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小国家群と懐かしき人達 Ⅰ

 ブラースラ公国のネウリンでひと月ほど過ごした後、イルムハート達は再び旅を始めやがて小国家群のひとつであるバニエリ王国へと到着した。

 小国家群は普通の国家で言う地方領地より多少広い程度の国土を持った7つの国から構成されている。

 過去にはカイラス皇国の領土であった時期もあったのだが、皇国の衰退により独立し現在の形になったのだ。

 この小国家群の特筆すべき点はそれぞれが小国であるにも拘わらず政治・経済の面で完全に皇国から独立していると言う点にあるだろう。

 他にも皇国から独立した国家は何か国かあり、その中には同様に小さな領土しか持たない国もあるのだが、それらの国々は小国故に経済が脆弱で独り立ちするにはいささか国力が不足していた。

 そのためカイラス皇国の援助を受けなければ国家運営もままならぬ状態に陥り、結局独立とは名ばかりの属国化状態にある国も少なくはないのだ。

 だが、そんな中において小国家群の国々は皇国の影響を完全に排し自立を成し遂げていた。

 と言っても、最初からそう上手くいっていたわけではない。

 建国当初はどの国も経済的に困窮し、大陸の中でも最も貧しい地域と言われていたほどだったのだ。

 しかし、300年程前に転機が訪れた。アンスガルドの建国である。

 冒険者ギルドによって建国されたアンスガルドはその創設者が商人であったせいもあり、経済を重視する国でもあった。

 組織が、そして国が豊かでなければ他国から対等とは見てもらえず活動自体にも支障を来たしてしまうことになるからだ。

 そこで、アンスガルドは周辺諸国に対し経済同盟を提唱した。

 それぞれの国には小国ながらもそれなりの強味はある。農業だったり鉱工業だったり、あるいは流通拠点としての立地だったり。

 単独では生かし切れないそれらの利点を経済的な同盟を組むことで効率的に活用しようと考えたのだ。

 当然、それに対する抵抗もあった。

 冒険者ギルドと言う潤沢な資金源を持つアンスガルドは当時から既に自国だけで十分国家運営出来るだけの力を持っていたのだ。

 そのため、他の国々としては経済的に吸収されてしまうのではないかという不安を持ったのである。

 勿論、アンスガルドにそんな野心は無い。純粋に地域全体の繁栄が自国にとっても利益となる、そう考えてのことだった。

 そんなアンスガルドによる根気強い説得の結果、1国また1国と賛同者は増えてゆき最初は5か国、後々2か国が追加され今の小国家群として形成されたのである。

 小国家群の中においては人・物の移動は自由であり関税はかからない。他にも通貨や商習慣を出来る限り均一とし、また街道などのインフラ整備も共同で行われた。

 それにより経済は活発となりそれぞれの国も豊かになっていったのだった。

 尚、国家間の同盟はあくまでも経済的なものに限られており軍事での同盟は一切結ばれていない。

 これはアンスガルドの”本体”でもある冒険者ギルドがその政治的中立を守るためにも必要なことではあったが、何よりも近隣諸国が不要な警戒心を抱かないようにするための配慮から来るものだった。

