砂漠の魔獣とギルドの実地研修
翌朝イルムハートが起床した時、既にリックは城へと向かった後だった。
2日連続での会議とはますます只事ではなさそうだが、生憎とその件について昨晩リックの口から語られることは無かった。
まあ守秘義務と言うものもあるだろうからそれも仕方ない。いずれ時が来れば話してくれるはずだ。
そう考えイルムハートからは何も切り出さなかったし、シャルロットもまたその話題に触れることは無かった。
そして、それはどうやらデイビッドも同じらしい。
「何だよ、今日もまた城か?
毎日、ご苦労なこったな。」
朝食時、そう言いいながらおどけた素振りで肩をすくめるとそれ以上は何も言わずにすぐ話題を変えた。
おそらくはライラ達に「大したことじゃない」と思わせるための行為だったのだろう。
朝食を終え少しのんびりした後、デイビッドはギルドへと向かうことになった。Dランク昇格者への講習があるからだ。
さすがに今日はシャルロットが目を光らせているためサボるわけにもいかないのである。
尚、イルムハート達は今日一日休みにしてフェルネンの街を見物することにしていた。
「そう言や近々希望者を募って討伐の実地研修を行うんだが、お前達も参加してみないか?」
屋敷を発つ間際、デイビッドはイルムハート達にそんな話を持ちかけて来る。
「討伐の実地研修?」
それはイルムハート達にとって聞き慣れない言葉だった。
「ああ、そこそこ大物の魔獣を討伐して経験を積ませるんだ。
尤も、こっちは昇格者だけでなくこれからDランクを目指そうって連中も含めてなんだがな。」
その話を聞いたイルムハート達は「少し過保護過ぎるんじゃないか?」と感じた。
冒険者は言ってみれば実力と自己責任の世界だ。己の力量を見極めるのも、またそれを伸ばすのも全ては自分の努力次第と言えた。
まあ、そうは言っても人間何でもそう理想的に物事を進められるわけでもないのである程度ギルドが管理やサポートをする場合もある。
ランクによって受けられる依頼の制限を設けたり訓練場を提供したりするのもその一環だ。
だが、学校の様に実務を手取り足取り教えるなど、少なくともイルムハート達は聞いたことがなかった。
そんな彼等の気持ちを察したのだろう。
少し苦笑気味にデイビッドが説明し始めた。
「まあ、意外に思うのもしゃーねーか。
これも小国ならではってヤツでな、他の国と違って冒険者の数が圧倒的に足らねえんだ。
新人も含めればそれなりの数にはなるものの、ベテランの数がなぁ。
ある程度上のランクになるともっと稼ぎの良いトコに移っちまうヤツもいるんだよ。
本来、新人はベテランのパーティーに付いていろいろと勉強していくもんなんだが、そのせいで中々ひよっこ共の面倒まで見てられないってのが現状でな。
そこでギルドが代わりに教育してるってわけさ。」
アルテナ冒険者ギルドという巨大組織で新人時代を過ごして来たイルムハート達にとっては意外な事実だったが、小さな国では良くある話らしい。
「で、お前等もそれに参加してほしいんだ。
勿論、お前等には今更そんな教育なんざ必要ないだろうからどっちかつーと講師としてだな。
ひよっこ共に手本ってヤツを見せてやってくれ。」
と同時に、いざと言う時新人達のサポートもして欲しいとのことだった。
この申し出にはジェイクが真っ先に反応した。ここまで言われてお調子者の彼が黙っているはずもない。
「解りました、師匠!
俺が冒険者のあるべき姿ってヤツをバッチリ見せてやりますよ!」
力強くそう応えたジェイクだったが、勿論これには当然のように突っ込みが入る。
「何偉そうなコトいってるのよ?
