小国家群と懐かしき人達 Ⅲ
「いやー、ヘンなとこ見せちまったが気にすんな。
俺がデイビッド・ターナーだ。デイビッドと呼んでくれ。」
シャルロットからこってりと絞られたにも拘わらず即座に復活するデイビッド。
このメンタルの強さはさすがである。
「お前らがイルムの友達だろ?
確かライラ嬢ちゃんにジェイクとケビンだったか?
よろしく頼むぜ。」
ライラ達のことについてはこちらも一発で言い当てた。
そんなデイビッドに対しシャルロットは少し眉をひそめながら口を開く。
「ちょっと、デイビッド。
さすがに、もうその呼び方は駄目でしょ?
イルムハート君は立派に成人してるんだから、ちゃんと名前で呼んであげなきゃ失礼よ。」
「別にいいじゃねえか、俺とイルムの仲なんだから。
そうだろ、イルム?」
「僕は今まで通りで構いませんよ。」
イルムハートとしてはどう呼んでもらおうと別に構わなかった。むしろ、今更デイビッドに改まった呼び方をされても妙にこそばゆいだけである。
「ほら見ろ、イルムだってこう言ってるだろうが。」
デイビッドは勝ち誇ったようにそう言ってシャルロットを呆れさせた。
それから再度イルムハートに向き直り、ニヤリと意味ありげな笑いを浮かべて見せる。
「そういやお前、婚約したそうだな?
しかも、相手は2人だって?
スゲーじゃねえか。どうやって口説いたんだ?
その辺、詳しく聞かせろよ?」
やはりその話題が来たか、という感じである。
まあ、この件については真っ先に突っ込まれるであろうことくらいイルムハートも覚悟していたのだ。
だが、そこにシャルロットから異議が出された。
「その話はリックが帰って来てからよ。」
「何でだよ?
今聞いたって構わないだろ?」
「でも、それだと何回も同じことを話すことになってイルムハート君も大変でしょ?
だから私だって本当は聞きたいのを我慢してるのよ。」
「何だよ、お前も聞きたいんじゃねえかよ。
別に目出度い話なんだから何回話したって良いだろが?」
「まあ、それはそうかもしれないけど……。」
イルムハートへの気配りと自信の好奇心との間で葛藤するシャルロット。
その結果、どうやら好奇心が勝ったようである。
「そうね、どうせリックは気を使ってあまり突っ込んだことを自分から聞いたりしないだろうし。
その辺りは今聞いておいても2度手間にはならいはずよね。」
そう言ってシャルロットは自分を納得させるかのように「うんうん」と頷く。
そして、目をギラギラと輝かせながら身を乗り出して来た。
「で、どんな女性なの?
馴れ初めは?
何て言ってプロポーズしたの?
旅の間、離れ離れで寂しくない?」
怒濤の質問ラッシュである。
「ちょ、ちょっと待ってください。
そんないっぺんに聞かれても……ひとつずつでお願いします。」
その後はまるで尋問にも近い状態でシャルロットとデイビッドから質問攻めにされてしまったイルムハートなのだった。
「成る程、騎士団の美人隊長と後輩の可愛い天才剣士ねえ。やるじゃねえか、お前。
そんなキレイどころ2人とイチャイチャできるなんて、うらやまし過ぎるぞ。」
ひと通り”尋問”を終えた後、デイビッドは軽い妬みの声を上げる。
イルムハートが質問に答える度にライラやケビンがあることないこと付け加えたためデイビッドの妄想は果てしなく暴走してしまっていた。
「それで?ライラの嬢ちゃんはどうなんだ?」
そんなデイビッドからいきなり話を振られ、ライラはきょとんとした顔になる。
「アタシ?アタシがどうかしたんですか?」
「いや、もしかしたら嬢ちゃんもイルムハートと引っ付いちまうんじゃねえのかと思ってさ。
パーティーの女がリーダーとくっつくってのは良くある話だからな。」
そう言いってデイビッドがニヤリと笑いシャルロットに目をやると、彼女は少し頬を赤らめながらプイとそっぽを向いた。
ああ、そう言うことかとライラは苦笑する。
「確かにイルムハートは良い男だと思いますけど、それは無いですね。
アタシの理想とは少し違うので。」
そこへすかざすケビンが口を挟んだ。
「ライラさんは筋肉の少ない男性に興味無いんですよ。」
「そうなのか?