 特にカイラス皇国の場合、国内においては大陸中央部地域に対し自分達の旧領土でありいずれは再び併合されるべきと考えている人間がまだまだ多くいるのだ。

 そんな状態の中、もし小国家群の軍事同盟が締結されでもすれば彼等が強く反発するのは火を見るよりも明らかだろう。

 今の大きな戦争の無い平穏な世の中において、敢えて火中の栗を拾う真似などする必要はあるまい。それが小国家群構成国の総意だったのである。


 バニエリ王国は小国家群の南西部に位置しており、7か国の中で2番目に広い国土を持つ国である。

 そして、南側がドラン大山脈によって通行を閉ざされている小国家群にとっては大陸南部諸国との玄関口となっている国でもあった。

 ここから東へ進路を取れば冒険者ギルド総本部のあるアンスガルドへと至り、北へ向かえば隣国のルフェルディア公国だ。

 勿論、イルムハート達は北への道を選ぶ。

 何故なら、そこがイルムハートにとって今回の旅における最も重要な目的地なのだから。

 だが、それでもバニエリではしっかりと依頼を受けた。いくら心が逸ろうと、この旅が冒険者としての経験を積むためのものであることを忘れるわけにはいかないのである。

「アナタはそう言うところが変に真面目過ぎるのよね。」

 ライラには苦笑気味にそう言われた。

 自分でもそうかもしれないとは思うものの、こればかりは手を抜く訳にはいかない。何せ、これから会いに行くのは冒険者としての師と言っても過言無い人達なのだ。

 彼等に対し恥ずかしくない自分でいたい、イルムハートはそう思うのだった。


 イルムハート達がルフェルディア公国の首都フェルネンに到着したのは7月に入ってからのことである。

 バニエリ王国の街もそうだったがフェルネンもまた、かつてはカイラス皇国の支配地であったにも拘らずその匂いがほとんど無かった。

 途中通って来たブラースラ公国やその他の衛星国はやはりどこか皇国の影響を受けているであろう部分が多々見受けられたのだが、この小国家群の街にはそれが感じられない。

 どちらかと言えば大陸東部諸国の文化から影響を受けているようで、曲線が多用された建物にはイルムハート達もその珍しさに目を見張ったほどだった。

 それは冒険者ギルドの建物も同様で、通常の国ならば四角張った砦のようないかついイメージの建物であるはずがここではそんな威圧感など感じさせない。

 直線と曲線が入り混じった建物自体が芸術作品のような、そんな印象さえ与えた。

 それを物珍し気に見渡しながら一行はギルドへと入る。そして、いつものごとく滞在報告を行った後にイルムハートはギルド長への面会が可能かどうか尋ねてみた。

「ギルド長との面会ですか?」

 それを聞いた窓口の女性事務員はそう言って何かを考えるように小首を傾げた。

 まあ、それも無理はない。たかだかDランク程度の冒険者が直接ギルド長と面会するなどそうそうあることではないのだ。

 それは平社員が社長に合わせろと要求しているようなものなのだから。

 女性事務員の反応をそう受け取ったイルムハートだったがどうやらそうではなかったようで、彼女からは意外な言葉が返って来た。

「バーハイムのイルムハート・アードレーさん……。

 もしかして、以前ギルド長とパーティーを組んでらしたアードレーさんですか?」

 これにはイルムハートも驚かされた。

「僕のことをご存知なのですか?」

「はい、お噂はかねがね。」

 確かに、ここフェルネンのギルド長を務めるリック・プレストンはかつてイルムハートをそのパーティーに招き入れて様々なことを教えてくれた冒険者の師である。

 しかし、遠く離れたこの地でそれを知っている人間がいるなどとは思ってもみなかったのだ。

 リックが話したのだろうか?