アンタの場合はむしろ真似しちゃダメな悪い見本でしょ?」
「でも、ジェイク君のような人間でもDランクとしてやっていけるんだと知れば皆も希望が持てるのではないですかね。
そう言う意味では確かに”良い手本”になるかもしれませんよ。」
「そんな人のやる気を削ぐようなこと言って楽しいのか、お前ら?」
「別に楽しいから言ってるんじゃないわよ。
アンタみたなのに変なやる気を出されるとこっちが迷惑だから言ってるの。」
「無能な働き者が一番厄介だと言いますからね。」
「誰が無能な働き者だーっ!?」
こうしていつものごとく寸劇が繰り広げられ、これにはデイビッドも大笑いである。
「前ら、ホント仲良いな。」
結局、そんなジェイク達は放っておいたままイルムハートが参加の意思を伝え、後日詳細の連絡をもらうことで話はまとまったのだった。
その3日後、ギルドによる実地研修が開始されイルムハート達もそれに参加することとなった。
場所は公国の北部地帯。
そこでミニ・ワームの討伐を行うのだ。
ルフェルディア公国を含む小国家群の北側にはゾリア大砂漠と言う巨大な砂漠があった。
バーハイム王国の国土にも匹敵する広大な面積を持つその大砂漠は、全長100メートルを超えるこれまた巨大なサンド・ワーム”ギガント・ワーム”が棲み付く踏破不能の地として知られていた。
ミニ・ワームとはそのギガント・ワームの幼体のことである。
ただ、”ミニ”といってもそれは成体と比べての話であって、大きさは優に10メートル以上もある魔獣だ。
基本的にギガント・ワームは砂の中にしか棲息しない。
土中を掘り進む能力もあるにはあるものの、その巨体が移動出来るような穴を開けるには恐ろしい程の時間と労力を費やさねばならないため、結果として行動し易い柔らかな砂の中を選ぶのである。
だが、ミニ・ワームの場合は(あくまでも成体に比べてだが)それ程大きくないため時折砂漠を出て普通の土地に迷い込んで来ることもあるのだ。
しかも、成体と違い地中における探知能力が未熟なせいで方向を見失い国内の奥深くまでやってくるこもあった。
今回はその迷い込んで来たミニ・ワームの討伐が研修の課題となるわけだ。
「成体のギガント・ワームは飛竜を丸のみにしちまうくらいにヤバいヤツだが、ミニ・ワームならそう大した相手でもない。
元々攻撃能力は低いし、おまけに砂じゃなく固い土の中にいるせいでそう素早く動き回ることも出来ねえしな。」
出発に際し、デイビッドがミニ・ワームについての説明を全員に行う。
「ただ、ヤツ等の体液には麻痺性の毒が含まれていて、そいつを吹きかけて来ることがあるからそこは注意しとけよ。
あと、魔法はほとんど効かねえ。
外皮自体それ程頑丈ってわけじゃねえんだが、魔力を纏っているせいで魔法の効果を打ち消してしまうんだ。」
話を聞く限りどうやらさほど危険性は高くないものの、攻略には頭を使う必要がある相手のようだ。
その後、イルムハート達を含む20人ほどの冒険者は馬と馬車に分乗しフェルネンを発った。
目的地はフェルネンから北へ2日ほど行ったところにある町。
とりあえずその町を拠点とし、ミニ・ワームの討伐自体はそこから更に徒歩で半日移動した場所にて行うとのことだった。
同行する冒険者達は新米DランクとEランクがそれぞれ同数程度。イルムハート達と同年代の人間も若干いたが、そのほとんどは年上ばかりである。
まあ、イルムハート達くらいの歳でDランクまで上がる者などそうそういないのため、それも当然と言えば当然だった。
「コイツ等は16歳の若さでDランクに上がり活躍してるスゲー連中なんだ。
今回は講師役として同行してもらったんで、お前等よく見て勉強しとけよ。」
やや大げさな口調でデイビッドがそう紹介したものだから、イルムハート達に対する他の冒険者からの視線が熱い。
イルムハートの場合は既にフェルネンのギルドでその感覚を嫌と言う程味わっていたためもう慣れっこになっていたが他の3人にとっては最初の洗礼となるわけで、これにはライラも頭を痛めた。
勿論、気恥ずかしさもその原因のひとつではあったが、何より彼女を不安にさせたのは約1名調子に乗ってやらかしてしまいそうな人間がいることである。
「何かワクワクしてきたぞ。
ここが腕の見せ所ってヤツだな。」
案の定、妙にソワソワし始める誰かさんの姿には思わずため息をつかずにいられないライラだった。
研修当日、朝早く拠点の街を出発した冒険者一行は昼を過ぎた頃に現地へと到着した。
途中、朝食と昼食を兼ねた形で一度食事を取ってあるので到着後は小休憩と最後の打ち合わせを行いそのまま実地へと移る。
「先ずはお前等が最初にやってみてくれ。」
討伐開始に際してデイビッドはライラ達3人を一番手に選んだ。
但し、当然のようにイルムハートは待機させられる。
何せこれはあくまでも”授業”なのだ。手本を見てそこから学んでもらわねばならない。
決してイルムハートが手本として相応しくないと言うわけではないが、ただ彼では少しばかりレベルが高すぎるのだ。
今必要なのは”こうなりたい”と思わせる理想的な姿ではなく、”こうすれば出来る”と言った現実的な手本なのである。
「向こうに地面の陥没した所がいくつかあるだろ?