ってことは、ロッドのおっさんみたいなのが好みなのか?」
「えーと、ギルド長を例に出されると困るんですけど……。」
デイビッドの言葉にライラは微妙な表情を浮かべた。
アルテナのギルド長ロッド・ボーンも確かに並外れた筋肉の持ち主ではあるのだが、さすがに好みの男性かと聞かれればそんな顔にもなるだろう。
聞いた本人もそれは理解しているようだ。
「まあ、そりゃそうだろうな。
あんなロック・エイプみたいなおっさんは勘弁してほしいよな。
それにしても、奥さんは良くあのおっさんと結婚する気になったもんだぜ。」
ロック・エイプとは岩のごとく硬い皮膚を持ったゴリラのような魔獣である。
まあ、正直似てないこともないのだがさすがにこれは言い過ぎだろう。
「アンタ、そんなこと言ってロッドさんの耳に入ったらまたこっぴどく叱られるわよ?」
そう窘めるシャルロットの言葉もデイビッドは全く意に介さない。
「本人にバレなきゃ問題ねえだろうが。
それに、あのおっさんとは次にいつ会うかも分かんねえしな。
まあ、いざとなったら逃げればいいだけだし。」
「でも、そう言いながら最後には捕まって説教喰らってたって母から聞いてますけど?」
「あー、そう言や嬢ちゃんはマルセラさんの娘だったな。」
当時のことを暴露され、デイビッドは苦い顔になる。
「まあ、あん時は俺もまだまだ未熟だったからな。
だが、今は違う。各段に腕も上げたし、ロッドのおっさんにだって負けるつもりはねえぞ。
だから、絶対に逃げ切ってみせるさ。」
その言葉に「結局、逃げるのかい!」と思わず誰もが心の中で突っ込みを入れる。
そんな絶妙な空気の中、イルムハートがこう問い掛けた。
「そう言うデイビッドさんこそどうなんです?
結婚は考えていないんですか?」
すると、デイビッドは小さく肩をすくめて見せる。
「そんなの考えた事も無いぞ。と言うか、そもそも結婚なんて俺には向いてねえしよ。
それに、俺が結婚しちまったら大勢の女が悲しむことになるからな。」
これにはシャルロットも「良く言うわよ」と呆れ返るばかりだった。
しかし、こんなことを臆面も無く言える神経だけは大したものだと言えよう。
すると、今までひとりだけ妙に静かだったジェイクが唐突に立ち上がり口を開いた。
「デイビッドさん、いやデイビッド師匠!」
「お、おう?」
その迫力に圧倒されるデイビッド。
他の面々も何が起きたのかと不思議そうな顔をしていたが、唯ひとりイルムハートだけはこれからジェイクが何を言い出すのか何となく予想がついていた。
「俺も師匠みたいに女性にモテたいんです!
だから、俺を弟子にしてください!
そして、俺がモテモテになれるよう導いて下さい!
