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マレドバの騒乱とルフェルディアの危機

 マレドバ王国。

 小国家群7国全てを合わせたよりも広い国土を持つ東大陸において中堅的地位にある国家である。

 マレドバも小国家群同様かつてはカイラス皇国の一部であったが皇国の衰退により独立したと言う歴史を持っていた。

 だが、小国家群や他の皇国の衛星国と違う点は最初からそれだけの規模を有した国家として独立を果たした点だ。

 他の国々の場合は地方領がそのまま小国として独立した形であっため、後々国家の運営に苦労することとなってしまった。

 しかし、マレドバ王国は建国当初から現在と同等の国土と国力を持ち、他国(特にカイラス皇国)の干渉を一切排した完全独立を果たすことが出来たのである。

 尚、これには当時のカイラス皇国の政治体制がそれを可能とした部分もあるだろう。

 当時のカイラス皇国は東大陸第3位の面積(衛星国を除く)を誇る現在の更に3倍近い国土を有していた。

 だが、それだけの版図を持ってしまったため中央政府による地方領の管理が著しく困難になってしまうと言う弊害も同時に抱えていたのだった。

 勿論、各地方領にはそれぞれ領主による自治が認められてはいたものの、それはあくまでも皇国の支配下においての”自治”でしかない。

 税の徴収や反乱の防止のためにも中央による地方の管理はどうしても必要となるのだが、それが上手く機能しなくなってしまう状態には皇国としても頭を悩ませていたのである。

 そこで皇国が取ったのは行政区画の導入だった。

 ある程度の地方領を纏めてひとつの行政区画とし、そこに行政庁を置くことで管理しようとしたのだ。

 マレドバ王国はその行政区画がそのまま独立し国となったわけである。


 こうして誕生したマレドバ王国だが、必ずしも最初から順風満帆だったわけではない。

 建国当初から既に経済力でも軍事力でも他国に引けを取らないものを持ってはいたものの、内政面においては問題が山積みだったのである。

 それはそうだろう。

 何せいくつかの地方領が纏まって国になったと言うことは、その分だけ領主がいると言うことでもあるのだ。それはひとつの国に何人もの王がいるに等しい。

 一応、形式的には皇国時代最も序列の高かった現王家が国王の地位に就きはしたが、国自体はあくまで領主達の合議制により運営されていたのだ。

 その後、現王家は硬軟様々な手を使いその地位と権力を固めて来たわけだが、それでもまだ一部貴族の中には国王でさえ無視出来ないほどの力を持つ者もいるのである。

 そんなマレドバ王家には現在5人の子がおり、その内の第1王子と第2王子が次期国王候補とみなされていた。

 本来であれば第1子である第1王子こそが王位を継ぐべき資格を有しているはずなのだが、残念ながら彼には多くの問題があった。粗暴で我儘な所謂”放蕩息子”だったのだ。

 そのせいで国の将来を憂う貴族の中には第1王子を廃嫡し第2王子を王位に据えるべきと考える者も少なくなかったのである。

 そんな中、国王は反対意見を押し切り第1王子を王太子とし正式に自身の後継者として定めた。

 このままでは後継者争いで国が2分してしまう恐れもあると考え、かなり早い段階でそれを決定し布告したのだった。

 国王は決して愚かな人間ではなかったのだが、この時はまだ人の親としての情を捨て切れなかったのだろう。

 今はあんな息子だがいずれ次期国王としての自覚を持ってくれるようになるに違いない、そう考えて決めたことだったが結局は後々この決定を後悔することになる。

 正式に王太子としての地位を得たことで第1王子の行動は輪をかけて酷くなっていったのだ。

 取り入ろうとする貴族や商人達が砂糖に群がる蟻のごとく集まり、第1王子改め王太子は増々増長してしまったのである。

 これには国王も頭を痛めた。

 この国においては例え王家と言えどその地位は決して盤石ではないのだ。有力貴族から見放されてしまえば王位を保つことも難しくなってしまうだろう。

 そのような状況を避けるためにも愚かな王などその座に据えるわけにはいかなかった。

 そんな風に本気で王太子の廃位を考え出した頃、国王の下に決定的な情報がもたらされた。カイラス皇国が自国商人を通し王太子を取り込もうとしていると言うのだ。

 これは由々しき事態であった。

 今の王太子であれば簡単に篭絡されてしまうに違いない。そして、ゆくゆくは皇国の傀儡としての王が誕生することになってしまう。

