか?

 随分と勝手なこと言いやがるぜ。

 第一、この辺りが皇国領だったのはもう何百年も昔の話だろうに。」

「デイビッドの言うことは尤もだ。

 だが、そもそもそんな理屈が通用するような相手ならここまでの事にはならないだろう。」

 リックの言葉に皆は黙り込む。

 が、そこで不思議そうにイルムハートが口を開く。

「帝国によるマレドバへの派兵は王太子からの要請に応えたものなので仕方ないとしても、ルフェルディアへの侵攻はまた別の話のはずです。

 これは大義名分の無い正に侵略行為であって他の国、特にバーハイム王国やエルフィア帝国が黙っているはずはありません。

 そんなことくらい皇国だって解かっていると思うのですが、果たしてそんな暴挙に出るでしょう?」

 それは至って真っ当な見解だった。東大陸の政治的・軍事的バランスの在り様を知る者ならば皆そう考えるだろう。

 しかし、それを聞いたリックの表情は更に曇ってゆく。

「これが普通の場合ならばね。」

「普通の場合?」

 何やら含みのあるリックの言葉にイルムハートが不思議そうな顔で聞き返すと、デイビッドが代わりに答えをくれた。

「それがな、現在エルフィアでは地方反乱が起きてるんだ。

 最初はほんの小さな騒ぎ程度のものだったんだが、今じゃ結構な範囲にまで広がってるらしくてな。

 つーことでエルフィアも自分とこの火消しで手一杯の状態なのさ。」

 そして、その話を今度はリックが引き継ぐ。

「あとバーハイム王国なんだがね、こちらも中々厄介な状況にあるんだよ。

 隣国のメラレイゼ王国が現在国王派と旧王家派とに分裂していることは君達も知っているだろう?

 で、旧王家派の方なんだが最近になって急激に攻勢を強めて来ているらしく、国王派はかなり劣勢に追い込まれているようでね。

 バーハイムとしても国王派への支援として軍を派遣しているんだが、何せ旧王家派の後ろにはカイラス皇国が付いているため手を焼いていると言うのが現状なんだ。」

「つまり両国とも他国の問題に口を出している余裕など無い状態にあるということですか?」

「そう言うことだ。」

 確かに、本来互いに牽制し合い抑止効果となるはずの”3すくみ”が機能しなくなっている状態ではカイラス皇国を止める手段など無いに等しい。

 皇国としても口うるさい連中が身動き取れずにいる隙を突いて大陸中央部を侵略し、既成事実化してしまおうと考えているのだろう。

 それにしても、随分と皇国にとって都合の良い状況が重なるものだ。

 果たしてこれは単なる偶然なのだろうか?

 そんな思いがイルムハート達の中に芽生える。

 とは言え、それは危険な罠でもあった。下手な陰謀論は却って正確な現状分析を妨げてしまうからだ。

 だが、そんなことは一切お構いなしに口を開く者がいた。ジェイクである。

「メラレイゼの内戦にエルフィアの地方反乱、あとマレドバ国王の急死でしょ?

 いろんなことが随分と都合良く起こってますよね?