あれはミニ・ワームの通った後で、ヤツ等はその周辺に潜んでいるはずだ。
近付いて魔力を放出してやればエサが来たと思って飛び出して来る。
そこを倒すんだ。」
「任せて下さい、師匠!
ミニ・ワームごとき俺の手にかかればあっという間ですから!」
デイビッドの言葉に力強く応えたジェイクだったが、直後にライラから後頭部への一撃を喰らってしまう。
「痛てっ!何すんだよ?」
「調子乗ってるんじゃないわよ、バカ。
そうやって油断していつも痛い目に会ってるでしょ?
少しは学習しなさい。」
「うう……。」
「それじゃあ行ってきます。」
しょんぼりしてしまったジェイクを引きずるようにしてライラ達はミニ・ワームが潜む辺りへと歩き出す。
そんな彼女達を見ながらデイビッドは楽しそうにイルムハートへ話し掛けた。
「ホント、見てて退屈しねえな。お前の仲間はよ。」
「いつもあんな感じなんです。
でも、腕の方は確かですよ。」
「まあ、お前がパーティーのメンバーに選んだくらいだからな。
そこは疑っちゃいないさ。
……で、お前ならどうやって倒す?」
不意にそう問われイルムハートは少しだけ考えた後にこう答えた。
「そうですね、外皮はあまり硬くないとのことなので斬撃を飛ばして首を落とす、とかですかね?」
だが、これにはデイビッドも思わず呆れた声を返す。
「あのなぁ、Dランクになり立ての連中にそんな真似が出来ると思うか?
そう少し現実的な方法で頼むぜ。」
「あとは口を開けた隙に体内へ魔法を撃ち込む方法もありますが、それにもある程度の技術は必要ですからね。
となれば、時間はかかりますけどやはりデイビッドさんが言っていたように外皮を削り少しずつ傷口へ魔法を打ち込んでゆくやり方が一番堅実でしょう。」
と、そう答えたイルムハートだったが、その後に少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらこう付け加えた。
「でも、あの3人ならもっと別の方法で倒してしまうかもしれませんよ?
但し、そのやり方が皆の参考になるかどうかは分かりませんけどね。」
「しかしよ、相手の体力をちまちま削っていくやり方ってのは少しばかり面倒じゃないか?
いっそのことバッサリやっちまったほうが早いと思うんだけどな。」
ミニ・ワームが潜んでいそうな辺りへと足を運びながら、ジェイクはそんなことを言い出した。
その言葉に「またバカなことを言い出した」とライラは呆れる。
「ミニ・ワームの体液には麻痺毒の成分が含まれてるってデイビッドさんが言ってたでしょ?
剣で思い切り斬り付けたりしたらそれを浴びてしまうことになるのよ?
そんなことしてもし一撃で仕留められなかったらどうするの?
身動き取れない状態のところを襲われてとんでもないことになるでしょうが?
少しはものを考えなさいよね。」
だが、ライラの小言にもジェイクは動じない。
「それなら多分大丈夫だぞ?
模擬戦の時、しょっちゅうケビンに毒や麻痺の魔法を掛けられてるせいで結構耐性つい来てるんだ、俺。」
これにはライラも唖然とする。
「何よそれ?アンタ、どうゆう体してるのよ?」
ライラは信じられないと言った感じで頭を振った。
「まあ、アンタがイルムハートとは違う意味で人間離れしてるってのは解かったけど、でもやっぱりそれは駄目よ。
アタシ達が一番手を任されたのは他の人にお手本を見せるためなのよ?