 それだけは絶対に避けねばならなかった。

 やっとの思いで独立し、ここまで発展させてきたこの国を皇国の好きにさせるわけにはいかないのだ。

 これにより国王は王太子の廃位を行い、第2王子を次期国王とすることを決意した。

 そして事は国王と側近よって内々に進められ、いよいよ後は正式に布告するだけとなったのだが……結局、それが成されることは無かった。

 国王が急死したのである。


 国王の死によって事態は大きく動き出した。

 ひとまず国王逝去については一旦これを秘匿し、後継者について議論が交わされることとなる。

 尤も、この流れ自体は特におかしなことではない。

 在位中の国王が急逝してしまった場合、次期政権への移行までの間にどうしても政治的な空白期間が生じてしまう。

 そこを他国に付け入られないようにするため、一定期間その情報が隠されるのは良くあることなのだ。

 ただ、異例なのは既に王太子が定まっているにも拘わらず次期国王を誰にするかと言った議論が巻き起こってしまったことである。

 勿論、王太子を擁する派閥はこれに反発したのだが逆風は想像以上に強かった。王太子の現状を危惧する声が大多数だったのだ。

 その上、前国王が王太子の廃位を決意しており、それを実行しようとした直前に急死したことが噂として流れ出し王太子派は更に追い詰められる。

 もしかしたら次期国王の座を守るため父王を弑逆したのでないか?

 陰ではそんな話も出るほどだった。

 元々前国王は心臓に病気を抱えており、それが死因であると医師にも判断されてはいた。

 しかし、あまりにもタイミングが良すぎるため多くの者がそれを信じるようになってしまったのである。

 そんな中、”噂”を追い風と捉えた第2王子派が強硬手段に出た。

 頑なに廃位を拒否する王太子に業を煮やし、力ずくでその座から引きず降ろそうとしたのだ。

 だが、その企みは失敗に終わる。

 第2王子派の軍勢が東宮を急襲した時、事前にその動きを察知した王太子は既に王都を離れており、そのまま王国西部に領地を持つ王太子派貴族の下へ逃げ延びていたのだった。

 王太子を取り逃がしてしまったのは第2王子派にとって大きな痛手となった。

 このままではおそらく彼を旗印とした王太子派貴族達との王座を懸けた内戦になってしまうだろう。

 とは言え、事ここに至っては最早覚悟を決めるしかない。

 幸い味方してくれる貴族の数は王太子派のそれを優に上回っているし王国軍も支持を約束してくれていた。

 後はこの混乱に乗じてカイラス皇国がおかしな動きを始める前にさっさと決着をつけてしまえば良い。

 第2王子派の面々は誰もがそんな楽観的観測を抱いていた。

 しかし、ここで彼等の予測を大きく裏切る出来事が起こった。

 王太子がカイラス皇国に軍事支援を申し込んだのだ。

 しかも、この要請に皇国はまるで予め話が付いてあったかのごとく即座に呼応し、あっという間にマレドバ領内へと軍を進めて来たのである。

 これには第2王子派も驚きと怒りを隠せなかった。これは国を売り渡すにも等しい行為だからだ。

 カイラス皇国がただの善意で王太子を支援するはずはない。

 この軍事派遣には王太子へ恩を売りマレドバ国内での影響力を強めようという意図があることは誰の目にも明らかだった。

 勿論、第2王子派としても王太子がカイラス皇国を頼る可能性について全く考え無かったわけではなかった。

 だが、もしそうなったとしても周りの貴族が必ずそれを止めるだろうとも思っていたのだ。

 国の将来を考えればそれは自殺行為であることくらい王太子派の貴族も十分理解しているはずなのだから。

 しかし、彼等は見誤っていたのだった。

 王太子の救いようのない性格と、そして彼を擁する貴族が長年抱き続けて来た積憤を。


 マレドバ王国はいくつかの地方領が連合する形で誕生した国である。

 そのため、形式上の王を立てはしたが実質的に各領主の身分は同等であるはずだった。

 だが、長い年月の間に現王家の政略によって旧領主達の力は削がれその数も減っていった。

 これも時代の流れと皆が諦念を抱く一方で、残った旧領主の中にはやり切れない思いを積み重ねてゆく者もいた。

 祖先があれだけ苦労して国を興したのは一体何のためだったのか?

 単なる地方貴族として終わるのではなく、国を動かす立場となるためではなかったのか?

 それがどうだ?

 結局は仕える王が変わっただけで、同じように支配者の顔色を伺いながら生きてゆくのでは何も変わらないのではないか?