よろしくお願いします、師匠!」
やはり、思った通りだった。
そんなジェイクの魂の叫びにデイビッドは最初ぽかんとした表情を浮かべていたが、すぐさまそれは満面のヤンチャな笑みに変わる。
「おー、そうかそうか。
そうだよな、男に生まれた以上はやっぱり女とイチャイチャしてこその人生だよな。
よし解かった、俺に任せろ!お前を立派なモテ男にしてやる!」
「ありがとうございます、デイビッド師匠!」
お互いの目を見つめ合いながらがっしりと握手を交わすデイビッドとジェイク。
あまりにも突然なこの成り行きにシャルロットは唖然とし、ライラは頭を抱え、ケビンは面白そうに目を輝かせた。そしてイルムハートは大きくため息をつく。
そんな中、意味も解らないままエルマが大声で「ししょ!デビドししょ!」とはしゃぎ回り、もはやその場はカオスと化した。
「そうそう、今日はうちで晩ご飯食べてってね。
皆の歓迎会をするわ。」
何やら勝手に盛り上がり続けるデイビッドとジェイク、そしてエルマのことはひとまず放っておいて、シャルロットが口を開く。
いつの間にやら時は過ぎ、気が付けば夕刻近くになっていた。
「ありがとうございます。」
「ところで、今日の宿はもう取ってあるの?」
「いえ、まだです。
ギルドから直接ここに来たのものですから。」
一応、ギルドではお勧めの宿を聞いてあるのでそこにしようかとは考えていた。
「だったらうちに泊まりなさいな。
フェルネンにはしばらくいるんでしょ?
その間、ここを拠点にすれば良いわ。」
「それは有難いんですが、迷惑じゃありませんか?」
「気にすること無いわよ、どうせ部屋は有り余ってるんだし。」
遠慮がちなイルムハートの言葉に笑いながらそう言ってのけるシャルロット。
確かにここは親子3人が住むにしては大き過ぎる屋敷ではある。3階建てで使用人が使う分をを除いても尚、部屋数は20近くありそうだ。
「なにしろこの屋敷は広すぎるのよ。
掃除くらい自分でやろうと思ってはいたんだけど、さすがに広すぎて無理ね。諦めたわ。」
尚、時折デイビッドもやって来てタダ飯を食ってはそのまま泊まっていくこともあるらしい。
「私達は家族みたいなものでしょ?
だから、変に遠慮なんかしなくていいのよ。」
そこまで言われてはイルムハートとしても断る理由は無い。
「解りました。
それじゃあ、暫らくの間お世話になります。」
喜んでその申し出を受けることにした。
その後、各自それぞれ部屋をあてがわれ夕食まで一休みするとこになった。
デイビッドも当たり前のように泊まってゆくつもりのようで、勝手に部屋を決め現在そこでジェイクと何やら講義の真っ最中のようだ。
さすがに教育上よろしくないということで当然エルマは隔離してある。
そうこうしている内にやがて夕食の頃合いとなった。
だが、まだリックは帰って来ない。
「どうやら今日は遅くなるみたいなの。
さっきお城から使いの人が来たわ。
だから、夕食は先に済ませてしまいましょう。」
ちょっと残念そうではあったがシャルロットのその言葉で晩餐が始まる。
食事中は予想していた通りデイビッドの独壇場だった。
ジェイクとエルマを巻き込んでシャルロットに叱られるのも構わず話し続ける。
だがライラやケビンには好評で、終いにはシャルロットも諦めて何も言わなくなった。
勿論、イルムハートもその場を楽しんだ。懐かしい空気に囲まれ心が安らいでいくのを感じながら。
ただ同時に、胸の内には微かな不安を抱いていたのもまた確かだったのである。
夕食後は旅の疲れもあるだろうと言うことで早めに休むこととなった。
身体の疲れと満腹感、それに成人したと言うことで振舞われた酒の酔いにより急激な睡魔に襲われた皆は早々に部屋へと籠る。
イルムハートもまた同じようにあてがわれた部屋のベッドで横になった。
しかし、どうにも眠れない。リックの件が気になったのだ。
冒険者ギルドの長が行政府に呼び出されること自体はそう珍しくない。
その理由のひとつとしては魔獣対策についての意見交換がある。魔獣の被害を防ぐために専門家である冒険者ギルドの知恵を借りるのだ。
だが、もしそうだとしても朝から夜遅くまで拘束されると言うのはどう考えてもおかしい。