 そう考えるイルムハートだったが、何やら少し雲行きが怪しい。

「目を見張るような美少年で剣の腕も立ち、その上魔法マニア。

 周りの環境が良くなかったせいか、ちょっと生意気に育ってしまったけれど女性にはモテモテの将来有望株。

 そう聞いています。」

「……それって、もしかしてデイビッドさんからですか?」

 そんなことをリックが言うはずはない。これは間違いなくデイビッド・ターナーの仕業であろう。

「はい、そうです。

 ギルド長や奥様からもお名前をお聞きしたことはありますが、ターナーさんが一番良く話をしていますね。俺の可愛い弟分だっていつも自慢してますよ。」

「デイビッドさん……。」

 何をテキトーなこと言いふらしてくれてるんだ。イルムハートは思わず頭を抱えた。

 すると、その名を聞いた周囲の冒険者や他の事務員がわらわらと集まり出す。

「ほう、君が例のアードレー君か。」

「なんかすごく偉い貴族の御子息らしいという話ですけど、それって本当なんですか?」

「騎士団仕込みの剣術ってヤツをいっぺん見せてもらいたいものだな。」

「魔法を編み出すのが得意らしいですけど、最近では何か新作ありますかね?」

「あら、ホントに噂通りのイイ男じゃない。」

 各々が好き勝手に話掛けてくるためもはや収集がつかなくなってくる。

 ちなみに、最後の言葉は妙に野太い声だったようにも聞こえたが、そこは敢えて気にしないよう務めた。

 それにしても、名前を耳にしただけでこれだけ集まって来るとはどれだけ吹聴し回っているのやら。

(変わってないなぁ……あの人も。)

 人々に囲まれ引き攣った笑みを浮かべながら、そんなことを考えるイルムハートなのである。


「なんだなんだ?

 何かエライ騒ぎだったみたいじゃないか?」

 やっと解放されたイルムハートが仲間達の元に戻ると、早速ジェイクが喰い付いてきた。

「それが……。」

 皆に状況を説明するイルムハート。

 すると、ジェイクは妙に納得した顔をする。

「なるほど、ターナーさんがねえ。

 まあ、らしいと言えばらしいけどな。」

 勿論、ジェイク達はデイビッドはもとより元リック・プレストン・パーティーの面々と面識があるわけではない。

 彼等はジェイク達が冒険者になる前に既にバーハイム王国を離れてしまっていたからだ。

 しかし、イルムハートから色々と昔話を聞いている内に何となく知っているかのような感覚になっていたのである。

「それにしても、話で聞いていた以上の方みたいですね、ターナーさんって。

 ある事無い事言いふらして回るそあたりはどこかジェイク君と似たような匂いを感じます。」

「はあ?何言ってんだ、ケビン?

 俺はそんな質の悪いことしてないだろ?

 そりゃターナーさんはBランクで腕の立つ凄い冒険者かもしれないけど、ヘンなとこで一緒にされたくはないぞ。」

「おやおや、自覚がないと言うのは怖いことですね。どう見ても良く似たお調子者同士って感じですよ?

 ライラさんもそう思いませんか?」

 ジェイクとデイビッド。

 確かに、普段の能天気な言動を見る限るでは似た者同士と言えなくも無い。

 だが、両者には決定的な違いがあるのだ。

「まあ、そうかもね。」

 どうやらライラもそのことを知っているようで、ケビンへの返事もどこか切れが悪かった。

 彼女の母親はかつてデイビッドが所属していたアルテナ冒険者ギルドの職員なのだ。おそらくはその母親伝手にある意味”有名人”だったデイビッドの噂を聞いていたに違いない。

 とは言え、何もここでジェイクに対し残酷な現実を突きつける必要も無いだろう。

 そこで、ライラはさらりと話題を変えた。

「それはそうと、プレストン・ギルド長との面会はどうなったの?」

 尤も、それはジェイクが受けるダメージを気遣ってと言うより単純にここで変にイジケられると後始末が面倒だったからだ。

 そして、その点についてはイルムハートも同意見だったのでデイビッドの話題は無かったことにして話を切り替える。

「それが、リックさんは急な呼び出しを受けて朝から城に出向いているらしいんだよ。

 何時戻って来るかもはっきりとは判らないみたいだ。」

「そうなの?

 じゃあ、戻って来るまでどこかで時間を潰す?」

「いや、代わりに屋敷の場所を教えてもらったからね。

 これから訪ねようかと思ってる。」

「ああ、奥さんは今家にいるんだったわね。」

 リックの妻シャルロット・モーズもまた元パーティーの一員で、アンスガルドへ移った際に結婚し今はプレストン姓となっていた。

 デイビッド同様Bランクの冒険者であるのだが、3年前に産まれた娘エルマの育児のため現在は休職中なのである。

「それじゃ、さっさと行きましょうか。

 なんか、まだ注目されているみたいだから。」

 そう言ってライラが周囲を見渡すと興味津々といった感じでいくつもの視線が返って来る。まあ、悪意はないのだろうが居心地の悪い事この上ない。

「そうだね。

 そうしようか。」

 苦笑気味にイルムハートがそう応え出口へと歩きかけたその時、不意にジェイクが声を上げた。

「屋敷に行くのも良いけどよ、その前にターナーさんとは会っていかないのか?