少なくとも最初の内はデイビッドさんの言ってた方法で闘って見せなきゃ意味ないでしょ?」
「そうですね、だからイルムハート君が残ったわけですし。
ただ倒すだけなら彼に任せておけば一瞬で終わってしまいますが、それでは何の参考にもなりませんからね。」
「それは……そうだな。」
ケビンにもそう言われジェイクは渋々ながら納得する。
「じゃあ、そろそろいくわよ。」
とりあえずの闘い方は決まり、ライラが皆に声を掛ける。
そして、2人が頷き返すのを確認した後でミニ・ワームが潜んでいそうな場所へと魔法を撃ち込んだ。
すると地面の中で一気に魔力が高まり始めたのが感じられた。ミニ・ワームが動き始めたのだ。
「来るわよ!」
ライラの声と共に3人がその場から跳び退ると、直後に地面からミニ・ワームが「グモー」と言うくぐもった鳴き声と共に飛び出して来る。
そのミニ・ワームは半分地面に埋もれたままのため全体の大きさまでは分からないものの、胴体の太さは優に2メートルはあった。
「おー、思ったよりデカイ芋虫だな。」
呑気な声でそんなことを口にするジェイクにライラは少しだけ眉をひそめながらも次々と指示を出す。
「ケビン、ヤツが逃げないようにお願い!」
「ジェイク、斬り付けるときは体液を浴びないよう気を付けなさいよ!」
その言葉に合わせ先ずはケビンが周囲の地面に向け土魔法を使い、ミニ・ワームが地中へ逃げるのを防ぐため土を固めた。
次いでジェイクが飛び込み剣の切先だけを使い傷を入れる程度に斬り付けた後、体液が飛び散る前に素早くその場を離れる。
そして、その傷口に向けライラが火魔法を放つとミニ・ワームは苦悶の鳴き声を上げた。
後はこれを繰り返しミニ・ワームを弱らせてゆくことになる。
だが、そんなことを何度か繰り返している内に、案の定ジェイクが焦れ始めた。
「なあ、もういい加減弱って来てるし、後はサクッと仕留めちまわないか?」
「そろそろ言い出す頃だと思ってたわ。」
呆れたようにそう応えたライラではあったがそう言い出すであろうことは解かっていたし、それに彼女自身デモンストレーションとしてはもう十分だろうとも感じ始めていたのである。
「で、どうするつもり?」
「俺に良い考えがある。
ライラは雷の魔法を打つ準備をしといてくれ。」
「雷の魔法?」
ミニ・ワームの外皮は魔法を打ち消す性質を持っていた。それは火だろうと雷だろうと同じはずである。
それなのに、何を今更……と、一瞬そう考えたライラだったがすぐさまその意図を理解した。
「解ったわ。」
「ケビン、少しの間アイツの動きを止められるか?」
「ええ、飛び乗るくらいの時間なら十分止めていられますよ。」
ケビンもまたジェイクがやろうとしていることを即座に見抜いていた。
「よし、それじゃいくぞ!」
ジェイクの声と共にケビンは土魔法で周囲の土を操りミニ・ワームを囲い込んだ。
それを見たジェイクが身体強化を使い身動きの取れないミニ・ワームの頭の上に飛び乗り剣を突き刺す。
「今だ、ライラ!」
ジェイクはそう叫びながら突き刺した剣をそのままにミニ・ワームから飛び降りた。
そして、その剣にライラの雷魔法が撃ち込まれる。
いくら外皮が魔法を無効化するとしても、これではどうしようもない。
魔法によって生み出された雷は剣を伝いミニ・ワームの外皮の内へと入り込み、体中を焼き尽くした。
ミニ・ワームは断末魔の叫びを上げながら少しの間のたうち回っていたが、やがて動かなくなる。
僅かに開いた口元からは黒い煙が立ち昇っていた。
「よっしゃ、やったぜ!」
それを見届けたジェイクはそう叫びながら力強く右の拳を突き上げた。
「また、随分と派手な倒し方しやがったな。」
離れた場所で他の冒険者と共にジェイク達の闘いを見守っていたデイビッドが少し呆れたような声を出す。
「わざわざ頭の上に飛び乗る必要も無いんですけど……ジェイクらしいと言えばらしいですね。」
イルムハートも苦笑気味にそう応えるしかない。
「まあ、中々面白い闘い方ではあったけどな。
それに、これくらいなら他の連中も少し経験を積めば真似くらい出来るだろう。」
とは言え、満足げな口調でそう言うデイビッドを見る限り、どうやら”手本”としては合格点がもらえたようである。
その日は別の冒険者達によってもう一体のミニ・ワームが討伐された。
次いで翌日には更に3体を討伐し、これで研修は終了となった。
その晩町で打ち上げを行った後、意気揚々とフェルネンへ帰還したイルムハート達だったが、そこではとんでもない報せが彼等を待っていた。
『カイラス皇国による隣国マレドバ王国の併合』
これによりルフェルディア公国は大いなる試練に直面することとなったのである。