それ程の時間を費やして魔獣対策の話をすることなど大規模なスタンピードでも発生しない限り有り得ないだろう。
とは言え、その場合は今の時点で既に冒険者の間でもその情報が共有されているはずだ。大規模スタンピードとはそれほどに大事件なのだから。
しかし、今日のギルドの様子を見る限りそんな逼迫した状態にあるとは思えなかった。
とすれば、呼び出しは別の理由だろう。おそらくは他国に関する情報の提供依頼。
ルフェルディア公国のような小国の場合、国内はともかく対外的な諜報活動においては人員・財政力等の面でどうしても後れを取ってしまう。
その点、大陸全土にネットワークを持っている冒険者ギルドには優れた情報収集能力があるため、その情報を提供してもらうよう依頼することがあるのだ。
だが、ギルドとしても無条件でそれを提供する訳にはいなかい。金銭の問題ではなく政治的中立のためだ。
ある国に対してのみ特別な利益を供与する行為は他国からその公平性を疑われることにもなりかねない。
そのため、それが現地では既に公開されているような情報であれば無償で提供することもやぶさかではないものの、裏情報も含むような案件についてはおいそれと協力する訳にはいかないのだ。
但し、例外はある。
それは国の存亡に関わるかもしれないケースだ。
ギルドの内規によりその国に対し大きな危険が差し迫っている場合に限りそれを回避するために必要な最低限の情報を開示することが認められていた。
おそらくはそれだろうとイルムハートは推測する。
そもそも、朝から夜中まで会議が続くと言うそのこと自体、ルフェルディア公国に重大な問題が発生していることを意味した。
そして、リックはそれに情報アドバイザーとして参加しているのだ考えればいろいろと辻褄が合うのだ。
(カイラス皇国がらみだろうか?)
そんな不安も頭を過ぎりはしたが、今のところその可能性は低いかもしれない。
何故なら、ルフェルディアと皇国との間にはマレドバ王国という国が緩衝地として存在するからだ。
マレドバ王国はカイラス皇国ほどの大国ではないにしても中堅国家としてそれなりの国力を持った国である。
皇国と国境を接しているため経済的結び付きは強いものの、政治的な干渉についてはこれを排し自主独立を保っていた。
なので、そのマレドバを飛び越えて皇国がルフェルディアに直接干渉してくることはまずないだろう。
そうなると、別の問題か?
と、いろいろ考えてはみるが答えが出るわけでもない。今のイルムハートは何の情報も持ってはいなのだから。
それに、ここでイルムハートがどうこうしたところで問題が解決するわけでもないだろう。
そこは国の偉い人達に任せるしかないのだ。
そんなことをつらつらと考えている内に刻は既に真夜中となっていた。
(もうそろそろ寝ないとな。)
そう考え灯りを消そうとしたその時、屋敷の外で馬の蹄の音がする。
リックが返って来た。
懐かしい魔力を感知することでイルムハートにはそれが分かった。
イルムハートは急いで部屋を出ると階段を静かに駆け降り、玄関ホールへと向かう。
「リックさん!」
そこには帰宅したばかりの姿のリックとそれを迎えるシャルロットの姿があった。
「あら、まだ寝てなかったの?」
イルムハートの声に気付きシャルロットが振り向く。
「やあ、イルムハート。久しぶりだね。」
そしてリックも優しい声でそう応えた。
「お久しぶりです、リックさん。
約束通り、会いに来ました。」
やや頬を紅潮させながらイルムハートは嬉しそうに微笑んだ。
すると、それに応えるようにリックも微笑みを浮かべイルムハートへと歩み寄る。
「よく来てくれた。
立派になった君の姿を見られて嬉しいよ。」
「僕も、またお会いできて嬉しいです。」
万感の思いを胸に手を握り合うイルムハートとリック。
そんな彼等をシャルロットが優しい表情で見つめる。
「私はこれから夕食を取るんだが、どうだろう?
お茶でも飲みながら少し付き合ってはくれないかな?」
既に夜は更けていたがそんなことは関係無かった。話したいことは沢山あるので、その誘いを断る選択肢などあるはずがない。
「はい、喜んで。」
イルムハートは笑顔でそう答えた。
そして3人は寄り添うかのように肩を寄せながら食堂へと向かう。
各々が幸せなこの時間を噛みしめながら。