 ギルドにいるはずなんだろ?

 それとも、今は依頼で留守にしてるのか?」

 これにはイルムハートも困惑してしまう。

 せっかくはぐらかしたはずなのに何故話を蒸し返してしまうのか?

「特に依頼遂行中と言うわけではないみたいだよ。そもそも、Bランクが受けなきゃならない程の依頼なんて早々無いからね。」

「じゃあ、ここにいるだろ?

 確か育成担当も兼任してるんだよな?」

 現在デイビッドは現役冒険者として活動する傍ら新人達の育成役も担当していた。

 なので、ジェイクの言う通り依頼の無い時はギルドにいることが多いはずなのだが……。

「普通はそうなんだろうけど、デイビッドさんの場合は違うんだ。何というかその、自由な行動が多いんだよ。」

「サボってるってことか?」

「サボりかどうかの判断は人によると思うけど……まあ、あまり仕事はしてなさそうではあるよね。」

「何だよ、やっぱり俺の方がまともじゃないか。」

 そう言いながらジェイクは胸を張り、勝ち誇ったような目でケビンを見る。

「まあ、ジェイク君が”まとも”かどうかは置くとして、ターナーさんも中々自由奔放な方みたいですね。

 こんな昼間から仕事もせず何をしているのでしょう?

 まさか、酒場で飲んだくれているとかですかね?」

 ケビンの言葉にイルムハートは暫し黙り込んだ。

 出来ることならここで真実を口にするのは避けたかったのだが、このままではデイビッドがただのアル中扱いにされてしまう。

 彼の名誉(?)のためにもここは正直に話すしかない。

「いや、飲んだくれているんじゃなくて……おそらくは女の人といるんじゃないかな。」

「は?」

 予想外の答えにジェイクだけでなくケビンまでもが唖然とする。

「女の人、ですか?」

「そう、多分と言うかまず間違いなく女の人と一緒にその……仲良くしてるんだと思う。」

 その言葉を聞いたジェイクは硬直し、逆にケビンは目を輝かせた。

「と言うことは……。」

「ターナーさんはね、女性にモテるのよ。」

 どうやらライラも腹を括ったようで、やれやれと言った表情で口を開いた。

「ターナーさんて見た目が特に良いってわけじゃないんだけど何故か女性には人気があったらしく、女たらしで有名だったそうよ。

 そのせいで色々問題を起こし、しょっちゅうギルド長に説教喰らってたみたい。

 ある意味、アルテナ冒険者ギルドでは伝説の人なのよ。」

「そうなんですか、ターナーさんてモテモテなんですか。」

 ライラの話を聞き、意味ありげな笑みを浮かべジェイクを見るケビン。

 一方ジェイクはと言えば、血の気の引いた顔で言葉も無く呆然と立ち尽くすだけだった。

 そして

「……女性にモテモテ?そんないい加減そうな人なのに?」

 なんとかそう声を絞り出した。

 すると、そこへケビンが止めを刺しにかかる。

「良かったですね、ジェイク君。お調子者と呼ばれる人でも女性からモテモテになることは出来るみたいですよ?

 尤も、可能性はゼロではないと言った程度でジェイク君がそうなれる保証はありませんけどね。」

「世の中不公平じゃないか?

 なんか俺、生きてるのが辛くなってきだぞ。」

 最早、精神崩壊一歩手前といった感じで悲痛な声を上げるジェイク。

(やっぱりこうなったか。)

 イルムハートやライラが恐れていた通りの事態になってしまったわけである。

 この後、廃人と化したジェイクをなだめすかすのにかなりの時間を費やすことになるイルムハート達なのだった。

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