 そんな昏い感情がいつしか王家に対する叛意へと育っていったのもそれはそれで仕方無いことなのかもしれない。

 そんな彼に近付いたのがカイラス皇国だった。

 王太子を擁し国を乗っ取ってしまえば良い。皇国は彼にそう吹き込んだのだ。

 当初、その貴族も王太子は次期国王に相応しくないと感じていた。彼が王になれば国は混乱するだけだと。

 だが、皇国からの申し入れを聞いて思い直す。

 考えてみれば神輿とするにはむしろその方がやり易い。王が無能であればあるだけそれを操る方にとっては好都合なのだ。

 おそらく、と言うかほぼ間違いなく数において王太子派の形勢は圧倒的不利な状況となるだろう。

 しかし、カイラス皇国が支援してくれるのであればその劣勢も十分覆すことが可能だった。

 勿論、皇国が見返りを求めて来るだろうことは彼も理解していた。他の衛星国のように皇国の庇護下に入るよう迫ってくるかもしれない。

 だが、それでも今よりはマシと言えよう。

 どの道、誰かの下に付かねばならないのであれば単なる地方領主のままでいるより国の実権を握る立場となった方がよっぽど良い。

 こうして彼は野心を抱きながら皇国と手を組み王太子の次期国王擁立へ向け動き出した。

 そう、カイラス皇国の介入は単なる王太子の暴走などではなく、反国王派貴族と皇国の描いた筋書き通りの動きだったのだ。

 そして、王太子は易々とそれに乗せられた。

 そもそも、彼に国を統べるだけの決意も能力も無かった。単に贅沢三昧をしたいがために王座を欲していただけだったのである。


 カイラス皇国の介入により第2王子派は一転して窮地へと追いやられた。

 現状、数の上で勝っているとしても、それはあくまでも相手が王太子派貴族のみである場合の話である。

 そこにカイラス皇国という大国の軍事力が加わってしまっては到底勝ち目など無い。

 一部にはこちらも他国の支援を要請してはどうかと言う意見も出たが、それこそ愚策であろう。

 カイラス皇国には既に王太子の要請に応えると言う大義名分があるのだ。他国が口を出したところでおいそれと引くことはないだろう。

 そうなれば結果的にこの国を舞台とした大国の代理戦争が始まるだけである。

 国を焦土と化すような真似までして王になったところで、それに一体何の意味があると言うのか?

 その問いに対する正しい答えが出せない程、第2王子は愚かでは無かった。

 結果、彼は闘わずして降伏した。今後カイラス皇国がしてくるであろう政治干渉に対抗出来るよう可能な限り国力を残しておくことこそが今すべき最良の選択だと判断したのである。

 決起から僅か数日、第2王子とそれを擁した貴族達は進軍して来た王太子派に拘束され王都も奪還されてしまう。

 それは実にあっけない結末だった。

 中には自領へと戻り抵抗の気配を見せる貴族もいたが王太子派はそれを無視した。先ずは国権の掌握を優先させたのだ。

 最早こうなってしまえば役人も軍もこれに従うしかない。王太子派は特段抵抗を受けることも無く権力を手中に収めた。

 いずれ近いうちに王太子が次期国王として即位することになるだろう。

 そしてそれは独立国としてのマレドバ王国が完全に終わりを告げる時でもあった。


 隣国の動きに関してはルフェルディア公国もある程度の情報を掴んではいた。

 マレドバがいかに情報統制を布こうと人の口に戸は立てられない。いずれどこかから漏れるものなのだ。

 だが。この時点においてのルフェルディアの反応はそれ程過敏なものではなかった。

 当然自国にも影響は出るだろうが、現時点ではあくまでも他国の内政問題でしかない。そう受け止めていたのである。

 仮にマレドバの後継者争いが内戦へと発展した場合、皇国が黙ってそれを見ているはずはない。

 勿論、それくらいのことはルフェルディアも予想していた。

 しかし、軍事力による干渉を行ってくることはないと考えていたのもまた事実だった。

 そんなことをすればエルフィア帝国やバーハイム王国が黙ってはいないだろうからだ。

 それがルフェルディアの危機感を鈍らせていた理由だった。

 ところが事態はとんでもない方向へと動き出す。王太子自らがカイラス皇国に軍事支援を要請したのだ。

 それにより皇国はマレドバ出兵の大義名分を得て、誰はばかることなく軍を動かせるようになったわけである。

 結果としてこれはルフェルディアの情報戦におけるミスだったと言って良いだろう。

 今回の件が皇国の筋書きによるものだということを察知出来なかったのだから。

 当然、ルフェルディアの政府内は大騒ぎになった。

 このままではマレドバが皇国の支配下に置かれ緩衝地としての役割を失ってしまうことになるのだからそれも当然だろう。

 次は自国が狙われるかもしれない。

 そんな危機感を抱いた首脳陣による会議が連日行われた。

 そして、冒険者ギルドの長であるリック・プレストンも要請によってそれに参加することになる。

 イルムハート達がルフェルディア公国を訪れたのは正にその騒動の真っ最中だったのだ。

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