 これってもしかして全部最初から皇国が仕組んだことなんじゃないですか?」

「そう言った見方をする者がいるのも確かだ。」

 リックもそれを頭から否定するような真似はしなかった。しかし、こうも付け加える。

「それも可能性のひとつではあるだろう。

 だが、そう決めつけるのも考えものだよ。

 実は他の第三者が何らかの意図を持って関与していると言う可能性だって無いとは限らないんだ。

 余計な先入観は事の本質を見誤る事にもなりかねない。」

 ”他の第三者”と言う言葉にイルムハートは一瞬ピクリと反応したが敢えて口は挟むことはせず話に耳を傾ける。

「じゃあ、たまたま都合の良い状況が重なったことですか?」

「これはあくまでも私の考えだが、ひとつは”黒”でひとつは”白”、そしてもうひとつは”グレー”と言ったところだろうね。

 ”黒”は当然メラレイゼの件だ。

 内戦の激化は旧王家派を支援している皇国が裏で糸を引いていると考えて間違い無いだろう。

 おそらくはマレドバの件でバーハイムが余計な口を挟んで来られないよう仕掛けたものではないかと思われる。」

「”白”はやっぱエルフィアか?」

「そうだ。」

 デイビッドの言葉にリックは頷く。

「仮にエルフィアの地方反乱が皇国の謀略によるものであった場合、もしそれが明るみになればただで済むはずがない。

 それは確実に両国間における戦争の火種となるだろう。

 皇国としてもそんな状況は望まないはずだ。」

「マレドバやルフェルディアと違ってエルフィアは皇国と肩を並べる大国だからな。

 そんなとことガチで戦争なんざ始めた日にゃ”東領復古”だなんだとほざいてる場合じゃなくなっちまうもんな。

 ……となると、国王の死が”グレー”ってことか?」

「そこについては残念ながら判断するための材料が不足しているんだ。

 本来、王太子と西部諸侯の取り込みに成功した時点で皇国の計画はほぼ達成されたも同然のはずなんだよ。

 何も国王弑逆などと言うリスクを伴うような真似をしなくとも、後は時間を掛けてゆっくり侵食して行けば良いだけのことだ。

 ただ、バーハイムやエルフィアの状況を見て今が絶好の機会だと賭けに出た可能性も無いとは言えない。

 或いはマレドバ国内の混乱を狙った何者かが手を下したのかもしれないが……そこは現状では判断のしようが無いな。」

 今回の件にはいろいろと不思議な点が多い。それは確かだ。

 しかし、今はそれよりも目の前の現実にどう対処するかを優先しなければならないのもまた明確な事実である。

「それで、ルフェルディアとしてはどう対処するつもりなのですか?」

 イルムハートの問い掛けにリックは少し間を置いた。おそらくはどこまで公開すべきかを考えていたのかもしれない。

「現在、小国家群の各国に支援要請を行っているところだ。

 今までは周辺国を刺激しないよう軍事的な連携は一切取ってこなかったが、こうなってはそうも言っていられないさ。

 だが、それでも皇国・マレドバの合同軍には到底敵うとは思えない。

 なので、取れる策はあくまでも守りに徹し時間を稼ぐことくらいだろう。

 その間にバーハイムかエルフィアの問題が片付き介入して来てくれることを期待しながらね。」


 ルフェルディア西部のとある国境検問所。

 隣国マレドバ王国とを結ぶ大きな街道沿いに設けられたその施設はいくつかある検問所の中でも最大級の規模を誇り、国境を越えようとする人々でいつも賑わっていた。

 しかし、今は見る影も無く閑散としている。

 ルフェルディア・マレドバ両国側の門は固く閉ざされ事務処理担当職員の姿も無く、数人の警備兵が残るのみの状態だった。

「カイラス皇国が責めて来るって話は本当なのかな?」

 ルフェルディア側の建物の見張り台に立ち、警備兵セリオ・ガランは同僚のエタン・アウイにそう問い掛ける。

「国が言ってるんだろうからそうなんだろ。

 実際、ビネートの町では住民の避難が始まってるらしいし。」

 エタンが答えたように、事実国境近くにある町ビネートでは皇国の侵攻に備え住民の避難が開始されていた。

「でもよ、皇国軍はマレドバの第2王子派を討伐しながら進んで来てるんだろ?

 その割には全然マレドバの避難民が押し寄せて来ていないじゃないか?」

 もし戦いが起きているのであれば戦火を逃れるべく住民たちが国境へと押しかけて来るはずである。国境の門が閉ざされているのもそれを予測してのことだ。

 しかし、そんな動きは無い。それどころか人の往来などほとんど無い状態だった。

「多分、そんな戦いなんか起きてはいないということなんじゃないかな。

 噂では皇国に後押しされた王太子が近々国王の座に就くって話だ。

 となればいくら第2王子派の貴族が不満を持っていたとしてもこれに逆らう訳にはいかないだろう。それじゃ単なる逆賊になってしまうからね。

 だから皇国軍との戦闘なんて実際には起きるわけが無いし、住民だって逃げる必要なんか無いんだよ。」

「無抵抗で降伏してるってわけか?」

「だろうね。

 仮に抵抗したところで皇国軍の相手にもならない。あっさり蹴散らされて終わるくらいなら黙って言うこと聞く方がましってことなんだろう。」

 そんなエタンの言葉を聞いたセリオは今更ながらに顔を蒼褪めさせた。

「つまり、皇国軍は無傷のままで迫って来てるわけか。

 それって不味いんじゃないか?」

「不味いなんてもんじゃないよ。

 まともに戦えば間違いなくルフェルディアは負ける。

 それは政府も解かっているから、もし皇国軍が押し寄せてきても抵抗せずひとまず撤退しろと言って来てるんじゃないか。」

「……ルフェルディアはどうなっちまうんだろうな?」

「分からない。

 一応、小国家群の各国に援軍の要請はしてるみたいだけどそれでも勝てるかどうかってところだろうね。

 と言うか、かなり難しいんじゃないかな。」

 全くもってエタンの分析は正しと言えた。しかし、同時にそれはセリオに僅かながらの不快感をも与える。

「お前、こんな状況なのに良く平気でいられるな?

 自分の国のことなのに少し冷たすぎやしないか?」

 セリオは少し怒ったような顔でエタンを見つめたが、その言葉に言われた本人は思わず眉をひそめる。

「そんなわけないだろ。

 この先のノーラの街には俺の両親が住んでるんだ。

 そしそこが戦場になったらと考えると居ても立っても居られないよ。」

「……すまん、言い過ぎた。」

「別にいいよ。

 こんな場合だからね、多少神経質になっても仕方ないさ。」

 それぞれに複雑な思いを胸に抱いたまま、2人の間に沈黙が流れた。

 すると、しばらくしてマレドバ側の門の辺りが騒がしくなってくる。警備兵達が何か叫んでいるようだ。

 それを聞きつけたセリオは慌てて望遠鏡を除き、そして絶望的な声を上げた。

「来た!皇国軍が本当に来やがったぞ!」

 彼が見つめるその先では地平線を埋め尽くすがごとき大軍がゆっくりと、しかし確実にこちらへと向かって来ていたのだった。

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